昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第I部 昭和61年度の日本経済-構造転換期の我が国経済-
61年度から62年度にかけての我が国の経済は,為替レートが急速がっ大幅に修正されたこと等を契機として構造調整を余儀なくされ,その第一歩を大きく踏み出した。こうした構造調整の進展が景気の後退局面にあったことが,今回の景気循環の動きを複雑にし,判断しにくくしたことは事実であろう。以下で今回景気の下降局面の特徴と景気の現局面について検討する。
(景気の下降局面の特徴)
58年2月を谷として拡大しつづけてきた我が国経済は,28カ月たった60年6月を山に下降を始めている。この拡張局面の長さは,前々回(50年3月から52年1月)の22カ月間にくらべると多少長いものの,前回(52年10月から55年2月)とは同じであり大きな違いはない。また,景気の下降が始まった時期は,為替レートがドル高の修正を始めつつあったが,大幅かつ急激な変動をする前であり,為替レートの動き自体が景気下降の引金となったとは考えにくい。今回景気の下降局面は,世界輸入の伸びが鈍化したこと等により,輸出の増勢が鈍り,生産が停滞気味となったことから在庫調整が始まったといえ,その意味からは通常の循環的な動きということができよう。しかし,これまでの景気の下降局面と異なっていたのは,循環的な調整が動きだしたとともに,為替レートの大幅かつ急激なドル高修正による構造的な調整が始まり,他方,原油価格低下による交易条件の改善の効果も加わったことが,いわゆる「景気の二面性」といわれる現象を創出し,下降局面を通常のものより複雑にしたことである。
製造業での投資動向は,59年央頃からストック調整等によりその伸びを鈍化させ始めていた。そこに為替レートの大幅なドル高修正による輸出の停滞や構造調整がその動きに加わり,必要とされる調整の幅を大きくしている。62年1月~3月期で概ね資本ストツクの量は,ストツク調整といった観点がらだけでみれば調整を終えつつある水準となってきている。従って,製造業での設備投資は次第に減少幅が縮小していくものと期待されるが,構造調整は未だその過程にあり,輸出依存度の高い業種では依然調整の進展が必要とされている。しかし,こうした業種においても経済構造の転換を受けて積極的に非製造業や成長分野への進出等融業化,多角化を進めており,設備投資は徐々にではあるが行われてきている。また,国内需要への依存度の高い業種での設備投資は,国内需要中心の成長が既に始まっていることもあって底固い動きを示している。
製造業全休の設備投資は,構造調整を要する業種の多くが我が国経済の成長を支えてきた基幹産業であるだけに,その影響を大きく受けたが減少幅が縮小しつつある。
一方,非製造業での設備投資は,従来から循環的な動きが比較的薄く今回も製造業での設備投資がストック調整局面に入り,景気全体も後退局面に入った後もむしろ伸びを高めた。経済構造自体が情報化,サービス化等により第三次産業の比重を高めてきている中で,非製造業の設備投資は製造業の設備投資と比べると景気循環との関連が比較的薄いものとなっている。今回の場合大幅な円高等による交易条件の改善が消費を堅調にし,金融緩和が進んだこと等が住宅投資を高水準等で推移させ,非製造業の業況を活発なものとした。こうしたことが,製造業の設備投資が伸びを鈍化させていく中で非製造業の設備投資を着実なものとした。これに加え,外生的な要因として金融の国際化,自由化が進められたことが,外資系企業を中心に事務所需要を増加させ,また,情報化,サービス化を促進したこともあって設備投資を一層活発なものとしたと考えられる。
雇用面においても,こうした業種間での設備投資の動向の違いと同じ傾向が観察することができる。製造業での労働需要は鉄鋼,一般機械,造船等輸出型の業種で大きく減少し61年度下半期には常用雇用者数も前年水準を下回るに至った。雇用調整を実施する事業所割合もかなり増加してきたが,こうした雇用調整の水準は依然高いものの概ね峠を越えつつある。62年度に入ると新規求人も増加してくるなど明るさもみえはじめている。
また,非製造業では,建設,金融・保険,卸・小売等で雇用者数は順調に増加を続けている。特に,この内建設業では求人は強いものの,求職は多くなく技能工を中心に未充足求人が増加している。
また,企業収益面でも同様の傾向が現れており,経常収益は,製造業では輸出関連業種を中心に61年度は前年度を大きく下回ったものの,非製造業では国内需要の伸びや活況を呈した金融・株式市場,土地・住宅価格の高騰等から高い伸びを示した。
このように製造業においては,資本ストックや雇用者といった生産要素が輸出型業種で過剰となっておりその調整の必要に迫られているのに対し,非製造業ではこれらの生産要素は不足気味であり需要には根強いものがある。こうした違いは,単に景気循環の一局面として生じるばかりではなく,我が国経済の構造調整といった大きなうねりの中で発生し,その必要とされる調整の幅が大きくなり,容易に調整が終えられないことが,今回の景気の下降局面を複雑なものにし特徴づけていると言えよう。
(景気の現局面)
61年度において,我が国経済は既に内需主導型への転換をかなり進めている。
我が国の実質国民総支出は,60年度4.3%の成長を遂げた後,61年度には2.6%の伸びと第一次石油危機後の49年度の0.3%減というマイナス成長に次ぐ低い成長にとどまった。しかし,この低成長は,円高に伴う経常海外余剰の減少によるものであり,国内需要の寄与度だけをみると4.1%と54年度以来の高い伸びとなっており,国内民間最終需要(民間最終消費支出+民間住宅+民間企業設備+民間在庫品増加)の寄与度は,61年度2.8%の増加となったが,在庫調整に伴う在庫減の影響があり,これを除くと3.2%と着実に増加している。
こうした中で,輸出依存度の高い製造業では,生産は停滞し収益も悪化してきた。生産の停滞は既にみてきたように輸出の伸びの鈍化,設備投資の停滞,在庫調整,競合輸入品の増加等の要因から生じている。このうち輸出や輸入は今後とも為替レートの急激な変化がないかぎり大きく変わることはなく,引続き輸出は緩やかな動きで推移し輸入は増加傾向で推移していくものと思われ,それ自体は生産増加要因とはなりにくい。しかし,設備投資のストック調整局面は調整圧力がピークを越え,また,在庫調整もほぼ終了したと思われることから,この二つの要因からの停滞圧力は薄れつつある。
62年に入り我が国経済は,足取りは緩やかであるが次第に底固さを増しつつある。鉱工業生産指数は,1~3月期に増加し,その後多少もたついてはいるものの次第に下げ止まりの局面に入りつつあるものと考えられる。しかし,その回復は,輸出が以前のように伸びを高めていくことは期待しえず,輸入が着実に増加していくであろうことから力強さに欠けるものとなろう。一方,非製造業では,依然建設業,卸・小売,金融・保険等で好調さが続いている。企業収益も,非製造業では堅調に推移しているものの,製造業での輸出の減少,製品価格の下落等から,全体としては低い水準が続いているが,このところ改善の動きがみられる。
また,雇用面でも依然失業率は高く厳しい状況が続いているが,新規求人は製造業で下げ止まりつつあることもあって増加しており,所定外労働時間にも下げ止まりの気配が伺がわれる。こうした動きの違いは,過去においては景気の回復局面においてよく観察された現象であり,今回この面からも景気の回復が否定されるわけではない。しかし,今回の場合労働市場にも我が国経済の構造転換が大きく影響しており,失業率が景気回復とともに急速に改善していくとは考えにくい。
以上みてきたように,我が国経済は底固さを増しつつあり,今後とも61年度からの内需中心の成長を着実に続けていくものと考えられる。しかし,我が国全体の景気という観点からは,為替レートの動向等不確定な要素にも依存するが,輸出は緩やかな動きで推移し輸入は増加を続けると考えられることからその回復は力強さに欠けるものとなりかねないが,今後,補正予算の成立とともに「緊急経済対策」が実施に移され,その効果が次第に景気の回復を明瞭に着実なものとしていこう。