三、表面的好轉の裏面にひそむ實態(一)


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 生活水準の上昇・インフレーションの緩漫化・實質賃金の上昇等、二三年の日本經濟が若干のプラス面をみせたことは以上述べてきた通りであるが、これらの表面的好轉現象が實はその背後に幾つかのマイナス面を潛ませていることを忘れてはならない。その主要なものは第一に貿易面における入超の累積であり、第二に企業經營の不健全に基く實體資本の減耗であり、第三に國土の荒廢による國富の喰つぶしであり、第四に國民生活水準の停滯である。

(一)入超額の累積

(1)輸出入の概況

 昨年一月以降のドル建て輸出入實績によると、輸出入面においては月平均で二二年三割增程度に當つているのに對して、輸出面では四月迄、二二年月平均の六五―八〇%と極度の不振を續けてきていたが、五、六月は一〇〇%、七―九月は一七〇―一八〇%、一〇月は二二六%と次第に伸び、一二月には三二四%と異常な增加を示したので、二三年平均においては前年平均の四九%增の水準に達した。しかしながらなお入超額は四億二千萬ドルに及び、絶對額においては前年よりも一層擴大されている。

第15表

 昭和五―九年月平均の輸出入額を現在のドル價に換算したものに對する二三年平均輸出入額の比率を求めると、輸入において三四・三%、輸出において僅々一三・五%にしか當つていない。二二年の我國貿易規模を他の極東諸國と比較すると下表の如くであり、特に戰後の我國輸出が如何に貧弱なものであるかが明瞭となる。

第16表

 二三年一―九月閒の輸出入品の類別内譯を前年及び戰前に比較すると下の如くである。

 即ち輸出面では各類別の比重はほぼ戦前の状態に回復しているが、輸入の面では食料の比重が前年よりは減少したもののなお極めて大きく、それだけ他の生産資材や輸出用原材料の輸入を壓迫している。

第17表 輸出

第18表 輸入

 飜つて輸出入の地域別比率を見ると次表の如くで、非ドル地域との貿易は、バーターないし双務決濟的な協定で行われている爲バランスを保つており貿易尻の赤字は専らドル地域からの入超に基いていることを示している。このような協定の成立が最近の輸出伸張の主要な原因であることは後述の通りであり、その限りにおいて喜ぶべき現象には違いないが、ポンド地域への出超によつて弗地域からの入超を相殺し、全體としてのバランスを保つというのが戰前の我國貿易構成であつたことを考え併せるとき殘された問題が甚だ大きい。

(2)入超累積の諸原因

(イ)輸出規模の低位

 二三年の輸出貿易は上期において極度の不振にあえいだ。その一つの原因は通貨交換の不自由性である。即ちポンドとドルの自由交換が再停止された爲、ポンド地域の諸國は日本に對して入超に陷ることを恐れて、日本商品の輸入を手控えたのである。特に我國輸出貿易の大宗である纖維は、ドル不足の結果食糧や基礎資材に集中されている海外購買力の對象となりにくく、國内生産の數ヶ月分にも當る輸出滯貨を生ずる一方、海外需要のある基礎資材は生産回復の不十分、國内復興需要との競合等のため、輸出餘力に乏しいという事情があつた。其他輸出業者に對する資金資材供給の不圓滑・海外市場に對する知識の缺乏・輸出手續の繁雑・品質低下による國際競爭力の低下等々の惡條件が累積して異常な輸出不振を來したものである。しかしながら先にも一言した如く七月以降には次第に頽勢を挽回しつつあり、年間輸出總計は二億五千九百萬ドル、即ち前年の四九%增に逹した。これは昨年下期において英連邦・オランダ等との間に相次いで通商協定が締結され、直接にドル貨を必要としない双務的な決濟が可能になつたこと、國内生産が着實に回復しつつあること、個別價格比率制度が軌道にのり始めたこと等に基くものと考えられる。

 但し最近の輸出伸張といえども上期に對し相對的な意味でのみいえることであつて、現在の輸出規模はあらゆる意味で未だ滿足すべき大きさに逹していないことは勿論である。例えば昭和二三年一―九月間の生産及び輸出量と戰前昭和一二年の生産及び輸出量との關係を一表にまとめれば次の如くであり、綿織物を除けば各物資共現在の輸出規模は極めて貧弱である。

第19表

 これは生産水準自體が低下している現状にあつては、國内需要の最低量を維持する必要上輸出餘力に乏しい結果といえようが、輸出の伸張による貿易收支バランスの改善が至上の要請となつてきている今日、生産の增加と國内消費の節約とによつて更に輸出を增加する餘地がないとはいえないであろう。

 (ロ)その他の要因

 輸出の不振と並んで輸入の增大が入超累積の直接の原因となつていることはいう迄もないが、内容的に見ればほとんど最小限必要なもののみに抑えられているので餘り節減の餘地はない。しかし海外市場の知識の缺乏等は輸入面にも共通的に妥當することであつて、この爲に輸入額が多少擴大されている傾向も否定できない。

 戰前に比較して入超額が激增している一つの要因として世界的な物價騰貴ということも無視できない。(米國の卸賣物價は一九四八年六月において一九三三年の約二・九倍)。輸出入がバランスしていれば物價騰貴は相殺されるが、現在の如くそれがアンバランスな時には入超額が擴大されるわけである。

 實質的に一層重要な要因は交易條件の惡化である。既ち現在の輸出商品より輸入商品のほうが戰前に比べて價格騰貴率が甚しく、特に輸入構成の中心を占める食糧についてこの傾向は顕著である。米國卸賣物價指數によれば一九四八年六月の農業物價格は一九三三年の約三・八倍であり、農産物食糧品を除く全商品の二・一倍を大きく上廻つている。

 更に運賃負擔の增大が入超の一大要因として擧げられる。現在輸入品價格中運賃の占める割合は、地中海産の鹽において八二%、北米産原油で五六%石炭で三七%、海南島産鐵鑛石で三〇%に及んでおり、二三年の輸入總額推計六億八千萬ドル中運賃に相當する部分は一億ドルを超えると推定されるのである。

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