昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-
第6章 公的部門の役割
変動為替相場制へ移行後,我が国の金融政策の目標として為替レートの安定が重要性を増している。公定歩合変更時における日本銀行政策委員会議長談話で金融政策目標の推移をみてみると,48年3月までは固定為替相場制下で有効需要の拡大と国際収支の均衡が目標とされたが,その後狂乱物価時以降は物価の安定と有効需要の動向が目標とされてきた。53年の円高期以降為替相場が目標として挙げられるようになり,61年以降にも有効需要への配慮とともに為替相場の安定が重視されている(第II-6-6表)。
昨年来の数度にわたる公定歩合の引下げが,どこまで最終需要の拡大に効果があったかは議論のあるところかも知れない。特に今回の場合,急激な円高進行による構造調整が進む中での金利引下げであったため,金融緩和のプラス効果がやや見えにくい面があったことは否定できない。しかしながら,昨年来の金融緩和の累積的な効果により,住宅建設などの活発化や資本コストの面や金利負担の低下といった企業収益の面から設備投資を下支えしたことを通じて内需の持続的拡大がもたらされ,雇用面での調整圧力が和らいだ点は見逃せない。
これを需要項目別にみてみると,まず設備投資のうち製造業の設備投資については,従来から,金利要因よりも最終需要増減といった加速度原理的な要因により大きく左右されると考えられるうえ,今回は円高による輸出減を背景に設備調整が続いているが,金利低下のプラス効果はそれを下支えしたといえよう。また一方,非製造業では,国内需要が堅調であったことに加え,金融緩和が設備投資を押しあげたものとみられる。
また,家計部門についても,住宅ローン金利の低下が住宅投資の押し上げに寄与していることは言うまでもない。さらに,個人消費についても,資産効果が消費行動にも好影響を及ぼしていることも十分考えられる。
こうした実質的な経済活動への影響に加え,為替レートへの影響も小さくない。内外金利差と為替レートの関係は,局面によって変化しており一概に金利差の変化方向と為替レートの動きとを結びつけることは難しいが,金融政策の変更,特に公定歩合の変更は,市場参加者のパーセプションにも依存するが,為替相場に影響を与えているといえよう。
今回の金融緩和期のもうひとつの特徴としては,名目金利が低下し,資金調達が容易となる中,各主体のキャピタル・ゲイン指向の強まり,株式,土地,住宅等の値上がり期待が根強いことなどとあいまって,これら資産の価格の上昇が生じたことがあげられよう。
こうした既存資産の価格上昇は,各主体の大きな含み益ないしキャピタル・ゲインをもたらした。こうした含み益ないしキャピタル・ゲインの増加が,金利低下による金融コストの低下ともあいまって,企業収益を下支えしたことは否めない。また,ここ2年以上にわたって,企業倒産が減少してきている背景にもこうした要因があるとみることができよう。
もっとも,このような資産価格の値上がり期待やキャピタル・ゲインが実現していく環境が今後とも持続していくかどうか,また,こうした事態が経済主体にどのような影響を及ぼしうるか,については冷靜に見極めていくことが必要であろう。
また,賃金上昇率も極めて安定していることもあって一般の物価は引き続き安定基調を維持しているが,いずれにせよ,金融緩和の状況下,一般の物価の動向については,慎重に見極めていく必要があろう。
総じていえば今回の金融緩和は,実物経済面を下支えた効果があった他,金融経済面においてその活動を活発化する効果を持ったといえる。