第3章 世界貿易の動向と日本経済(第1節)
第1節 世界貿易の動向と日本の財・サービスの輸出入の動向
本節では、世界貿易の動向と日本の財・サービスの輸出入の動向を確認する。
まず、第1項において、この10年程度の世界貿易の動きを時系列的に概観する。とりわけ、2010年代の半ば頃まで観察された世界貿易量の伸び率鈍化の状況とその背景、及び、2016年後半以降の世界貿易の回復状況について、統計データを図示して確認する。また、2018年入り後、現在までの足踏みの背景について、主にグローバルな不確実性の高まりが影響している可能性について、時系列分析の手法を用いて、実証的に検証する。
次に、第2項において、財・サービス別にみた日本の輸出入の動向について、輸出入の数量指数やサービス収支の動向を中心に整理するとともに、それらがどのような要因の影響を受けて変動してきたかについて述べる。
1 世界金融危機後の世界貿易の動向
(2008年の金融危機以降、世界の貿易量の伸び率が鈍化)
世界の貿易量は、2000年代に入ってから順調に増加してきたが、2008年の金融危機以降に伸び率が鈍化し、世界の実質GDP成長率を下回る状況が2016年頃まで長らく観察された。こうした世界の貿易量の伸び率鈍化は「スロー・トレード」(Slow Trade)と呼ばれ、その背景や含意を巡って学界や国際機関を中心に活発な議論が行われてきた1。
世界の貿易量について、オランダ経済政策分析総局が公表している実質輸入量を用いて、その動向を確認してみよう2。世界貿易量の伸び率をみると、2003年~06年にかけては前年比+8%程度の高い伸びを示していたが、2008年の世界金融危機を受けて、2009年にかけて大幅に低下し、2010年にはその反動で大きく上昇した。その後、2012年~16年にかけては同+2%弱に鈍化している。また、金融危機前は世界貿易量の伸び率が世界の実質GDP成長率を上回っていたが、金融危機以降、2012年から2016年までにかけて貿易量の伸び率は実質GDP成長率を下回った(第3-1-1図(1))。その結果、金融危機以前の世界貿易量と実質GDPの関係に基づいて、金融危機以降の世界貿易量のトレンドを仮想的に推計すると、実際の世界貿易量は推計値を大幅に下回った状態で推移しており、世界の貿易構造に変化が生じた可能性が示唆される(第3-1-1図(2))。
(貿易量の伸び率鈍化は、新興国や資本財において顕著)
スロー・トレードの背景としては、様々な要因が指摘されており、確定的な結論は得られていないものの、景気循環に伴う一時的な要因に加え、構造的な要因を指摘するものが多い3。すなわち、一時的な要因としては、①2008年の金融危機以降、負の需給ギャップが一時的に拡大したことや、②金融危機前に積み上がった過剰設備の調整が行われ、それに起因して需要構造が一時的に変化したことなどが指摘されている。また、構造的な要因としては、①グローバル・バリュー・チェーンの拡大一服などもあって、アジアを中心に設備投資の増勢が鈍化した結果、資本財や中間財の貿易量が下押しされた可能性や、②中国を中心に資本財や中間財の内製化が進展した可能性、③潜在成長率の低下などが指摘されており、こうした要因が、貿易量の所得(実質GDP)に対する構造的な弾性値の低下や、所得自体の伸び率鈍化などにつながった可能性が指摘されている。
こうした観点を踏まえ、ここでは、世界貿易量の伸び率について、地域別や財別に分けて動向を確認するほか、中国において内製化が進展した可能性について、主要な国・地域の輸出額に含まれる海外の付加価値の割合を確認する。
まず、先進国・新興国の地域別に分けて、金融危機前の貿易量と実質GDPとの関係を推計し、その弾性値に基づき金融危機以降の貿易量の仮想的なトレンドを外挿すると、先進国・新興国ともに、貿易量は、金融危機以降、推計値から下方に乖離しているが、特に、新興国において大きく乖離していることが分かる(第3-1-2図(1))。先進国の貿易量がトレンドから下方に乖離していることの背景としては、いわゆる「シェール革命」の影響により、アメリカの石油関連財の輸入量が減少したことが考えられる4。一方、新興国の貿易量がトレンドから大きく下方に乖離していることは、世界貿易量の伸び率鈍化が、新興国の実質輸入の増勢鈍化に負う面が大きいことを示唆していると考えられる。
次に、財別の貿易量の変化を確認する5。第3-1-2図(2)は、財別の実質輸入の変化が世界貿易量に及ぼした寄与度を確認するために、金融危機の前(2004年~06年)と金融危機の後(2012年~14年)の伸び率寄与度の差分を示したものである。これをみると、資本財、消費財(主に耐久消費財)等の最終財、部品等の中間財の伸び率が大きく鈍化しており、これらが世界貿易量の伸び率鈍化に寄与していることが分かる。特に、資本財については、輸送用機械を除く部分の寄与度の低下が大きく、全体の貿易量の伸び率鈍化のうち、約3割を説明している。
最後に、中国において内製化が進展した可能性について、主要な国・地域の輸出額に含まれる海外の付加価値の割合6を確認すると、日本やアメリカは、2005年~16年にかけて、おおむね10%台前半で推移しているのに対し、中国は、2005年の26%から2016年の15%まで、ほぼ一貫して低下しており、中国における内製化が相応に進展した可能性が示唆される(第3-1-2図(3))。
以上のように、金融危機後のスロー・トレードの背景を財別の貿易動向からみると、新興国経済を中心とした設備投資需要の低迷や中国における内製化の進展などによって、先進国からの資本財の輸出が伸び悩み、世界的な貿易の鈍化につながった可能性が示唆される。
(2016年以降、世界経済の同時回復により貿易量や生産も回復)
ただし、こうしたスロー・トレードの流れは、2016年以降は反転している。実際、世界貿易量は、2016年の後半頃から、素材、情報関連財、資本財といったモノの動きが活発化したことを受けて、再び世界経済の成長率を上回るペースで増加している(前掲第3-1-1図(1))。
グローバルな製造業の景況感をみると、世界貿易量の回復と歩調を合わせる形で、2016年前半に底を打った後は、先進国、新興国ともに緩やかに上昇を続けており、世界経済は特定の国・地域だけに偏ることのないバランスのとれた成長を実現している(第3-1-3図(1))。また、新興国を中心に在庫調整が大きく進捗したこともあって、鉱工業生産も増加している(第3-1-3図(2))。
なお、こうした動きについて、2017年には、「世界経済の同時成長」(Synchronous Growth)という言葉が国際的な場でも頻繁に使われ、世界経済が新たなステージに入ったとの認識が広がった。
(2018年入り後、貿易量の増加ペースは緩やかに)
世界貿易量は、世界経済の着実な成長に伴って、基調としては緩やかな増加を続けるとみられるものの、2018年に入ってからの動向をみると、貿易量の増加のペースはやや緩やかなものになっている(前掲第3-1-1図(1))。
実際、第2項で後述するように、我が国の輸出数量の動向をみると、2016年後半から2018年半ば頃まではアジア向けの情報関連財にけん引されて、持ち直しの動きがみられていたものの、それ以降は、スマートフォンやデータセンター向けの電子部品需要が一服していることもあって、おおむね横ばいで推移している。
先行きについて、OECD(2018)による最新の世界経済見通しによると、実質GDPの成長率は、2018年の3.7%から2019年の3.5%にやや減速することが見込まれている。地域別の成長率についても、OECD加盟国についてはアメリカやユーロ圏の減速により2018年の2.4%から2019年の2.1%にやや伸びが低下すると見込まれている。OECD非加盟国も2018年、2019年と4.7%の成長が見込まれているものの、中国では減速が見込まれるなど、国・地域別の成長率のばらつきが幾分拡大している。このように、一頃の「世界経済の同時成長」という姿からは異なる様相を呈している。ただし、先行き、3%台後半という、金融危機後のピークに近い成長が続くとのメインシナリオは維持されているため、世界経済は全体としてみれば、着実な成長を続けるとみられる。
(グローバルな不確実性の高まりが貿易活動を下押し)
2018年以降の世界貿易量の増勢鈍化には、どのような背景が考えられるであろうか。前掲第3-1-1図にあるように、2018年に入ってからの世界GDPの伸びは中国経済などの景気回復が足踏みしていることなどから低下しているものの、その低下幅は限定的であるのに対し、貿易の減速の程度はそれを大きく上回っていることから、必ずしも世界GDPの動向だけでは説明が困難である。これに関しては、2018年に入ってから、世界経済を取り巻く不確実性が増してきており、こうした不確実性の高まりが、貿易活動を下押ししている可能性がある。また、企業の投資マインドの慎重化や、金利上昇・株価低下などの金融資本市場の変動を通じた影響が生じる可能性が指摘されている。実際、「経済政策不確実性指数」(Economic Policy Uncertainty Index)7は、2008年の金融危機や、2016年の英国のEU離脱に関する国民投票の時点などと同様に、2018年入り後も上昇しており、それに連動するように、金融資本市場も一時的にボラティリティが高まっている(第3-1-4図(1))。こうした不確実性の高まりの背景としては、米中間の通商問題を巡る先行きの動向の不透明感が影響している可能性を指摘する声が多い。
それでは、過去において、グローバルな不確実性の高まりによって、世界貿易量や我が国の輸出がどのような影響を受けたのであろうか。ここでは、2000年第1四半期から2018年第2四半期までのデータを用い、①経済政策不確実性指数、②世界株価8、③世界貿易量、④円の実質実効為替レート、⑤日本の輸出数量、の5変数からなるVARモデルを推計し、グローバルな不確実性の変動による、世界貿易量や我が国の輸出への影響について分析した9,10。推計されたインパルス応答をみると、グローバルな不確実性の高まりは、世界貿易量の減少をもたらすとともに、為替の増価を通じても、我が国の輸出を一時的に下押しする姿がみてとれる(第3-1-4図(2))。
2 財・サービス別にみた日本の輸出入の動向とその変動要因
本項では、日本の輸出入について、財・サービス別の動向を、輸出入の数量指数やサービス収支を用いて確認するとともに、それらがどのような要因によって変動してきたかについて分析する。
(日本の財の輸出入は、アジア向けの情報関連財がけん引)
まず、財の輸出入の動向について、貿易統計の数量指数を寄与度分解したものを用いて確認する11。
我が国の輸出は、2016年から2018年央にかけて、地域別にはアジア向け輸出の増加が、種類別には半導体等やその製造装置などを含む情報関連財の増加が大きく寄与する形で、持ち直してきた12(第3-1-5図(1))。この背景には、データセンターや車載向けの電子部品需要が堅調な下で、新型スマートフォン向けの電子部品需要も加わっていることが挙げられる。ただし、2018年の半ば頃から、こうした情報関連財の需要が一服していることもあって、輸出はおおむね横ばいで推移している。
また、我が国の輸入も、国内需要の増加を反映して、持ち直し基調で推移してきた。地域別にみると、アジアからの輸入の寄与が最も大きいが、アメリカやEUからの輸入の寄与も相応にみられる。種類別にみると、半導体等の部品や情報関連の完成品などが含まれる概況品である電気機器や一般機械の輸入の寄与が大きい(第3-1-5図(2))。ただし、輸入についても2018年の半ば頃から、主にアジアからのスマートフォン輸入の足踏みなどを受けて、増勢の鈍化がみられている。
このように、モノの貿易については、日本は、アジア向けに情報関連財を中心に輸出がけん引されてきた一方、そうした財の生産に使用する中間財や、最終的にアジアで組み立てられた完成品などが主に輸入の伸びに寄与していることが分かるが、2018年に入ってからは輸出入ともに情報関連財を中心に増勢が鈍化している様子がみられる13。
(日本の財輸出は、為替感応度が低下する中、世界経済の動向に大きく連動)
上述のとおり、我が国の財の輸出は、アジア向けの情報関連財がけん引する形で持ち直してきたが、それでは、我が国の輸出の変動が世界経済の動向に連動しているかをみてみよう。ここでは、日本の財輸出と世界経済の成長率や為替レートとの連動性を定量的に検証するため、日本の輸出数量指数を被説明変数とし、主要海外諸国の景気動向を示す変数であるOECDのComposite Leading Indicators(海外景気要因)と実質実効為替レート(為替要因)を説明変数とする標準的な輸出関数を推計した。
輸出数量の実績値と、上述の関数に基づく推計値の動向を比較すると、2011年末以降、輸出数量の実績値が推計値を下回る状況が続いていたが、2016年後半から2017年にかけて両者の関係が反転し、実績値が推計値を上回って推移している。このことは、この期間における輸出数量の伸びは、海外経済の回復や為替レートの円安方向の動きだけでは説明ができず、日本が比較優位を持つ情報関連財に対する世界的な需要の堅調さといった他の要因が押上げ方向に影響していた可能性を示唆している(第3-1-6図)。
なお、2018年に入ってからは、輸出数量の実績値と推計値がおおむね同様の動きを示しており、直近の輸出数量は、主に海外景気要因によって、増勢が鈍化していることが示唆される。このことは、我が国が比較優位をもつ情報関連財が、世界経済全体の動向やITサイクルに大きく影響を受けることを反映していると解釈できる。
他方、輸出数量と為替レートの連動性は、直近ではあまり観察されず、為替感応度が低下している可能性が示唆される。この背景としては、近年、自動車などを中心に、契約通貨建ての価格を固定する傾向が強まっていることが相応に影響していると考えられる14。
(サービス収支は、インバウンド需要や国際的な技術取引が下支え)
最後に、我が国のサービス貿易の動向について確認する。
国際収支統計を用いて、我が国の財の輸出入とサービスの輸出入をグロスベースでみると、サービス貿易は、財(モノ)の貿易と比べると、相対的に金額が小さく、またその収支をみると、赤字で推移している(第3-1-7図(1)、(2))。
もっとも、サービス収支は、現行の統計基準で比較可能な1996年以降、赤字幅が縮小してきている。サービス収支の内訳をみると、旅行収支と知的財産権等使用料の収支の黒字幅が増加基調にあることが、サービス収支全体の赤字幅の縮小の主因となっている(前掲第3-1-7図(2))。
旅行収支について、金額の規模を確認すると、2017年では、受取が3.8兆円、支払が2.0兆円となっており、収支では1.8兆円の黒字となっている。旅行収支の増加には、訪日外国人数が2010年代入ってから大きく増加していることが影響しており、国籍別にみると、中国、韓国、台湾などのアジアからの訪日客の伸びが大きいことが分かる(第3-1-7図(3))。この背景としては、円の為替相場の動向に加え、アジアにおける中間所得者層の増加、LCC就航やビザ発給要件の緩和といった要因が複合的に影響しているとみられる。
知的財産権等使用料の収支について、金額の規模を確認すると、2017年では、受取が4.7兆円、支払が2.4兆円となっており、収支では2.3兆円の黒字となっている。知的財産権等使用料の収支が増加基調にある背景については、国際収支統計では業種別の内訳が把握できないため、総務省「科学技術研究調査」を用いて、国際的な技術取引の推移と構成を確認する15。海外からの知的財産権等使用料や技術指導料などの受取を示す、技術貿易の輸出額をみると、日本企業のグローバル展開が本格化した2000年代入り後から着実な増加基調を辿っている。また、直近の技術貿易の輸出額の内訳をみると、地域別には北米やアジアが大半を占めており、産業別には輸送用機械や医薬品、情報通信機械や電気機械などで構成されていることが分かる(第3-1-7図(4))。
このように、財貿易と比較して変動の小さいサービス貿易において日本の稼ぐ力が強化されてきていることは、財・サービスを合わせた輸出の動向を安定させる方向に働くことが期待される。