第3章 コロナ禍を経た企業の倒産・起業の動向(第2節)
第2節 我が国における起業動向と成長企業の特徴
第1節における倒産企業の分析に続き、本節では、企業の新陳代謝における参入側として、我が国における起業の実態や、起業後の経営パフォーマンスを左右する要因等について考察する。まず、我が国の起業率が国際的に見て低位にとどまってきた背景を確認するとともに、近年、起業した企業の特徴について業種・規模等の観点から分析する。この中で、法人番号という新たなビッグデータに基づく起業件数や起業率の推計を行い、より的確かつ適時に日本の起業動向を確認できる可能性があることを示す。続いて、起業に関するパネル調査の調査票情報を用い、起業後の経営パフォーマンスや事業継続の実態を確認するとともに、起業数年後の段階において、相対的に良好な経営状況を実現しているスタートアップとそうでない企業との間で、起業資金や経常費用の配分といった財務戦略において何らかの違いがあるのかについて実証的な分析を行う。
1 我が国の起業件数や起業率の実態
(経済センサス等からみた起業率は、負の経済ショック発生時に低下する傾向)
起業件数の中長期的な動向と変化について、大規模調査である総務省「経済センサス-活動調査」、「経済センサス-基礎調査」や、その前身の総務省「事業所・企業統計調査」をもとに確認すると、おおむね4~6%の水準で推移している。数年おきの調査であるため、各年の詳細な状況を把握することはできないが、1990年代初頭のバブル崩壊、金融システム危機を経た不況期である2000年代初頭、2000年代後半の世界金融危機に伴う景気後退といった局面においては、起業率が大きく低下する傾向がみられる。景気が停滞している局面においては、起業のための資金調達が難しいことや、収益計画を立て難いことが、起業件数の減少や起業率の低下に影響している可能性がある(第3-2-1図)。実際、起業した企業の売上や採算状況をみると、景気の悪化がみられる局面では、売上が減少、ないし赤字基調との回答割合が増加している。このように、起業しやすい環境の整備という観点においても、その基盤として安定的なマクロ経済環境が重要であると言える(第3-2-2図)。


(我が国の起業件数は、リスク回避的志向が強いこともあって、国際的にみて低位)
次に、起業率等について諸外国と比較する。後述のコラム3―2でも論じているとおり、起業率を計測する統計やデータには様々なものがあり、それぞれ対象範囲も異なることから、相当の幅を持ってみるべきであり、国際比較の結果の解釈にも留意が必要である。その上で、他の主要先進国の動向をみると、起業率は総じて10%前後ないしそれ以上の水準で推移しており、英国、フランス、米国は日本の水準1を大きく上回っている(第3-2-3図(1))。この中で、我が国と比較的経済規模が近い欧州各国(ドイツ、フランス、英国)と、分母の企業数、分子の起業数を比べると、フランスは企業数・起業数ともに多いが、英国やドイツと比べると、日本の企業数は多い一方、起業した企業の絶対数は突出して少ないことが確認される(第3-2-3図(2))。

このように我が国において起業が少ない背景として、起業する側の個人の特性や動機、あるいは起業家精神に対する社会的受容度等を調査した「Global Entrepreneurship Monitor」2を確認する。まず、起業活動家の人口割合3を調査した「起業活動指数」をみると、日本は、この10年程度でやや上昇しているものの、主要先進国内では相対的に低位であり、伸び幅も小さいことが確認できる(第3-2-4図(1)①)。起業態度についてみると、日本の場合、失敗の脅威が事業を行う妨げになるというリスク回避的な志向を持つ人の割合(失敗脅威)が他国よりも相対的に高いほか、自分の住む地域で事業を始める良い機会があると認識する人の割合(機会認識)や、自身が事業を始めるのに必要な能力や経験を有していると信じる人の割合(能力・経験)が他国に比べて突出して低い(第3-2-4図(1)②)。こうした点が、日本における起業活動を低める要素となっているとみられる。
関連して、大学・大学院生の起業意識について国際比較を行った「Global University Entrepreneurial Spirit Students' Survey」4をみると、日本の大学生や大学院生は、卒業後のキャリア選択に関する質問に対し、大・中堅企業で働くとする割合が、国際的にみて突出して高いことが分かる。逆に、起業する(創業者として自分の会社を経営する)ことや小企業で働くことを展望する割合は、国際的に見て低位である。起業を展望する割合は、日本人においても、世界平均等と同様、卒業直後よりは卒業5年後の方が高まるものの、世界平均や韓国、ドイツより低い1割未満にとどまる。なお、「その他/まだわからない」という回答が、日本人の場合は、世界平均に比べて倍程度の3割前後と高く、卒業後のキャリアについて確固たるプランを形成できていないことも見てとれる(第3-2-4図(2))。このように、日本の大学生・大学院生については、総じてみて、リスク回避的な姿勢が確認される。
また、起業について関心のない層を含めて、18~69歳の2万人に対して調査を行った日本政策金融公庫の「起業と起業意識に関する調査」5をみると、日本人が起業に無関心な理由としては、「起業を(そもそも)選択肢として考えたことがない」に続いて、「事業経営にはリスクがあると思う」と答える回答が3割程度を占めているなど、起業に伴うリスクを忌避している層が根強く存在すると考えられる(第3-2-4図(3))。

(法人番号からみると、直近の起業率は、政策的後押しもあって上昇傾向で推移)
次に、近年の我が国における起業動向を確認する。本節冒頭では、大規模調査である「経済センサス」等をもとに、起業率等を確認したが、こうした統計で把握される起業の中には、企業の組織再編等の目的でなされる会社分割等による分社化も含まれるほか、大規模であるが故に、数年に一度の統計調査となり、各年の動向や、最新調査時点以降の直近の動向を捉えることができないといった制約がある。そこで、起業をより的確に把握しつつ、直近の動向も確認する観点から、国税庁のウェブサイトに掲載されている「法人番号」とその登録企業の情報を用いて、起業数や起業率を推計することとする。
まず、前提として、法人番号が指定される団体には、営利事業を行う企業のほか、公益法人や国の機関、地方公共団体なども一定数含まれている(第3-2-5図(1))。起業動向を確認するに当たって、こうした法人等を除くこととする6。その上で、起業法人数(分社化を含む起業法人数)の原数値をみると、単月での振れが大きく、1月、4月、10月といった四半期初の起業が多く、季節性がみられる(第3-2-5図(2))。そこで、こうした原数値に季節調整をかけた上で、起業数の動向を確認すると、データが遡れる2016年には年間12万件前後だったものが、コロナ禍後に振れを伴いながらも増加傾向となり、2024年には年間15万件前後で推移していることが分かる(第3-2-5図(3))。ここで、コロナ禍以降においては、組織再編に伴って実施される分社化も増加していることから、これを除いた、より狭義の起業法人数(分社化を除く起業法人数)についても確認する。この場合においても、2016年の11万件前後から、コロナ禍を経て増加傾向に転じ、2024年には13万件前後に高まっていることが確認できる。
次に、分母に各月1日時点の企業数をとり、分子に起業法人数をとった起業率の動向を確認すると、分社化を除くベースでは、コロナ禍前の2019年頃までは、2.8%前後で比較的安定的に推移していたことが分かる(第3-2-5図(4))。その後、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う1回目の緊急事態宣言が発令された期間を含む2020年4月、5月においては2.3%程度まで低下した。前掲第3-2-1図の年ベースの経済センサスに基づくデータでは確認できなかった、コロナ禍による経済社会活動の急速な停滞による起業率への影響について、法人番号の登録状況を用いることで、より仔細に捉えることができる。その後、経済社会活動が再開していく中で、一定の振れはあるものの、総じて起業率は上昇傾向で推移し、直近では3%前後と、コロナ禍前よりも高い水準で推移している。このように、コロナ禍後において、起業数の増加や起業率の上昇がみられる背景の一つには、コロナ禍からの経済社会活動の正常化に加え、33年ぶりとなる賃金上昇や過去最高を更新した設備投資などマクロ経済環境の改善があると考えられる。本節冒頭で述べたとおり、良好なマクロ経済環境は、起業の後押しにも有用であることを示唆していると言える。これに加え、2022年11月策定の「スタートアップ育成5か年計画」による中小企業基盤整備機構、産業革新投資機構などの官民ファンドによるベンチャーキャピタルへの出資機能の強化といった資金調達面等での政策的な後押し、さらには副業・兼業の促進によるすき間時間を活用した新しい起業スタイルの広がりなど、複合的な要因が近年の起業数の増加や起業率の上昇に寄与していると考えられる7。
なお、法人番号から見た起業数について、地域別の特徴をみると、人口と経済規模が大きい関東が5割弱(東京都は3割弱)、次いで関西が2割弱を占める状況にある(第3-2-5図(5))。一方、コロナ禍前(2017~18年)の起業数と直近(2023~24年)の起業数の伸び率を比較すると、関西の伸び率が最も高く、東海、北陸・甲信越がこれに次いで高く、首都圏に限らず起業に一定の広がりがみられていることが分かる(第3-2-5図(6))。

(サービス業で起業が増加、製造業や情報通信業で前職と業種を変えた起業が増加)
続いて、各種の統計をもとに、近年の起業の特徴について、業種や規模など、いくつかの観点から掘り下げていきたい。まず、日本政策金融公庫の「新規開業実態調査」により、起業の業種別構成について長期的な変化をみると、製造業や建設業、卸売・小売業のシェアは低下傾向にある一方、「その他サービス業」8(飲食店・宿泊業や医療・福祉、運輸業、情報通信業等を除く)や教育・学習支援業でシェアが上昇傾向にあることが分かる(第3-2-6図(1))。また、総務省「就業構造基本調査」により、新たに起業した者の属する業種について、前職と同じ業種か、前職と異なる業種であるかをみると、業種計においては前職と同じ業種との回答が、近年低下傾向にあるものの、4割超となっており、業種を超えた起業には一定程度の障壁が存在することが分かる(第3-2-6図(2))。この中で、近年起業が増加しつつあるサービス関連業種については、製造業や建設業、情報通信業等に比べると、前職と同じ業種で起業した人の割合が相対的に低く(前職とは異なる業種で起業している割合が相対的に高い)、参入への障壁が比較的低いことが示唆される。その上で、前職と同じ業種で起業している割合が相対的に高い業種のうち、製造業と情報通信業についてみると、2012年から2022年の10年間で、前職と同じ業種で起業する人の割合が着実に低下している(前職と異なる業種で起業している割合が上昇している)ことも分かる。一般的に、こうした業種では、それまで蓄積したスキルを活かし、前職と同じ業種で起業する者の割合が比較的高いと考えられるが、こうした業種においても、起業に対する障壁が徐々に低くなりつつある可能性があると言える。

(サービス業を中心に小規模な起業が増加し、起業費用も介護等で減少傾向)
次に、起業の規模について、まず平均従業員数の観点から確認すると、過去20年程度で平均3.2人から平均2.3人と減少傾向で推移している。従業者の形態別には、役員を含む正社員数が減少し、業種別には、近年シェアが高まっているサービス業のほか、飲食店・宿泊業において減少傾向がみられる(第3-2-6図(3)、(4))。次に、起業時の資本金別にみると、2006年の会社法改正により最低資本金制度の撤廃など、起業支援の取組等の効果もあり、起業の裾野が広がる中で、100万円未満の企業が長期的にみて大きく増加している(第3-2-6図(5))。このように、政策的な後押しもあって、全体として、相対的に規模の小さい起業が増加していることが確認できる。
関連して、起業費用を業種別にみると、医療・福祉においては、起業に当たり、一定の設備要件が課されることから、建物や機械・車両・じゅう器・備品の購入費用の割合が高く、起業費用も他の業種と比べて高い(第3-2-7図(1))。また、卸売・小売業においては、商品仕入れが必要となることから、運転資金の起業費用に占める割合が半分近くとなっているほか、飲食・宿泊業では、店舗や施設の内外装工事費用の占める割合が高いなど、業種ごとにばらつきがあることが分かる。また、起業費用の長期的な変化をみると、近年起業が増加しているサービス関連業種では減少しているが、特に医療・福祉における起業費用の減少が著しい。高齢化の進展を背景に、介護施設・事業所が増加する中で、病院や施設型介護事業に比べ、相対的に起業費用が抑制される在宅型介護事業所の開設が増加していることを反映していると考えられる(第3-2-7図(2))。
最後に、起業した経営者の年齢分布について、再び「就業構造基本調査」を基に確認すると、全産業や非製造業では、2017年時点では60代が最も多かったが、2022年時点では50代がピークと、やや若返っていることが分かる。一方、製造業では、2017年から2022年にかけて分布の山が60代から70代へと逆に高まっている。いずれにしても、日本においては、起業年齢は、50代以上のシニア層が多く、2017年から2022年にかけては業種を問わず70代以上のシェアが高まっているという特徴もある(第3-2-8図(1))。これに関連して、自営業における経営者の年齢について、米国と比較すると、米国は55~65歳がピークに対し、日本は65歳以上が突出して高い。一方、35~44歳を中心に比較的若い年齢層では、米国の方が経営者に占めるシェアが大きいなど、全体として、日本は、起業年齢時点が高齢であることもあって、米国よりも高齢の経営者が多いことが分かる(第3-2-8図(2))。上述したように、我が国の若年層は、国際的にみてリスク回避的であることが、こうした起業年齢の差にも反映されているとみられ、起業の裾野を広げていくためには、スタートアップを後押しする社会的気運の醸成等が引き続き重要であろう。


2 起業後の事業継続と経営状況を左右する要因
(パネル調査によると、近年起業した企業の事業継続割合は高い)
ここまで、サービス業など、比較的小規模のものを中心に起業件数や起業率が近年増加・上昇傾向にあることを確認してきたが、起業の数のみにより、経済の活性化が促されるわけではなく、起業した企業の収益の確保や規模の拡大といった起業後の成長も重要となる。こうした観点から、パネル調査をもとに、起業後の存続状況や、収益の黒字を維持・確保している企業の特徴を分析し、政策的な含意について確認していく。
日本政策金融公庫の「新規開業パネル調査」9を用い、まず、2016年に起業した企業の存続動向を確認する。これによると、年を追って廃業企業数が増加するものの、4年後においても全体の9%程度であり、逆に起業4年後も継続している企業の割合は9割を超えていることが分かる10(第3-2-9図(1))。2006年に起業した企業をみると、4年後存続率は2016年に起業した企業よりも低く9割を少し下回るものの、数年後に世界金融危機が発生した点を割り引けば、過去10年で大きな傾向は変わっていないと考えられる。中小企業庁(2017)によると、比較時点が異なるものの、主要先進国(米国、英国、フランス、ドイツ)における2007年から2013年に起業した企業の5年後の生存率はいずれも4割から5割となっており、我が国の起業後の存続確率は相対的に高いことが分かる。前掲第3-2-4図において、諸外国に比べ、リスク回避的なマインドもあって起業率が低いことを議論したが、起業に慎重なことの裏返しとして、起業を行った企業の事業継続割合が高い状況にあると推察される。また、前掲第3-2-8図のとおり、高齢の起業家も多く、これまで積み上げてきたキャリアや人脈を生かせる起業家が多いことも背景にある可能性もある。
また、起業以降の企業パフォーマンスとして、採算状況11の動向を確認すると、存続企業に占める赤字企業の割合は、コロナ禍による影響があったと考えられる2020年を除き、年数を経るごとに低下していることが確認される(第3-2-9図(2))。具体的には、起業後1年では赤字企業の割合は半数を超えていたが、3年後には4割以下まで減少している。ただし、赤字から黒字に遷移する企業数が年を追って減少する一方で、黒字から赤字に遷移する企業は各年で一定程度発生するため、赤字企業の割合の低下ペースは年々鈍化している面もある。コロナ禍という特殊な状況がない場合において、赤字企業割合が経年的に着実に低下する傾向があるのかなどは、本調査が5年間限定のパネル調査であるため確認が難しい面があることに留意が必要である。参考として、2006年に起業した企業のその後の動向についてみると、2008年に世界金融危機が発生したこともあり、2009年に赤字企業の割合が一旦増加した後、2010年には再び低下に転じたが、2008年と同程度の水準となっており、赤字企業割合は一定の水準に収れんする可能性もあると言える12。

(起業後の経営状況が良好な企業は、人への投資や情報関連等各種設備投資に注力)
続いて、同パネル調査を用いて、起業後、売上高を拡大しつつ、収支の黒字基調を実現し、これを維持している場合において、どういった企業行動が影響しているのかを確認したい。ここでは、業種の違いをコントロールした上で、起業後の経営状況が相対的に良好な企業(売上高が拡大する黒字傾向の企業)と、相対的に良好でない企業(売上高の伸び悩みがみられる赤字傾向の企業)との間において、起業費用に占める各種費用の割合や、起業後の毎月の経常支出に占める各種項目の割合等に統計的な違いがあるかどうかを検証した(詳細は付注3-2参照)。具体的には、起業後の経営状況が良好か否かの分類に際しては、起業後の5年間における黒字の頻度や、起業後の売上高の成長率に応じてスコアを作成し、上位10%の企業を経営状況が相対的に良好な企業、下位10%の企業を経営状況が相対的に良好でない企業とした。
まず、起業にあたっての費用面についてみると、経営状況が相対的に良好な企業は良好でない企業に比べて、起業費用における設備投資(情報機器等)の割合が統計的に有意に高いことが確認される一方、土地・建物費用は低くなっている。調査対象となる起業費用項目は異なるが、2006年に起業した企業について同様の分析を行うと、土地・建物関連費用割合において、経営状況が良好な企業と良好でない企業との間で有意な差はなかったことが分かる。不動産価格や建築費などが上昇する中で、これらの費用の抑制が収益確保のためには重要になっている可能性を示唆している(第3-2-10図(1))。
次に、起業後の費用面の配分状況をみると、経営状況が相対的に良好な企業は良好でない企業と比べて、人件費の比率が統計的に有意に高い一方で、その他費用の比率が統計的に有意に低い姿となっている(第3-2-10図(2))。同調査においては、その他費用は内訳が存在せず、(利払いや減価償却費を除く)とのみ記されているため、詳細は不明であるが、別途「中小企業実態基本調査」より、中小・零細企業における人件費や仕入コストを除く費用の内訳をみると、賃料や交際費のウェイトが高いことから、こうした費用がここでの「その他費用」に相応に含まれていることが推測される。このように、起業した企業が、創意工夫を発揮して、収益確保を図るに当たっては、人件費という人への投資のように、供給する製品・サービスにより直接的に関わる経費への配分を重点的に行うことが重要であることを示唆していると考えられる。
最後に、起業翌年以後の設備投資の内訳と、経営状況との関係についても確認する。推計の結果として、起業後の経営状況が相対的に良好な企業は、相対的に良好でない企業に比べて、情報通信機器・ソフトウェアを含め、いずれの形態の設備投資額も有意に大きいことが確認される。業種を問わず、起業後、機械投資、情報化投資、DX対応など投資を進めることより、付加価値を高め、収益性の向上につなげている可能性が見てとれる。

以上、本節では我が国での起業件数やその特徴について確認したほか、起業後、黒字継続企業の特徴について分析を行った。まず、我が国の起業は他の主要先進国に比べて少ないものの、起業後の存続率は高めであることが分かった。こうした中で、コロナ禍からの経済社会活動の正常化に加え、資金調達面等での政策的な後押し、さらには副業・兼業の促進など、複合的な要因により、近年にかけて起業率は上昇しているとみられる。また、売上を拡大し、黒字を維持しているスタートアップ企業は、初期投資において設備投資(情報機器等)の割合が高く、起業以降も継続的に設備投資を行い、人件費という形で人への投資にも費用配分を行っているという特徴があることが確認された。
先行研究として、我が国で起業した企業の売上成長の要因分析を行った浜口・フェハス(2024)によると、自己資金や民間VCを重視した資金調達、設備投資を目的とした民間VCによる資金調達等が成長に寄与するとされている13。こうした分析も踏まえると、情報化を含め設備投資を支援する民間VC等による資金供給を強化することが、スタートアップ企業の成長支援につながり、経済の活性化を促すものとなると考えられる。また、スタートアップに係る国際比較分析を行ったFendoglu and Xu(2024)においては、起業初期段階に限らない資金調達の充実のほか、リスクを受け入れる文化、労働市場における人の移動の柔軟性、非効率な企業の円滑な退出といった要素が、日本のスタートアップの成長につながると指摘している。引き続き、スタートアップを後押しする社会的気運の醸成とともに、賃金や価格をシグナルとして、労働の円滑な移動や企業の新陳代謝など、市場において人材や資本が効率的に配分される環境を整備していくことが重要となろう。
コラム3-2 起業率に関する様々な指標
本論では、新規の起業数や起業率を計測する指標として、数年おきの大規模統計である「経済センサス」と、高頻度のビッグデータとも言うべき「法人番号」を用いて、起業の動向について議論している。以下では、起業率等を測る際に、多く活用されるデータとして雇用保険適用事業所数等について確認し、様々な指標の特徴をみるとともに、起業動向の把握に当たっての留意点を議論する。
まず、雇用保険適用事業所数については、雇用保険法により1人でも労働者を雇用する事業所は、原則として14雇用保険の適用事業所となり15、起業により労働者を雇用した場合、届出と加入手続きが必要になっている(ただし、1週間の所定労働時間が20時間未満である者や、同一の事業主に継続して31日以上雇用されることが見込まれない者、昼間学生等は適用除外)ことから、起業動向の把握に用いられることが多い。雇用保険適用事業所数を利用するメリットとしては、実際に活動実績のある事業所の動向を確認するものであることから、実態のないペーパーカンパニー等を除外することができるという点である。一方、労働者を雇用しない新規企業は除外されるほか、雇用保険への加入促進の動向などの影響を強く受けるという課題がある。雇用保険適用事業所数から計測した開業率を、全産業ベースでみると、2016年にかけて上昇した後、いったん低下し、2020年は大きく上昇している(コラム3-2-1図)。本論第3-2-5図でみた法人番号の登録状況を用いた起業率は、2020年上期は低下がみられるなど、その動態は大きく異なる。

雇用保険適用事業所ベースの開業率を業種別にみると、2012年から2017年にかけて、建設業が他の業種に比べて大きく上昇していることが分かる。一方、本論第3-2-6図で確認したようにサービス業等とは異なり、建設業の開業は横ばいから低下傾向で推移していることと照らし合わせると、同業種において、起業数の増加によって雇用保険適用事業所数が増加した可能性は低いと考えられる。実際、国土交通省においては、建設業の持続的な発展に必要な人材の確保等の観点から、2012年から2017年にかけて、加入義務のある許可業者(事業所単位)の100%(労働者単位では少なくとも製造業と同水準の加入状況)を目標に設定し、雇用保険加入促進に努めている。こうした結果として、2017年にかけて、建設業の開業率は見かけ上、大きく高まったと考えられる。
また、雇用保険適用事業所ベースでは、2020~2021年に、宿泊・飲食サービス業で開業率が大幅に上昇している。これらはコロナ禍の時期に当たり、事業環境が厳しい中で、飲食業の起業が急激に増加したとは考えにくい。一方、この間、休業・時短を余儀なくされた企業への支援策として雇用調整助成金のコロナ特例措置が実施され、飲食業や宿泊業に多く支給された。雇用調整助成金は、雇用保険の適用事業所であることが受給要件となっており、小規模事業所を中心に同助成金を利用するために雇用保険の適用事業所になった結果、開業率が見かけ上、上昇した可能性がある。実際、こうした特例措置が縮小されてきた2022年については、2019年並みとなっている。このように、雇用保険適用事業所数に基づく開業率については、各種政策の影響を強く受けている点には注意が必要である。
雇用保険適用事業所数を用いることにはこうしたデメリットがあるが、起業動向をより的確に把握する観点で、既存統計の中では、経済センサスや登記統計における設立登記法人が代替的なデータとなりうる。ただし、経済センサスについては、捕捉範囲として、公益法人や協同組合、人格のない社団など営利を目的として経済活動を行う法人以外の組織が一定数含まれる(コラム3-2-2図(1))ことに加え、調査が数年に一回であり、各年のきめ細かい動向が確認できないという制約がある。登記統計の設立登記法人は、公益法人は含む一方、各年の状況を把握できるという点がメリットである。ただし、大・中堅企業でリストラクチャリングの一環で実施した分社化によって設立された、新たに登記された法人が含まれるという制約もある。
これに対し、本論では、法人番号という高頻度のデータに着目し、ここからより精緻に起業数を抽出する試みを行った。具体的には、公益財団法人やNPO法人といった非営利活動法人を除いたほか、分社化により設置されたとみられる新規企業を除くなど、一般に「起業」としてイメージされる企業数を近似できるよう集計を行った。もっとも、活動実態がない休業中の企業が含まれるなど、一部課題も残っている点には留意が必要である。以上を踏まえ、法人の起業率について、経済センサス、登記統計、法人番号で比較したものが、コラム3-2-2図である。カバレッジの差もあり、経済センサスと法人番号ベースとでは、起業率に2倍程度の差がある。起業率を把握し、動向を分析し、政策立案につなげていくためには、各統計やデータの特性の違い等に留意しながら活用していくことが重要と言える。
