昭和62年

年次経済報告

進む構造転換と今後の課題

昭和62年8月18日

経済企画庁


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第I部 昭和61年度の日本経済-構造転換期の我が国経済-

第7章 財政金融政策の動向

第2節 金融及び金融政策の動向

1. 大きく低下した諸金利

(史上最低水準となった公定歩合)

日本銀行は,昭和61年1月から62年2月にかけて公定歩合を5回にわたって引き下げた。この結果,わが国の公定歩合は60年末の5.0%から最近では2.5%まで低下し,史上最低水準となったほか,国際的にみても主要国では最も低いものとなっている。

最近の一連の公定歩合引下げに当たっては,円高,原油価格低下に伴う物価の安定化という基本的な条件が整っていた中で,急激な円高の進行等により景気の足取りが緩やかとなってきたことに対応する必要があったことは言うまでもないが,一方,為替相場がドル安・円高方向で不安定な動きを続けたため,為替相場安定のため通貨当局の行動と合わせて,マクロ的な意味での国際的な協調行動をも意識して決定されてきたと言えよう。

(大きく低下した短期金利)

公定歩合の引下げに呼応して短期市場金利もインターバンク,オープン市場とも逐次低下し,62年5月末にはコール・レート(有担保,無条件物)3.1250%,手形レート(2ケ月物)3.6875%,CDレート(90日以上120日未満)3.85%,ユーロ円レート(3ケ月物)3.9375%と61年1月30日の公定歩合引下げ前に比べ,3.625%,3.3125%,2,3125%,2.93%の低下となり,いずれも既往最低水準となった。こうした金利低下局面で,インターバンク,オープン市場間の金利は一時的に乖離する場面もみられたが,結局はオープン市場金利がインターバンク金利に見合う水準へと引寄せられる形で裁定されてきた(第I-7-1図)。

この間,短期金融市場は引続き大幅な規模拡大がみられた。特に,インターバンク市場は,55年以降そのシェアが低下してきたが,61年中は,無担保コールの導入(60年7月),投信等余資機関の放出増加もあって,コール市場を中心に大幅に拡大し,残高(日銀オペを除く)は60年末の14.5兆円から61年末には19.1兆円となった。

なお,公定歩合の引下げや各種市場金利の低下に伴って,全国銀行短期貸出約定平均金利も60年12月の5.796%から62年5月には4.052%へと低下し,過去最低水準に達したほか,預貯金の金利もこの間5回にわたって引き下げられた。

(長期金利の大幅低下と長短金利の逆転)

長期金利の動きをまず国債流通利回りの動向からみてみると,円相場が上昇し,公定歩合が引き下げられる中で根強い金利先安期待が生じた61年初から4月までほぼ一貫して低下した。その後,円相場が落着く中で低クーポン債に対する最終投資家の抵抗感や米国長期金利が下げ渋ったこと等から緩やかな上昇をみたが,11月を境に再び低下方向に転じ,特に62年に入ってからは,一段の円高進行に伴う金利先安期待の高まりから,ディーラーを中心とする短期売買が活発化し,5月には国債の指標銘柄で一時2.5%台のレートが出現するなど急速に低下した。この結果,60年後半から61年初にかけてみられたような,長期債利回りが短期市場金利を下回る,いわゆる長短金利の逆転現象が再び生じた(前掲第I-7-1図)。なお,国債流通利回りはその後5月半ばからは,相場の行き過ぎ警戒感から大きく反転している。

このような国債流通利回りの動きを反映して長期プライムレートも60年末の7.2%から62年5月には4.9%へと逐次引き下げられたため,全国銀行長期貸出約定平均金利も60年末の7.282%から62年5月には6.068%へと低下し,これも既往最低水準となった。また,これと関連して住宅ローン金利も固定型が同期間で7.68%から6.48%へ,変動型が7.2%から4.9%へ,住宅金融公庫の個人向け一般貸出金利も5.5%から4.2%へ引き下げられた。

2. 高い伸びを示すマネーサプライ

(市中流動性の高まり)

金融の量的側面をマネーサプライの代表的指標であるM2+CD(平残)でみると,60年末から61年初にかけて前年比9%台の高い伸びを示したあと,やや低下し,61年4月以降は前年比8%台の増加率にとどまっていたが,62年に入って再び上昇し,最近では5月で10.2%と伸びが加速した形となっている。このようなマネーストックの動きを実体経済活動と比較するためマーシャルのk(M2+CD(末残)/名目総需要)を算出してその推移をみると (第I-7-2図),従来からのトレンド(45年から61年の間で計測)との対比で最近はかなりの上方乖離を示しており,特に,このトレンドからみる限り,その乖離幅は62年1~3月期で5.65%ポイントと前回緩和期のそれを大きく上回るとともに,前々回(46~48年)の緩和期に近い乖離にまで達している。また,マネーとの代替性の高い短期金融資産が近年大幅に増加してきたことを踏まえ,それを加えた「修正マーシャルのk」を試算してみると,残高の伸びはM2+CDより高くなっているものの,前々回緩和期と比べた場合のトレンドからの上方乖離幅の相対的大きさは,M2+CDの場合と変わらない。その意味ではマネー及びこれと代替性の高い金融資産の間のシフトが従来のマネーサプライ指標を大きく攪乱しているとは言い難く,高い市中流動性を否定するものとは言えない。さらにこうした高いマネーストックの増加がどのような部門に蓄積されているかについてみると,家計部門では従来のトレンドから大きく乖離していない一方,企業部門では従来のトレンドから大幅な上方乖離を示しており全体として企業部門で流動性が高まっていることがわかる。

(マネーサプライ増加の背景)

さて,こうした企業部門を中心とした流動性の高まりをどう評価するかとも関連して,マネーサプライの増加の背景を需要面,供給面に分けて整理してみよう。

需要面に関しては,3つの留意すべきポイントがあろう。第1はマーシャルのkのトレンドの解釈,第2は,金利変動や金利水準に関するマネー需要の変化,第3は,取引需要の見方である。

マーシャルkのトレンドについては,個人金融資産がすう勢的に増加し,しかもその大半が定期性預金であったことを反映したものと考えられてきたが,金融構造が大き〈変化する中で,トレンドの期間をどうとるかという問題とともにトレンド自体の意味につき吟味が必要となっている。今,マーシャルのkのトレンドからの乖離と企業の資金繰り判断DIとの関係をやや長い期間につきみてみると (第I-7-3図),両者の関係は50年代前半は,企業の手元流動性の圧縮により左上方にシフトした後,最近時点では,再び右方向にシフトする気配をみせている。すなわち,これは企業のなかに50年代前半よりも厚めに流動性を保持しながら企業経営を行う姿勢が出てきている可能性があることを示唆している。

第2は金利に関するものである。通常の貨幣需要関数に従えば,金利の低下は,マネー保有に関する機会費用を低下させるため,貨幣需要を高めると考えられる。現在,実体経済活動に比ベマネーストックが高い伸びを示している背景としては,先述したような各種金利の低下が影響を及ぼしていると言えよう。

ただその際,金融構造や各主体の金融活動が大きく変化していると思われるだけに,金利変動に対するマネー需要への感応度が変わっていないかどうか,また,金利がかつてない低水準に達している現在,貨幣需要関数が線型で近似し得るかどうかについては,注意しておく必要がある。

第3は,第1の点とも関連するが,取引需要に関する問題である。決済手段としての貨幣は最終需要財やサービスの取引に用いられるばかりでなく,中間取引,資産売買の決済手段としても使用される。中間取引額については,最近の卸売物価の低下や生産活動の停滞傾向などからみて,名目総需要より低い伸びに止まっていると考えられるが,資産売買は60,61年に大幅に増加しており,これに関連した貨幣需要が,かなり寄与している可能性がある。例えば第I-7-4表にみるように,事業法人,個人の株式・債券売買高は,合計で58年71.9兆円,59年109.4兆円のあと,60年には133.4兆円,61年には192.7兆円と大幅に増加しており,法人企業の土地への運用も60,61年と大幅に増加した。また,これ以外でも中古マンション,ゴルフ会員権などの売買も価格上昇などからかなり増加しているとみられている。このような資産売買の増加の原因としては実体的な背景(東京の国際化,情報化によるビル需要,内需関連産業の収益向上による株高等)ももちろん大きいが,他面,金利低下の中で,これら資産価格の上昇により,その収益率が大きく高まったことも1つの要因を成していたと考えられる(第I-7-5表)。ただし,注意すべき点としては,こうした資産売買の急速な増加に伴う取引需要と生産活動に関連した取引需要(名目総需要や中間取引)とを比べた場合,前者は環境が変化すれば容易に資産取引から実物取引へと転じ易い性格を有していると考えられるだけに,インフレ期待や物価動向との関連で見る限り,両者を同一の取引需要として一括することはできない。

一方,こうした需要面の動向に対し,供給面の対応をみてみると (第I-7-6図)。マネーサプライ増加が金融機関の与信増による対民間信用によってもたらされていることがわかる。金融機関が前述したようなマネー需要に対し積極的な与信行動を行った背景には,預貸金利鞘が傾向的に縮小する下で規模拡大により収益の向上を図ろうとするインセンティブが強く働いていたほか,短期市場金利の低下に対し,貸出金利の低下幅が小幅にとどまったことから外部負債調達による運用の限界採算が相対的に良好であったことが指摘できよう。

以上のように,最近,実体経済活動に比ベマネーサプライが高い伸びを示している背景は,金利低下によるマネー保有の機会費用の低下や企業の流動性保持指向の強まり,さらには,資産取引の急激な増加といった需要が金融機関の積極的な与信姿勢によって実現してきたことによるものと整理できよう。

(金融緩和は十分に浸透)

マーシャルのkのトレンドからの上方乖離幅が最近かなり大きくなっていることについては前述した留意点を考慮する必要があり,46~48年の過剰流動性の時期に匹敵する状況にまで至っているとみるのは早計であろうが,一方,企業の資金繰り感,金融機関の貸出態度,手元流動性比率,手元現預金水準判断等,企業行動の変化を考慮した主観的判断等でみると(第I-7-7図),最近では前々回ほどではないにせよ,前回の緩和期のピーク並の企業金融の緩和感が生じているのも事実であり,その意味で,金融は既に十分に緩和した状態にあると言える。

もちろん,一般物価動向は依然落着いた状態にあり,また,流動性の高まりが期待インフレ率や一般物価水準の高まりを必然的に招来するとみることも必ずしも現実的ではあるまい。また,金利の低下や金融の量的緩和が住宅投資や非製造業の設備投資をコスト面から支えたこと,調達コストの低下や含み益の増大を通じて企業収益を下支えたこと等の効果をもっていたことも否定できない。

しかしながら,東京の国際化,情報化に伴うビル需要等実体的な背景の下,金融緩和の影響もあって,土地等資産価格が上昇したことで住宅,公共投資等の新規投資のコストが増大し,また,資産分布に関する不平等感を生んできているのも事実である。さらに,物価を巡る環境をみても原油価格が昨年末以降上昇してきていること,海外商品市況にも若干ながら動意がみられること,米国の物価上昇率がやや高まりを示していること,また国内的にも景気の足取りは緩やかであるが,その動きは底固さを増しつつあること等,これまでとは多少の変化も現れてきているだけに,マネーサプライが一段と加速するような事態に対してはこれまで以上に警戒的な姿勢が必要となってきている。

3. 短期売買の高まりとその影響

マネーストックが実体経済活動に比べ高い伸びを示していることのほかに,最近の金融情勢にみられる別な特徴として株式,債券等の売買高が幾何級数的な増大を示していることがあげられる。 第I-7-8図にみるように国内の株式売買高(代金ベース)は,58年に55兆円だったものが59年68兆円,60年79兆円,61年160兆円へと大幅な増加を示しているほか債券取引高(額面ベース)も同様な増加を続け61年に2,826兆円となったあと62年に入ってはさらに急増し,1~4月の4カ月で2,643兆円(年換算7,929兆円)と3倍増の勢いを示している。対外債券投資でも同様の傾向がみられる。資産残高の伸びをはるかに上回る取引高の急増は基本的には売買回転率が急速に高まったことの反映である。そしてこれには銀行による公共債のフルディーリング開始,金融の国際化といった要因も指摘できるが,より基本的な背景としては資産価格の上昇期待が根強く存在する中で,運用主体がクーポンや配当収入のほか,資産価値の上昇によるキャピタル・ゲイン収入をも指向して,短期間の値鞘獲得を狙って行動してきたことがあろう。

こうした短期売買の活発化の影響については既に上で何度か述べたところであるが,もう一度整理すれば次のとおりである。

第1はマネーサプライ増加の一因を形成していることである。これについては既に前段で触れたところである。

第2は金利差と為替相場の関係に及ぼす影響である。いま,30日,90日,180日,1年のそれぞれにつき為替変動の幅を事後的なベースで計算してみると(第I-7-9表),為替変動は期間が短くなればなるほど大きくなることがわかる。このことは,短期間の外債投資になればなるほど,投資採算に対し為替変動がドミナントな要素となり金利差の多少の変化を大きく凌駕してしまうことを意味する。つまり,運用主体の行動が短期化すればするほど対外債券投資に対する金利差の影響度が小さくなり,代わって為替相場の予想や金利見通しが投資決定に及ぼす効果を強め,金利差と為替変動の関係を変化させる一因をなしているのである。為替相場がドル安に振れがちな時は多少金利差拡大があっても,投資家のドル債投資が萎縮することもあり得るのであって,その意味で為替相場の安定に対しては為替相場が安定するという期待が重要な要素となってきつつある。

第3は,長期金利等の(価格)変動が大きくなってきていることである。金利の自由化が進展することによって金利変動が大きくなることは自然であるが,短期売買が活発化し,投資家の視野が短期化するにつれて各種相場に対する期待が一方に振れがちとなる場合には,短期間で急激な価格変動が生じ得る。例えば59年からの国債,株式の価格変動幅をみてみると,第I-7-10図のように60年後半以降変動が大きくなっていることがわかる。こうした価格変動の高まりは,時として大きなゲインを生むこともあれば時として思わぬ損失を蒙ることがあることを示すものであり,各投資主体がこうしたリスクに対し十分な認識と自己責任の姿勢をもつ必要がある。