第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 五 企業 1 企業全般の動向
昭和二六年の企業経営は前年に比して著しく良好な成績を収めえたが、これは上期(一―六月)において終戦いらい最高の収益を挙げたことが大きく影響している。以下まず全産業の企業収益状況や、資産と負債、資本のバランス・シートにあらわれた変化を、現在の企業統計のうちでは最も網羅的である大蔵省「法人企業統計調査」によつて概観しよう。同調査は金融機関を除く全営利法人を対象としたもので、一月から六月までに決算期の到来した会社を総括して上期とし、七月から一二月のそれを下期として取扱つている。
(一)収益性の実態
昭和二六年における企業経営の状態を、使用総資本に対する利益率、使用総資本の回転率、および売上高利益率の三者についてみれば、次表のごとくである。すなわち前二者は前年にくらべてはもちろん、戦前に対してもなおかなり高率を示し、売上高利益率はいまだ戦前なみには至つていないものの、二六年上期の製造業におけるそれはほゞ一一年上期と同程度であつて、一見して企業経営がかなり好況に恵まれたことがうかがわれる。
しからばこのような高収益はいかなる原因によつてもたらされたものであろうか。またこの数値から、二六年が企業にとつて果して戦前戦後を通じて最良の年であつたと速断してよいだろうか。
まず前者について述べれば、二六年上期までは動乱後における製品価格の高騰と、生産量の増大とによつて営業収益が著増したことと、一方において、原材料と製品との値上りに時間的ズレがあつていわゆる原料安製品高という現象を呈したこと、また生産の急増に対して雇用量は横這いを示し、生産価格の急騰に対して労働資金の上昇は緩慢であつたなどの理由から企業が異常な利潤をあげたものと看做される。ところが下期に入つて内外需要の不振に端を発した物価の反落、生産量の停滞傾向などから営業収益は上げ足が鈍つた上に、上期とは逆にコスト中に占める原材料費の割高を招くに至つて、企業の収益性は低下した。しかしながら二五年の下期よりはなお高位に止つたので、年間を通じてみると前年に比し著しく高率を示すことができたわけである。しかしこの高収益の裏には次の諸問題を考慮せねばなるまい。すなわちまず後述のごときを理由から、固定資産の評価が極めて低く行われているために、本来なら固定資産の維持の上に必要な費用までも利益として計上され、この名目的利潤に対して課税が行われる結果を招いていることである。従つて仮に戦前なみの減価償却費を計上した場合を試算してみると、利益金は二―三割減り、前表の利益率はかなり低くなる。
つぎに物価の上昇が続く限りは、金を借りてから返済するまでの期間に、物価の上昇に伴う貨幣価値の下落があるので、金利を計算に入れても借金をした方が実質的にはかえつて特になるという事象が、企業経理についても起つている点に注目せねばなるまい。すなわち金銭債務としての買掛金や借入金が多ければ、企業としては上に述べた思恵に浴することができるわけで、後述するごとく、各企業では負債が異常に多くなつているから、借金したおかげで生れる利潤がかなりありそうなことは容易に想像されるところである。しかし反面において、金銭債権である売掛金や預金、現金などについても実質的な損失がある筈で、両者を差引きして債務者利潤ともいうべき利潤が考えらえるので、いまこれを試算してみると、二六年の年間では少なくとも二、〇〇〇億円に達する。こうして算出された債務者利潤は、その全部が年間の利益として実現するわけではないが、二六年の一二月における貨幣購買力ではこの程度の利潤が発生したことを意味している。従つて仮にその総額を年間の純利益三、四五八億円と比較すれば、その六割程度にも相当する巨額である。この金額が正しいか否かはともかくとして尨大な債務者利潤が企業収益を支える一因となつたことは認められる。しかし、国民経済体に考えれば企業全般にこれほどの利潤をもたらしたかげには、債権者の損失という痛手をこうむつた部面があつたことも想像されよう。
最後に使用総資本利益率が戦前に比して著しく高いということは、企業の実質的な収益がすでに戦前を凌駕していることを意味するのではない。使用総資本自体が戦前より遙かに減少しているから、この利益率が高くなつているのである。すなわち二六年一二月末現在の使用総資本は、卸売物価指数で修正すると昭和九―一一年の約三割、払込資本金に至つては僅かに五%にしか当つていない。また固定資産は九―一一年に対して二割足らずであるが、これは在外資産の喪失、賠償施設の帳簿よりの除却、破壊乃至不用化した固定設備の廃棄などによる実際の減少以外に、設備の経過年数が多いため、償却によつて固定資産の薄価が甚しく少くなつていること、さらにこれに加えて、戦後のインフレによつて、この薄価自身も、今日の貨幣価値からみれば極端に低く評価されていることなどに起因している。また、売上高利益率が戦前なみに至つていない理由としては、原料入手先が遠隔化し、入手条件も悪化したこと、また業種によつて設備の老朽化や、労働基準法実施の影響を受けて生産性が低下していること、あるいは企業分散によつて企業間の合理化がまだ徹底していないことなどが挙げられるので、全産業として考えた場合には企業収益は昭和一一年の水準に達しえなかつたといえよう。
以上の分析からも明かなごとく、二六年の上期を中心として得られた高収益は、国際情勢の急変に幸いされたことのほかに、償却不足による名目的利潤や、債権者利潤などに支えられた一時的な現象であつたのみならず、資本の維持という観点に立つ場合には、かなり割引きして考える必要があるといわねばならない。
(二)収益の配分状況
各企業は前述の如く、主として外的条件の変化によつて予期せざる高収益に恵まれたのであるが、次にこれがいかに配分されたかについて検討を加えてみよう。
それは順序として卸売資産の使用高、減価償却費などについて一督したのちに附加価値の配分についてやゝ詳しく述べることにしよう。
第五九図は、昭和二五年および二六年(歴年)にえられた収益の配分状況を示すものである。
まずはじめに卸売資産使用高をみれば、二五年から二六年にかけてその比重が増加したが、特に二六年の上期から下期にかけての増加が著しく、製品中に占める原材料費の割高を招いた傾向がうかがわれる。また稼働率の上昇に伴つて、その他営業経費が二%方、相対的な減少を示したことも注目される。
他方減価償却は実額が増加したのみならず、比率の上でも前年より僅かながら増した。しかしこれは新規に増加した固定資産に対する償却が比較的多かつたためと看做されるから、この数字から補填投資が充分に行われるようになつたと判断することは早計であろう。いずれにしても減価償却費は一%程度に止つており、これに修繕費を加えても二二%にすぎない。一一年上期において償却の占める比率が六・二%であつたことを思えば、戦前なみの償却を行うためには、戦後は固定資産の回転率が大きくなつていることから、償却額を一挙に三倍にする必要があるとはいえないものの、この数字から、減価償却費が戦前にくらべてかなり少ないことがうかがわれる。
さて、次に附加価値配分状況を概観すれば人件費の占める比率が減退して、社内畄保が急増したことが特徴として挙げられる。すなわち動乱後、営業収益が飛躍的に増加したのに対して雇用は停滞し、賃金の値上りも緩漫だつたので、人件費の比率は第六〇図にみるごとく、期を追つて減少を続けた。次に税金は、二六年においては前年に比して相対的に減少を示したけれども、これは食料品製造業において酒税の軽減がみられたことが大きく作用しているので、該業種を除いた他の全産業でみると、二五年の三・三%から二六年には三・五%へと増大している。半期別にとつた第二図によれば、税金の負担が加重されつゝある趨勢はより明確に看取されるであろう。(ここでいう税金とは、資料の関係上、間接税を含む租税公課のほかに、利益金処分中の法人税積立金を含んでいる)また金利の負担も、増加の傾向にあることが認められる。
人件費、税金を支払つたのちの利潤は配当と、社内畄保に配分される。第六〇図では両者とも実額、比率ともに期毎に増加の勢を示しているが、特に社内畄保は顕著な増勢をみせている。二六年の社内畄保額は一、五〇九億円に達し、これを物価修正しても前年の約九倍に達する蓄積高がみられた。ただし、こゝでいう社内畄保とは、諸積立金(再評価積立金を含まず)と繰越損益との合計であつて、二五年には後者の損失額が莫大だつたことから社内畄保としては僅少にとどまつた。
(三)資産並びに負債、資本の変動と構成
一時的な要因に支えられた結果とはいえ、昭和二六年における高利潤が各企業の内部に多大な蓄積をもたらしたことは前項に述べたごとくであるが、しからば企業の資産ならびに負債、資本には二六年中においていかなる変化が生じたであろうか。第六一図は二五年および二六年末における資産および負債、資本の構成と、二五年から二六年に至る間にみられたこれらの各項目の変化を示すものである。
資産および負債、資本の二六年における変化を明らかにするために、第六二図によつて半期ごとの増減をみれば、上期における生産量の拡大につれて、棚卸資産が膨張し、これを賄うには自己資本、長期負債などが不足しているので、いきおい短期負債の増加によらざるをえなかつた。他方当期利益金は著増して、固定資産の増加に見合い、売掛金の増加は余り見られなかつた。なおこの期において買掛金と売掛金との増加額の差が著しいのは実際の利益が、報告された利益を遙かに上回つたことを暗示しているのではなかろうか。
ところが下期になると、固定資産の拡張が顕著であり、これに対して運転資本(流動資産と短期負債との差額で、この増加額が大きい程企業の経営は弾力性をますとみてよい)のふえ方は低下を示しており、企業経営の弾力性は減少したとみとめられる。また当期利益金は甚しく減り、買掛金の増加が売掛金のそれよりも少なくなつたことなどから、上期の利益を下期におよんで放出した様子がうかがわれる。
さて第六一図に戻つて、上期と下期とを総括して前年との対比を行えば、固定資産については、再評価の影響を度外視しても、年間に約三、〇〇〇億円即ち二五年末の約四割増し程度に相当する増額がみられ、固定資産の増強が活溌であつたようにみえる。しかし従来の固定資産は取得年次が古いために、償却によつて帳簿上は極端に少なくなつており、また物価の値上りをも考え併せると、著しく過少評価されているので、再評価限度額に対しては二割程度の増加となろう。さらに再評価限度すら再調達価格からみれば低すぎるので、これを考慮した事実上の固定資産は一割に充たぬ増加であつたと推測される。
他方資産の増加を賄う負債並びに資本の変化に眼を転ずれば、固定資産の増加は、自己資本、利益金および社債の増加によつて行われているが、棚卸資産の増加したうち七割近い額が短期負債で賄われており、自己資本、長期負債の増勢はこのうちの恒常的在庫の増加を賄うにも不充分であつた。
資産ならびに負債、資本に現れた以上のごとき変化によつて、二六年末の資産及び資本の構成において、固定資産および自己資本(含利益金)の占める比率は三四%及び三一%と前年に比してそれぞれ僅かながら増加しているが、戦前に比すればその比率はなお低位にある。
その当然の結果として戦後過大傾向が憂慮されてきた短期負債はこの一年間で若干その比率を減少したものの、依然として資本構成の中で五六%を占め、戦前の一九%に比すれば著しく大きな比重を占めている。また短期負債の増加と、再評価積立金を除いた場合の自己資本のそれとを比較すれば、後者ののび方はまた少かつたことが参考にのせた戦前(一〇年上期―一一年上期)における資産ならびに負債、資本の変化の状況を二六年と対比すれば明らかとなろう。
以上述べてきたように企業は二六年中に挙げ得た意想外の高収益をもととして自己調達による固定資産の拡充、強化をある程度行つてきた。けれども棚卸資産の増加は、これを主として短期負債で賄わねばならなかつたために、経営の弾力性を強化するまでには至らなかつたといいうるであろう。