昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-

第4章 雇用問題への対応

第2節 労働需給のミスマッチ

まず,業種・地域間のミスマッチについてみてみよう。我が国の産業構造は,次第に第三次産業のウェイトを高めつつある。これは,NICsの発展や労働コストなどの違いから軽工業品,最近では重化学工業品へと製造業分野での市場がそれら諸国に移りつつあることや,我が国国内経済での金融の重要性の増大,情報化などといったサービス経済化の進展によるところが大きい。したがって,雇用面では第三次産業での求人増,第二次産業での求人の停滞といった図式が成立している。55~60年の間に就業者数は2,546千人増加しており,この内訳をみると第一次産業が689千人の減少,第二次産業で597千人の増加,また,第三次産業では2,534千人の増加となっており,就業機会のほとんどが第三次産業で創出されたことがわかる(第II-4-3図)。第三次産業の中では,特にサービス業の寄与が大きくその就業者増加の約7割にも及んでいる。就業者の増加を地域別の割合でみてみると,三大都市圏でその増加の約7割を占めており,特に東京圏で就業機会の増加の5割が生み出されている。第三次産業自体の就業者増加の地域別内訳をみると,三大都市圏で6割,地方圏で4割となっており,地方においても第三次産業が大都市圏ほどではないにしろ就業機会を創出していることがわかる。しかし,第一次産業での就業機会の喪失のほとんどが地方圏で発生しており,全体として地方での就業機会はそれほど増えていない。

また,総務庁統計局「事業所統計調査」により55~61年の間の都道府県別の事業所数の伸びと一事業所当たりの従業員数の伸びをみてみると(第II-4-4図),この期間内ではまだ製造業も比較的順調であったこともあって電気機械などを中心に奈良,滋賀,山梨などで一事業所当たりの従業者数の伸びが高く,また事業所数の伸びも全国平均を上回っている。一方,東京周辺の埼玉,千葉,神奈川などでは東京集中の波及効果から事業所数,従業員数ともに増加している。しかし,構造問題が次第に顕在化しはじめてきていた重工業特化地域や成長産業の存在に乏しい地域では,両者とも相対的に低い伸びにとどまっている。

こうした中で,60年秋以降の円高に伴う雇用調整の進展は,産業構造の調整に端を発しているため,産業構造の異なる地域の間で需給のアンバランスを強め,全体として雇用問題が深刻化するなかで産業間,地域間格差を拡大させている。この間の産業別の新規求人状況をみてみると,農林水産業,鉱業でほぼ一貫して新規求人は減少しているのを始め,製造業でも大幅減となっている。

製造業の中でも鉄鋼,一般機械,輸送用機械などといった輸出型製造業での求人の減少は大きく,一方,衣服,家具装備品などといった消費関連製造業では微減にとどまっている。また,金融・保険,不動産,運輸・通信,サービスなどの非製造業では新規求人は増加している。

この結果,金融や情報関連サービス業など成長産業を多く持つ三大都市圏や,情報関連製造業や国内需要への関連深い製造業の産地では労働需要は根強い。

一方,従来からの構造的要因に加え円高により不況に直面している業種に多くを依存している企業城下町や,鉱業に依存した地域等において雇用情勢が厳しさを増している。こうした地域では,第三次産業は基幹産業たる製造業等に依存して発展してきており,製造業での雇用状況の悪化を相殺することができないどころか,それにつられてその就業状態も停滞したものになっている。

さらに輸出比率の高い「輸出産地」にも円高の影響が及んでいる。労働省職業安定局の調査(61年12月)により全国44産地における雇用の状況をみると,円高により雇用調整を実施している産地が27,今後新規成約の減少が続けば雇用に影響が及ぶとする産地が13存在する(第II-4-5図)。また雇用調整を実施している27産地においては60年10月以降解雇者数の累計は5,000人に及んでいる。

地域における雇用問題の特徴を室蘭と東京の離職者の比較を通じてみると(第II-4-6図),離職理由としては東京では「定年」を挙げる人の割合が高いのに対し,室蘭では「合理化」を挙げる人の割合が高くなっている。また,仕事のみつかる可能性については,東京が楽観的な見方をする人が多く,室蘭では反対に悲観的な人が多くなっている。また,再就職の際の一番大事な条件として,東京では「給料」が挙げられているのに対し,室蘭では「勤務地」を挙げる人の割合が高くなっている。このように地域の雇用問題は,大都市の雇用問題とは異なった側面を有しており,加えて,こうした地域においてはいったん離職した場合の再就職の環境は厳しく,これらの点を考慮した適切な対応が必要である。

次に,年齢のミスマッチについてみてみよう。我が国の老齢人口比率(65歳以上人口割合)は,1940年の4.7%から1985年には10.3%に増加し,今後についても2020年には23.6%と増加していくことが予測される。こうした社会の高齢化が進む中で企業従業員の年齢構成の高齢化も進んでいる。年功序列型賃金休系の下では,就業構成に中高年者の比率が高いほど人件費の上昇と結びつきやすく,また,管理職に昇進できない者の割合が高まることで企業の活力が低下しやすいなど,企業にとって問題は大きく,大企業を中心に高齢者の雇用過剰感は根強いものとなっている(第II-4-7図)。そこで企業側は,構造転換を迫られ生産規模の縮小を余儀無くされると,雇用調整を図り人件費の削減を行うこととなるが,整理人員の対象として賃金の高い高齢層がしばしばあげられている。加えて近年の急速な技術進歩により省力化・自動化機器が急速に導入されつつあり,熟練労働と未熟練労働の差が埋められてきたこともこうした動きを助長している。労働省「技術革新の雇用に及ぼす影響等に関する調査」(61年)によると,製造業のFA機器を導入した工程の28.3%において労働者構成の変化がみられ,その内訳をみると年齢構成が「高齢化した」工程が8.3%なのに対して,「若年化した」工程は60.4%となっている。また,OA機器を導入した職場(全産業)の16.3%において労働者構成の変化がみられる。内訳をみると,「高齢化した」とする工程が24.4%,「若年化した」工程は54.8%となっている。このようにFA機器やOA機器を導入した工程や職場においては,新しい技能やより高い水準の技能の確保が必要となってきており,年齢構成の若年化が強まっている。さらに,こうしたME機器を導入した事業所の今後の問題をみると,「新しい知識,技術を持った人材の確保」,「健康問題への対応」,「その他の教育訓練,研修」についで「中高年齢者の活用」を挙げる事業所の割合が高くなっており,特にこの傾向は大企業で強くなっている (第II-4-8図)。

また,急速な社会環境,消費者ニーズの変化に対応して,経営の多角化などが進展しており,企業側は「スペシャリストの養成を目的とした新規学卒採用の重視」,「人材の効率的活用のための積極的配置転換の実施」や「即戦力となる専門的な技術,知識を有する者の中途採用の重視」などを進めている(第II-4-9図)。しかし,高齢者にとってこれまで蓄積してきた技術を放棄して,新しい職に見合った技術を習得することは難しく,一方,若年層では新しい技術の取得は容易であり,そのために雇用機会も少なくはない。こうした取得技術の差による需給状況を未充足求人の動向でみてみると,事務従事者で未充足求人が少なくなっている反面,単純工及び専門的技術者等への未充足求人が多くなっている。これは,単純工では相対的に賃金が低いため求職が少なく,一方専門的技術者等においては技術の獲得に時間を要するため,相対的に賃金が高い雇用機会があっても十分対応しえない状況となっているものと考えられる。

このように急速に技術革新や経営の多角化が進展する中で,新しい技術に対する適応性や柔軟性などといったものが労働者にとってもより重要になってきており,柔軟な対応の採りやすい若年層に比べ中高年層の雇用状況を悪化させている。こうした状況は,労働市場の需給指標にも表れており,61年10月における有効求人倍率をみると,全体では0.61倍となっており,その内訳をみると30歳台で0.95倍,40歳台で0.69倍なのに対し,50歳台で0.21倍,60歳以上で0.08倍と低迷している。