四、新たに釀成されつつある諸問題(三)


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(三)統制の新課題

(1)統制の一般問題

 生産の增加とインフレーションの緩漫化とは經濟統制にいくつかの新たな問題を投げかけている。最も基本的な課題としては物資需給の緩和と通貨の安定に伴い、統制の重點が次第に物から金へ移行することである。又これに關連して物價統制の面においても今後需給關係に基く「價格」の調整作用をより有效に活用し得る如き彈性力ある方策の採用を必要ならしめる。一方において國際經濟への參加を備える企業三原則の強行に伴い、企業の自立性が強調され、これに伴つて統制方式が從來より以上に競爭原理と企業の自主性を生かすものに切りかえられてゆかねばならぬ。更にまた統制を擔當する官廳の側における非能率と腐敗とを防止するための絶えざる工夫改善と監査の組織的實行とが要求されるのである。

 過去の統制方式を顧みると一事例として生鮮食品統制の中、野菜についての實績を家計の分析に基づいて檢討してみれば次の通りである。

第34表

 上の數字は第一期においては配給入手量は總購入量の一割に滿たず、統制がほとんど効果をあげ得なかつたことを示し、第二期においては多大な努力によつてややその成果があらわれたことを示し、第三期においては供給量の增大と公定價格の引上に伴うヤミ値と丸公の接近により再び統制の實益が薄らいでいることを示している。特に第三期については供給量の增大がヤミ價格を著しく低下させ、遂に大多數の野菜類は卸賣で公定價格を二―三割下廻るに至り、家庭において特に配給に依存することの必要度が少くなつたこと、及び卸賣價格の低落にもかかわらず小賣價格は公定價格に支えられて低落が止められる傾向にあつたこと等が注目される。野菜の如き季節性の強い物資にあつては、需給關係の變化を反映する價格變動に對して公定價格が反應し得ぬために以上のような矛盾を生ずるのであり、新しい經濟段階における注目すべき事例であるといえよう。すなわち上のような場面においては統制方式により一層彈力性を持たせ、あるいはその範圍を縮小すべき現實的基盤が養われてきているものと考えられるのである。

 以上國内經濟情勢の變化に伴う經濟統制の問題について述べたのであるが、更に一歩進めてこれを國際的觀點からみれば、インフレの緩漫化も生産の增強も、實は增大しつつある外國からの援助を支柱としているのであつて、自國の力のみによつて逹成されたものではないところに問題がある。經濟安定九原則はその六つの項目において統制の必要を明かにしている。すなわち、資金の有効使用・賃金安定・現行物價統制の強化・外國爲替管理の強化・輸出貿易最大化のための割當及び配給制度の改善・食糧供出、の六項目である。特に國内における一切の浪費を節約して最大限度の輸出にふりむけるための物資の割當及び配給統制は、今後の經濟統制のかなめとして効果的な實行が要請されることとなろう。

 上のような統制の要請と頭初に述べた如き國内經濟の新段階に即應する統制方式の再檢討と矛盾なく兩立させるために、消費者撰擇の餘地を擴大し競爭原理を生かしつつしかも有効な統制を實現し得る方策を工夫考案し、その實行に一段の努力をはらうべき時期に至つているのである。

(2)價格統制の問題點

(イ)丸公とヤミ値のさやよせ

 丸公の引上、ヤミ物價の停滯化の當然の結果として最近の丸公とヤミ値は次第に接近して來た。即ち日銀調によると、終戰直後は二〇年九月には丸公とヤミ値は二十數倍も開いていたが、その後昨年一〇月までの約三年閒に丸公は六〇倍程度に引上げられ一方ヤミ物價はこの間せいぜい七―八倍ばかり上つたに過ぎないので、一〇月以降におけるヤミ値丸公間平均倍率は三倍程度に縮少している。その中でも主要品目の四分の一はこの差が一・五倍以下であり、また五%ばかりの品目は丸公を割つている。このさやよせは特に生産財において著しい。

 また、東京都消費者價格調査(C・P・S)によつて飮食物平均配給價格に對する平均非配給價格の倍率の最近における變化を見ると、一昨年八―一丸月平均三・二倍だつたのが昨年七―九月平均では一・九倍、一〇―一二月平均では一・六倍に縮まつている。このように丸公とヤミ値がさやよせして來たことは、表面的には物價の安定性を強くしたとも云えるが、また反面そこに新たな問題を登場させて來ている。

(ロ)丸公と需給關係

 從來の如く丸公とヤミ値の開きが大きかつたこときには、丸公は一般的需給關係とは一應無關係に設定されてもそれ自體としては餘り問題なかつたが最近の樣に丸公とヤミ値が全般的に接近し、しかも購買力の低下や生産の上昇によつてヤミ値が需給關係を強く反映して來ると、丸公もこれに對し微妙な關係に置かれてくる。殊に需要の彈力性の強いもの、供給量が相對的に過剩となつて來たもの、需給關係に季節性の強いもの等において著しい。このことは前述の國際價格へのさやよせの問題と相まつて、主として原價主義に基く現行の公價算定方式に彈力性を與え、個々の商品の需給關係や國際價格をも反映し得るような考慮を加えるべき段階に至つていることを示している。

(ハ)丸公引上の限度

 また丸公ヤミ値の接近とヤミ物價の安定化の現象は、丸公全體の水準に關連した問題ともからんで來る。即ち丸公全體の水準が通貨量や取引量等の如き關連諸要因から一層廣範に規制を受けるようになつているから、從來の如く丸公を生産費積上げの原價計算方式のみに基づいて引上げるという餘地が乏しくなつている。

 戰後日本經濟の基本的不健全性は、これまで丸公の引上その他の方法によつて表面化されずに來たのであるが、上であげたような最近の諸現象は基本的問題に取組んでその根本的解決をはからねばならぬ段階に來ていることを物語つている。

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