昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第6章 公的部門の役割

第4節 国際的な政策協調の必要性

変動為替相場制の下では,一国の景気変動が他国に波及しない,いわゆる遮断効果が働くものと考えられてきた。しかし,実際に変動相場制に移行してからの方が,それ以前に比べ世界景気のシンクロニゼイションが強まっているように思われる。そこで,日,米,独でのこうした景気の同時性をみてみるため,鉱工業生産指数を用いて景気変動の時差相関をみてみた(第II-6-7図)。これによると固定相場制下に比べ変動相場制下の方が時差が短くなってきており,景気の同時性が強まっている。為替レートの変動自体に着目するならば,資本取引の自由化が逆に世界景気の同時性を高めているとも考えられる。例えば,資本取引が完全に自由であれば,一国の景気の拡大は金利の上昇と海外からの資本流入を招き為替レートを上昇させ,輸入の増加をもたらすという考え方がある。この結果,貿易相手国では輸出増から景気の拡大が生じ,景気の同時性がみられることになる。しかし,この場合各々の国での景気変動は,固定相場制下に比べ為替の変化に伴う輸出・入の動きから平準化されることになる。そこで,各国の景気の変動係数を1973年以前と以後で比較してみた。しかし,この結果,各国ともこの変動係数は変動制以降後大きくなっている(第II-6-8表)。変動相場制下の10年余りの間には,2度にわたるオイル・ショックやアメリカでの膨大な財政赤字の拡大といった世界的な経済規模でのショックがあったのに対し,それ以前の10年間ではそうした出来事がほとんどなかったことが,変動制移行後の変動係数を大きなものとしているといえよう。

先に述べたような世界景気の同時性の高まりにみられるように各国の経済政策が,貿易相手国に波及する度合いが強まっており,経済政策を協調して行う必要性が高まっている。特に資本取引の自由化の下では為替相場や金利水準は資産選択行動の結果需給によってきめられている。そのため一国の政策変更がまず資産供給等を変化させ,その結果各国のファンダメンタルズとは短期的には無関係に金利水準や為替相場が決められる傾向があり,為替の安定のためにも各国間で経済政策を協調して行っていく必要性が高まっている。この場合,経済規模からみてアメリカの経済政策の重要性が高い。レーガン政権誕生後のアメリカのポリシー・ミックスが,結果的に財政赤字の拡大とインフレ抑制策としての厳しい金融引締めであったのに対し,その他の先進諸国が一時のフランスを除き財政赤字の削減策を採ったため,アメリカでの高金利と為替高ひいては輸入増を生み,自国の景気拡大と貿易相手国の生産増加に寄与したことは記億に新しい。しかし,この結果アメリカの財政赤字,貿易赤字は巨額になっており,世界経済の不安定性をもたらしている。こうしたことから明らかなように一国だけの異なった政策の採用は目的とした不均衡を解消することはできるかもしれないが,他の不均衡を生じることにもなりかねない。従って,各国とも協調的な政策を行い為替相場の安定を図りながら自国内での不均衡を縮小させていかねばならない。この際アメリカの持つ比重が高いことは,その経済規模からみても明らかであろう。アメリカが基軸通貨国として節度ある金融,財政政策を行っていくことを前提としないかぎり,世界経済の調和ある発展は考えにくい。

また,現下の一番大きな不安定要因であるアメリカの経常収支赤字を解消していくにはアメリカ自身の努力が不可欠である。更に一層の為替レートの変化による不均衡の是正は,成長を高め調整を侃進する努力に対して逆効果となろう。我が国にしろ西ドイツにしろ,貿易黒字国の輸出に占める対アメリカのシェアと輸入に占めるアメリカのシェアを比較すれば明らかなように輸出の対米依存度の方が輸入のそれより高くなっており,経済規模に大きな差があることも相まって,アメリカの拡大策のもつ日本や西ドイツへの波及効果に比べ,それらの国の拡大策のもつアメリカへの直接的な波及効果は小さなものと考えられる。そこで,こうした関係を定量的に把握するため,当庁の「世界経済モデル」を用いてリンク・モードのシミュレーション分析を行ってみた。これによると,アメリカが自国の実質GNPl%相当の財政支出の削減を行った場合,3年目に実質GNPを1.86%縮小させ,経常収支を対GNP比で0.12%改善させる。また,日本や西ドイツの実質GNPを各々1.54%,0.91%縮小させ,経常収支の黒字幅をそれぞれ対GNP比で0.50%,0.25%縮小させる。これに対し,日本,西ドイツが各々の実質GNPの1%相当の財政拡大策を講じてもアメリカの実質GNPの拡大は,0.07%,0.09%にすぎず,また経常収支の改善も0.02%,0.04%にとどまる。しかし,こうした政策を同時に行えば,アメリカのGNPも1.76%の減少とアメリカ一国の財政赤字削減の場合にくらべ小幅なものになり,アメリカの収支は0.21%の改善と,一国ケースの効果を上回る。

また,この際為替レートは,ドルの円,マルクに対する減価となっており,こうした調整を進める方向に働いていることがわかる。

この分析からもわかるように,黒字国の内需の拡大それ自体は,アメリカの経常収支の赤字解消に大きく貢献するとは見込みにくい結果となっている。ただ,この分析が前提としている我が国の輸入構造の変化如何によっては結果も変わってこよう。

要するに,アメリカの経常収支赤字を改善するためには,アメリカ自身が財政赤字の縮小を図り,貿易赤字の解消に努めることが必要である。また,その際,日本,西ドイツ等の貿易黒字国が世界経済全体の安定のために政策協調を行うことは有意義であろう。


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