三、表面的好轉の裏面にひそむ實態(二)
(二)企業經營の不健全性
(1)不健全性の實状
終戰以來の經濟政策は過少生産の克服と、インフレーシヨン破局化の防止に焦點が置かれた。そのため採算を無視する增産政策の強行と、企業の實體資本の維持を犧牲とする低物價政策の強行が不可避であつた。戰爭經濟の破壞的作用のあとにこのような政策が續いたことは、企業者自體の企業意慾や自立心の不足と相まつて生産の單位としての企業の健全性と自主性を甚しく損う結果となつた。
(イ)減價償却の不足
企業における實體資本の消耗は一方において窮乏した經濟のもとにおける資本蓄積の絶對的不足に基くが、他面現行税法における減價償卻の取扱い方法から由來する。即ちインフレーシヨンの進行によつて過去の資産が甚だしく過少評價されている現状においては、帳簿價格に對し一定率の償卻を認める現行税法の規定に從えば著しい償卻不足を生ずるわけである。又公定價格においても、低物價政策の立前から減價償卻は原則として帳簿價格に基く所要額以上を原價におりこむことを許されていないので、この面からも償卻不足を生ずるわけである。主要産業別企業の現行償却額と時價によつて資産を評價した場合における償却額を比較すれば次の通りである。
上の表にみる如く現在の償却は、資産を時價によつて評價した場合に必要とされる償却額に對しておゝむね三十分の一前後に過ぎないのであつて、事實上償却を停止しているのに等しい。また時價償却を行つた場合に、總原價に及ぼす影響は電力事業の如く特に資本費の大きいものを除き、おおむね五―一〇%の範圍にあることも上の表から知り得るのである。
もちろん企業においてもかかる實體資本の減耗を放置しているのではなく、帳簿上の各種操作などによつて或程度の資本維持對策を採っているものと想像されるのであるが、それ等は何れも正當ならざる方策によらねばならないところに問題が存する。
(ロ)、赤字金融及び借入金の累積
企業の不健全性を示す他の指標は累積する赤字の融資である。すでに昨年末企業三大原則の實行のによつて赤字融資の增大は抑制されることになつたが、復興金融金庫の昨年末における貸付殘高のうち赤字融資と見るべきものが一八七億圓に逹しており、特にこのうち石炭業に對するもののみで一二六億圓に及んでいる。又企業の資本構成において自己資本に對し借入金が著しくぼう大になつている。企業の自己資本調逹能力の缺除と借入金依存は、企業經營の不健全性と自主性損失の重要な原因となる。
(ハ)多額の價格調整費支出
重要産業に對する多額の價格調整費の支出も企業の不健全性の一指標とみられる。昭和二三年度豫算(追加豫算を含む)における價格調整費は六二五億圓で一般會計歳出の一三%を占めるが、この外更に價格調整的支出たる鐵道通信兩會計への繰入れ三七二億圓、船舶運營會補助六五億圓を加えればその總額は實に一般會計歳出の二二%に逹する。安定帶物資に對する價格調整補助金單價は次の通りで總原價中に占める補給金の割合は著しく高い。
もちろんこのような價格調整費の支出は低物價政策の堅持と、操業率の低下・原價條件の激變等、企業自體の責任に歸すべからざる原因に基くものが多いとはいえ、今後爲替レートの決定を通ずる國際價格へのさやよせを考えれば將來に重大な問題を殘しているわけである。
(ニ)勞務費比率の增大
このほか總原價構成中に占める勞務費の比率が高くなつていることも、企業採算性の見地からすれば不健全な要素とみられる。これは操業度の低下と、機械的裝備の劣化、技術水準・労働意慾の低下等一連の退化現象のあらわれと見るべきであり、勞働生産性が實質賃金低下の割合以上に下つていることを物語る。試みにサンプル調査によつて總原價に對する勞務費の比率を見ると次の通りである。
(2)健全化への転換點
以上のような不健全性は當然いつまでも存續を許されるべき性質のものではない。事實昨年いらい企業の面においても幾つかの新しい現象が生じて、健全化への一歩を進めるに至つている。その一つとして先に實質賃金の向上に關連して述べた如く、重要産業の操業率の上昇と公價の改訂とに伴う採算條件の改善が擧げられる。更に最近證券市場が次第に活況を取戻していることに伴つて自己資本調査の道も開け始め、企業の資本構成は僅かづつながら好轉を示しつつあることも無視出來ない。しかしながらこれらの面における好轉も相對的な意味においてのみ言えることであつて、眞の健全化にはなお程遠いことはいう迄もない。しかも從來企業經營の内在する諸矛盾を覆いかくし、繰延べさせていた公價引上げ・補給金・赤字金融等の操作も、丸公水準へのヤミ水準への近接や企業三原則の要請によつて、既に事實上限界點に來ているのであり、爲替レート設定の問題ともからんで、いよいよ企業の自主的合理化・更に進んで自立化が強力に押進められるべき時となつている。
これに對應して企業に對する税法等も種々の面で再檢討されねばならない。例えば法人税においても舊貨幣價値の資本金を有する舊会社は新会社に比し見かけ上所得が擴大されるので、兩者の課税額の閒に不當なアンバランスさを生ずることになつている。又價格差益の聽衆にあたつて生産企業の正常在高に相當する部分まで徴收することとなれば流動資産の再調逹は困難となるし、公定價格のある業種を不當に壓迫するという問題も生じてくる。企業が自立化し、しかも國際競爭力を發揮し得るためには、その生産機能の維持擴大ということが十分に留意されなければならないのであつて、これらの問題は前述の減價償卻の問題と共に長期的な觀點から再檢討が必要といえよう。
(3)自立化の限界
しかし一面において企業の自立化にもまた限界があることも考えなければならない。産業の種類を自立可能性の見地から分類すれば、(イ)放置しても國際的競争に耐え自立し得るもの、(ロ)暫くの間保護助長政策を用いることによつて將來自立し得るもの(ハ)將來共自立の見込に乏しいもの、の三種類に分けられる。(イ)については自立化政策を強力に進めても問題はないが、(ロ)(ハ)についてはまた別個の取扱を必要としよう。戰後異常状態の下で例えば操業率の極度の低下・設備の損耗・原料條件の激變等のため一時的に不利な條件に陷つているもの等については當分の間保護を加えてこれを維持する必要も十分考えられる。國際貿易憲章の精神に照らしてみても、安易な保護政策に依存することは許されないが、ともかく一律的な方法を排して將來の日本が持つべき産業構成の見透しに基きつつ、個々の産業の特質に應じた對策を準備する必要があろう。