四、新たに釀成されつつある諸問題(四)


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(四)新しいインフレーシヨンへの壓力

(1)賃金のは行的上昇

 通貨・物價等インフレ指標がかなり安定化を示しているとき、賃金だけがは行的に上昇していることは先に示した通りであるが、この樣な事態は早晩通貨・物價にはね返り、折角安定化しているインフレを次のような點で再轉させる危險がある。

 (イ)前記の如く、從業員一人當りの賃金が騰貴しているにかかわらず、生産物單位當り賃金が二二年末以降ほとんど橫ばいになつていることは、一見賃金騰貴が企業經理面を通じての物價騰貴を引起こさないとも考えられるが、これは工業を總體的に見てのことであつて、いま一歩立ち入るとやはり問題がひそんでいる。この問題の中心は産業別の生産動向に著しい不均衡があるという點にある。即ち二二年平均に對する昨年一一月の業種別生産量水準を見ると業種によつて甚しい相違があるにかかあらず、一方この間雇用量には大した開きがなく、(從つて勞働生産性は生産量の動きとほぼ同調している)また從業員一人當り賃金も業種間に餘り開きが見られない。昨年一一月の業種別生産量と一人當り賃金の昭和二二年平均に對する倍率は次の通りである。

第35表

 從つて、生産物單位當り賃金の推移としては業種によつて著しい相違が生ずる。ところが丸公は從來從業員一人當りの賃金の騰貴率を基準としてこれとほぼ同率をもつて一律に引上げられていたため、一部の業種によつては採算的にかなり有利になり、この面からまづ賃上げが促進され、それが採算的に餘力のない部門の賃上に波及し、そこに石炭・電氣や官公吏給與問題を發生させ、價格のはね返りの危險を增大する。かかる惡循環の原因には、從來の公價改訂方式によるところもあるが、基本的には産業部門間の生産動向の不均衡にある。しかして、このような面を通じて賃金の強調が物價にはね返る可能性をつくり出す危險のあることは否めない。ことに今後においては公定價格改訂への壓力という形ではね返りが起り得る。

 (ロ)また、賃金騰貴がたとえ企業經理面を通じて物價騰貴へはね返らないとしても、消費物價の裏付けが得られない場合にはこの面から物價騰貴を促進することになる。これは少くとも鑛工業生産ほどに農産物を含めた消費物資の供給量が相對的に增加しない現状において充分豫想されるところである。ただこの場合も勤勞者の消費水準が他の騰貴のそれに喰込むことによつて向上するならば、必ずしも消費物價供給の絶對量が增加しなくても上の裏付けは得られることになる。事實最近までにおける前記の如き勤勞者消費水準の增加にかかる事情に基く部面がかなり多かつたが、最近ではこれも限界に近づいているものと認められる。

 結局現在は、以上の樣な賃銀の上昇が新たなインフレの進展をうながす結果となるが、あるいは健全經營の實行によつて賃銀自體の騰勢が抑えられるかの岐路に立つているといえよう。

(2)財政の實質的均衡の困難性

(イ)歳入源源の潤渇

 昭和二三年度の一般會計歳入豫算は追加豫算を含めて四、七三一億圓の巨額に逹するが、その内譯は租税及び印紙收入が三、一六〇億圓(六七%)專賣益金其他の官業及び官有財産收入が一、〇四二億圓(二二%)、價格差益納付金が二二一億圓(五%)、其他が三〇八億圓(六%)となつている。租税及び印紙收入の納付状況は一二月末一、五八九億圓で、年額に對する進捗率は五〇%にとどまる。これは申告課税分の不成績が大きく影響している爲であつて、源泉課税分の進捗率がすでに七一%に達しているのに對して前者の進捗率は三三%にすぎない。源泉所得税の勤勞者家計に對する重壓はいう迄もないが、申告所得税の個人業主に對する壓力は最近とみに增大している。これは一つにはインフレの緩漫化による名目所得の減少によるが主要な原因は個人業主の所得の申告が不正確で捕捉が困難な爲、申告課税分の内部において負担の不均衡が起こり易いことにあると見られる。

 なお國民負擔力が限界にきている上に更に地方財政の窮状を反映して多額の地方税が二元的に加重される點は問題で、兩者閒の合理的な調整が必要であろう。

 (ロ)支出削減の必要性

 今後の財政上の問題としては、歳入面の增收が仲々困難である以上、實質的均衡達成の爲にたどるべき道は歳出削減の方向とならざるを得ない。二三年度の一般會計歳出豫算の費目的内譯は次の如くなつている。

第36表

 即ち終戰處理關係費は總額の約四分の一に逹しているが、これが大幅な削減は不可能である。價格調整費は一三%で第二位となつているが、總額の九%を占める政府事業再建費というのは實はその大部分は鐵道通信料會計への繰入に外ならず實質的には價格調整費といえるものであるから、これらに船舶運營會への補助金を加算すると總豫算の二二%に逹し、終戰處理關係費とほぼ同じ割合になる。現在の價格體系の著しいアンバランスに鑑みる時、これ等價格調整關係費の全體的抹殺は到底考えられぬにしても、企業の自主性確立の爲にもこの面において相當の縮減を斷行する必要性が認められる。懸案の行政整理も財政支出削減の見地から實行の必要性にせまられているが、一方において公務員給與水準の引上げがあり、急速に增大する失業者に對しても何等かの財政支出が必要となる。いずれにせよ、實質的な財政均衡の達成は多大な困難を伴い、ともすれば赤字財政におちいる危險性がある。

(3)復興のための資金需要

 復興のための資本支出は、これまでも災害復舊その他公共事業のための財政負擔の增大や復金インフレという形でインフレ推進の一翼となつていた。

 今後に復興計畫發足の初年度を迎え、九原則の一眼目たる自立經濟の達成を目ざし、生産增強・輸出振興の基盤を本格的に培養する爲には必要な投資として、石炭の新坑開發・水力電氣の新地點の開發・鐵鋼設備の整備、國鐵の補修強化・鐵道電化・港灣の整備・新造船の擴大・治山治水・土地改良干拓その他農業關係の投資等を行わねばならない。しかるに復興計畫委員會の第一次集計によれば各部門の要求をある程度滿足せしめるためには所要資金として土木建築的復舊建設事業だけで五ヵ年總計二兆七千億(二三年六月補正價格)産業關係で三兆五千億圓(設備資金・增加運轉資金合計)を必要とするという結果がえられている。この計算には多少の水まし、重複があるにせよ、傷ついた日本經濟を再建するにはいかに莫大な資本支出を必要とするかが明かとなろう。昭和二四年度一年閒についても同じ計算によれば復舊建設四千八百億、産業關係五千二百億の新投資が計上されているが、同じ價格水準による昭和二四年度の國民所得推計額は二兆二千億(六月補正價格)、そのうち資本形成に向け得る部分はせいぜい二割程度とみられるから上にあげたような資本支出は資本蓄積力に見合う限度に切るつめねばインフレを再燃せしめる危險がある。ここに安定と再建の矛盾があり、再建を急げば新たなインフレ―シヨンを發生せしめ、またあまりに安定に固執すれば數年後の經濟水準の上昇を期待し得ず、かつ當面の問題としても生産の停滯・購買力の不足・失業等一連の事象をまねくかもしれぬ。ある意味においては再建と安定の問題はインフレとデフレの問題でもある。日本經濟はその何れにも偏ることなく兩者間のバランスを目ざして進まねばならぬ。

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