第一 總説 三、発展途上の諸問題


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 以上に述べたところによつて明かなように、わが国経済は動乱後の一年間に大きな変化を遂げ、戦前の水準に対してもかなりの回復を示しつつあるが、今後さらに発展を続けてゆく上に、いくつかの基本的な問題が生じている。その第一は鉱工業生産の急速な上昇に伴つて、動力・輸送力等生産の基礎となる部面の強化が必要となつてきていることであり、第二は企業経営の好転によつて本格的な資本蓄積が促進されているが、投資の方向についてはなお考慮を要すべき問題がみられることであり、第三は国民の消費生活水準の回復が動乱後やや停滯を示していることであり、第四はインフレーションの防止と輸出の增進に関連する問題である。

(一)生産上昇の物的條件

 最近の鉱工業生産は、すでに戦前昭和七―一一年平均を四割上廻る水準に逹しているのであるが、各国の原料及び各種製品に対する需要は增加傾向にあり、しかもわが国の工業は設備や労仂力の面ではいまだに生産上昇の余力を残しているので、価格面において不利な事情に陥ることがなければ、今後もわが国の製品に対する海外需要は当分強調を続けるものと予想される。

 この場合問題となることは、生産力の物的條件が果たしてどの程度の生産上昇に耐え得るかという点である。我が国工業の生産能力にはなお若干の余力があるが、動力・輸送力の使用量の大きい金属・重機械・化学等の諸問題において生産增加をはかる場合には、石炭・電力・陸上及び海上輸送力等基礎部面の增強することが必要となる。

 まず石炭についてみれば、本年五月末における全国貯炭量は一二五万屯(一〇日間の消費量)に低下し、昨年同期の貯炭量の三分の一となつている。また本年度の石炭供給予想量は四六〇〇万屯で、重工業の生産規模が現在の水準にほぼ近い昭和一二―一四年の石炭供給量は五七八〇万屯に比べれば約二割下廻つている。これらの事情からみて今後石炭需給がかなり苦しくなる可能性があり、国内における增産・石炭及び重油輸入の增加・並びに熱管理の強化による石炭消費の節約等の対策が必要とみられる。

 電力については現在の発電量が基準年次の二倍に逹し、昭和一四年に比べても約四割高い水準にあるが、電力の用途が戦後著しく拡大されていること、産業構造が電力消費の多い重化学工業により大きく傾いていること、送配電施設の老朽化等により、ロスが增加している等の諸原因から需給は苦しい事情にある。しかも終戦以来電力部門に対する投資が不足したため、ここ一―二年中に新たなに完成する発電能力もわずかであり、渇水によつて水量発電が低下したり、石炭の不足によつて火力発電が充分活用出来ぬような場合には、電力事情がさらに惡化するおそれがある。

 輸送力についても生産規模の拡大につれて不足が生じつつある。最近の国有鉄道貨物輸送量は、戦時中の昭和一七―八年当時の水準に逹しているが、しかも駅頭対賃は本年五月末に二一五万屯となり、前年同期に比べれば四倍以上に增加し、そのため貨物送力の增強が要請されている。

 海上輸送力は終戦以来次第に回復し、本年三月末の商船保有量は一八三万総トン(うち外航適格船七四万総トン)となり、終戦以来四八万総トンを增加しているが、太平洋戦爭直前の保有量六〇九万総トン(うち外航適格船約四百万総トン)に比べればわずか三割にすぎない。外国貿易における海上輸送貨物の総量は、昭和二五年度において輸入一、二三六万屯、輸出三九二万屯で昭和一二年当時の約三分の一である。またそのうち邦船積取比率は輸入二七%、輸出一七%で、昭和一二年の輸入五八%、輸出六八%に比べれば、わが国船舶による海上輸送は戦前に比べて甚だしく低下していることが明かである。從つて貿易の伸長と国際收支の改善のために、保有船舶量の增強が必要とされている。

 以上要する鉱工業生産の急速な回復に対して、動力・輸送力等の基礎的部面の弱さが本年度において次第に表面化してきているのであつて、わが国経済に課された生産增大の要請にこたえるためには、これら基礎部面の增強とともにその合理的使用と消費の節約が必要とされているのである。

 物的制約條件の他の一つは輸入物資の確保、特に世界的不足の甚しい物資の確保であろう。たとえばニツケル・コバルト・モリブデン・石綿等については、国際原料会議や米国商務省との折衡によつてこれら物資の輸入の確保に努めるとともに、国内使用を必要用途に確保する措置も必要となつている。

 なおまたきわめて最近の情勢では、輸出の不振に基く外貨資金の不足から原材料の輸入が或程度の制約を受ける可能性もあり、輸出の增進がこの面からも強く要請されるに至つている。

(二)資本蓄積の方向

 朝鮮動乱後における生産の急速な拡大と製品価格の騰貴とは、民間企業における資本蓄積を促進し、企業経営の健全化と資産内容の改善をもたらした。昭和二五年度における民間産業設備投資額は一、六五〇億円に逹し、前年度に比し三〇%(物価騰貴を考慮すれば一八%)の增加となり、戦前昭和九―一一年平均の実績に対し、実質的にはほぼ八割の水準に逹している。

 資本蓄積の增大に伴い建築活動は活溌化し、昭和二五年度は前年度に比べて着工床面積で住宅一七%、非住宅四六%を增加し、また二五年度における着工建築物の総工費は、申告価格で住宅六一二億円、非住宅六八八億円、計一、三〇〇億円となつている。

 資本蓄積についてはその大きさと同時にこれが投下される方向についても注目されねばならない。一昨年において始められた経済安定計画のもとで蓄積と投資が主として私企業の採算と責任において遂行されている結果、採算條件の有利な部面に資本投下が促進され、商業構造の効率的な再編成が進行しつつあることは事実である。しかし他面において蓄積の行われる場面と、投資を必要とする場面とが必ずしも一致せず、経済全体の均衡のとれた発展を逹成するという見地から考慮を要する場合もあり、動乱後は特にこのような傾向がみられる。たとえば産業投資はパルプ・製紙・人絹等の繊維工業部面において活溌であるが、これらの投資は、原料木材の供給力・植林投資あるいは資源保全の要請との釣合を失するおそれがある。さらにまた、製造工業一般における投資がそれら工業の運転に欠くことのできない電力・石炭・陸運・海運等の基礎的部面への投資と充分均衡を得ているか否かについても檢討を要する問題がある。ことに基礎産業部面はその投資が長期かつ巨額であり、また採算性においても他の部門に劣る等の理由から、見返資金や日本開発銀行資金等の政府資金によつて産業投資を補充する必要性が残されているのである。

 中小企業についても、わが国経済における特殊な地位にかんがみ、政府資金の活用其他によつて中小企業金融を積極化することが必要とされ、また農業についても、市中金利水準においては採算的な投資が可能な場合は稀であり、経営内部から必要な蓄積を生み出すこともあまり期待できないので、公共事業費等を通ずる国家的な投資が必要とされているのである。

 なおまた一般企業においても動乱後企業内部の資金蓄積はかなり增加しているけれども、各論に記述するようにその経営内容は、紡績・人絹・製紙等の特に有利な産業を除けば、戦前の正常な経営にくらべてまだかなり貧弱であり、ことに車両・造船・機械等今後のわが国産業構造上重要な位置を占めるべき部門の弱体が目立つていることも注目を要する点である。

 動乱後における経済活動の上昇が世界情勢の緊迫化に伴ういわば一般的な條件によつて支えられていることを考慮すれば、現在の機会を利用して、正常な経営事情のもとにおいても国際的に十分競爭し得るような能率的な産業を作り上げることが急務である。從つて生産の量的拡大のための投資と同時に、産業の質的改善のために設備の近代化や技術の改善等、生産向上とコストの引下げに役立つ部面への投資を拡大しなければならないであろう。

 要するに今後において資本の供給力に見合つてインフレーションを回避しつつ、輸出の增進・特需の充足・商業の近代化・基礎産業の增強・農業生産力の向上等に必要な投資を最大限に遂行してゆくためには、緊急資金を重点的に確保して行くことが必要とされる段階に至つている。

(三)国民生活の確保

 国民の消費生活は、昭和二五年前半にかなり急速な回復過程をたどつて以後幾分下降を示している。それは物価騰貴の影響をうけて実質所得が動乱後一部の産業部門の賃金を除いてはそれ程增加していないことに基くが、また生活物資の需給面の事情とも関連するものである。すなわち生活物資の過半を占める農業生産物がその性質上增加のテンポのおそいことはいうまでもないが、鉱工業部門のうちでも消費生活と直接関連をもつ食料品工業の上昇率が低く、また繊維も生産がかなり回復して来たにもかかわらず海外需要の增大と価格の上昇のために国内消費はむしろ減少の傾向をみせたためである。

 ともかく現在の消費水準は戦前(昭和九―一一年)の八割余りであり、そのうち繊維や砂糖・食用油などの一部食料品の消費量は未だ六割以下の低位にある。このことは、鉱工業生産の回復が主として投資材部門において顕著であり、本年五月において機械・金属・化学等の諸部門がすでに戦前(昭和七―一一年)の二倍近くの水準に逹したのに対して、繊維・食料品など消費生活につながる部面の回復がおくれ、戦前に比べて繊維工業が五割、食料品工業が七割の水準にあるという事実にも反映されている。そしてこれらの低位はまた貿易水準の回復がおくれていることにも密接な関連をもつている。

 なおまた援助輸入の漸減により、必要な輸入も從来より以上に国内生産物の輸出によつてまかなう必要を生じていることも生産水準の回復のわりに消費水準の向上が遅れている原因となつている。

 從つて今後生活水準の維持向上をはかるためには、価格の安定を維持し消費者の実質的購買力を充実するとともに、基本的には生産の上昇と輸出入の增加による経済規模の拡大によらねばならぬのである。

(四)物価の動向と輸出振興

 動乱後のわが国物価の上昇が諸外国のそれに比しかなり急激であつたことは前述したところであるが、その主要な原因としては、第一にわが国の物価水準が輸出を通じて直接海外市場価格の影響を受け、しかもこの海外市場価格が多くの場合主要国の国内価格をかなり上廻るいわば灰色相場の水準にあること、第二には動乱後海上運賃が二―三倍に上昇したことや、原料輸入先を近隣地域から遠隔地域に切換える必要を生じたこと等が原料価格の高騰を促したこと、第三には国際物価が昨年初頭以来すでに上昇傾向をたどつてきたのに対し、我が国の物価は動乱発生当時かなり低位にあり、從つてその後の上昇率が高目にあらわれていること等である。

 なお、以上の諸原因のほか日本経済の総体としての資本蓄積量の乏しいことと貿易依存度の高いことによつて、海外の経済変動から受ける動搖の巾が大きくなりやすい点も基本的な要因としてあげられよう。

 動乱後の物価動向についてその上層の巾が大きかつたことと同時に、生産財価格と消費財価格の動きの間に顕著な開きがあることも注目される。すなわち、日本銀行の東京卸売物価指数によつてみても、昨年六月から本年五月までの間の騰貴率が、生産財では七六%に逹しているのに対して消費財は二七%である。生計費に直接影響する消費価格指数(東京)も、主として食糧価格と料金関係の安定に支えられて前記期間中の上昇率は二四%であり、他方賃金の上昇も比較的緩かであるため、いわゆる物価賃金の惡循環によるインフレーションの進行はこれまでのところ見られていない。このように消費者の購買力が安定ないし幾分低下しているのに対して、投資面における購買力が顕著に增加していることは、動乱後における経済動向の特徴の一つとなつている。

 最近では海外物価が下降傾向を示しはじめているので、わが国としても物価の安定、場合によつては或程度の引下げが強く要請される段階に至つている。他方電力料金・主食価格等においては価格引上げの要因を生じているのだるが、これらの価格改訂を極力低目にすることによつて物価水準に対する影響を最小限にとどめることが必要となつている。もしも国内物価水準が全般的にさらに上昇するようなことになれば、輸出や特需契約についても価格上の困難が增し、貿易規模の拡大と経済の発展が価格面から制約されることになる。

 この場合繊維類のように元来国際的競爭力が強く価格の変動に応ずる彈力性の大きい部門においては、価格面の原因で輸出が著しく減退することはないであろうが、鉄鋼業のように輸入原料依存度の高い部門や、機械工業のように輸出産業としての歴史が浅く、国際的競爭力の弱い部内では、国内物価水準の上昇が直接輸出や特需の增加に大きな障害となり得る。最近機械製品のうちで、素材費の占める割合の大きいブランドものや、車両、船舶等の輸出が低調となつているのは、主としてこのような価格面からの影響が原因であり、今後のわが国輸出貿易においてこれら機械類の占めるべき重要性からみても、世界的に機械類の供給が不足している現在、將来の市場を開拓しておくことの必要性からみても、機械類の価格を国際的に競爭し得る水準にまで調査することが急務となつている。

 なおまた鉄鋼や機械類等投資財の値上りが単にコストの上昇のみによるのではなくて、動乱後の国内投資活動の活溌化による需要の強調に支えられている点も無視できない。たとえば鉄鋼・機械類・セメント等の投資財の内需向供給量は動乱以来最近までの間に五―六割增加しているのであつて、今後これらの投資材をより多く輸出にふりむける余地が残されているのである。

 動乱後のわが国の国際收支はかなりの改善を示し、均衡に近づいてはいるが、これは世界情勢の変化に伴う一時的な影響によるところが大きく、正常な輸出によつて経済自立を逹成するには未だかなりの距離があり、しかも現在の輸出入は量的にみて戦前の四割弱という低い水準にとどまつているのであるから、今後における生活水準の維持向上と産業活動の継続的上昇を実現するために、輸出振興の重要性をあらためて認識すべきであろう。しかしてこのためには、わが國産業の本格的合理化を推進し、個々の産業部門についてコスト引上げ要因を明らかにして、それに応ずる個別的な対策を講ずると同時に、総合的な経済安定施策を推進することが必要となつているのである。

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