第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 五 企業 2 業種間の比較

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 前項の企業全般の分析に続いて、業種別の特徴的な動向を述べよう。ここでは当本部調査課で行つた一五業種、七八社における決算書の集計結果を利用する。この集計は大企業を対象としており、また主として九月、三月の決算期を上下期としている。従つて対象企業の範囲および時期、区分において前項に述べた全産業の場合とは異つている。

(一)収益状況

 主要業種における昭和二五、二六年両年の上、下期、四決算にわたる使用総資本ならびに売上高に対する利益率の推移を示せば第六三、六四図のごとくである。これをみると、企業全般の動向の項で述べたように、全般的な収益率は、二六年上期(一―六月)が最も好況で、以後下降に転じているが、業種別にはそれぞれ傾向を異にしている。ここでは業種別の傾向を軽工業、重工業、化学工業、燃料、動力部門、海運業および商事業の順序で略述してみよう。

 まず綿紡、化繊などの繊維産業は、動乱後二五年下期までは利益率が著増したが、二六年に入つて、輸出の不振と価格の低落などが原因して利潤の甚しい減退がみられた。また製紙工業も、半年の遅れはあるが、同様な傾向を辿つた。概して軽工業では、動乱による影響を他の産業よりも早く受けて、急激な収益の好転をみた反面減少もまた著しかつたことが特徴的であろう。

第六三図 使用総資本利益率の推移

第六四図 売上高利益率の推移

第六五図 資産ならびに負債、資本の変動と構成(業種別)

 次に重工業についてみれば、鉄鋼業は動乱発生以来内外需要の急増と製品価格の騰貴とによつて収益が顕著に上昇したがその後の原料高、製品安と、売上高増加傾向の鈍化から、下期の利益率は低下した。しかしながら年間を通ずればなお前年より高位にとどまつた。このように、輸出依存度の高い鉄工業において繊維産業程の凋落がみられなかつたのは、基礎物資として、あるいは戦略物資として、世界的な鉄鋼不足に助けられた結果と思われる。また、電気機械業では下期の利益率が飛躍的に上昇したが、これは電源開発に伴う需要がこれらの大企業に集中した結果であろう。他方造船業では計画造船の進捗や、タンカーを主体として輸出船の相次ぐ成約から、ある程度工事量が維持されたことと、鋼材入手価格が低下したことなどによつて、二六年下期の利益率は向上した。一般に重工業においては、軽工業にくらべて変動が少なく、下降に転じた鉄鋼業すらそれ程顕著な落勢を示しておらず、下期にはさらに収益が上昇した業種すらみられた。

 化学工業では、ソーダ工業の利益率は化繊の影響を受けて著減したが、化学肥料では上昇を続けた。これは化学肥料が比較的海外市況に左右されない業種であり下期には概して需要が底固かつたことに起因するものであろう。また燃料動力部門では、石炭が旺盛な需要を反映して炭価の騰勢を示したため、経費、物品費などの値上りにもかかわらず高利潤を収めることができた。これに反して戦後極端な低収益に推移してきた電力業においては下期に損失が決算面にあらわれた。これは二六年に入つて、火力発電の比重がまして発電原価が高まり、しかも石炭費の高騰や人件費の値上りなどがみられたことと、電気料金は八月に改正をみたものの、一般物価にくらべていまだ低位に抑えられていたことが大きく響いた結果であろう。他方海運業では、まず春以降頭打ちとなつていた海上運賃が夏頃から反騰したことや、定期航路が開設されたことなどの理由で採算性が向上し、また稼動船腹、特に外航船が拡充されたために収益は着実に上昇した。最後に商事業についてみれば、二五年下期においては輸出入の活発化に伴つて収益の上昇が目立つたけれども、その後景気後退に際会して収益が激減し、二六年の下期には損失金がかなりの額に達した。

 このように、動乱後における企業収益は、期毎にはげしい変動を示し、また世界的な景気変動の余波を受けて停滞ないしは下降へのコースを辿りつゝあることが認められよう。

(二)資産ならびに負債、資本にみられた変化

 次に第六五図によつて昭和二六年度における資産および負債、資本の変化にふれてみよう。まず綿紡績業については、利益金の激減、原棉価格の変動による膨大な評価損、および増加に起因する固定資産の累増などが目立つ。ここで運転資本と、固定資産との関係をみれば次のごとくである。

第三一表 綿紡績業における固定資産と運転資本の変化

 固定資産の増加に反して運転資本が少くなつて経営の弾力性が減つている。しかし企業経理が苦境に向いつゝある折にも、増資や積立金などによる自己資本の増加はかなり行われた。また化繊および製紙業においても、バランス・シートにあらわれた変化は概ね綿紡と同じ経路をとつている。このように軽工業においては、企業全般の動向で指摘した固定資産の増加傾向と、経営の弾力性の縮小傾向とが明らかであつた。

 次に重工業部門における変化をみると、鉄鋼業では、二六年春頃までの活況が、利益金の増大、社内畄保額の飛躍的な上昇をもたらした。しかし年間の特徴的な動きとしては、上期にみられた棚卸資産や短期負債の急増、および売掛金の累積に原因した下期における当座資産の膨張など、資産の流動化、負債の増大が顕著であつた。

 さらに電氣機械、造船工業などでも、遊休設備を保有していた関係上固定資産の増強に見るべきものがなかつたことからほぼ鉄鋼業と共通したことがいえる。従つて、重工業部門では一般的に前年よりは収益が増大したものの、企業活動が盛んになるに伴つて、流動資産や負債の増加が固定資産や自己資本のそれを上廻り、この点において軽工業と大いに異つている。

 また石炭鉱業においては、高収益を挙げた結果として、利益金や自己資本の増勢が認められたのみならず、復金債や市中借入金の返済が行われたために、上期には短期負債、下期には長期負債の大巾な減少が目立つた。しかしながら、大手炭礦の採炭部門における機械化はかなりの進捗をみたものの、炭礦全般にわたる合理化による出炭能率の向上、平均品位の改善や、生産原価の引下げを充分推進するには至らなかつた。

 しかして電力、海運、商事業についてみれば、前二者は固定資産や長期負債の増加が大きく、商事業ではこれらが僅少ことを度外視すれば、自己資本の増加にくらべて、負債の増加は重工業部門の場合にもまして著しく、かつ経営の弾力性も一層減少したことがうかがわれる。

(三)資本蓄積の現段階

 最後に以上を総合して各業種における資本蓄積の状況に言及することにしよう。

 企業全般の動向の項に述べたように、二六年において資本蓄積の進展がみられた結果として、二六年下期の構成では、大部分の業種において固定資産は自己資本、利益金ないしは長期負債によつて、賄われていることがうかがわれる。しかし棚卸資産については自己資本、長期負債などで賄いうる程度が業種によつて異つている。そこで自己資本、利益金ないし長期負債で棚卸資産をどの程度賄つているかに着目して、各業種を類別し検討を加えると、まず石炭鉱業、製紙業では充分棚卸資産を賄い、経営の弾力性に富んでおり、特に製紙業ではほゞ戦前並の地位にあるといえよう。しかし石炭鉱業においては戦前にくらべて自己資本の地位は著しく寡少である。

 これに続いて化学繊維業では棚卸資産の九割近くまでが自己資本、長期負債などで充当されており、二六年に入つて経営状態が悪化したものの、他産業にくらべれば自己資本の比重が大きく、短期負債も比較的少い。

 次には棚卸資産の半ば程度を賄つている産業として綿紡、化学肥料、鉄鋼、電氣機械などが挙げられるが、綿紡では前項に述べたごとく前年より悪化の傾向を辿り、化学肥料や、電気機械においては収益性の向上をみた結果として、ほぼ綿紡と同程度の段階に達した。しかし内容的にみると、綿紡では自己資本、電気機械では利益金、化学肥料鉄鋼では長期負債の比重が比較的大きい点に特徴がある。そして鉄鋼、電気機械において固定資産や自己資本の拡充がそれ程目立たなかつたのは、二六年度中の設備面での更新、合理化がそれ程進捗しなかつたことと、借入金の返済を推進するまでには至らなかつたことを裏書きしていると考えて差支えなかろう。

 他方、電力、海運、造船、商事業などについては、特に自己資本の地位が戦前に対比してはもちろん、他産業にくらべても著しく低位にあることが指摘される。このことは負債に対する依存度が頗る高く、経営の弾力性も弱いことを意味する。従つて電力業の電源開発問題、海運業の高金利負担、造船業の船価切下げ、あるいは商社の再編成などをめぐる諸問題のかげに、企業自体の脆弱性ということが内在している点は見逃せない。

 以上のごとく二六年においては業種別に消長があり、資本蓄積の段階も様相を異にしているものの、これを概括的にみれば、意想外の高収益を手懸りとして、資産、資本構成を悪化させることなく規模を一割程度拡大することができた。しかしながら多年にわたつて喰いつぶされてきた企業内部の歪みが、僅か一年の好況によつて除去さるべくもなく、特に重工業や燃料、動力部門における重要な課題であるところの老朽化した設備の更新、近代化による本格的な合理化や、戦後における産業界共通の傾向である過大な負債の返済に必要な自己調達力を培養して、国際競争の檜舞台にまみえるだけの企業基盤の強化が充分行いえぬうちに、好況の幕が閉ぢつつあるというのが企業の全般的な姿であろう。

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