一、經濟安定計画一カ年の概觀 (二)


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(二)有効需要と産業活動原因

 安定計画の進展は、インフレ下の見せかけの需要を縮小させ、売手市場から買手市場への転換と相まつて、有効需要の動向が産業活動を大きく規制するようになつた。以下有効需要をあらわず指標としての投資、個人消費及び輸出の動き、供給力としての輸入及び国内生産の推移を概觀してみよう。

(1)財政及び民間投資

 まず財政投資の主要なものをあげると次表の如く、二四年度は総額九九〇億円で前年度の八七八億円に比べて增加しているが、物価騰貴を考慮すればほぼ同額となる。

第二一表 国家財政投資の年別比較 (単位百万円)

 公共事業費は年度を逐つて金額的には增加しているが、その内容についてみると、地方財政の窮乏によつて本來公共事業の目的でない維持補修的な事業に多くの支出を余儀なくされ、その上に災害復旧費が累增しているので、利根川改修や印旛沼干拓のような基本的な建設事業の進捗が甚だしくはばまれている状態である。例えば公共事業費中に災害復旧費の占める割合は昭和二三年度及び二四年度を通じて四〇%前後に逹している。

 財政投資の資金源泉として従來の長期国債による資金調逹に代り、見返り資金が重要な役割をになうにいたつたが、それを含めても国鉄、電気通信事業関係投資は均衡財政の余波をうけて減少した。すなわち国有鉄道建設費は実質的には昭和二三年度の六割程度で特に車輛費の減少が甚しく、前年度注文分に対する支拂を差引けば一五%以下に激減した。電気通信業においては実質的に五%程度減少し、そのうち有線通信関係機械の外注額はより大巾に減少した。これが昭和二四年度における車輛および通信機製造メーカー及びその関連産業における企業整備促進の主因となり、上半期における景気下降の一因をなした。なお昭和二五年度における財政投資は前表にみる如く対前年比六割以上の增加を示し、産業活動に対する影響の好転を期待させている。

 次に昭和二四年度産業設備投資は社内留保資金による投資を除き、総額一、〇八五億円で、前年度に比し実質的には九割程度に当る。資金ルートをみると昭和二三年度において復金融資が圧倒的役割(六八三億円、六九%)を演じたの反し、二四年度は逆にこれが回収に転じ、見返資金も年末にずれたので、昨年秋ごろまでは設備資金の供給は相当の困難に直面したが、その後市中賃出、增資、社債による民間資金調逹がかなり円滑に行われたため、一應の成果をげることが出來た。

第二二表 昭和二三年度及び二四年度設備資金供給額(△は回收)(単位百万円)

 金融機関賃出の增加については、日銀国債復金買入と日銀融資斡旋が大きな役割を演じ、設備資金新規賃出(若干借換分を含む)の中に占める斡旋額の比率は、第一・四半期より第三・四半期までは四〇%内外を占めている。但し第四・四半期は六%にすぎなかつた。金融機関のうちで興銀が重要な地位を占め、金融機関設備資金貸出残高增三一二億円のうち一四八億円、すなわち四七%に上つている。金融機関の設備資金貸出残高の增加額のうち、金額の大きい業種をみると海運六六・九億円、石油精製業一七、八億円、鉄鋼業一九・四億円、陸運業一五・三億円、金属工業一二・〇億円、石炭鉱業一七・三億円、化学繊維一一・五億円、電力九・八億円などで紡績業は二・三億円、製糸業は〇・七億円の減少を示している。

 社債は第一・四半期までは鉄道及び電力が殆ど全部を占めていたが、その後起債市場育成策の実施とともに、金属工業、機械器具工業、化学工業においても社債発行が行われた。社債による設備資金調達一八九億円のうち、電気業五〇・一億円、機械器具二七・〇億円、化学工業二二・八億円、鉄道一九・〇億円、化学繊維一五・六億円などが主なものであつた。

 昭和二四年度の株式発行による調逹は三八三億円に上り、前年度に較べて倍增しており、有力な資金調逹源となつた。業種別には化学工業、海運業、紡績工業、機械器具工業などが多かつたが、二五年に入つてから停滯的になつた。

 見返資金投資は年度末に近づいてから急速に伸びて年度末二四六億円に逹し、年度間設備資金供給額の四分の一弱を占めた。業種別にみると電力一〇〇・九億円、海運八三・五億円、石炭三八・六億円、鉄鋼一四・二億円のほか、肥料化学藥品五・九億円、中小企業三億円となつている。

 このような産業投資は、全体としてともかく戰前水準近くまで生産力を回復するのに寄与したが、それは電源開発、海運その他一部産業を除いては、既存設備の復旧、補修あるいは部分的更新等に重点がおかれ、世界的水準にかなりおくれているわが国の技術水準を高め労働生産性を引上げるような設備の合理化、近代化のための投資は、繊維、化学藥品などの一部を除いてほとんど行われておらず、老朽設備の更新、設備近代化のためには今後尚多くの投資を必要としている。

 以上、財政投資と産業設備投資を総合してみると、昭和二四年度は二、〇七五億円に上つて前年度の一、八七〇億円より僅かに増加しているが、物価騰貴を考慮すると投資活動は結局五―六%低下したということが出來よう。

(2)国民消費

 消費財に対する購買力の有力な源泉となる実質賃金の推移を見ると次表の通りである。

第二三表 実質賃金の動き

 昭和二四年一―七月間においてほとんど同一水準に停滯していた実質賃金も、同年八月頃から名目賃金の增加と物価の下落傾向により、更に二五年一月実施の勤労所得税輕減に助けられて漸次上昇し、二四年度中に二八%の向上が見られた。これを昭和二三年度中の上昇率七七%にくらべれば三分の一に過ぎないにせよ、かなり順調な增加であつたといえよう。ただ一面において、この間雇用量が一割程度減少していること、賃金の不拂が增加し労働基準局の調査によると昭和二五年三月で未拂額をなお一七億円近く残していることなどを考え併せると、上の実質賃金上昇もある程度割引して考えなければならない。

 更に、戰後の勤労者家計收入の一端を担つて来た内職収入及び家族の收入等が、流通経済の正常化、一般的金詰り、及び家族の就職機会の減少を反映して減少傾向にあるので、実質賃金が向上している割合に勤労者の收入全体を增加せしめなかつた。次の勤労者家計の收入構成の動きはかかる事情を物語つている。

第二四表 勤労者家計の收入構成

 また勤労者において内職收入等の余地が乏しくなつたという傾向は、中小企業者、無職者等の勤労者以外の都市生活者の場合に一層強く影響していると思われる。

 かかる收入の動向に対して都市生活者の消費水準は如何なる推移を示しているかを次にうかがつて見よう。

第二五表 消費水準の動き

 一世帶一ケ月当家計支出額は、昭和二四年三月以降年度間を通じて大体一万四千円(東京都)の水準を前後しているが、この間物価が同年八月から低落している傾向を示しているので、昭和二五年三月の消費水準は二四年三月に較べ約九%增加となつている。また昭和二四年の平均消費水準は前年に対して七%の向上となつており、更にこの間における人口の二・七%增加を考慮すれば、都市の購買量全体としては約一〇%增加していることになり、これは昭和二二年から二三年へかけて增加率一二%(内人口增二・六%)をやや下廻る程度である。ただ昭和二四年における実質購買量増加の原因の大半が物価の下落に基づいている点において前年とかなり性質を異にしている。そしてこの物価下落は、一面では中小企業及び農家の收入面へ影響を与える結果となつている。

 農村における消費の推移を直接に示す指標はないが、昭和二四年二月末における農産物供出代金及び奬励金累計一、六五八億円を二三年二月末の一、六三九億円に較べれば、この間の物価騰貴を考慮するとき実質的には減少していることになる。しかも後述の如き農産物のヤミ乃至自由物価の下落及びヤミ販売量の低下を考慮すると実際の農家收入は更に低下しているものと推定される。

 従つて、昭和二四年における全国的な消費購買力を前年に較べた場合、前述の如き都市だけにおける約一割增加は若干割引してみる必要があろう。

(3)貿易

 最近まで輸出実績の概要は次表の如くで、昭和二四年中の動きはほぼ一ケ月四千万ドルを上下しており、二三年において当初の一千万ドル台から同年一二月の四七百万ドルまで急增したのに較べれば年間の上昇カーブには停滯傾向がみられるが、それでも二四年の年間総額五一〇百万ドルは前年の二五八百万ドルに対し約倍增(年度間の比較では五六%增)しており、また輸出数量としては一二八%增となつている。さらに二五年に入つてからは比較的順調に增勢を示し、四月には六一百万ドルと戰後の最高を記録した。

 なお昭和二四年度としての輸出実績は五三五百万ドルとなるが、これは年度初期の計画五七八百万ドルに対して九三%に当つている。

第二六表 輸出実績と契約の推移 (単位 百万ドル)

 この間輸出に対する内外諸條件の変化は輸出契約の面に端的に反映されている。昭和二四年三、四月の契約はそれぞれ約五千万ドルであつたが、四月二五日の單一為替レート設定直後たる五月には二五百万ドルに半減し、その後はコスト引下げなどの努力により九月に四三百万ドルまで漸增したが、九月一八日のポンド切下げの影響を受けて一〇月には再び三一百万ドルに減少し、輸出総額に占めるスターリング地域向比率は従来の四五%以上から一六%へ急減した。しかし一一月二二日の第二次対スターリング地域貿易協定の成立をはじめ、ポンド切下げに伴つて一時動搖した円レート不安の解消、フロアプライスの撤廃(一〇月二六日)ECA資金による韓国及び蘭印の買付增加などを原因として、その後の輸出契約は漸次持ち直している。ことに昭和二五年一月以降は更新スターリング協定が漸く輸出面にもその効果をあらわして、英本国、パキスタン、インド及びビルマなどにおいて輸入許可も次第に活溌に下り始めたため、輸出契約も緩漫ながら增勢を辿り、更に五月にはドル地域向の急增が加わつて六六百万ドルの契約高を記録した。

 ここで昭和二四年の輸出実績を商品別に前年と較べてみると、輸出の大宗を占める繊維は、人絹の著增(三・七倍)と綿製品の比較的順調な增加(九三%增)にかかわらず、生糸の減少(二一%減)と絹織物の伸び悩み(九%增)によつて、その輸出総額に占める比率は前年の六二%から昭和二四年では五四%に縮小しており、反面金属、機械はそれぞれ五・八倍及び四倍に急增して、両者合わせた輸出総額に対する比率も前年の一〇%から二四%へ膨張している。なお金属、機械及び化学製品などの重化学工業品は昭和二四年五月から二五年四月にかけて後述の如く伸び悩んだが、五月において非鉄金属の対米輸出急增をはじめ、韓国、琉球及び台湾向などに顕著な增加をみせたことは新たな動きとして注目される。

 二四年の輸出総額は前述の如く前年の倍增を示したが極東諸国の内における日本貿易の地位を見ても、日本の輸出額は前年の第八位から昭和二四年では第五位となつている。かかる輸出伸長の原因としては、生産量の增加、國内購買力の停滞による輸出圧力の增大、通商協定の進捗、輸出手続の簡素化、所謂めくら貿易の緩和及び長期的に見れば單一為替レートの設定による貿易活動の正常化などを挙げることが出来る。通商協定はアメリカ、カナダ及び中共などを除き主要な相手国とはほとんど締結されており、また内容的にも協定額に対する拘束性の附与、振子方式の採用及び協定期間の延長などの強化措置が進展している。従つて公定貿易は漸次拡大し、昭和二四年において協定相手国に対する輸出額はわが輸出総額の約七割を占めるに至つた。また輸出に対する統制も次第に緩和され、ことに昭和二四年一二月からは先にも一言した如く所謂ローガン構想に基いて、特定品目を除き全体の八割程度の物資が政府の事前許可を要しない自由輸出に移されたことも、輸出貿易に新たな活力を与えている。

 このような輸出促進の諸要因があつたにもかかわらず、一面昭和二四年四月から一〇月にかけて輸出が伸び悩んだ原因としては、やはり單一為替レートの設定による一時的動搖とポンド切下げの影響を強く反映し、一面補給金減廃などによるコスト高ともからんで二五年四月頃まで為替レート設定前の七割台に停滯している。また、インド、パキスタン、ビルマ、タイ及び比島などにおける工業化の要請乃至貿易收支の逆調に基く輸入制限の強化、ポンド地域及びフランス連合などに見られる地域内特恵関係の存続、さらにインドの綿業発逹や米英等先進諸国の機械技術輸出に伴うわが国の輸出との競合、アジアの政情不安などは、一層基本的かつ長期的な要因として輸出の伸長を阻んでいる。

 次に最近までの輸入実績を示すと次表の通りであり、昭和二四年の輸入総額九〇七百万ドルは前年の六八三百万ドルに対して三三%(年度間の比較では二六%增)の增加となつており、また輸入数量としては五七%と增大している。そして昭和二四年度として輸入実績九〇七百万ドルは、当初の計画八八〇百万ドルを三%上廻つている。

第二七表 輸入実績と契約の推移 (単位 百万ドル)

 昭和二四年における輸入実績の足取りをみると、一月の七四百万ドルから六月の一〇六百万ドルまで順調な增加を辿つたが、その後国内購買力の停滯と生産の伸び悩みなど影響を受けて漸減し、一二月には五千万ドルを割るに至つた。昭和二五年一月以降は、民間輸入への移行を控えた前年以来の輸入契約の增高とローガン構想による輸入先行方式などを反映して回復傾向を辿り、一―三月には七―八千万ドル、さらに四月には八四百万ドルとなつている。

 商品別の輸入実績をうかがうに、金属鉱産物及び石炭はそれぞれ前年より二五九%(約三・六倍)及び八二%增となり、繊維原料も三八%の增加を示し、また機械は金額としては僅かであるにせよ前年の五・三倍という目立つ動きを見せている。一方依然輸入の大宗を占めている食糧も、前年より一四%增加して食糧事情の好転に資しているが、輸入総額に占める比率は四一%となつており、前年における四六%、さらに昭和二二年における五六%に較べて漸次縮小の傾向が見られ、それだけ工業原材料の輸入比率を增加させている。

第三図 輸出実績

第四図 鉱工業生産(昭和7―11年=100)

(4)生産

 昭和二四年度の鉱工業生産は、総司令経済科学局作成の指数(昭和七―一一年基準)によれば、八〇・〇で、昨年二三年度の六三・九に較べて二五%の上昇を示した。なお電力、ガス等公益事業を含む生産活動指数は九六・二で、対前年增加率は一九%に止まつた。これに対して昭和二三年度の対前年增加率は生産指数及び活動指数においてそれぞれ四八%及び三四%であつた。なお同指数について業種別に二四年度の対前年增加率をみれば、金属工業の六五%、窯業六九%を最大として、鉱業及び機械工業においてはそれぞれ一〇%及び五%とやや停滯を示している。

第二八表 鉱工業生産の推移

 次に年度間の推移をみるために各年三月から翌年三月までの鉱工業生産の上昇率を総司令部生産指数について比較してみれば、昭和二二年度及び二三年度の上昇率がそれぞれ三五%及び五一%であるのに対して、二四年度は一一%(前表最下欄)と上昇率鈍化の傾向はかなり明かである。

 昭和二四年度の鉱工業生産の物的條件は、前年度に引つづいてかなり恵まれていたといいうるのであつて、有効需要の減退によつて石炭の生産は四、二〇〇万トン計画を逹成出来なかつたとはいえ、なお前年度の七%增に当る三、七三〇万トンの出炭を確保し、電力も豊水に助けられて三六七億キロワツト時という未曾有の発電実績を示す等、燃料動力事情は概して好調を示し、また主要系原材料の輸入も進捗して、鉄鉱石、粘結炭、塩等の一―一二月間の輸入は前年に対し、それぞれ三・〇倍、一・五倍、および一・四倍の実績を示し、綿花、生ゴムについても前年に対して二・〇倍、一・四倍となつていたのである。かくの如き物的條件の好調の割合には年間の生産上昇が顕著でなかつた原因としては、これまで述べて来たように、経済の安定化に伴つて産業活動のうごきが原料動力事情よりも有効需要の推移によつて大きく規制されるようになつたためであつて、單一為替レートの設定、財政投資の削減、復金賃出の停止、補給金減廃、統制の緩和、ポンド切下げ等々の條件変化に対して、関係品目の生産はそれぞれこれに應じた動きを示したが、このような個々の生産品目の動きを綜合すると、全体としての生産の傾向線は年間一割程度のゆるい上昇線を画いたのであつた。元来、安定計画の当初においては、有効需要の予測から生産水準に関してはもつと控えめの見通しが樹てられていたのであるが、次表にみる如く、鋼材の一二五%、硫安の一二七%等の如く、多くの品目において計画がかなり上回る実績が挙げられ、その結果生産指数全体としても予想されたほどの停滯を示すことを免れた。

第二九表 生産增加率と年度当初の需給計画に対する実績の比率

 年間の上昇率が鈍化したとはいいながら、この様に多くの部面では予想以上の実績を收め得た原因として第一に挙げねばならないのは、企業合理化、コスト切下げの要請が、仮に製品販路に十分の確信がない場合にも企業を驅つて操業度の上昇ないし維持を図らしめたことである。

第三〇表 操業度の上昇(%)

 上に示した操業度調査によつてみても、鉄鋼を初め硫安、ソーダ、セメント等における操業度の上昇はかなり著しいものがあるのであつて、これが企業合理化のもつとも大きな推進力となつたことは前述した通りである。かくして各企業は有効需要の停滯にもかかわらず增産競爭を強いられ、その矛盾は結局在庫品乃至売掛、未拂の增加となつてあらわれ、それを金融面がカバーすることを余儀なくされたのであつた。

 なお補給金減廃による需要者価格の引上げを見越しての思惑買いが生産を支えたことも見のがすことが出来ないのであつて、鉄鋼、ソーダの生産と出荷について補給金減廃と関連した時期的なうごきをみれば次表の如くであつて、補給金減廃前の一時期に生産活動も取引量も顕著な增加を示し、その期がすぎるとまた下降している。

第三一表 補給金産業の生産出荷事情 (單位 千トン)

 次に農業生産においては、昭和二四年は颱風による風水害のため夏作が局部的に相当の被害を蒙り、稲は前年に比し約五万町歩の作付增加にもかかわらず反当收量減少のため、收穫高は六、一七二万石と一%の減収となつた。甘藷は反当收量の減少と最近の食糧事情を反映した作付転換の機運によつて、一、四五二百万貫と前年に比し一〇%の減收を示した。冬作は天候に恵まれ、麦類は作付面積、反当收量共に增加し、二、二五〇万石と前年に比し一九%の增收となり戰後最高の收穫を收めた。馬鈴薯は反当收量の增加にもかかわらず作付減少のため五七五百万貫と前年に比し一%の減收となつた。このように二四年においては前年に比し米、いも類の若干の減収はあつたが、主要食糧の生産水準としては下表のように既に戰前を超えているのである。

第三二表 主要農産物生産指数の年別推移

 しかし食糧農産物の顕著な生産回復にもかかわらず、工藝作物、綠肥作物、繭等の生産は尚戰前水準に遙かに及ばない状態である。食糧農産物は生産が增加している上に、その商品化率も農家経済の不況化を反映して上昇傾向にあり、その市場出廻量は次第に增加している。

 昭和二四年の水産業の生産は約七億九千万貫で、前年に比し一七%の增加であるが、なお戰前の七割には及ばない。この漁獲高の增大は漁船資材の增加、漁場の拡張等によるものである。

(5)在庫と売掛金

 最近の産業動向を卜する上に生産状況と並んで見のがすことの出来ない在庫のうごきを、通産省調に基くメーカー在庫指数についてみれば次表の如くである。

第三三表 主要物資のメーカー在庫指数と在庫率

 一般的にいつて在庫量は昨年末までは顕著な增大を見せていたが、その後輸出の好転、産業投資の上昇等商況の変化に伴つて概ね横ばいをつづけ、石炭においては昨年九月配炭公団の廃止直後において生産の二ケ月分に近い五七四万トンに逹した貯炭量(坑所、港頭、市場貯炭合計)も、本年三月には三四三万トンにまで減少している。自由経済への移行とともに公団の一手買收機能は後退し、これに伴つて民間企業が営業上の必要からストツクを地力で保有しなければならなくなつたのであるから、メーカー在庫のある程度の增大はむしろ当然ともいいうるのであつて、前表に示した昨年末在庫の生産に対する比率も一、二の例外を除いては戦前に比較して必ずしも異常に大きいとは称し得ない。それにもかかわらず、この程度の在庫さえも企業の自己資本では賄うことが困難な現状である。なお昭和二五年に入つてからの在庫量にやや減少傾向のみえるのは、前述の補給金減廃の見越需要、業者の売り急ぎ並びに春以来の商況の多少の立直りを反映しているものとみとめられる。

 次に政府機関在庫については若干異つた様相を呈している。繊維および鉱工品貿易公団は、昨年秋ごろ見られた輸出の停滯および輸入計画のそごに基く輸出入在庫を擁し、その他の公団に残存する経済統制期に集積した物資を合計すれば、政府機関の在庫高は本年二月現在で一千億円以上に逹する。ただし昭和二四年以来、屡々公団在庫の国内向放出が行われ、これらの在庫も減少傾向を示している。

 なお繊維品にみるごとく、メーカー在庫の增大以上に販売業者の在庫が增大し、また品物は引とられても決済がすすまず売掛になるというような現象は一般的に指摘できるのであつて、次表に示す如く売掛金及び未拂金は昭和二四年初頭に比してかなり增加傾向をみせている。

第三四表 売掛、未拂の推移 (単位 百万円)

 このような滯貨、売掛未拂の增大は金詰りを激化にして、不渡手形を招来し、次の如く取引停止処分件数の增大をもたらしている。

第三五表 銀行取引処分状況(六大都市) (単位 千円)

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