第一 總説 二、経済基調の転換


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 国際環境の変化の日本経済に対する影響は、基本的には特需を含めた貿易動向の変化と海外の物価騰貴を反映した輸出入価格の高騰とを通じて現れた。すなわち、終戦以降昨年上期までを通じて入超を続けてきた我国の貿易收支は、特需の発生及び輸出の增大と輸入の低調化とに伴つて下期には出超に転ずるとともに、二四年以来下降の趨勢にあつた輸出入価格も、二五年六月を底として上昇の過程に入つた。

 上のような基本的要因から国内物価の上昇傾向が生れた。当初の段階においては海外諸国の買急ぎによる輸出契約価格の暴騰によつて国内価格が引きずられる面が強かつたが、やがて輸入原料価格の高騰や、入超から出超への変化に伴うインフレ的影響も、有力な物価引上要因として仂き始めたのである。すなわち特に第三・四半期においては、外国為替特別会計の円支出は、特需を含めた輸出為替の買取增大に伴い急增する一方、その円收入は日銀ユーザンス制度によつて繰延べられたので、差引支払超額が增大し、これに年末の季節的資金需要が重なつて、通貨はかなりの增発を見た。

 他面特需・輸出等海外需要の伸長によつて金属・機械・繊維等の部門を中心に鉱工業生産も次第に增加し、操業度の上昇による労務費の相対的低下や製品価格の高騰と相まつてこれら部門の企業收益を增大させた。かかる企業收益の增大は国内の投資活動を活溌化し、当初は跛行的であつた物価の騰貴や生産の增加もかくて次第に一般化されて行つた。

 このように朝鮮動乱を契機として、一路景気上昇の過程をたどつてきた日本経済は、本年に入つてからまた異つた様相を示すに至つた。すなわち国際情勢その他によつてもたらされた世界的な市況の中だるみと、我が国物価の上り過ぎに対す海外の買控えから、輸出及び特需の契約が漸く停滯化する反面、昨年下期に採られた輸入促進策が効果を表すにつれて輸入は急增した。これらの変化に加えて、輸入物資取引資金の需要增大その他に伴う金詰りもあり、このため貿易関連商品の価格は三月以降低落を示しはじめ、一部物資の需要強調等から上昇傾向を残していた卸売物価水準も、五月に入ってからは遂に微落を見せるに至つている。

 貿易面や物価面におけるかかる複雑な動きに比して、鉱工業の生産水準は本年に入つてからも上向の趨勢を続け、特に三月から五月にかけては顕著な上昇を示す一方、国民の生活水準は動乱勃発以降最近に至るまで、物価高に影響されて若干の下降傾向を見せている。

 以下この一年間における経済各部面の動きをやや詳細にうかがつて見よう。

(一)貿易動向の変化

 動乱後における貿易動向の変化は、まず特需の発生及び輸出の增大と輸入の低調化となつて現れた。

 特需は我が国の地理的な事情も手伝つて、当初はかなりの規模で発注され、その後朝鮮戦局の一進一退を反映して発注の規模や品目に消長を示したものの、通算にして本年六月一七日現在の発注累計額は三億一千五百万ドル(内商品二億二千二百万ドル)に逹しており、国内における経済活動の上にも少からぬ影響を及ぼした。特需の品目内容は繊維・機械・金属・木材等が中心で、これらを合せると商品発注額の八三%を示している。

 輸出の面では、国際情勢の緊迫化を反映してすでに動乱発生の二、三ケ月前から繊維・非鉄金属等は增加傾向を見せていたが、動乱後は各品目とも伸長し、輸出実績は四―六月の月平均六千万ドルから漸增して、一〇―一二月には、九千六百万ドルへと六〇%增加した。輸出単価の高騰による影響を除いた数量指数によつて見てもこの間、三三%の增加を示している。

第一図 輸出入月別実績

 一方輸入は、上期における外貨面からの制約・援助輸入の減少・動乱後における各国の輸出制限強化・輸入円資金の不足等の諸原因から低調となり、数量的には四―六月から一〇―一二月の間に八%の減少を示した。このため輸出入のバランスは、二五年上期には合計一億六千二百万ドルの入超であつたものが、下期には逆に九百万ドルと僅かながら戦後初めて出超を記録した。

 しかしながら本年に入るや貿易動向は再び逆転した。すなわち輸入は昨年下期に行われた日銀ユーザンス制度等各種輸入促進策の効果を反映して急增し、一―三月には数量指数で見て昨年一〇―一二月の六〇%增に逹した。かくて昨年下期において次第に減少しつつあつた原材料在庫はほぼ補充され、後述する如き生産水準の急上昇も可能となつたのであるが、一部の物資については思惑的な輸入も見られた。他面輸出は国際市況の中だるみや我が国の物価高に伴う海外の買控え・供給面の制約等から、一―三月には昨年一〇―一二月の一七%減の水準に反落したため、この間における貿易收支は再び二億二千四百万ドルの赤字となつた。

(二)物価水準の上昇

 動乱発生後各国の買急ぎ傾向によつて、我が国の輸出契約価格は繊維及び金属類を中心に急騰し、昨年六月から本年三月までの間に九〇%の上昇を示している。これは特需価格の高騰と相まつて関連商品の国内価格をつり上げたが、一方海上運賃をも含めた原料の輸入価格も、輸出価格にやや遅れて急騰を開始し、輸入原料依存度の高い諸産業のコストに逐次影響を及ぼした。食糧の輸入価格は比較的安定しているが、鉄鋼原料・繊維原料その他重要原料のそれは、昨年六月から本年三月に至る間にほぼ二倍前後に著騰している。

 また前述した昨年下期における輸出・特需の增大と輸入の低調化とは、外国為替会計を通ずる円資金放出の增加と国内向け物資供給量の減少とによつて、国内経済に対して物価上昇傾向をもたらし、さらに九月下旬から実施された日銀ユーザンス制度も、過渡的には上昇した物価水準を支える要因となつた。

第二図 物価水準の上昇

 かくして昨年六月以来本年五月までの間に卸売物価は五二%の騰貴率を記録し、同期間中における各国の卸売物価騰貴率―アメリカ一七%、イギリス二二%等―を大巾に上廻るに至つた。また個々の商品について見ても、我が国の価格が国際的水準を超えるものが次第に增加してきた。

 たまたま本年二―三月頃から、米国の戦略物資買付の手控え及び物価資金その他全般にわたる経済統制の強化・思惑の行過ぎに対する修正等を主な要因として、世界の景気動向は、いわゆる中だるみと称せられる段階に入り、從来の上昇傾向に対して一種の反動がおとづれるに至つた。かくてわが国商品の相対的な価格高から、特需及び輸出契約は次第に停滯に陥るとともに、從来不均衡な上昇を示していた繊維・非鉄金属等の貿易関連商品の国内価格は三―四月を境として遂に反落し、本年初頭以降かなり多量に輸入された油脂・ゴム・皮革等の価格も同じ推移をたどつた。この間において三―五月における多額の徴税や、輸入物資の引取に伴う金づまりがこの傾向に拍車をかけていたことも否めない。一方においてそれまで遅れを示していた燃料・化学品・機械等の価格がヂリ高を続け、また鉄鋼原料・ソーダ類・パルプ等基礎資材が需要の強調その他に基いて値上りしたため、卸売物価水準は四月上旬まで上昇を続けたが、五月に入つてからは前記物資の価格下落が強く影響して遂に微落に転じている。

(三)通貨の增勢

 朝鮮動乱の財政金融面への影響は、昨年七―九月の間において生産及び物価水準の上昇に伴う增加運転資金の需要增大等の形で既に現れ始めていたが、特に第三四半期に入るや、動乱後における輸出・特需の增大を反映して外国為替会計の円支出は急增する一方、日銀ユーザンス制度の実施によつて円の受入れが繰延べされたため、民間に対する支出超過額は著しく增大し、食糧管理会計の支出超過や年末の決済資金需要等の季節的な資金放出と相まつて、第三・四半期中九三三億円(前年同期は五七一億円)の日銀券增発を記録した。

 第四・四半期においても同じく貿易面を通ずる資金の放出によつて、一月・二月とも財政資金の対民間收支が支出超過を示すという異例の現象も現れた。もつとも三月に入つてから徴税の進歩とユーザンス期限の到来による外国為替会計支出超過額の漸減によつて、財政資金はかなりの收入超過となつたが、結局一―三月を通じて日銀券の收縮は二五八億円(前年同期は四四〇億円)にとどまつた。

 かくて年度間を通じて外国為替の対民間收支は二、九〇四億円、援助物資等の関係を含めて貿易全体として見た場合でも二、三三五億円の支出超過となつた。このため民間に対する債務償還を削減し、予金部資金や見返資金の余裕金を增大させる等、貿易関係以外の面で財政の超均衡性を強く貫いたにもかかわらず、政府資金の対民間收支は年度間四六〇億円の支出超過となり、日銀の市中金融機関に対する信用供与と相まつて年度間八五〇億円の日銀券增発をもたらした。前年度中における一二億円の收縮と対比した場合、顕著な相違がうかがわれる。このような通貨の增発は、結局輸出の伸長・生産及び物価水準の上昇に加えて、一時低調となつた輸出を回復する必要性等が重なつたために生じたものといえよう。

第三図 通貨の增勢

 なお日銀ユーザンス制度の実施以来漸減をたどつてきた日銀賃出は、三月の納税期を迎える頃から次第に增勢が強くなり、五―六月には法人税の納入や輸入物資引取資金の需要增大等を反映して急增を示すに至つたが、その反面において日銀の外貨貸付は漸減を示している。

(四)鑛工業生産の增大

 特需・輸出の增大による需要の增加等に促されて、鉱工業の生産も次第に增大した。すなわち九月頃から本格的な上昇を開始した鉱工業生産水準は、一〇月には遂に戦前の水準を突破し、本年三月には昭和七―一一年ベースに対して一二〇・八、五月には一四〇(暫定数字)と飛躍的な上昇を續けている。本年四月の生産は前年同月に比し五二%の增加に当つている。

第四図 鉱工業製品指数の上昇

 朝鮮動乱に伴う生産の增加が、繊維・科学・機械・金属・製材等、輸出と特需につながる業種においてまず現われたことはいうまでもないが、このような部門における收益の增加が次第に国内投資購買力を增大せしめ、鉄鋼・機械その他における生産を活溌化したことも無視できないであろう。これに反して主として国内消費需要につながる部門の生産は、現在に至るまで比較的上昇が緩漫である。本年四月の生産水準の前年同期に対する上昇率を業種別に比較すれば、機械が一〇七%の增加を示して群を抜き、次いで製材六九%增・繊維五五%增・化学五五%增・金属三七%增・窯業一五%增・食品二%增となつている。

(五)雇用及び賃金の動き

 生産水準がこのような上昇を示した間において雇用量は如何に変動したであろうか。

 「毎月勤労統計」の雇用指数によれば、製造工業においては昭和二四年から二五年上期を通じて減少を続けた後、動乱後の生産增加に応じて金属工業・機械工業から徐々に增勢に転じ、本年に入つてからはほとんど全業種にわたつて增加傾向を見せている。しかしながら工業の生産水準が昨年四月から本年四月までの間に五九%の急上昇を見せているのに比べて、雇用量はこの間僅かに五・五%增加しているに過ぎない。このような開きを生じた原因としては、第一に操業度の上昇によつて從業員の時間当り生産量を增大させる余地がかなりあつたこと、第二に労仂時間が延長されていること、が挙げられるが、また前述の雇用指数は臨時工や從業員三〇人以下の小企業における雇用が含まれていないこと(これらの部面における雇用が相当增加していることは各論に記述する)にもよるのである。

 つぎに名目賃金も生産水準や物価水準の上昇に伴つて增加しており、本年四月の製造工業平均賃金は前年四―六月に比し二二%增加しているが、この間に労仂生産性と製品価格はこれ以上の上昇率を示しているので、生産コスト中に占める労務費比率はかなり低下している。

(六)企業經營の好轉

 このような労務費比率の低下と生産の增大・価格の上昇に伴う販売額の增加等によつて、それまで困難な途を歩んできた企業経営は著しい好転を見せた。それは端的には利益率の增大にうかがわれる。すなわち各企業の自ら発表してる賃借対照表によつて見た場合でも、動乱の前後において変動が比較的少かつた電力業・造船業・板ガラス工業等を別とすれば、何れも動乱の前と後とではかなり様相を異にし、自動車工業・石炭業の如く二四年下期(主として二四年一〇月から二五年三月まで)において赤字であつた部門も、二五年上期以降は黑字に転じている。特に二五年下期においては、使用総資本に対する利益率は大部分の業種において前期の二倍以上に躍進し、化学繊維工業・綿紡績業・製紙業等においてはこの傾向が一層顕著である。

 このような利益率の增大が多分に名目的な性格をもつものであることは後にも述べる通りであるが、何れにしても好状部門においてはこれによつてかなりの社内蓄積が可能となり、金融機関からの借入れや社債発行の增加と相まつて、国内投資活動の活溌化をもたらした。

(七)国民生活の推移

 昭和二五年における消費水準は戦前昭和九―一一年に比べて都市が七三%、農村が九三%、平均八二%であり、前年に比してそれぞれ七%、四%、及び五%の向上を示している。

 しかしながらこれは主として年の上期における向上に基くものであり、朝鮮動乱以降の消費水準は、物価騰貴の影響をうけてむしろ若干低落気味である。例えば動乱前には戦前の七五%前後に回復していた都市生活者の消費水準は、その後においては年末年初の季節的変動を除いてほぼ七〇%の水準に戻つている。ただし最近物価水準が前述の如く下降傾向にあるので、この傾向が続けばやがて消費水準も上昇の趨勢をとり戻すものと期待される。

(八)國際收支の改善

 貿易の動向は前述したように、動乱発生の時と昨年末とにおいて大きな転換を重ねたが、結局二五年度全体としては輸出九億六千四百万ドル、輸入一二億四千六百万ドルで、貿易赤字は二億八千二百万ドルにとどまり、前年度の赤字三億八千六百万ドルに比しかなりの減少となつた。輸入の中に占めるアメリカの対日援助分の比重も前年度の五四%に比し二五年度には二三%に減少している。なお以上の貿易收支に含まれていない貿易外收支(特需を含む)を外国為替統計から算出すると二億六千四百万ドルの受取超過となるので、二五年度の国際收支総合バランスとしては一千八百万ドルの赤字を残すのみとなる。また我が国の外貨(ドル及びポンド)保有高の推移をみると、二四年度末の二億六千三百万ドルから二五年度末には四億七千万ドルになつた。

 これらの数字は、昭和二五年度の日本経済が朝鮮動乱による直接間接の影響により、経済自立の目標に向つてかなり前進を遂げたことを物語つている。

(九)昭和二五年度の經済水準

 かくして到逹された昭和二五年度における経済各部面の水準を、戦前(昭和九―一一年平均)及び前年度と比較しつつ概括すれば第五図の如くである。

第五図 戰前と比較した現在の経済水準

 まず生産は鉱工業・農林水産業とも前年度に比して增大した。農林水産業の生産はその性格上增加率もやや停滯的ではあるが、それでも天候その他の條件に恵まれ、二五年度においては遂に戦前水準に逹した。また鉱工業生産は、前年度に比して三一%の上昇を遂げ、昭和九―一一年のペースにかなり接近したが、これは既述の如く朝鮮動乱を契機とする海外需要の增大と国内投資の增加とによつて推進された結果であつた。

 特需商品を含めた二五年度の輸出数量は、前年度の二・三倍という飛躍的な增加を示し、この間三二%增加した輸入数量に対比した場合、前者のバランスは著しく改善された。しかしながら貿易規模としては戦前は対してはなお四割足らずの低水準にあることは注目されねばならない。

 さてこの一年間における鉱工業生産及び農林水産業生産の增加分のうち、輸出の增加に充てられた部分以外は、政府需要・民間投資・及び国民消費の增加にふり分けられたわけであり、このうち政府需要は前年度とほぼ同規模、投資は約二割、消費は約五%增加している。戦前に比べた国民消費水準は未だ八二%の低位にあるが、これには農業生産物等消費物価の供給量がほぼ戦前水準に逹しているにもかかわらず、二割に及ぶ人口の增加が影響しているわけである。

 昭和二五年(暦年)の国民所得は、物価騰貴を除いて実質的に前年より約一割增加し、遂に戦前の水準を上廻つたものと推計されている。一人当り国民所得は戦前の約九割に当り、先の消費水準の数字と若干の相違を示しているが、これは国民総生産中に占める消費支出の比率自体が、戦前より縮小しているためである。

 以上の諸水準を比較した場合に目立つ点は、貿易水準が他の水準、特に生産水準や生活水準に比して著しく低いことである。これは主として次のような事情によるものとみられる。第一に、戦後の輸入においては戦前に比し工業製品の比重が減少した半面、工業原料品特に重工業原料の比重が增大しているため、原料の輸入依存度が少い部門の生産が急增していることも手伝つて、輸入が低水準である割合に生産水準は高位に逹している。また木材やスクラップの如く戦前においてかなり量を輸入していた原材料が、戦後ほとんど国内資源からの供給だけに限られていることもその一因である。第二に、繊維原料及び副食関係(砂糖・食用油・大豆など)の輸入水準も低位にあり、これを反映してそれらの国内消費も回復が遅れているが、生活水準全体としては輸入依存度の少い物資の消費回復によつて比較的高くなつている。第三に、生産面において重工業生産の比重が著しく增加しているのに、その製品が主として戦時中以降の産業設備の減耗補充等のために国内市場において消化され、輸出には戦前と同じく軽工業品が多く向けられていることが、生産水準と輸出水準の不均衡な回復の原因となつている。第四に、低い輸出入規模の割合に高い生産水準や生活水準が可能となつているのは、援助輸入があつたことにもよるものであり、もし援助輸入がなかつたとすれば、それに代るだけの外貨の純手取額を獲得するために、援助額をかなり上廻る輸出入の追加を必要とした筈である。

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