昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第6章 公的部門の役割

第5節 税制改革の必要性

我が国の税制は最近における産業・就業構造の変化,所得水準の上昇と平準化,消費の多様化,サービス化,その他の社会経済情勢の変化に対応しきれていないため,全般にわたり様々なゆがみ,ひずみが生じており,税に対する不満の声が高まっている。

今後,人口構成の一層の高齢化,経済,社会の国際化の進展に伴う我が国の果たすべき役割と責任の増大等が展望されることにかんがみれば,国民が広く社会共通の費用を賄うための納税を公平感を持って行うことの重要性は更に高まっていくものと思われる。

こうした状況にかんがみ,公平,公正,簡素,選択,活力などの基本理念の下に,中立性の原則や国際性の視点にも配慮しつつ,税制の抜本的見直しを行う必要がある。

ここでは,公平と活力または中立性の観点から簡単な検討を加えてみた。

(税の公平)

戦後において我が国の所得分布は平準化しており,他方,社会保障制度は飛躍的に充実してきている。こうした現状から考えると,税制の所得再分配機能を考慮する必要性は,過去に比べて相対的に低下してきている一方,税負担の水平的公平の確保や公共サービス提供のための所要財源を円滑かつ適正に調達することの重要性が高まっている。こうした中で,税制全体として,課税ベースを広げ,真に手をさしのべるべき人に対しては引き続き所要の配慮を加えつつ,負担を出来るだけ薄く公平に求めてゆくことが肝要である。

我が国の個人所得課税の負担水準は,国際的にみてもかなり低い水準にある。

しかし,個人所得課税に対する不平,不満は根強く,その背景には税の負担の累増感,不均衡感が存在するものと考えられる。

個人所得課税の納税者の大半を占めるサラリーマン層の生涯の各段階における稼得,支出パターンをみると,その年収は,就職時の低い水準に始まり,働き盛りのいわゆる中堅の時期を迎えて相応の水準に上昇していくが,その間,結婚,育児,教育,住宅取得等により家計上の諸支出も増加するパターンが認められる。このような中で,所得の上昇の結果累進課税により税負担が増大するため,収入の上昇が,ゆとりのある生活に必ずしも結びつかず,家計上の逼迫感がもたらされている。このような生涯の各段階における税負担のあり方に配意し,中堅層における負担の軽減を図っていくことは,負担の公平に資するものと考えられる。

個人所得課税の負担が過重になる時は,勤労意欲,事業意欲に影響を及ぼすおそれがあり,こうしたことを避けるためにも,累進構造を見直すとともに,公平の観点から資産性所得等について課税ベースの拡大を図っていくことが肝要であろう。

総理府広報室が行った「税金に関する世論調査」(61年2月)によれば,税金について不公平があると思う者の割合が約8割となっており,税金に不公平があると思う理由については,「サラリーマンと商工業,農業等の自営業者の間の納税方法に違いがある」ことを挙げたものが最も多くなっている。

こうした点にかんがみれば,税制の抜本的見直しにあたり各種所得者間の負担の不均衡感に配意し,また,税体系全体として実質的な公平の確保を図っていくことが肝要であろう。

(活力または中立性)

税の導入は価格体系に影響を与え,資源配分にも影響を及ぼす。活力または中立性という観点からすれば,こうした影響のできるだけ小さい税制が望ましいことになる。

累進度の強い個人所得課税は,限界的な労働供給ないし勤労意欲を阻害する可能性がある。また,国際的にみて高い水準の法人課税は企業の活動に悪影響を及ぼし,中長期的には取引形態に歪みを生じさせ,あるいは企業の投資行動等に影響を及ぼすことも考えられる。

税体系における所得,消費等の課税ベースの適切な組合わせのあり方を考えるに際しては,このような税制の中立性ないし資源配分に及ぼす影響の観点を考慮する必要がある。

現在,我が国の間接税は限られた特定の財,サービスに対し,物品税,入場税等が課せられている。このような個別間接税制度は,近年における消費水準の上昇,消費の多様化・サービス化等に対応しきれず,課税されているもの相互間,または課税されているものといないものの間で負担の不均衡が顕著となっており,中立性の観点からも問題がある。

主要諸外国の間接税制度をみると,国税・地方税を通じて個別間接税のみに依存している国はOECD加盟国中我が国だけとなっており,我が国の個別間接税制度は,結果的に輸入品に対し差別的になっているとの諸外国からの指摘もあり,経済の国際化が進展する中で,国際間の経済取引の阻害要因となりかねない。

諸外国では,イギリス,西ドイツ,フランスなど欧州諸国を中心にいわゆる付加価値税が採用されている。さらに,カナダ政府においても本年6月に発表した税制改革案の中で付加価値税が提案されているところである。付加価値税については,経済活動に対して中立的であり,また,薄く公平に負担を求めることが可能であることなどの利点が指摘されている。我が国においても,付加価値税をはじめとする課税ベースの広い間接税に関する理解が深められることが期待される。

いずれにしても,公平,活力,中立性等の理念の下に抜本的見直しを行うことにより国民の理解と信頼に裏付けられた租税体系を確立することは急務である。


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