第一部 總説……独立日本の経済力 四 独立日本の経済構造 3 資本蓄積をめぐる諸問題

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 昭和二六年中の民間総資本形成額は前述のように一兆二千億円の多額に上り、年間の蓄積額としては実質的に戦前に匹敵する勢をみせた。しかしながらこのような高水準の蓄積を内容的にみると、ビル建築や娯楽施設の建築、原材料事情とのつりあいを失した工業投資(例えば原木の供給力とパルプ製紙業の設備拡張)などもかなり行われたが、全般的には原材料手当と稼働設備の量的拡張に重点が指向されていたといえよう。そのため昨年後期以降有効需要と関連における投資の過剰が、特に繊維部門などについて重要な問題となつてきた。第一八図にみる通りこの一年間における繊維部門の整備拡張は群を抜いているが、これは動乱後の高収益に支えられながら、主として海外需要に対する期待に基いて行われたものであり、従つて国際情勢の変化とともに前にも述べたようにすでに生産過剰の傾向すらうかがわれるに至つた。

第一八図 売上高利益率と実稼働能力増加率

 このように生産拡張のための投資は一応の限度に到達したが、設備の合理化、近代化のための投資はまだ不足で、それは特に重工業部門において甚しい。例えば紡績業の現有六七○万錘のうち六〇%は、戦後新設されたものであるのに対し、鉄鋼業の圧延設備の七〇%は三〇年以上経過しており、機械工業においてもその機会の大部分が昭和一五、六年までに設備されたものである。

第一九図 企業の資産、資債資本構成

 次に戦後の企業においては一般に償却不足の傾向が強いことが指摘される。二六年中における法人企業の減価償却費は七八〇億円と前年にくらべて六割増加しているが、売上高中に占める比率は僅かに一%(修繕費を加算しても二%)で、戦前の六%にくらべれば甚しく低い。このような償却不足は、一つには企業資産の構成上の歪みに由来するものである。第一九図にみるように、資産総額中に占める固定資産の比率は二六年には設備の拡張を反映して三四%と前年より若干増加しているが戦前の五八%にくらべればかなり低い。これは企業の収益性の低さのため資産の再評価額が再評価限度に対して充分でなかつたことにもよるが、また設備の古く長年にわたつて帳簿上の償却を行つてきた関係で、もともと再評価前の簿価自身がかなり低かつた点も大きな要因である。

 このように固定資産の低評価に基いて減価償却費が過小であるため、一方においては見かけの利益を生んで配当や税金の支払を過大にする傾きがあるとともに、他方においては多年にわたる帳簿上の償却に相当する企業資産が戦後のインフレーションによつてほとんど無に等しくなつていることと相まつて、設備更新の時期がきても新たにその資金を外部から調達しないと更新ができないという事態が生じている。

 最後にわが国における戦後の資本蓄積が主として他人資本の力によつて行われたことに注目しなければならない。このことは企業の資本構成の中に示されている。すなわち第一九図にみるように資本構成中に占める他人資本の比率は、戦前の三九%に対して、二六年は六九%と圧倒的に大きく、他人資本のうちでも長期負債にくらべて短期負債の比重が大である。これはまた所要資金に対する企業の自己調達力が極度に乏しいことを意味する。第六表によれば所要資金のうち自己調達分は戦前の八六%にくらべ、二六年度は二六%にすぎず、他人資本、特に金融機関に対する強い依存度を示している。なお他人資本中政府関係資金の占める比重が次第に増大しつつあることも注目に値する。

第六表 産業資金供給源別百分比

 このような自己調達能力の乏しさは、戦前にくらべて企業の収益性が低く、従つて社内畄保を充分に行うことができず、またインフレーション下では増資が困難であつたなどの事情によるものであるが、結局は国民貯蓄の低さが由来するものといえよう。

 一方金融機関としても国民貯蓄の低さから企業の資金需要を預金をもつてまかなうことができず、中央銀行の信用造出に期待せざるをえない。ここにオーバーローンの生ずる所以が存するわけである。

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