四、新たに釀成されつつある諸問題(一)


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(一)國内物價體系と國際物價體系のアンバランス

 上述の様な經濟基盤に對して今後九原則が具體化されて行くに伴い、幾つかの問題が新しく釀成されてくる。即ち國内價格體系の國際價格體系に對するアンバランスの表面化・相對的生產過剩・農村及び中小企業における困難の增加・失業問題等がそれであり、かつ九原則の實施に關係して經濟統制の本質及び手段に對する絶えざる反省も必要である。更にインフレ再燃への壓力は相變らず繼續しており、結局ここ暫くの日本經濟はインフレとデフレの兩面からの壓力を同時に受けながら、困難な歩みを進めてゆかねばならないであろう。

 現在の我國物價體系はわが國戰前のそれとの間のみならず國際物價體系との間にも甚しいアンンバランスを示している。即ち各輸出入品の圓價格とドル價格(輸出品ならFOB輸出品はCIF)との比率を個別的に計算すると次表の如く極度に分散的な分布状態が明かになる。

第28表 輸出

第29表 輸入

 かかる廣範な分布を招くに至つた主な原因としては(イ)戰時中封鎖經濟の下に産業構成が軍需中心に編成替されてしまつたこと、(ロ)戰後における生産水準並びに勞働生産性の低下が工業と農業とではその程度を異にしていること、(ハ)工業の中でも業種や規模によつて、戰時中の企業整備や戰災の被害の程度、原料・動力不足による操業度の低下状況等がまちまちであること、(ニ)丸公とヤミの二重價格が存在し業種や規模によつてヤミ經濟への依存度が異ること、等が考えられる。

 前表に見るごとく輸入物資の圓ドル比率が輸出のそれに比して圓高に保たれているのは、輸入品の大宗である食糧及び主要原料品が低物價政策によつて國内價格に合せて安く拂い下げられ、結果においては補給金を支出した形になつているためであつて、ぼう大な入超の結果として當然巨額の黑字を生ずべき貿易資金特別会計の餘剩が殘らない最大の原因もここにある。なお又輸出がFOB輸入がCIFで計算されてゐるために、輸入のドル價格には運賃其他の諸掛りが加算されていることも輸入品が圓高になる一原因である。この外前述した一般會計からの價格調査費の支出及び鐵道通信等事業特別會計への繰入れも今後において修正を要する國内價格形成上のゆがみの一つである。

 なお前記の表にも見られるごとく、綿糸より綿布というように商品の加工段階が進むに從つて圓ドル比率がむしろ惡化するのは、加工の主な担い手である中小企業においてヤミ依存度が高いことにもよるが、根本的には先にも述べたような事情によつて外國の企業におけるよりも勞務費部分が高騰していることを示すのであつて、わが國のごとく原料の輸入―加工―輸出を貿易の基本型とせねばならない國にあつては勞働生産性の回復が焦びの急であることを物語つている。

 國際經濟復歸のためには上のゆがんだ價格體系を世界のそれへさやよせせねばならず、そのためにはその基盤である産業構成の編成替え、企業の合理化・勞働生産性の上昇を行わねばならない。この間において採算不利な産業のとうた、これに伴う失業の發生を餘儀なくされるであろうが、しかも一方において甚しい生産の低下・輸出の減退は避けねばならず、また設定された爲替率の維持のためにインフレの高進による圓價値の低下をふせがねばならぬであつて、間近に控えた單一爲替の設定には極めて多くの問題が含まれているといわねばならない。

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