昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
第I部 昭和61年度の日本経済-構造転換期の我が国経済-
第2章 改善が見えはじめた経常収支黒字
昭和61年度中の我が国の輸出を通関ベースでみると,数量は1.3%減と57年度以来4年振りに減少し,円ベース金額でも円建価格の大幅低下がら15.1%減と顕著な減少を示した。ただし,ドルベースでみた金額は引き続き大幅に増加した。四半期別にみると,数量は期ごとの振れはあるもののならしてみれば弱含み傾向にあり,またドルベース金額も年度初の急激な増加がら最近では頭打ちとなってきている。
輸出数量が60年に入ってから弱含み傾向を続けている背景としては,その頃から中近東の輸入需要が減退したことに加え,年後半には中国が輸入抑制策をとったこと,また急激な円高の進展があったことなどが影響したとみることができよう。しかし,60年秋からドルに対して約60%(IMF方式)の円高となっており,その輸出数量に対する影響を考慮すれば現実の輸出数量の動きはむしろ弱含み圏内にとどまっているとみることができよう。
このように,急激な円高の割に輸出数量が大きく減少しない理由としては,次の諸点が指摘できよう。
(i)世界需要要因:中国の輸入抑制政策,原油価格下落に伴う中近東の購買力の低下などの影響は最近までかなりあったが,主力の米国市場は,緩やかながらも拡大を続け,特に輸入は前述したとおり最終需要の伸びを引き続き上回って増加してきたこと,また,我が国と関係の深い東南アジア,特にアジアNICs市場では輸出,内需の好調を反映して輸入需要が旺盛であること,西欧でも,景気の足取りは緩慢ではあるものの輸入需要はそこそこ堅調さを保ってきたことなど,全休としてみた我が国輸出市場の需要は拡大を続けている。こうした世界輸入の伸びが,我が国の輸出の高い所得弾性値とも相俟って下支え効果を発揮してきた (第I-2-1図)。
(ii)採算悪化の下での輸出:円高等に伴う輸出価格の変化に投入価格低下の効果を織込んで採算悪化度を算定し,それを今回円高時と前回円高時とで比較してみよう(第I-2-2図)。今回は,投入価格の低下ピッチが原油価格の低下もあって前回円高時を上回っているものの,円高分のドル建輸出価格への転嫁が前回円高時を大きく下回っているため,ほとんどの業種では,円高による採算悪化の程度が前回より厳しいものとなっている。
(iii)規制品目の影響:我が国輸出品目のうち,米国向けを中心に乗用車,鉄鋼製品,工作機械などのように数量規制(自主規制を含む)等の対象となっているものが増えており,これら品目のウェイトは米国向けで3割以上に達している。この結果,円高にも拘らず,それらの商品は価格効果が及びにくいという性質があるため,全体としての数量への影響を減殺していると考えられる。
(iv)直接投資の波及効果:円高や貿易摩擦の高まり等に対応して機械業種を中心とする製造業の海外直接投資が急増しているが,こうした現地生産への移行過程では,特にその初期段階で,部品,原材料を我が国からの供給に頼らざるを得ない面があるため,最終製品の輸出は鈍っても部品類が増えることとなる。例えば,自動車では,最終製品は横ばいの一方でKDセットは前年度比3割程度の増加となっている。
(v)現地在庫要因:製品価格引き上げによって現地最終販売が鈍っても,在庫補てんや,現地在庫の積上がりが生ずる場合には,輸出量がそれほど減らないとか,かえって増えるとかの現象が一時的に生じ得る。米国向け乗用車やVTRについては,こうした面も響いていたとみられる(第I-2-3図)。
61年度中から最近までの輸出数量の動きを地域別にみると (第1-2-4図),まず米国向けについては,60年以降横ばい圏内の動きを続けてきたが,ごく最近では乗用車,VTRなどの減少から弱含みの動きとなっている。西欧向けは,乗用車,事務機器などを中心に60年半ばからかなりのピッチで増加してきたが,年末を挟んだ乗用車の一時的変動をならして考えれば,次第に頭打ち気味となってきた。一方,東南アジア向けは,アジアNICs諸国での活発な輸出,投資需要を反映して,部品,資本財を中心に60年後半以降ほぼ一貫して増加を辿ってきている。中国,中近東向けは年度を通じて減少傾向を辿った。ただ,最近では下げ止まりの感もみられる。
品目別に,主だったものの動きをみると(第I-2-5図),化学製品では,世界的な需給のタイト化から東南アジア向けを中心に輸出が増加しており,また,一般機械では,コンピュータ及び同周辺機器が,世界的な需要の堅調さに加え競争力の強さを反映して,大幅な値上げを行う中でも輸出量を増加させている。これに対し,鉄鋼では,米国向け輸出自主規制措置,中国,中近東市場での需要減,東南アジアでの韓国等NICs諸国との競合等により減少した。船舶も既往受注分がデリバリーされたという事情からやや増加したものの,輸出船受注量としては,韓国メーカーの浸触によって大幅な減少を余儀なくされている。乗用車では,年度を通じて弱含みながらほぼ横ばいの数量を維持した。しかし,米国の現地販売は,最終需要の勢いが鈍ってきていることに加え数次にわたる値上げの影響もあって最近ではやや低調化しており,1~3月には現地在庫がかなり積み上がった。輸送機械部品は,メーカーの現地生産化の動きもあって顕著な増加を続けている。電気機器は,半導体,通信機器が増勢を続けたほか,部品類も増加した。重電機器では円高に伴う競争力低下を主因に受注,出荷とも減少した。テレビ,ラジオ等耐久消費財では円高やアジアNICsの競争力向上に伴い,輸出採算の悪化が顕著となったことから,低付加価値品を中心に輸出から海外生産への動きが強まった。このため,電気機器全体としては,弱含み傾向を続けている。精密機器では,時計,カメラが緩やかに減少しているほか,VTRも年度前半は増勢を維持したものの,現地在庫の積上がりに対応した船積み抑制から,61年末以降減少に転じている。以上のように品目別の動きにはかなりのバラツキがみられるが,これは,今回の円高によって,輸出価格転嫁率,輸出数量の変化の両面で競争力の格差(分散)がかなり拡大しており,輸出商品間の比較優位の関係が明瞭化したともみることができる。
当面の輸出動向を左右する要因としては,為替レートの動き,米国を中心とした海外の需要動向,現地在庫調整の進捗程度,半導体摩擦に伴う影響など短期的諸要素に加え,採算悪化を余儀無くされている企業の輸出姿勢が現地生産への移行や輸出撤退・縮小等の動きを含め,どの程度変化し得るが,アジアNICs諸国の競争力向上がどの程度のインパクトを及ぼすのかなどやや中期的要因も考慮する必要がある。
62年度に入ってからの状況を上記諸要因を念頭においてみてみると,中国,中近東等の需要には下げ止まり感もみられるが,米国景気の足取りは必ずしも確かなものとは言い難い面があるほか,西欧経済も足踏み状態にあり,アジア地域の成長スピードも61年中に比べれば若干の鈍化は避けられないとみられるなど,海外需要の面では,必ずしも好転要因は多くない。また3月末から4月にかけての円相場上昇も輸出数量面にはマイナスに作用しよう。現地在庫の調整についても,VTRでは,昨年末からの輸出抑制によって在庫水準はやや低下しているものの水準としてはまだ高く,暫くは抑制的な輸出姿勢が続くとみられる。乗用車についても,米国向けは在庫の増加に配慮して,新年度入り後の船積みペースは前年,前々年のペースをかなり下回るものとなっているほか,西欧向けもEC諸国の監視姿勢が強まってきていることなどから伸びが鈍化している。さらに,半導体摩擦の影響もその度合は不透明であるが,少なくとも数量面にマイナス効果を及ぼすことは否めない。加えて,第II部第2章で詳しくみるようにやや長い眼でみると,採算悪化の下での輸出は一時的にはともかく次第に限界に近づいているため,低付加価値品を中心に徐々に撤退や海外生産への移行が行われる形で変化していくものと考えられる。このように,輸出を巡る環境には,短期的にも中期的にも輸出の大幅な増加をもたらすような要因は多くない。ただ,理論的には,これまでの急激な円高の相対価格変化を通ずる数量面への効果が次第に一巡していくものと考えられること,また,部品類の輸出増加も暫く継続すると見込まれることなどから,輸出が大幅に減少する局面にあるとはみられない。結局,輸出は,引き続き緩やかな動きにとどまるものとみることができよう。