第二部 各論 ―動乱ブームより調整過程へ 三 鉱工業生産 1 生産の動向

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(一)昭和二六年度生産の概況

 昭和二六年度の鉱工業生産水準は、昭和九―一一年を基準とする当本部指数によれば、次表にみるごとく一三一・四と、前年度に比し二六%上回つた。業種別には、鉱業と化学の上昇率が若干鈍いのを別とすれば、各業種とも一様に三〇%前後の上昇を示している。

第二七表 鉱工業生産水準の上昇

 年度間の水準比較としてはこのように上昇が顕著であるが、これは主として二五年度下期から二六年度初期にかけて生産の増勢が著しかつたためであつて、二六年度の年度中の推移としては第四四図にもみられるごとく、むしろ停滞的であつたといわねばならない。すなわち本年三月の生産水準は昨年三月のそれに比し僅かに七%の高位にとどまり、昨年三月の前年同月比五九%増と著しい対象と示している。業種別にみると第二七表下欄のごとく、一昨年三月から昨年三月迄の間では軒なみに五〇―六〇%の急増となつているのに対し、昨年三月と本年三月との間では、食料、煙草、繊維、金属以外はほとんど増勢が認められない。

第四四図 鉱工業生産指数の推移

(二)年度中の変動

 さてこのように大体停滞的といえる昭和二六年度の生産動向も、これをやや細かく観察すればその中で次のような幾つかの波動を画いていることがわかる。

 第一期 二六年五月まで。前年度下期に続く生産上昇期。

 第二期 六月から一〇月まで。三月以降の景気反落と、九、一〇月の電力不足に伴う下降期。

 第三期 一一月および一二月。八・九月以降の景気反発による再上昇期

 第四期 本年一月以降、昨年末以来の景気調整期に見合うべき時期。

 以下上の区分に従つて、二六年度中の生産の動きを概観してみよう。第一期においては第四五図および第四六図にも明かなごとく、ほとんど全業種にわたつて六―一〇%の生産増加がみられた。鉱業だけは減産しているが、これは三月の石炭生産が二月のストの反動で一時的に急増したため、その後の生産カーブが一見低下しているようにみえるだけであつて、実勢としてはやはり微増傾向である。このような全面的な生産上昇は、動乱勃発直後の輸出、特需部門を中心とする跛行的な好景気が、かかる部門における投資の拡大や賃金支払額の増加を通じて、次第に一般的な好況に移行して行つた事実を物語つている。なお動乱直前の二五年六月から二六年五月(金属のみは七月)までの生産上昇率は、機械九三%、食品四九%、金属四七%、窯業四六%、繊維四五%、化学三三%、工業平均五三%、鉱業一〇%、鉱工業平均四九%で、機械が群を抜いて上昇している点と鉱業の上昇が緩漫な点とが特徴的である。

 しかるに三月頃から始まつた景気の後退は、六月頃からようやく生産の面に波及し始め、さらに七、八月には夏季という季節的事由、九、一〇月には異常渇水による電力危機という特殊な事情が重なつたため、生産水準は六月から一〇月にかけて漸落した。業種別にみると、鉱業はそれまでの伸びが比較的少く、かつ電力依存度もそれほど高くないために、窯業はセメントの需要期を迎えたこととかなりの自家発電設備をもつているために、いずれも数%づつ上昇し、また食品工業が油脂原料および粗糖の大量輸入に伴う調味料の増産および麦酒の季節的増産で異常な上昇をみせた以外は、概して一〇%内外の反落を示し、なかでも電力の依存度の高い化学工業の減産は著しかつた。

第四五図 業種別鉱工業生産指数の推移

 ここでこの期の電力不足について一言すると、火力発電のフル運転を行つたにもかゝわらず、中国、北陸、東北、関西方面における出水率がにわかに悪化したために、発電量は七月のそれを一〇〇とした場合、八月は八八%、九月、一〇月は八三%とかなりの減少となり、このため大口工場に対する電力割当は九月には七月の七割程度に、一〇月前半には五割程度に制限される一方、緊急停電や電力低下も続発したので、電力依存度の高い生産部門や、専用線を持たない中小企業においてはかなりの打撃を蒙つた。しかしながら、電気銑に対する高炉銑、電気炉鋼塊に対する平炉鋼塊、電気苛性ソーダに対する法苛性ソーダ、電解硫安に対するガス法硫安等、エネルギー消費面の切替えによるカバーがかなり行われ、また機械、繊維等における労働時間の繰替え、銑鋼一貫メーカー、セメント、化繊等における自家発電の動員、機械の乾燥、焼鈍工程等、における代替燃料の使用、セメント、機械、化学等における原料ないし半成品面より完成品面への電力使用上の重点化等々の防衛策がとられたので、一〇月後半以降における出水の増加による発電事情の好転と相まつて、危惧された程の生産の激減は起こらなかつた。

 市況は八月頃を底として次第に持直しの傾向にあつたため、このような電力不足によつて抑えられていた生産水準は一〇月後半以降電力危機が解消するにつれて、かなり著しい上昇に転じた。第四六図に示される第三期の生産上昇率は、セメントの不需要期に伴つて窯業が比較的微弱である外は、各業種とも軒なみに一〇%前後に達している。ただこの期について畄意を要するのは、市況はなお平均的堅調ながら、手形期限の到来や年末資金獲得の必要から一部に作り急ぎ、売り急ぎの傾向がみられた点であり、売値の低落を伴つた生産量の拡大が少くなかつたとみとめられる。本年一月頃までは不安定ながら強含みの保合を続けた市況も、その後世界市況の本格的軟化やスターリング地域の輸入制限等に伴つて再び調整過程に入るに至つたことは、物価の項に記述した通りであり、これを反映して第四期の生産動向はかなり複雑な様相を呈している。例年一、二月は操業日数の少い点や電力事情が悪い点を反映して、生産度はかなり減退し、三月に入つて急増するのを常とするが、本年は第四七図にみるごとく、一、二月の落ち方が例年以上に大巾で、かつ三月においても前年の一二月の水準まで回復していない。

第四六図 各期における業種別生産増減率

第四七図 年初における生産減少率の各年比較

 業種別に三月の水準を一二月に比較してみても、さきの第四四図に示すごとく、動乱後の生産増加率が他に比して少なかつた鉱業が微増を残し、金属がかなりの増勢を続け、繊維が同一水準に止まつている以外は、減産している部門が多い。

 またこの期の特徴として、それまで波動を画きながらもほぼ横這いを続けていた製品在庫が明瞭な増加傾向を示し始めた点が挙げられる。すなわち昭和九―一三年を基準とする通産省調の在庫率指数は二六年一―三月九〇、四―六月八九、七―九月九九、一〇―一二月九三に続いて本年一―三月には一〇九に増加している。

(三)市況と生産動向

 もともと市況不振の一般的な形態としては価格の低落、在庫又は売掛金の増大、やゝ遅れて生産の減退、などが挙げられるが、個々の品目の場合におけるそれらのあらわれ方は、市況不振の程度、生産調整の度合い、独占度や市場機械の相違、メーカー、問題の資力や態度、その他種々の要因によつてかなり色合いを異にしている。

 すなわち第四八図にみるように、価格の低落はほぼ共通の現象であるが、その中では苛性ソーダ等は、在庫の急増に伴つて生産の調整が進んでいるため、価格の崩れはさして激しくなく、普通鋼々材も繊維等にくらべれば先行見透しが幾分強いことから在庫、売掛金の増加をもちこたえて価格の低落を抑えている。これに対して繊維関係は市況に対して生産の動きが非弾力的だつたため、昨年末ないし本年三月において価格の暴落を免れなかつた。特に綿紡は、昨年下期以降の対商社を中心とする売掛金の増加が金繰りに重圧を与える一方、昨年中の設備急増が生産過剰に拍車をかける結果となり、この期の価格低落は特に甚しかつたが、三月に入つてようやく操短の効果が挙り、四月以降価格も若干不安定を取り戻している。

第四八図 生産、在庫価格および売掛金の推移 その(一) 苛性ソーダ

第四八図 生産、在庫価格および売掛金の推移 その(二) 普通鋼々材

第四八図 生産、在庫価格および売掛金の推移 その(三) 綿糸

第四八図 生産、在庫価格および売掛金の推移 その(四) 人絹糸

 市況の不振に伴う生産面の適応が比較的進んでいる部門としては、特需減退などに伴う自動車、客電車、貨車などは注文生産であるから当然として、人絹の不振に伴う前述の苛性ソーダのほか繊維の不振による繊機および染料、生ゴムの大量輸入の圧迫によるゴム(特に昨年上半期において)などの系列が挙げられる。一般に生産の動きが景気動向に適応するには前述の生産指数の動きからも明かなように平均二、三ヶ月程度の時間的遅れがあることがわかる。これは景気の変動が物価等の面にまず敏感にあらわれても、その動きが極く一時的なものではないという見通しが立たない限り、増産又は減産の挙にはでないこと、増産又は減産ときめた場合でも労働時間等による操作は比較的容易であるが、雇用や稼働設備の増減によらねばならぬ時には体制が整うまでにかなりの時間を要すること、製造期間の長い品目においては、増減産の態勢がとられてからそれが生産実績の面に反映するまでにも時間的遅れがあること、特に景気の下降期においては操短の申合せなどが行われても操業度を落すとコストが増して、他との競争上不利になるため、なかなか実行を伴わないことなどに基くものといえよう。

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