第一部 三 動乱ブームの調整過程 1 昭和二六年度経済の推移

[目次]  [戻る]  [次へ]

 動乱直後、海外需要と投資需要の増大によつて物価を急騰させ、また経済規模の拡大をもたらしたブームは、昭和二六年度を迎えて漸次ひき潮に移つていつた。次の四つの時期にわけてその過程を辿つてみよう。

 第一期 昭和二六年四月から七月まで。海外需要が後退した時期

 第二期 八月から一〇月半ばまで。投資活動が停滞しはじめた時期

 第三期 一〇月半ばから一二月。海外への売急ぎが行われた時期

 第四期 二七年一月以降。本格的な調整過程に入つた時期

第九図 昭和26年における主要経済指標の推移

第一〇図 昭和26年4―8月間の主要経済指標増減率

第一期(二六年四月から七月末)

 国際市況は二月頃から、米国の戦略物資著増買付の停止、物価、賃金の凍結、国際原料会議の発足などをきつかけに、動乱ブームの勢を収めてようやく軟化した。日本経済にはその影響がまず輸出価格の反落と輸出契約の不振となつてあらわれている。すなわち輸出価格は海外相場を上回つたことによる反動も手伝つて、三月から急落に転じ、八月までに約二割低落した。また輸出契約の不振やキヤンセルの増加のため、輸出実績は五月から八月までに四割余り著減し、特需商品を含めても三割減となり、動乱直前の水準に戻つた。一方一―三月期に高値買付を行つた輸入品が四―六月にズレて大量入荷し、しかも日銀ユーザンスの決算期限が到来して輸入物資引取資金が逼迫したため、一層物価の反落に拍車をかけた。また六月末のマリク声明に端を発して七月に朝鮮停戦会談が開かれたことも、市況にひびいている。かくて繊維、金属、ゴム、皮革、油脂などの貿易関連商品を中心として、卸売物価全体の水準も四月から八月初めにかけて八%ほど下つた。その結果一部に倒産する企業もあらわれたので、輸出キヤンセルを滞貨金融でカバーせざるをえなくなり、また期限の切れた日銀ユーザンスはスタンプ手形でつながれた。三月―九月間に外国爲替貸付が三割減つたことや日銀貸付が倍増したことはこれらの事情を物語るものである。このような景気の反落に伴つて当然輸入も手控えられ、入荷量は六―九月の間に四割以上著減している。さらに市況の悪化は五月頃からようやく生産の面にも反映し、九―一〇月の電力不足も手伝つて、鉱工業生産は一〇月までに若干減少した。しかし市況の後退に対する産業面の適応は必ずしも敏感であつたとはいえない。それは一つには企業個々の立場としてはコスト高を招く操短をなるべく回避したいという気持があることにもよるが、また景気の先行き見透しに対する楽観的な気運がなお残つていたことも否めない。このズレは産業の投資活動にもあらあわれ、設備資金の貸出は第一一図にみるごとく、もつとも市況不振の顕著な繊維を中心として四―六月期にピークを示している。そして動乱後の生産増加を裏づけてきた二つの需要―海外需要と投資需要―のうち海外需要はすでに後退し、僅かに投資需要が生産を支えることになつた。なおもともと停滞ぎみであつた都市の消費水準も四―八月間にさらに七%の減少を示した。

第一一図 全国銀行新規設備資金貸出

第二期(八月―一〇月半ば)

 市況は七月末を底として一時持直しを見せた。この契機となつたものは前記した金融面からのテコ入れである。ついで八月末には朝鮮停戦会議の中絶もあつて、それまで反落のひどかつた繊維、金属などの輸出関連商品が下渋りから上向きに転じた。それにつれて先安見込みからほとんどストップ状態にあつた海外需要も次第に回復し、輸出契約は漸増してきた。また八月初めには主食、電気料金の公価が改訂され、一〇月初めには石炭の価格が引上げられるなど、動乱後とかくおくれがちであつた食糧や基礎原料の価格騰貴が誘発された。その結果卸売物価全体の水準も八月初めから一〇月半ばにかけて六%ばかり反発した。しかし漠然と秋高が期待されていた国際物価はこの間ほぼ横ばいを推移したので、いわば国内物価に独歩高の嫌いがあり、輸出価格もこの間僅か二%騰つたにすぎない。しかも動乱後の顕著な特徴であつた原料安製品高という価格の開きが次第に収縮してきたため、生産の停滞と相まつて企業収益も縮小の過程を辿つた。かくて八、九月の市況好転も国際的環境の裏付けが薄弱なだけに伸び切れず、かえつて先行きに対する警戒気運が抬頭することとなつた。かかる状勢はようやく産業の投資活動にも反映し、また一面信用膨張に対する反省から電力、海運、鉄鋼、石炭以外の新規計画設備資金を抑制する方策がとられたので、設備資金の貸出は七―九月期から繊維を中心に減少した。これは機械に対する発注量や建築の着工坪数にあらわれている。つまり海外需要後退のあと、動乱後の生産増加を支えてきた最大の支柱もここに崩れ出したわけである。

第一二図 昭和26年8―10月間の物価騰貴率

第三期(一〇月半ば―一二月)

 さらにようやく強まつてきた金融の引締めは、設備資金に限らず、日銀公定歩合の引上げ、高率適用制度の強化、日銀ユーザンス(乙種)の廃止および輸入手形制度への切替えなどの一連の措置にあらわれた。これらの措置は、八月頃一時つないだ滞貨融資の手形決済期限が到来した一〇、一一月に具体化し、産業界の金詰り招いた。一方鉱工業生産は、一〇月半ばに電力危機が解消するにつれて上昇し始め、資金獲得目当ての作り急ぎの傾向も加わつて、一二月までに九割増加し、各業種ともほとんど軒並みに増産を示した。このような資金難からの圧力は作つたものを売り急がせ、特に回転の速い輸出は売値を崩してまでも強行された。しかもポンド貨の実勢低下から売り易いポンド地域向に輸出が殺到した。これはまた日英通商協定の改定によるドル・クローズの廃止によつて、ポンド地域としてはわが国から買いやすくなつたことも手伝つている。かくて輸出は八月いらいの契約回復が次第に急カーブとなり、それが戦績実績にも反映して八―一二月の間で輸出数量は九割余りの著増となつた。この間各商品とも一斉に伸びているうちで、金属の輸出量は三・五倍という急増を示した。しかし同じ輸出の増加した動乱直後とは異つて輸出価格が漸落したため、卸売物価の水準は一〇月半ばから年末にかけて三%ほど下押し、殊に繊維、金属など輸出関連商品の再落が目立つている。従つて投資活動の停滞を輸出の増加で埋め合わせようとする努力も、価格の低落から所期の効果をあげえなかつた。そして春いらいの痛手の癒えないままに、倒産ないし銀行管理をうける企業があらわれ、また一部では再割手形の書換えが継続され、年末決済のための救済融資も行われた。それは反面において、オーバーローンをいよいよ激化させることになつた。ただ一〇―一二月期に第七次造船、電源開発などに対して政府資金が相当大量に放出されたことは、一般産業における投資需要の減退をある程度カバーしている。また動乱後一ケ月余にわたつて低下してきた都市の消費水準も、八月の米価引上げで底をつき、秋の賃上げ、八月にさかのぼつての減税、ならびに物儀の安定でようやく上向いて八―一一月間に一二%回復し、殊に年末には戦後の最高を記録した。なお一〇―一二月期には食管、外国爲替会計の支払いが嵩んだため、それを主因として日銀券の流通高も九―一二月の間に一五%増加し、年末の発行高は五、〇六四億円で越年した。

第一三図 昭和26年8―12月間の主要経済指標増減率

第四期(二七年一月以降)

 年明けの市況は、昨秋いらいの輸出増加に伴う決済や年末の救済融資によつて若干金繰りが緩和したため、一時小康をえた。それに先行き軍拡を背景とする海外需要の増加を期待したことも、市況持直しの一因となつており、殊に金属産業を強気にしてその価格を上向かせた。しかし海外市況の現実は、米国を中心とした国防生産計画の引延しに伴う物資需給の緩和から、年初来はやくも軟化しており、さらに英連邦諸国をはじめ各国の輸入制限の強化および輸出競争の激化がこれに拍車をかけている。かかる国際経済の変化は漸次わが国にも波及することとなつた。そして一面では、昨秋以降のポンド地域向輸出超過の累積から、ポンド過剰対策の一環として三月に同地域向調整措置が実施されたことも手伝つて、再び輸出不振となつた。まず輸出価格は年末から四月にかけて一三%低落し、また輸出契約の漸減ははやくも輸出実績に反映して二月までに輸出数量が二割減少した。しかも先行き好転の見通しが、立ちにくくなつてきたことは、市況をさらに沈滞させている。その上昨年夏いらい水運、電力を除いて、すでに頭打ちとなつていた一般産業の投資活動も、最終製品に対する需要回復の見込みがつかなくなつたので引続き下降することになつた。ただ都市の消費水準は物価の軟調から上昇を続け、昨年一一月から本年四月にかけて七%向上したが、それも市況を支えるほどの力にはなりえなかつた。かくて繊維、紙、パルプ、化学品から始まつた価格の低落は次第に拡がり、三月にはそれまで上向いていた金属も反落して、ここに全面的な落勢を招来した。その結果卸売物価の水準は、三月末から六月半ばにかけて五%下落し、昨年七月末の底値をも割るに至つた。このような状況からようやく生産過剰が表面化して増産強行に対する反省が行われ、繊維など殊に市況の悪い産業から操短が始まり、また年初強気であつた鉄鋼も五月から薄板、線材などに操短が実施されている。そして一部には、臨時工員や日雇の解雇なども敢見される。輸入について買付期に入つた繊維原料や在庫が底をついた生ゴムなどを中心に昨年末一時増加したが、一般に割高な非ドル地域からの輸入は相変わらず進捗せず、また輸入量全体も本年に入つて再び停滞した。なお市況の不振がかなり全般的となつてきたため銀行も貸出に対する選択態度を硬化しており、一方産業界としても原材料の仕入手控えなどによつて資金需要が減少し、かえつて預金が伸びている。従つて銀行の貸出も、輸入手形決済や政府と協調する電力、造船資金以外はほとんどみるべきものがなく、年度末決済資金や繊維など一部の在庫融資が輻輳した三月を除けば、金融は年初いらい概して緩慢に推移した。そして年末膨張した日銀券も例年より顕著な還流を示している。

第一四図 昭和26年12月―27年4月間の主要経済指標増減率

 このような動乱ブームの収縮に伴う調整過程は、海外需要の後退、投資需要の停滞からようやく本格化してきたが、ただこれらの需要減退をある程度補う要因として見逃しえないものは、電力、造船部門に対する投資がかなり高水準を維持していることであり、また自衛力漸増に伴う需要も次第にあらわれている。

[目次]  [戻る]  [次へ]