昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第II部 構造転換への適応-効率的で公正な社会をめざして-
第3章 リストラクチャリングの潮流とニューフロンティア
(資金循環構造の3つの新しい変化)
第1次石油危機を境としてわが国は高度成長期がら安定成長期へと移行したが,金融面でも同じ頃から大きな変化が生じた。企業部門に代わって公共部門が最大の資金不足部門に転じ,それが公共債,特に国債の大量発行によってファイナンスされたことから,次第に債券発行条件の弾力化,多様化と流通市場の整備が進んだ。それに伴い,金利の弾力化措置や諸規制の緩和が段階的に実施された。また,国際的な面でも新外為法の施行を契機として,金融取引や業務に関する活動が活発に行われるようになった(詳細は「59年度年次経済報告」を参照)。
このように,50年代を通じて進展してきた金融の自由化・国際化の流れは50年代末から60年代に入って一段と広がりをみせはじめ,資金循環構造からみると以下のような3つの新しい変化が生じてきており,我が国の金融構造変化が新たな局面に入りつつあることをうかがわせる。新しい変化の第1は最大の資金不足主体が公共部門から海外部門へと転じたことである。第2は,粗金融資産の蓄積が名目GNP等実体経済活動のスピードに比べそのテンポが早まり,いわば負債,資産両建の形で増加を示しはじめたことである。第3は,金融取引の形態として,証券を通ずる調達・運用及び国際間の取引が急速にそのウエイトを高め,いわゆる証券化,国際化が際立ってきたことである。以下では,まずこれらの実態をみたあと,その背景につき整理してみよう。
(海外部門の資金不足幅拡大)
30年以降の部門別資金過不足(部門別貯蓄・投資バランスに対応)を名目GNPとの対比でみると (第II-3-30図),この間に2度の大きな構造変化が生じたことがわかる。最初は,第1次石油危機を境として生じた企業部門の資金不足幅の急激な低下と,公共部門の資金不足幅の顕著な拡大である。これによって50年代に入ってからは,公共部門が最大の資金不足部門に転じた。2度目の変化は,60年頃を境として生じてきた。最大の資金不足部門であった公共部門が財政再建方針の下で歳出抑制等に努めたほか,主に年齢構成上の影響から社会保障基金の黒字が拡大したことを反映して,同部門の資金不足幅が縮小してきた一方,経常収支黒字が58年以降急速に拡大してきたことから,海外部門の資金不足幅が増大し,61年には公共部門を若干上回るなど,同部門と並んで最大の資金不足部門となっている。こうした変化は,資金の基調的流れが,30,40年代には「家計から企業へ」であったものが,50年代には「家計から政府へ」と変わり,さらに60年代入り後は,「家計から政府へ」の流れも大きいものの,「家計から海外へ」の流れが顕現化していることを示している。
(金融資産蓄積テンポの早まり)
次に,粗金融資産蓄積テンポの加速化についてみたのが 第II-3-31図である。国内民間非金融部門(企業+個人)の純金融資産増加額(貯蓄・投資差額)と粗金融資産増加額のそれぞれの名目GNPに対する比率をみると,50年代以降はそれ以前に比べ企業部門の資金不足輻縮小の反映として,純金融資産増加幅は拡大したが,粗金融資産増加テンポは,特に50年代前半では40年代以前に比べむしろ低下した。これは,企業が減量経営の一環として借入金(金融負債)の抑制と運用の効率化・圧縮化に努めたことを反映したものと考えられる。
これに対し60年頃を転期として,純金融資産増加幅は緩やかな増加を示したが,粗金融資産増加額はそれを上回って増大した。純金融資産増加額と金融負債増加額の和が,粗金融資産増加額に等しいことから考えると,60年,61年に生じている粗金融資産の増加は,負債の増加に負うところも大きい。言葉を代えて言えば,金融資産運用のために資金調達する動き,ないし,調達した資金のより多くを,実物資産への投資ではなく金融資産運用に充当する動きが強くなっていることを示唆していると言えよう。また,民間非金融部門における資産,負債両建による粗金融資産蓄積は,専ら企業部門の行動を強く反映したものであることが 前掲第II-3-31図から読みとれる。
こうした両建化の動きは,30年代にもみられたが,当時は企業が旺盛な資金需要を抱え,その調達を主として銀行からの借入に頼っていた事情を反映して,銀行との安定的取引関係への配慮から,一定水準の預金歩留まりを維持せざるを得なかったことと関係していたと思われる。すなわち,銀行からの実際の借入額が預金歩留まり分だけ大きくなり,結果として借入と預金とが両建で増加したわけである。これに対し最近の動きは,どちらかといえば後段でみるように企業がより安いコストで調達し,より高い利回りで運用することによって財務収益を向上させようとするインセンティブに基き,主体的に行動していることによる面が大きいと考えられる。
また,海外部門との取引についてみても,資産,負債両建での粗資産蓄積テンポの加速化現象がみられる。先述したような経常収支黒字の急速な増加がら,名目GNPとの相対関係でみた対外純資産の増加テンポはかなり大きいが,粗資産増加のテンポは,ここ1~2年それを大きく上回っており,粗資産が純資産のみならず対外負債の犬幅な増加を伴って膨らんでいることを示している。
こうした資産,負債両建による金融資産蓄積は,一面で金融取引額と実体経済取引額との一体性を弱めるとともに,他面で企業の手元流動性を顕著に高める形となっていると言えよう。
(金融の証券化,国際化)
第3の特徴としての金融取引面における証券化,国際化の動きをみたものが 第II-3-32図である。広義金融市場に占める各種運用(=調達)のウェイトの変化をみると,まず金融機関による国内証券,外国証券等の運用,国内民間非金融主体(特に企業)の外国証券運用の高まり等を反映して,有価証券取引のウェイトが55年頃から漸次高まり,特に,60年頃からそのテンポが強まってきたことがあげられよう。同比率は,60年,61年1~9月期には全体の50%を超え,貸出を上回るに至っている。有価証券を通ずる調達・運用比率の高まりを金融の証券化と呼べば,60年以降証券化の動きが急テンポで進展してきた点が最近の際立った特徴といえよう。この結果,金融機関を通ずる間接金融のウェイトも,銀行の有証運用増加にも拘らず低下し,直近では84%まで下がっている。現在,国内でのCP発行について検討が進められているほか,住宅ローン債権の流動化の動きがみられるなど,証券化の流れはその内容を広げつつ今後一段と強まって行く可能性がある。
また,国際化の動きも急激に高まっている。広義金融市場に占める海外の比率は,55年頃から増加しはじめたが,特に59年以降そのテンポは加速化し,58年の18%から61年1~9月期には35%にまで上昇した。こうした国際間の金融取引の大幅な増加は,一面で金融機関,企業の海外での金融活動の活発化を反映したものであるとともに,他面,それがまた国際化を促す結果となった。さらに,我が国,なかんずく東京の金融面での飛躍的な地位向上をもたらした。第II-3-33表にみるように,国内市場も含めた我が国金融市場の規模は,円高の影響はあるもののニューヨーク市場に迫りつつあり,国際市場の規模においてもユーロ市場の中心であるロンドン市場には及ばないものの,近年,急速な拡大を示している。市場全体に占める国際取引のウェイトも年々高まっており,61年末では13.4%に達している。外国為替市場の出来高をみると,61年3月時点の調査では1日平均480億ドルと,これもロンドン市場の900億ドルには及ばないが,ニューヨーク市場の500億ドルに匹敵する規模になりつつある。また,株式市場の規模をみても,60年末と資料は古いが,時価総額はロンドンの2.7倍,ニューヨークの半分となっており,最近では円高や株式相場の上昇もあってニューヨークと並ぶところまできているとみられるなど,東京マーケットはニューヨーク,ロンドンと並ぶ世界の三大国際金融市場の一つに数えられるまでになっている。なお,61年12月に開設した東京オフショア市場は62年5月末現在で資産残高1,500億ドルと順調な拡大を続けており,香港,シンガポールのオフショア市場規模に迫りつつある。
(金融構造変化の背景)
最近の資金循環構造にみられる変化のうち,第1の特徴(海外部門の資金不足幅拡大)は,実体経済面で我が国の経常収支黒字が大幅に拡大したことと表裏の関係をなすものであるが,第2の変化(粗金融資産蓄積テンポの早まり),第3の特徴(金融の証券化,国際化)の背景としては,次の3点が指摘できよう。
まず第1は,国債の大量発行継続と発行残高の累増,世界最大の純債権国化,エレクトロニクス技術の発達等による取引・情報手段の飛躍的向上,対外経済面における相互依存の高まりや,金融機関の海外業務展開の活発化と我が国金融市場への進出に対する海外からの関心の高まり,あるいは,企業と銀行との力関係の変化等,経済を取巻く環境が大きく変化している下で,企業,家計,金融機関等各主体の金融調達,運用ニーズが多様化,高度化してきたこと,第2は,そうしたニーズの変化にも対応して諸規制がかなり緩和されてきたことである。主な諸規制の緩和措置は,付表II-2に掲げた通りであり,特に59年2月に「金融の自由化及び円の国際化に関する現状と展望」及び「日米円ドル委員会報告書」において自由化,国際化に関する具体的展望が示されて以降,自由化,国際化の進展は,目覚ましいものがあり,量的な変化をもたらす点で,それまでとは異なったマグニチュードをもっている。預金等市場では,CDの発行条件緩和(最低発行金額引下げ,発行枠拡大,発行期間の弾力化)とCD流通市場の発達,MMCの創設とその最低預入単位,預入枠,預入期間の段階的弾力化,大口定期預金金利の自由化とその最低預入単位の引下げ,外銀の信託業務への参入許可,債券市場では銀行等の公共債ディーリング開始,債券先物市場の創設,国際金融市場では,ユーロ円市場における各種自由化,先物為替取引における実需原則撤廃,海外CP,CDの国内販売,東京オフショアマーケットの創設等が相次いで実施された。広義金融市場における証券化,国際化が特に59年から急速にテンポを早めた背景には,こうした各種の規制緩和措置がかなりのインパクトをもっていたとみることができよう。
第3は,第I部第7章でもみたように金利が継続的に低下し,その下で土地,株式相場も急速に,ないしは持続的に上昇し,また,金融の量的緩和が続くなど金融緩和が浸透してきているという金融環境の影響も無視し得ないだろう。
例えば土地,株式など既存資産価格上昇による担保力向上や金融機関の貸出姿勢の積極化から企業等の資金調達のアベイラビリティーが高まってきたこと,金利の低下,株式相場の上昇等発行環境の好転により,国内市場における転換社債,海外市場におけるワラント債の起債が増加したこと,運用面でも,金利低下の下では売買回転率を上げることによって,高い所有期間利回り(クーポン収入+値上がり益)を享受し得る可能性があったことなどが指摘できる。
以下では特に企業,家計の金融行動の変化と金融機関の対応についてや詳細にみてみることとしよう。
(収益指向を強める企業の財務戦略)
我が国企業の金融資産蓄積については前段で述べたとおり,負債,資産両建の形で最近かなりの増加テンポを示してきたが,第II-3-34図はこれを実額ベースで再掲したものである。61年の企業金融をみると,設備投資,在庫投資が物価の低下もあって名目額としては59年47.0兆円,60年53.6兆円,61年は54.5兆円と極めて低い伸びに止まっているうえ,第I部第3章でみたような過剰償却や,在庫評価損などの影響もあって,収益の伸びが低下している割に資金不足が縮小している。しかし,金融調達は60年,61年とも59年を上回る30兆円規模に達した。このため金融負債増加に対する金融資産増加の比率は,50年代前半までは40%前後で落着いていたが,59年に68%,60年87%となったあと,61年には100%を越えた。これは実体経済活動としては負債増加の必要がほとんどないのに対し,多額の調達を行ってそのほとんどを金融資産運用に充当していることを示している。
50年代前半においては,資金不足幅が縮小するのに対応して,企業はどちらかといえば,無駄な借入金を圧縮しようとする減量指向型の財務効率化戦略を展開してきたが50年代末からは,調達面ではより低いコストのものを,運用面ではよりハイリターンのものを選好することによって,金融資産・負債の増加を抑制するよりはむしろそれを積極的に活用することによって財務収益を向上させる形での効率化に乗り出してきたと言えよう。
そこで企業がどのような調達,運用を行っているのかにつきやや詳しくみたのが前掲第II-3-34図である。これをみると最近の主な変化として次の諸点が指摘できる。
まず調達面では,(i)金融機関借入は,依然調達全体の8割強を占めているがそのウェイトはかつてに比べ低下しており,特に公的金融機関からの借入増加額は55年当時の半分となっている。一方民間金融機関からは外貨建借入の増加などからそのウェイトは若干なりとも上昇している。(ii)借入以外では,金利,為替スワップなど新しい金融手法の開拓や本邦株式相場高を反映して低利の転換社債やワラント債を中心に60,61年と外債発行の増加が顕著であり,同増加額は55年当時の約10倍にまでなっている。一方,運用面では,(i)現預金による運用ウェイトが低下しそれ以外のウェイトが傾向的に増加してきたこと,(ii)預金のうちでも自由金利,高利回り商品のウェイトはかなり高まっていることがあげられる。MMC,大口定期,CD,外貨預金を合計した自由金利預金の増加額は60年で12.4兆円,最近1年間では16.2兆円と現預金全体の増加額(各々10.8兆円,11.5兆円)を上回っており,規制金利預金を減らし,自由金利預金へと運用がシフトしていることがわかる。特に61年については大口定期は約3倍に増加し,運用増加額全体の5割近くに達した。現預金以外では,Gii)高利回りの期待できる各種投信や金外信,特金信などの信託が60,61年に急増していること,また,(IV)外国証券投資も60,61年に大幅に増加し,外貨預金を含めた外貨運用が60年に4割に達したこと,さらに,(V)債券,株式の増加は緩やかではあるが,第I部でも述べたように短期売買によるキャピタルゲイン指向の運用が行なわれていることなどが指摘できよう。
こうした動きは,高いリターンと低いコストの組合せで財務収益を高めようとする意図に基くものであるがその成果は企業の財務収益の改善として表われてくるはずである。前掲第II-3-34図によって主要企業の財務収支の動向をみると,調達金利と運用利回りの差は60年度にかなり縮小しており,法人季報の動きから推測すると,61年度にはさらに縮小し,単位当たり利鞘のマイナスはほぼゼロ近辺まで近づいていると考えられる。この結果,金融収支率は59年度に50%を上回ったあと,60年度には53%に達し,法人季報から推測すると61年度は更に上昇しているとみられる。
このように企業は,収益力の維持向上をめざして財務面での新たな戦略を展開しはじめている。
(多様化する家計の金融資産運用)
家計の金融行動も,金融資産蓄積の増加により家計所得に占める利子収入の割合が60年で8%と無視しえない大きさに達している中で,各種金融新商品の登場もあって特に運用面での多様化を中心に徐々に変化している。
まず個人部門の金融資産運用と調達の動向を 第II-3-35表 によりみると,借入面では,(i)民間金融機関,住宅金融公庫を合計した住宅資金借入の増加額は61年には増加したものの,金利の高い既往借入の期限前返済の動きを反映して55年以降減少気昧となっている一方,(ii)消費者信用増加額は年々着実に増加し,残高の伸びをみても,55年末から61年末までの6年間で3.4倍と同期間の名目個人消費の伸び34.8%を上回りその利用が大幅に増えている。他方,運用面では,(i)現預金のウェイトは依然5割強を占めているものの,かつてに比べ低下してきていること,代って(ii)一時払い養老保険,変額保険など,貯蓄型保険を中心に保険の伸びが著しく,最近1年間の増加額は14.6兆円と全体の運用増加額の3分の1を占めているほか,有価証券では投信の伸びが大きいことが特徴である。
これらはいずれも高い利回りが期待できるとの予想によって運用が増加していると考えられる。
このように個人部門の運用は高利回り物を選好する形で多様化しているが,それ自身が直接的に証券化,国際化の形をとっている訳ではない。むしろ預金,保険,投信等の形態で個人貯蓄を吸収した各金融機関によって証券や外貨資産への運用が行なわれている訳である。
第II-3-36図は,最近の銀行,信託勘定,生命保険会社の資金吸収,運用状態を示したものであるが,資金吸収面では,銀行部門は債券の伸びが緩やかなほか規制金利預金の増加も60,61年と大きく鈍化したが法人を中心とする自由金利預金の増加から堅調な伸びを続けている。また,生命保険会社の資金量(ここでは運用残高で代用)も個人を中心に,銀行の伸びを上回る増加を続けている。さらに,信託勘定については,上記業態をさらに上回る伸びを示しており,特に61年は法人の投信,金外信,特金信受託を中心に急増し,増加額は30兆円と全国銀行の資金量増加額(25兆円)を大きく上回った。こうして吸収された資金は全国銀行の場合,外国証券やコール・手形が若干増加しているものの主に貸出に向けられ,その運用構成も55年以降大きく変化していないが,信託勘定,生命保険会社などでは貸出のウェイトは顕著な低下を示しており,貸出以外については,外国証券,株式,国債,コール・手形,生命保険会社等では金外信・特金信 (第II-3-36図では,生命保険会社等の現金・預け金増として表われている)へも運用されている。特に60~61年中の運用増加額の各種資産への振分けをみると,この傾向は一層顕著となっており,相互銀行,信用金庫の中にもこのような傾向が表われていることがわかる。こうした各金融機関の動向が結果としてマクロ的な意味での証券化,国際化の動きを大きく進めているということができよう。
上記のような環境変化に対応して,金融業では,まず国際化が多様な形で進展している。例えば金融業の海外直接投資額は55年度の3.8億ドルから60年度には38.1億ドル,61年度は72.4億ドルと急増し,全体の海外直接投資額に占める比率も55年度の8.1%から61年度には32.4%へと高まった。こうした直接投資は海外現法の開設,買収や支店の拡充,あるいは不動産取得などを中心とするものであり,それらを通じて金融業は貸出業務,証券のディーリング,各種運用等広汎な業務展開を進めている。この結果,都市銀行を例にとってみると,海外部門のウェイトは年々増加しており,海外部門からの収益のウェイトも60年度には約2割程度に達しているとみられている。このほか,海外からも貸出,信託,証券業務への参入が行われている。
また,固有業務以外での業務の拡大を通じて業態間の競合が生み出されたり,機械化の進展等を利用して提携という形で一種のネットワークづくりが進むなど業際化の動きが出てきている(第II-3-37表)。こうした動きのうち,前者について主なものを整理すれば,普通銀行,長期信用銀行,信託銀行,中小企業金融機関等の間で業務の同質化が進展しつつあること,銀行と証券との国内,海外を通ずる一部業務の相互乗入れの動き,保険会社の個人貯蓄,ローンへの進出,ノンバンクの金融業務への進出などがあげられる。例えば銀行各業態間の競合状態をみると長期貸出比率は長期金融を専門とする長期信用銀行,信託銀行では最近傾向的に低下し,60年度でそれぞれ70.9%,30.6%となっている一方,都市銀行,地方銀行,相互銀行,信用金庫の同比率は傾向的に上昇し,同じく60年度で都市銀行39.7%,地方銀行45.6%となっている。中小企業向け貸出のウェイトも都市銀行,信託銀行,長期信用銀行など従来大企業向けを中心としてきた業態で高まりをみせ,都市銀行においては60年末に既に中小企業向け貸出の割合が50%を超えた。また銀行,証券間での相互の業務への乗入れ状況をみると,金融機関の国債窓販額の引受額に対する比率は61年度で40%に達し,証券会社販売分を合わせた全休の募集取扱額に対する比率も4割近くとなっているほか,公共債ディーリングの面でも61年度で全体の4分の1を超えるまでに至っている。一方,証券会社による公共債担保貸付等の業務も開始されている。
第2の動きとして業態間の垣根を越えた提携による新商品開発も盛んとなっている。代表的なものを拾うと普通預金と中期国債ファンドを組み合わせたスウィープアカウント(証券=信用金庫等の提携),定期預金と各種保険を組み合わせたリレーサービス(銀行二生保の提携),中期国債ファンドとクレジットカードの組み合わせサービス(証券=ノンバンク間の提携),銀行POS(銀行=ノンバンクの提携),土地信託提携(銀行=信託の提携)などがある。これらは高利回りや個別商品では不十分な機能の補完,金融以外のサービスの付加などを狙いとしたものであり提携の形態も上のようにかなり複雑になってきている。
このように現在,金融業は大きな変化の時代を迎えており,それに伴って業態間,国際間の制度上の諸問題をどう調整していくかが1つの重要な課題となっている。一方,個々の金融機関や企業にとっては,新たなビジネスチャンスが広がってきていると同時にカントリー・リスク等の信用リスクや価格(ないし金利),為替変動リスクが高まってきているだけに,自己責任原則を前提として資産の健全性を維持するとともに,ALMや各種ヘツジ手段を用いることなどを通じてリスクを回避ないし分散化させる新しい対応が求められていると言えよう。