第一部 總説……独立日本の経済力 四 独立日本の経済構造 6 貿易構造と国際収支の現況
もともとわが国の貿易構造は、食糧および原材料輸入、製品輸出の加工貿易をそのたて前としているが、戦争で国土資源を喪失し、しかも人口が増加したため、加工貿易に対する要請はいよいよ強まることになつた。すなわち昭和二六年における貿易の商品構成をみると次の通りである。
輸入においては、原材料および燃料の総額に対する割合が戦前より一段と膨張している一方、輸出では総額に対する製品輸出の比重が増大しているが、これは金属製品および機械の割合がふえたことに基くもので、繊維製品の比率は四三%で変つていない。従つて昭和二六年の輸出量水準においても、全体として戦前の三割に低下したうちで、金属はすでに戦前水準を相当上回つており、機械も五割まで回復している。ここに貿易構成の上である程度の重化学化がうかがわれるわけあるが、何分にも依然輸出の大宗を占める繊維が戦前の三割に減つたことは、輸出全体の水準回復をおくらせる主因となつており、重工業品の進出も貿易の面ではいまだ繊維低下をカバーするまでには至つていない。
次に地域的な構成に目を転ずると戦前とかなり相違がみとめられる。元来わが国の貿易は、アジア州、殊に支那大陸、朝鮮、台湾など近隣地域に依存するところが大きかつたが、国際的な政治環境から第一一表に示すごとく、輸出入ともその関係が稀薄になつてきている。その反面輸出では東南アジア向の比重が倍増したが、輸入においてはまだその地域への転換が不充分であり、米国を中心に北米大陸に対する依存度が高まる結果になつた。
かかる関係を通貨地域別にみると、二六年において輸入はその六割をドル地域に依存し、逆に輸出ではポンドおよびオープン、アカウント地域向が総額の八割近くを占めている。そして同年の貿易収支は、外国爲替統計によると総額で四億三千万ドルの入超であつたが、ドル地域だけでは入超額が六億八千万ドルにのぼり、一方ポンドおよびオープン、アカウント地域に対してはともに一億二、三千ドルの出超を残した。これは一つには、ポンド地域の物価がドル地域より概して高く、しかもポンドの実勢低下から公定レートで決算するわが国にとつて、ポンド圏の価格がなおさら割高になるという価格現象のしからむる自然の流れでもあつた。しかし通貨収支のアンバランスの原因はそれだけでなく、貿易商品構成の現状に根ざしている。二六年における商品類別の貿易収支尻をみると第二五図の通りで、ドル地域に対しては各商品とも入超を記録しているが、殊に繊維と食糧関係の入超が大きい。他方ポンドおよびオープン、アカウント地域に対する出超は、繊維と金属、機械でわけあつている。この二つの事情を併せ考えると、結局繊維、殊に綿紡が原料をドル地域から輸入して、製品をポンドないしオープン、アカウント地域へ輸出する産業の型を代表している。従つて、貿易の重点が漸次重化学工業に移つて来たとはいいながら、なお綿紡に最大の比重がかかつている現在の構成では、ドルとポンドの自由交換ができない限り、貿易水準を回復させるのに多大な困難が伴うといわねばならない。
ここで昭和二六年の国際収支をみると、総額で三億四千万ドルの受取超過であり、通貨地域別にわけても、ドル地域が一億一千万ドル、ポンド地域が一億四千万ドル、オープン・アカウント地域が八千万ドルとともに、黒字となつていて、一見極めて健全である。そのうちで後の二地域はほとんど全部が貿易取引における出超の結果であるから比較的問題は少い。しかしドル地域については全く様相を異にし、六億ドルを上回る貿易取引の入超が、特需や駐畄軍関係の消費で約六億一千万ドル、米国の援助費で一億六千万ドルほど埋め合わされたという状況である。つまりドル収支は当面の受取超過にかかわらず、その内容は著しく不安定なものであり、仮にこれらの臨時的な収入がなくなつた場合には、本年五月末現在のドル貨保有高七億ドルも僅か一ケ年で使いつくされ、その翌年には貿易規模ひいては産業活動および消費水準の甚しい縮少を招くことになる。また国際収支全体としても、二六年の受取超過のうち約一億五千万ドルは輸出価格が輸入価格より余計騰貴したことによる貿易条件の改善に負うており、現在すでにこの有利性も解消していることを見逃してはならない。
かくて貿易の回復進行をはかるためには、ドル不足を基調とする現在の構成を立てなおす必要がある。それにはドル地域向の輸出伸長とポンド地域への輸入転換が考えられる。そのためには、前述のごときポンドに対して割安、ドルに対して割高という価格事情に対処する方策も必要であるが、それですべてが解決するわけではない。またドル地域向の輸出促進には、先進諸国との競争、米国を中心とする関税引上げの兆などから容易ならざるものがある。他方ポンド地域に対する輸入転換も殊にその必要性が痛感される食糧と棉花は、東南アジア諸国における食糧生産の未回復および繊維工業の発達によつて限界のあることを認めざるをえない。従つてこれらの方策と併行して、綿紡から化織へ、繊維から金属、さらに機械へと、原料のドル依存が少く、しかも外貨獲得率の高い商品に構成を移行しながら、加工貿易の高度化をはかるほかないであろう。かかる構成の変化は、また今後わが国として最も連係を密にしていかねばならない東南アジア市場などにおける産業発展の方向とも合致するわけである。
以上述べたように、日本経済の循環と構造を仔細に検討するならば、量的に拡大した経済の基底には、質的に是正すべき幾多の矛盾と不均衡を包蔵している。
元来戦後経済の構造に歪みをもたらしている原因としては、敗戦に伴う経済環境の変化をはじめとし、企業の資産、資本構成にみられる戦後インフレの影響など国内的要因ばかりなく、ドルとポンドの非交換性などのような国際事情までも数えなくてはならぬのであるから、不均衡点の是正は一朝一夕にして達成することはできず、長い期間にわたつてのたゆまない努力を必要とする。従つて朝鮮動乱直後のように日本経済が思いがけない利益を享受した際には、これを国民経済的にみて最も適当な部面に利用し、経済構造の歪みを正し、自立経済達成への契機として役立たせねばならなかつた筈であるのに、実際の経過は例えば投資の方向で言及したように、この趣旨に必ずしも合致していない嫌いがある。しかも動乱ブームの波の去つた後に、日本商品、特に重化学工業品の価格が国際的にみて動乱前より一層割高な状態でとり残されている点は最も問題であろう。商品価格の切下げは単に輸出のためばかりでなく、特需を受注するためにも、不可欠となつてきた。
しかしながらわが国経済の脆弱性を最も集約的にあらわしている面としては、前述の国際収支の現状を挙げる事ができるであろう。差当つては特需的収入の存在によつて問題の重大性がおおいかくされているが、将来この臨時的収入が減少した暁には、ドル不足が、単に貿易のみならず日本経済の死命を制する問題として立ちあらわれる惧れなしとしない。