二、經濟安定へのきざし (三)
(三)實質賃金の向上
(1)賃金の動き
勞働省調「毎月勤勞統計」によつて全國工業從業員一人一ヶ月當り平均賃金の推移をみると次の通りである。
即ち二二年平均一、八一九圓であつた賃銀は昨年一一月には六、九二一円と三・八倍に增加したが、一方物價は二・二倍に止まつたため、實質賃銀としてもこの間七割強の上昇をみせている。
但しここに掲げた「毎月勤勞統計」は、主として大企業を對象とする調査(從業員百人以上の工場事業場全部及び三〇人以上百人未満のものの一割)であるため、中小企業における賃金の動きはほとんど代表されていない點に注意を要する。從つて、上にあげた實質賃金も主として大企業のものを示すわけである。
(2)實質賃金向上の原因
このように二二年に較べかなり顯著に實質賃金が上昇している原因は、もとより物價に對し賃金の騰貴が上廻つたことによるものであるが、この點を少しく立入つて檢討して見よう。
(イ)家計の要求
終戰いらいの賃金の趨勢をうかがうに、終戰後半年間(三・二倍騰貴)は別として、その後は最近迄ほぼ一貫して毎月八―九%增(半年率一・六倍、年率二・八倍)の線をたどり、物價のテンポ如何にかかわらず同一の上昇率を續けてきている。
賃金がかくの如き一貫した騰貴趨勢をたどつて來たことは、終戰直後一時實質賃金が極度の低落を示したので、生活を維持するためにもまた家計收支の不均衡を改善するためにも、これを向上せしめんとする壓力が家計面から加えられ、それが勞働組合等を通じての強い賃上げ要求となつて現れたことによると思われる。ただ物價が急騰している間は物價に對して遅れを來し、家計の要求は實現さるべくもなかつたが、物價の上昇が緩漫になるにつれその實現が可能になつてきた。二二年八月以降物價が次第に停滯傾向を示し、更に最近ではこの傾向が顯著になるにつれ實質賃金向上のテンポも強まつた。
(ロ)所得配分の變化
インフレの緩漫化に從いインフレ所得が次第に壓縮され、これが勤勞者の所得に移行したことは勤勞者の名目賃金の上昇にもかかわらず物價が停滯し、その結果實質賃金の上昇をもたらした重要な原因である。このことはC・P・Sの都市一般家計の実質賃金消費水準が此の一年間にほとんど上昇していないのに、勤勞者の家計は三割近く上昇していることにあらわれている。また農村所得の減退が、反面において都市勤勞者の賃金充實に役立つていることも看過できない。そのほか後述する如き大企業と中小企業との賃金差の擴大も「毎月勤勞統計」からみた實質賃金の上昇を大きくする原因となつている。
(ハ)企業支拂能力
企業經理の觀點から工業における賃金の推移を見ると下の如くである。
即ち從業員一人當り平均賃金は、二二年平均に對し昨年一一月には三・八倍となつたが、この生産量は二倍強に增加しているのに雇用量は餘り變化がない。從つて勞働生産性が生産量增加とほぼ同程度に向上しているので生産物單位當り賃金としては二二年平均の八割增程度に止まつており、殊に九月頃迄はほとんど三―四割增の水準を維持していた。
一方丸公は二二年平均に對して昨年六月は二倍、更に一一月では四倍となつており、また生産財實行物價としても夫々一・六倍、及び三倍に騰貴しているため、從業員一人當り賃金も急騰にもかかわらず企業の賃金支拂能力は相對的にはかなり好轉していることになる。それであるからこそ賃金の上昇も可能であつたのである。
(3)実質賃金向上の効果
(イ)消費水準の向上
東京都廳調の東京勤勞者家計調査によつて見ると次の如く二二年平均に對し、昨年一〇―一一月頃では消費水準が三割強向上している。
また、この東京都勤勞者一世帶當り家計費を、一般都市生活者の家計調査たる「東京都消費者價格調査」(C・P・S)の一世帶當り家計費と比較すると(ともに四・五人家族換算)次表の如く前考は次第に後者に追いついてきている。
(ロ)家計收支の健全化―赤字の解消
昨年五月發表した「經濟情勢報告書」でも述べたごとく、勤勞家計において、二二年では世帶主勤勞收入に對し勤勞外收入の割合が二割を占めていたが、昨年九月頃にはこれが一割に減少し、それだけ收入構造が改善されており、また收支バランスも二二年には平均七%程度の赤字だつたのが昨年七月以降にはどうやら均衡を取戻して來ている。
(ハ)勞働能率の增進
かような實質賃金の向上による生活水準の上昇・家計の健全化は、當然勞働の定着性を增し、出勤率をよくすることによつて勞働能率を增進せしめている。