第二 各論 六 企業


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 二五年度当初における企業経営は、経済安定政策のもとにおいて有効需要の減退に伴い、累增する滯貨をかかえて苦しい道を歩んでいたが、動乱発生を契機ににわかに生気を取戻し、さらに下期に向つては景気上昇の過程のうちに、終戦以来かつてないほど活況を呈するに至つた。以下企業経営好転の状況を当本部調査課で行つた一四業種六六社の三決算期にわたる公表貸借対照表の分析に基いて述べよう。

 (備考)資料蒐集の基準を、調査対象が一業種につき数社でその全生産(又は販売)量の六〇%以上を占めることに置いたため、業種が製造工業、その中でも生産集中度の高い業種に、対象企業が大企業に、それぞれ偏したきらいがあるが、それら業種の大勢を察知することは出来よう。ただし、石炭業・車両工業・板ガラス工業は資料蒐集期日の関係で前記比率六〇%に逹し得なかつた。なお戦前の資料は三菱経済研究所調によつた。

(一)企業經營の好轉

(1)利益率の增大

 企業経営の好転を自己資本利益率並びに使用総資本利益率についてみれば、次表に見る如く一般に二五年下期においては二四年下期を遙に上廻つた高率を示している。

第五〇表 利益率の推移

 すなわち石炭業・自動車工業・車輛工業の如く、二四年下期において赤字に悩んだ産業は二五年上期以降黑字に転じ、比較的変動の少かつた電力業・造船業・板ガラス工業・百貨店業を除けば、二五年下期にはいづれも二倍以上の顕著な增勢を示しており、特に化学繊維工業・綿紡績業・製紙業の收益振りが注目される。

 利益率がこのように增大した原因としては、云うまでもなく動乱以降輸出・特需・内需ともに活溌な市況を呈し、それが製品価格の高騰を招く一方、生産費の增加を要請したことに起因する。利益率の增加には生産単価当りマージンの增加と、販売量の增大に伴う資本回転率の上昇の二つの因子が仂く。生産の增大は操業度を上昇せしめる結果、原単位の低下と労仂生産性の向上をもたらし、これが原料価格の値上りによつて生じるコスト高を或程度抑制したのであるが、さらに大きな要因は、旺盛な需要が年度初頭の滯貨はもとより、增大する生産量を日毎に高騰する価格で吸收して行つたため、企業の販売高が飛躍的に增加し、これが資本の回転を早めて前記の如き利益率の上昇をもたらしたものと考えられる。

 しかしかかる市場の強調は、一部に思惑の加わつたブーム的性格をもち、年度末にはすでに輸出の停滯から景気の中だるみが現れ、他方原料価格の上昇が急調となるに及んで、企業のマージンは漸次その巾を狭めてきた。この傾向は、製造原価が比較的国際水準に落着いていた化学繊維工業・綿紡績業・製紙業等は別としても、鉄鋼業その他重工業部門の如くコストが国際水準を上廻つた産業では、かなりな顕著なものがある。

 また再評価を十分に行つた企業はよいが、比較的低倍率の再評価を行つた企業では、企業採算の好転した後も、減価償却は少額にとどめられる結果、後述の如く利益率は名目的な增加を示すことになる。この点を考慮すれば、二五年下期の利益率も、化学繊維工業・綿紡績業等二、三の例外を除いては、戦前に比べて必ずしも高いものとはいい得ない。

(2)資産並びに資本・負債の変動

 收益性は主として外的條件の変化によつて好転したのであるが、企業の内部においてこの收益性を恒常化する力は如何にして蓄えられたであろうか。つぎに企業の資産並びに資本の增加が二五年度において如何に行われたかみることとする。第一六図は二五年上期並びに下期における資産及び資本・負債のそれぞれ前期に対する增減を各項目につぎグラフ化したものである。

 本来、固定資産の增加は自己資本・長期負債・利益金のいづれかによつてまかなわれるべきで、短期負債・引当金の增加によつて充当されるべきではない。流動資産の增加は短期負債によつてまかなわれるが、棚卸資産のうち恒常的在庫等は前記自己資本・長期負債等をあてるほうが、より彈力性のある経営と考えられる。

 かかる点に留意して各企業の資産・資本の変化をみれば、電力業における変則的な增加を除いては、おおむね資本の使途は順当である。電力業においては発電設備の新設・強化に伴つて、固定資産の大巾な增加がみられるが、これに対して見返金の放出が遅延し、その上当初の予定からかなり減額が行われたため短期負債の流用が目立つている。石炭業では、短期負債の長期負債への切替えが行われた結果短期負債の減少が著しい。その他增設を急ぐ化学繊維工業・原本及びパルプの自給体制を進める製紙工業・或いは設備能力の均衡化を図る化学肥料工業等においては、自己資本・利益金・社債による固定資産の增加がみられ、また設備の近代化を要望される鉄鋼業・造船業・自動車工業等には、僅かながらもその動きが看取られる。

 しかし、一般に、固定資産の拡充・強化が或る程度行われたにもかかわらず、流動資産の增加に比べて僅少に過ぎ、また外貨負債の增加に比して自己資本の增加が少い点は問題で、資本の蓄積が十分に行われたとはいい難い。

(二)健全化途中の企業經営

 前項において借方・貸方両項目の変動をみたが、つぎにこれが企業経営の健全化を表す諸財務比率に如何なる変化を与えたか檢討しよう。

 戦後における企業の資産及び資本状況は、主としてインフレ高進に基く資産評価の不均衡と自己資本調逹の不調によつて、著しくゆがめられていた。すなわち前者においては固定資産に対する流動資産の過大傾向が、後者においては自己資本に対する他人資本の過大傾向が顕著であつた。固定資産の再評価は、この不均衡を是正し、企業をして適正な減価償却を可能ならしめることによつて資本の食潰しを回避せしめることを目的として、二五年一月より八月にかけて実施されたのである。

(1)資産・資本構成の変化

 まず二五年度における固定資産と流動資産の割合を次表によつてみると、二五年上期には前期に比較して固定資産の比重が增大しているが、ほとんど再評価による名目的增加であつて、実質的な設備の拡充はさきの第一五図に示した如く低調であつた。

第一五図 綿織物の出荷構成

第五一表 資産構成の推移

第一六図 資産並びに資本・負債の変動

 さらに二五年下期では、固定資産の比重は電力業・造船業において若干の向上がみられる外は、ほとんど全業種において低調を来している。これは下期における生産增大に伴う流動資産の增加が固定資産の增加を遙に上廻つたためである。從つて戦前の構成比率に比較するときは、石炭業・化学肥料工業がその水準を回復したのみでその他の産業は依然かなりの低位にあるといえよう。特に電力業が未再評価のために、戦前の比率に遠く及ばない点は注目される。

 なお固定資産の比重が低下することは、現在の操業度からみれば流動資産がそれだけ多くなつて、固定設備の利用度が高まることを意味し、必ずしも惡い傾向とはいえない。しかし後述の如き、一般に流動資産と短期負債とが不均衡な現状においては、固定資産の比重がこの様に低下することはやはり問題となるであろう。

 つぎに自己資本と他人資本との割合を次表によつてみると、資産構成と同様再評価の結果二五年上期には前期に比べて自己資本の比重が增大している。

第五二表 資本構成の推移

 二五年下期においては、比較的利益率の高かつた化学繊維工業・ソーダ工業が前期に引続いて向上したのに対して、鉄鋼業・化学肥料工業・百貨店業は一たん均衡の回復に向いながら、社債その他外部負債の增大によつて、かえつて惡化をみている。今後增資並びに社内留保による自己資本への切換えを、どの程度まで行い得るかが問題であろう。

 なお戦前の比率に比較するとき、化織・ソーダ工業を除いては、まだかなりの懸隔がみとめられる。ことに資産構成では戦前と同水準にある石炭業が、資本構成上では戦前より遙に惡く、また電力業が未再評価のため著しく均衡を欠き、自動車・車両・造船業の回復が他産業より遅れている点が注目される。

(2)運転資本と流動比率

 つぎに経理状況の短期指標となる流動資産と短期負債の関係、すなわち
(イ)運転資本=(流動資産)―(短期負債)
(ロ)流動比率=(流動資産)÷(短期負債)
(ハ)当座比率=(当座資産)÷(短期負債)
についてみよう。

 企業活動の增大は、短期的には流動資産・短期負債の增加によつて示されるが、さらに両者の差すなわち「運転資本」が大きいときは、短期負債の相対的減少を意味し、事業がより健全に営まれていると解釈し得る。

 (備考)「運転資本」(Working Capital)とは、資産と資本・負債の関聨を簡単に下図の如く考へると、A部に相当する。從つてA部の增大は、長期にわたつて運用しうる資本(自己資本並び長期負債)の增加を意味するので、その時には経営の彈力性がより大となる。

資本及び負債 自己資産及び長期負債  A  短期負債
資産 固定資産   流動資産

 二五年度における「運転資本」の推移を次表によつてみれば、全般に上期・下期と順調な增加を示しており、ことに下期の增勢が著しい。ただ電力・車両工業・造船業が前期より減少するという変態を呈しているが、ともに流動資産・短期負債の額が增加しながらその差が減少したのであつて、短期負債の相対的增加による不安定な事業拡張を意味しており、つぎに述べる流動比率の低下となつて現れている。

第五三表 運転資本の推移

 流動比率・当座比率はともに企業の短期負債に対する支払能力の度合いを示すもので、これらの比率の高い程、短期的にみて企業の安定性もしくは対外信用度が大きいと考えられる。通常流動比率は二〇〇%以上、当座比率は一〇〇%以上を以て経営健全性の一応の指標とされている。第五四表に示されるこれらの比率は、主として短期負債が社債へ借換えられたため、多少改善されているが、戦前の水準には遠く及ばない。僅かに化織・アルミニウム等が下期において標準を超え得たにすぎず、その他の業種では公団の廃止や拡大に際して、自己資本調逹力の不足から、增加運転金を短期負債に仰がざるを得ない傾向が依然として残つている。また電力業においては、短期負債の固定資産への流用が行われたため比率の低下をみている。一般に戦前の比率では、棚卸資産が低く評価されており、含みが多かつたにもかかわらず、かかる高率を示したことを考慮すれば、これらの比率の回復は、その企業の経理が眞の経安定をみるまでは容易に行われ難いと思われる。

第五四表 流動・当座比率の推移

(3)固定比率

 この比率は自己資本に対する固定資本の比(固定資産÷自己資本)で、自己資本の固定資産に固定化している度合を示すものである。現状においては戦前とは反対に、一般に一〇〇%以上の高率を示しているが、その値の高いことは、固定資産が自己資本でまかないきれず、他人資本への依存が大きくなり、長期的にみた経営の健全性がより少いことを意味する。次表によれば、二五年上期においては前期に比べて比率が著しく低減しているが、これは再評価によるもので、自己資本の蓄積に基く実質的な改善は下期における同様低調の域を出ていない。

第五五表 固定比率の推移

 電力業・石炭業の如く比率が異常に大きいものは、自己資本調逹力のとくに不足した産業であるが、その他の産業も、固定資産の拡充が社債等長期借入金によつたため戦前に比してかなりの高率で、これが改善は、今後社内留保の增加・社債の增資への切換え等、自己資本の蓄積・拡充が行われなければ困難であろう。

(4)資産再評価と利益率

 再評価の実施状況を二五年一〇末現在で調査した結果(国税庁調)では、実施法人数は全法人の一三%、申告法人数の一七%で、再評価資産の再評価前の薄価は七一〇億、申告法人資産薄価総額の三一%となつており、一般にきわめて低調であつた。再評価実施法人についてみても、再評価倍率(再評価資産の評価前薄価に対する評価後薄価の比)は六倍、再評価実施比率(再評価限度額に対する評価後薄価の比)は六七%にとどまつている。再評価が当初の予想に反してかかる不調に移つた原因としては、第一に実施の時期が不況期であつて、一部業種を除いては、先行採算の見透難から收益の安定が見込み得なかつたこと、第二には再評価益税の支払に困難を予想するもののあつたこと、さらには固定資産税に対する配慮があつたこと等が挙げられる。今七七社につき、業種別にその再評価実施比率と利益率(使用総資本利益率)を対比してみると、第一七図の如くなる。

第一七図 資産再評価と利益率

 すなわち二四年下期の利益率は再評価に当つての有力な因子であつたため、回帰線(A)の示す如く、実施率の大きい業種ほど高い利益率を示している。利益率の低かつた産業は、評価後における減価償却の負担その他を慮つて、実施率を低位にとどめたことがうかがわれる。しかるに動乱後予期せざる好況に遭遇して、二五年下期の利益率は曲線(B)の如く波状をなして增大した。從つて再評価実施率の低い業種は、向上した收益性に比し、減価償却が過少であり、その結果架空利益の增大に対して課税が行われることとなる。

 ここに再々評価の必要性が強調される所以がある。

(三)企業經營と産業構造

 企業経営は、企業それぞれの発展段階、或いはその当面する客観的状勢に応じて、より大きい收益をあげるべく行われるものであるから、個々の財務比率の示す結果のみを以て、直ちに企業経営の良否を判断することは必ずしも当を得ない。しかし比率相互の関聨において、資本の蓄積状況と收益力から各産業をみるならば、およそつぎの如く総合することが出来よう。

 すなわち発展途上にある化学繊維工業を初め、綿紡績業・製紙業等においては、比較的堅実な足どりがうかがわれ、種々の比率も戦前の水準に復帰せんとしている。しかるに電力業・石炭業・造船業・自動車工業・車両工業等においては、その生産量の增大にもかかわらず、流動比率等に現れた短期的な経営の不健全性はもとより、固定比率のその他からうかがわれる長期的收益性においても他産業に比較して劣つており、また戦前水準への回復も甚だしく立遅れている。鉄鋼業・化学肥料工業の如き重要産業は、アルミニウム・板ガラス・ソーダ工業等とともに、おおむねその中間に位すると考えられる。

 しかし基礎産業や高次機械工業の如き重工業部門において、その経営基盤が特に脆弱なことは、将来の我が国産業構造上、これら産業の発展には多大の期待がかけられているだけに大きな問題を残すものであろう。

 かかる経営基盤の健全化には、企業内部における合理化の推進がその前提となることは云うまでもない、二五年度における合理化のあゆみは、原単位や労仂生産性の面においてかなりの向上がみられたが、これらの成果も操業度の上昇に負うところが大きく、経営管理や技術の向上・設備の更新による本格的合理化はまだその緒についたばかりである。

 動乱による資本蓄積を手がかりとして、本格的合理化をすすめ、恒常的な販路の拡大と経営の充実安定をはかることが、今後におけるわが国企業の課題であろう。

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