第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 三 鉱工業生産 2 生産の動向を決定した諸要因
以上にみたごとく、二六年度の生産動向は主として市況の動きによつて規定された。安定計画下の昭和二四年は別として、終戦後の生産動向を常に規定して来た供給面の事情は、二六年度においては、僅かに八―一〇月間の電力不足問題を数えるのみで生産上昇に対する制約要因としては大きな比重を持たなかつた。
まず供給面における因子の第一は原材料であるが、これは二六年上期に大量に輸入されたので、第四九図にみるごとく年間を通じてむしろ漸増しているものが多く、高値で買込んだため採算上、経理上の問題は別として、物的な生産制約要因としては問題にならなかつた。また輸送事情についてみても、後述するごとく年度上期においては生産活動の活発化に伴う輸送需要の増大に対して国鉄の輸送力が追つかず、一時はかなり逼迫状態に陥つたが、その後荷動きが停滞する反面、貨車の補充などによつて輸送力が増強されたので、駅頭在貨も次第に減少し、特に本年に入つてからは市況の不振に伴つてその減勢は顕著である。供給面で生産制約の要因として動いた最大の要因は、前述のごとく電力であるが、これも結果的にみればその後の市況不振をむしろ緩和する効果をもつたともいえよう。但し今後もし有効需要が増加し、生産水準が上昇しようとする場合には、電力事情が最大の隘路となるであろうことは疑いない。
二六年度中の生産動向を基本的に決定したものはこのような供給面の因子ではなく、すでに幾度か繰り返した通り景気の動きであり、有効需要の動向であつた。有効需要の構成分子として消費需要が重要な地位を占めることはいうまでもないが、その動きはかなり停滞的かつ安定的であつたため、景気の波動を最も強く決定したのは海外需要と国内投資だつたといえる。
海外需要の動向が国内景気の上に大きな影響を与えたことはすでに「総説」や「物価」の項にも述べた通りである。ただこの場合、道すぢが二つあることに注意を要する。一つは現実に輸出又は特需の増減を通じて、生産活動、物資需給、通貨量等に影響する場合である。他はこのような現実の動きを伴わず、海外需要の先行きに対する強気または弱気の見透しを通じて企業者の投資活動に影響を与える場合である。二五年度後半ないし二六年度の景気動向の上で後者の占めた比重はかなり大きかつたと認められるが、これは量的な把握が困難なので、ここでは前者の生産動向に及ぼした影響について触れるにとどめよう。
第五〇図その(一)に示すごとく、生産指数と輸出数量指数との間にはかなり強い相関性がみとめられる。両者の相関性が強いからといつても、もし世界市場が売手市場で、作りさえすればいくらでも売れるという場合ならば、まず生産量の方が原材料その他の物的条件で決定されて、それに応じて輸出が動くということもありうる。しかしながら二六年度の場合はその関係がむしろ逆であつたということは、同図その(二)および同図その(三)に明らかにあらわれている。すなわち海外市況の変化に応じて輸出契約がまづ波動を画き、これに若干の時間的遅れを以て輸出実績が続いている(生産面が他の物的条件で攪乱されたならば輸出契約と輸出実績と関係はより不規則になつた筈である)。そしてこの輸出実績との生産出荷、特に出荷との相関性は、綿織物にあつては年度中を通じて、鋼材にあつては年度下期において、かなり強いとみとめられる。二六年度上期の鋼材において両者の相関性が比較的薄いのは、もう一つの主要要因たる国内投資の比重がこの時期において大きかつたからである。
第五〇図 生産と輸出の関連性 その(一) 生産指数と輸出数量指数
二六年度の投資活動は前年度に対しては著しく伸長したが年度中の推移としては第一、四半期辺りが山で、その後は停滞ないし漸減に転じているとみてよいであろう。鋼材の部門別出荷の推移は第五一図のごとくであり、特需、輸出を除いた内需部門は漸減をみせている。第四、四半期は内需部門だけについてみても若干増加しているが、これは二次製品用原材料の微増を別とすれば、造船用その他特殊なものの増加に基くもので、一般産業用は第三、四半期と同程度にとどまつている。
次に機械の生産動向から投資の趨勢をうかがつてみると、機械工業の平均指数は先に述べたような小波動を画きながらも、年度初めから年末にかけてかなり高水準における横這いに続けた後、本年に入つてから減少傾向に入つている。三月の指数がかなり回復しているのも、造船等特殊部門の急増によるもので、これらを除いた一般産業機械だけについてみるとこの傾向は一層顕著である。一般産業機械の四―一二月間の動きを機種別にみると、鉱山機械が群を抜いて急増する反面、織機、電気機械の大部分は明瞭な下降線を描き、工作機械、化学工業用機械、運搬機械、精密機械などは横這いとなつている。
かかる設備投資の進捗に伴つて、昨年九月末および本年三月末の稼働能力(現実に稼働しうる状態にある能力)は第五二図にみるごとくかなりの増加を示しており、特に繊維工業部門において著しい。繊維工業におけるこのような設備急増が、生産量の増大と企業経理面における流動性の減退とを通じて、昨年末なしし本年三月における繊維不況の一要因となつたことは否めない。いずれにしても機械生産は昨年一二月前活況を続け、稼働能力の増加は、いずれかといえば昨年四―九月間よりも昨年九月―本年三月間の方がより著しい。これは企業者が設備計画をたて、機械を発注してから、その機会の生産が完了するまでにかなりの時間的遅れがあり、その機械を据付けて運転可能にするまでにはさらに若干の時日を要するからである。
従がつて景気の動向を比較的敏感に反映するのは、機械の生産量ではなくてむしろ発注量である。主要機械メーカー一一社を対象とする当本部の調査によれば、工業、金属、機械、化学等の一般民需部門から受注量(物価修正済)は第五三図にみるごとく二五年一〇―一二月期から増加し始め、二六年四―六月期をピークに達した後は減少傾向に入り、一〇―一二月期以降は横這いとなつている。また投資の重要な一環をなす建築投資においても二六年四―六月をピークとして、その後は漸減傾向が看取される。建築物着工坪数の推移は、第五四図のごとくで、産業用建築物を中心とする非住宅においては、この傾向が一層顕著である。
二六年度下期以降におけるこのような投資需要の減退傾向をカバーしたのは造船投資と電力投資である。造船業は総合産業であるから、その活況が機械工業を中心として一般産業に与えた直接間接の影響は少くなかつたと認められる。また電源開発に伴う投資需要はその規模が大きいだけに、景気動向の上に与える影響はより大きく、例えば前記機械工業の受注調査によつてみても、電力部門からの受注は第三、四半期からふえ出して第四、四半期にはさらに急増し、期中の全受注額の三分の一を占めるに至つている。この結果、さきの第五三図にも明かなように電力、造船を含めた総受注量においては二六年一〇―一二月期および二七年一―三月期は二六年四―六月期をも上廻る勢を示している。このような造船、電力などにおける特殊な投資需要が、自衛力漸増に伴う投資需要の増加と相まつて、今後の景気動向、生産動向をいかに導くかは注目に値する。