一、經濟安定計画一カ年の概觀 (三)


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(三)農業と雇用

 以前述べたような経済の動向が、安定計画にもとずく諸政策の実施とともに、農業と雇用にいかなる影響を与えたかについて、以下項を分つて述べよう。

(1)農業

 最近の農業経済は主として価格面の変動とヤミ経済圏の縮小とに伴つて、次第に下降傾向を辿りつゝある。まず主要農産物のヤミ及び自由価格の推移を見れば次表の如く二三年後半より低落傾向を示している。

第三六表 農産物ヤミ及び自由価格の推移(昭和二二年=一〇〇)

 農林経済に一層大きな影響を与えたのはヤミ売りの減少であつて、例えば消費者価格調査によれば、東京都における主食購入量中非配給部分の占める比率は、攝取カロリー量からみて二三年平均の二六%から二四年平均の一七%に減少している。

 ヤミ乃至自由物価の下落とヤミ販売量の減少とによつて農家販売品の二四年以降における実効価格の下落率は農家購入品のそれよりも一般に大巾であつたと推定される。都市の消費者物価指数によつて間接的にこれをうかがつてみても、二三年を基準とした本年二月の綜合指数は一二九であるのに対し、白米は六六を示し、一般に農産物指数は綜合指数よりも低位にある。またここで指摘しておかねばならないのは価格下落に時期的なずれがあつたことである。即ち農業は生産期間が長く農業用品の購入は收穫期の半分乃至それ以上前に行われるのに加えて、農産物価格は農家購入品価格に較べてかなり早くから値下りが始まつているのであり、このことが農家経済に不利に作用したことも否み得ない。

 このような事態を反映して農家所得より家計費及び租税負担を差引いた農家経済余剩は累年減少し、二四年には相当程度のマイナスを記録している。この赤字は預金の引出や借入金等によつて賄われている。農家の收支状態は経済規制別、形態別に大きな相違を示し、一般的に規模の大きいもの、及び果樹蔬菜作農家において余剩が大きい。また農家経費の内容においては次表のように、二三年以後農業経営費等生産的支出の割合が減少し、租税公課の比率が增大している。

第三七表 農家経費の費目別割合

 農家現金支出における固定財支出及び流動財支出の割合は一毛作、二毛作地帶を通じ、また経営規模の各層を通じて、一般に前者が著しく減少、後者が增大を見せており、長期的生産力の維持が不十分なことを物語つている。

 次に農業金融についてみると農業系統金融機関の預金は增加傾向を辿つているが、全金融機関預金に対する割合は二三年二月二五%二四年二月二〇%、二五年二月一五%と次第に低下し、農業部面における貯蓄力の相対的弱化を示している。

 市町村農業協同組合の諸勘定について二五年一月を前年同期に比べれば、農家の金詰りを反映して貯金に対する賃出金の割合は增加し、これは事業上の不振とも相俟つて貯金に対する借入金の比率を增大せしめており、資産状況は一般にかなり不健全化している。もともと当初から乱立気味であつたところへこのような事情も加わって組合の解散合併数は累月增加し、二四年一二月末で單位農業協同組合では三八三、連合会では三三に逹し、貯金の引出停止あるいは制限を行つている組合もかなり多数を数えるに至つた。一般的にいつて農業自体の自己蓄積では到底資金需要に應じ切れず、どうしても他の金融的措置を必要とするが、現在短期資金の問題は農業手形制度により一應の解決を見ているものの、長期資金の供給は農地の担保力が失われているため普通の金融市場では容易に採算ベースにのり得ないというところに農業金融の困難性があるといえよう。例えば全金融機関の新規貸付総額中に占める農業貸出の比率は、次表のように二三年の二・九%から二四年の一・九%へ低下している。

第三八表 全金融機関新規貸付総額中農業貸出の占める比率

 このように農家収支の面においても金融の面においても農業生産力の維持涵養にはかなりの困難が伴うのであつて、特に農地の改良造成、災害復旧等の事業は財政投資に依存するところが大きい。しかるに昭和二四年度の農業関係公共事業費は他の緊急を要する支出が增大した関係もあつて、前年に比しほとんど增加を見せていない。戰前に比すれば財政投融資の実績額はかなり低位に止まつているのであり、例えば土地改良関係財政投融資を物価指数によつて換算した実質額は九―一二年を一〇〇%とすれば二三年五七、二四年四四、二五年四四となつている。

 農業経済及び農業生産力に関連して重要な問題となつているのは人口圧力の增大である。戰前までのわが国農業は大約人口一、四〇〇万人、農家戸数五五〇万戸、耕地面積六〇〇町歩の線を維持して來た。これは農村增加人口を都市が吸收することによつて可能となつたものであつた。ところがこの関係は敗戰により一変し、二四年二月の調査によれば農家戸数六二五万戸、耕地面積五〇〇万町歩となつて、一戸当耕地面積は戰前の一町一反から七反九畝に減少している。

 人口圧力の加重に加えて、現在日本農業が当面している重要な問題は国際農業との接觸の問題である。戰後植民地を喪失したわが国では年三〇〇万トン内外の食糧輸出を必要とするに到つたが、その結果わが国の食糧価格も世界経済から孤立が許されなくなり、国際価格に比較した国内農業物価格の如何はわが国農業の重大関心事となりつつある。わが国の二五年産小麦の奬励金を含まぬ生産者基本価格は米国小麦の輸入C・I・F価格に対して約二七%安、同じくカナダ小麦に対して約一四%安に当つているが、世界的食糧過剩傾向等を通じて、近い將來海外食糧価格の方が割安になることも予想され、この意味からも農業における生産性の向上が急務とされている。

(2)雇用

 安定計画の進展に伴う企業の合理化及び弱小企業の整備、倒産は数多の解雇者を発生せしめたが、これは新規雇用の手控えと相俟つて近代産業の雇用の漸次減少の方向に導いた。

 まず企業整備状況を労働者の調査によつて見れば次の如く、石炭を主とする鉱業と機械器具、金属、化学などの重化学工業における解雇が特に目立つており、昭和初年の不況時代のそれが輕工業に重点がおかれたのと対蹠的である。

第三九表 企業整備状況(二四年二月以降本年三月までの累計)

 鉱工業における雇用の減少も概ね人員整理の線に沿つており、部門別に見れば石油鉱業等の例外を除けば他はすべて減少傾向を示し、工業では二四年一―一二月間に九・三%の減少、鉱業では同じく一〇・五%の減少となつている。減少率の特に顕著な部分としては石炭の一一・四%、機械器具の一五・〇%が挙げられる。

第四〇表 雇用指数の推移(昭和二二年=一〇〇)

 前述の雇用減少率を規模別にみるとやはり小規模企業が高く、年間では大規模企業の倍以上の減少率を示している。

第四一表 規模別雇用減少率の推移

 この様な常用雇用の減少傾向と、ヤミ経済圏の縮小による流通過程からの脱落、生産年令人口の增加、女子労働力の進出による非労働力の労働力化等から次第に労働力の過剩化傾向が醸成されるに至つた。「労働力調査」の嚴格な規定による完全失業者は二四年平均では前年平均の二倍に逹し、增加傾向は顕著であるが、それでもその絶対数は僅か三八万人で労働力総数の約一%に過ぎない。これは社会保障制度の不十分な我が国の現状では、労働者が長期に亘つて無收入状態でいることが不可能なこと、家族制度に支えられて絶故者へ寄食する人の多いこと等によるものである。これらのいわゆる潛在的失業者は都市においては極めて零細な商工業の業主や家族従業者、自由業者、日雇労務者の形で、部分就業、低賃金その他の不安定な條件に甘んじて吸收されているのである。農林部門では非農林部門において離職した農村子弟の農林業への復帰と女子労働者を主とする非労働力の労働力化が目立つているが、これらは農村経済の下向化傾向に伴い、働き手のふやすことによつて少しでも生産と收入を增加しようとする努力の現れであると共に、失業の広汎な潛在化をあらわすものともいい得よう。近代産業の一般的雇用減少傾向とは対蹠的に、これら農林水産業、製造兼小売業、自由業等において就業がむしろ增加している状況は次表によつても明かである。

第四二表 産業別就業者数の年間比較 (単位 千人)

 このような事情は就業時間別の就業者数で見た場合、短時間就業者の増加となつてあらわれており、同じ「労働者調査」によれば、一週三四時間以下の短時間就業者数は、二四年平均においては二三年平均に比し三割近く增加している。就中この增加は農林関係において顕著である。

 労働力の過剰傾向は、労働市場において求職の增加、求人の減少となつて現れており、特に日雇労働者の求職增加は著しい。

第四三表 求人求職の推移

 一方労働運動においてもこの間に大きな転換が見られ、戰後急速に增大を示して來た組合数及び組合員数は二四年に至つて初めて減少に転ずると共に、組合の指導権も多く民主的諸勢力に移つた。これらを反映して労働爭議は件数、参加人員、喪失日数とも前年に比し著しく減少し、要求事項としても従來最も多かつた賃上要求は減少して企業整備反対や賃金遅拂に対する支拂要求等の消極的なものがこれに代つている。

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