第3節 金融資本市場の動向

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ここでは、最近の金融資本市場の動向について、いくつかの論点を検討する。第一に、日本は財政事情が悪いにもかかわらず長期金利が低いといわれるが、その背景について考える。第二に、もう一つの我が国金融資本市場の問題として株価を取り上げ、世界の株価が持ち直し傾向にあるなかで、なぜ日本の株価の戻りが遅いのかを調べる。第三に、現在の経済状況と対比しつつ、金融政策の動向について整理する。

1 長期金利と財政

前節では、長期的に見れば、財政赤字の拡大は長期金利の上昇につながりやすい傾向が見られることを確認した。また、国債市場の参加者は現在、財政赤字の拡大に伴い、国債需給の悪化とそれによる金利上昇に対して警戒感を強めているとも指摘されている。例えば、2009年7月の日本銀行「金融市場レポート」によれば、日本の国債市場参加者が注目する国債金利の変動要因として、2008年後半以降、「債券需給」を重視する割合が急速に増加していることが示されている。こうしたことを踏まえ、日本を含む各国の長期金利を各国固有の要因で説明する関係式を推計し、財政のリスクプレミアムが長期金利に与える影響を議論する。

(90年以降、リスクプレミアムが日本の長期金利を押し上げ)

ここでは、名目金利は実質金利と期待インフレ率の和であるとのフィッシャー方程式の考え方を援用し、日本、アメリカ、英国及びイタリアについて、長期金利の要因分解を行う。ただし、データの制約から、実質金利の代理変数として各国の潜在成長率、期待インフレ率の代理変数として当該年の消費者物価上昇率を用いて推計した。そのうえで、これらの変数では説明できない部分を便宜的に、財政リスクを含むリスクプレミアムと捉えることとした。

結果を見ると次のような点が指摘できる。第一に、日本は90年以降、リスクプレミアムが長期金利を押し上げる要因になっている。第二に、アメリカ、英国、イタリアは90年代後半以降、日本とは対照的に、リスクプレミアムは長期金利の押下げ要因となっている。第三に、先行きについては、各国ともリスクプレミアムが長期金利の押上げ要因になると見込まれている。

まず、日本の推計について見ると、80年代後半に潜在成長率を下回る金利水準、すなわちマイナスのリスクプレミアムが長期金利を押し下げたと見られるものの、バブル崩壊後、92年以降の10年間はリスクプレミアムが長期金利を押し上げる要因として働いている(第3-3-1図)。また、2003年から2007年については、リスクプレミアムはほとんど消失し、長期金利は潜在成長率と物価上昇率の和におおむね等しい水準で推移した。しかしながら、先行きについてOECDの予測値等をもとに推計すると、リスクプレミアムによる長期金利の押上げが顕著となり、財政悪化による長期金利の上昇が惹起される結果となっている。なお、この試算における「リスクプレミアム」と財政状態の関係を確認すると、債務残高GDP比の変化とリスクプレミアムには正の相関関係が見られる。ここでのリスクプレミアムに財政リスクが含まれていると考えても間違いではないだろう。

(他の先進国では財政健全化努力が長期金利の押下げ要因に)

他方、アメリカ、英国、イタリアについて長期金利の要因分解を行うと、日本とは対照的に、3か国とも90年代末以降はリスクプレミアムがおおむねマイナスであり、長期金利を引き下げる方向に働いている(第3-3-2図)。

なかでも、イタリアについては、90年代前半にリスクプレミアムが拡大し、潜在成長率やインフレ率を大きく上回る長期金利が続いていたが、97年にはリスクプレミアムはほとんど消失し、98年からは逆にマイナスのリスクプレミアムとして長期金利の押下げ要因に変化している。この間のイタリア財政を考えると、公債残高のGDP比が100%超、財政赤字のGDP比が10%超といった財政状況の中で、92年にマーストリヒト条約に加盟することを決断し、その後財政再建努力を精力的に進めたことが知られている。実際、97年には、財政赤字の対GDP比について、マーストリヒト条約が定める目標を達成する3%以下にまで削減することに成功しており、こうした努力がリスクプレミアムの低下として、この試算に表れていると考えることができる。財政健全化に向けたコミットメントとその実現に向けた努力を継続することが、財政リスクプレミアムの低下を通じ、長期金利を引き下げる効果を持った一例であろう。

(長期金利の上昇リスクを意識した政策運営が必要)

さらに、2009年以降の予測値を見ると、日本、アメリカ、イタリアにおいてはプラスのリスクプレミアムが試算される。これは、長期金利は今後、潜在成長率や物価上昇率といった基礎的要因以上に上昇するリスクがあることを示しており、長期金利の上昇リスクを考慮した政策運営が求められていることを示唆している。

なお、日本は、先進国で突出して高い債務残高を有しているにもかかわらず、長期金利は低位で安定しているといわれる13。その要因として、日本は貯蓄超過国であり、国内に潤沢な資金余剰があること、あるいは、国債発行のほとんどが国内居住者による需要によって賄われており、需給が安定していること、など日本の国債市場の特徴が指摘される。しかし、次に見るように、こうした国債市場の特徴が今後も継続すると考えることは適切ではないだろう。

第一に、前節で見たとおり、日本の貯蓄超過は企業行動の変化などから今後も継続するかどうか不確実である。また、そもそも現在の財政赤字のみならず今後の高齢化などの財政負担を考えれば、それを賄うだけの貯蓄超過が国内だけで用意できるか不確実性が高いことに留意する必要がある。

第二に、国債の保有主体についても、確かにアメリカや英国に比べ、海外保有割合の水準は低いものの、近年は政府部門の保有割合が増加しており、国内の民間保有割合は低下している(第3-3-3図)。政府部門の保有割合の増加は、主として公的年金による国債保有の増加によるものである。安定した保有主体ではあるものの、必ずしも国内民間主体の旺盛な需要が国債発行残高の増分をファイナンスしているとはいえない状態にある。さらに、財政赤字の状況を踏まえれば、国債発行残高の累増は当分続く可能性が高い。供給に見合った需要を特定の主体に頼らずいかに確保するかが今後の課題であり、政策当局としても、国債の安定消化を目指し、海外投資家を含めた国債保有者層の多様化に向けた取組を進めていく必要がある。

このように、国内の資金余剰や国内居住者による安定需要といった日本の国債市場の特徴といわれる要素が今後も続く保証はない。事実、前述のように、市場参加者は債券需給の悪化を金利上昇要因として強く意識し始めたところである。こうしたことを踏まえると、日本は財政状態が悪いにもかかわらず、長期金利が低位安定している、という言い方は必ずしも適当でない。むしろ、日本は欧米諸国と比較して、潜在成長率と物価上昇率が低いため長期金利は低くなっているが、リスクプレミアムについては、欧米諸国と異なり、金利の押上げ要因として寄与している。財政状態の悪化がなければ、日本の長期金利はもっと低水準であった可能性が高いともいえよう。

2 日本の株価変動の特徴

世界各国の株価は、リーマンショック後の急落から徐々に持ち直しを見せている。しかし、各国の株価の持ち直しペースに比べると、日本の株価動向にはやや遅れが見られる。ここでは、各国の株価の動きを比較しつつ、日本の株価変動の特徴を議論する。

(円高と輸出関連株には高い負の相関)

2008年9月のリーマンショック以降、世界各国の株価は大幅に下落した。しかしながら、2009年3月頃を底に各国の株価は徐々に持ち直してきている。なかでも、中国やインドなど新興国の株価の回復が顕著であり、2009年半ばにはリーマンショック前の水準に回復している。主要先進国についても、新興国に比べればその速度は緩やかであるが、株価の持ち直し基調は続いている。しかし、2009年9月以降、先進国のなかでもややかい離が見られ、特に、日本の株価の回復基調に遅れが目立つようになった(第3-3-4図)。

その要因を探るため、日米の業種別の株価水準について、リーマンショック以前の2008年8月末を基準とした指数で比べてみると、次のような点が指摘できる。第一に、容易に想像できることだが、リーマンショック後最も株価が下落した業種は、アメリカの金融業である。アメリカの金融関連株は、リーマンショック以降、最大で70%を超える下落率となった。日本の銀行株の最大下落率が48%程度、銀行を除く金融株の最大下落率が58%程度であることと比べると、アメリカ金融株の下落率は顕著に大きい。第二に、それにもかかわらず、アメリカの金融株は回復度合いも大きい。アメリカの金融関連株は2009年11月末時点ではリーマンショック以前の7割程度にまで戻しているのに対し、日本の銀行株及び金融関連株はショック以前の6割弱程度の水準までしか戻していない。

第三に、日本では、金融・不動産関連以外では、電気・精密、自動車・輸送機、機械、鉄鋼・非鉄関連といったいわゆる輸出関連株の回復テンポが遅い。この点について、株価と為替レートの相関を見ると、特に、電気・精密関連株や自動車・輸送機関連株について為替レート(ドル円レート)との相関が高くなっており、こうした業種の株価は円高になると株安になる傾向が強く表れている(第3-3-5図)。実際、リーマンショック後、円高傾向は続いており、輸出関連株には為替レートの変動が重石となっていることがうかがわれる。

(株式保有比率の高さから、金融関連株は株価動向全体の影響を受けやすい)

なお、日本の場合、円高等により輸出関連株が下落し、全体の株価が押し下げられると、それがさらに銀行株を押し下げることも多い。この背景には、日本の金融機関は米国等に比べて株式の保有比率が高いため、株価が下落すると自己資本に低下圧力が加わりやすいことが指摘される14

実際、日米の資金循環統計から金融機関(預金取扱機関)の株式保有比率を比較すると、日本の金融機関は2000年代初頭から金融資産残高に占める株式資産のウエイトを低下させ、株価変動リスクを抑制してきたものの、米国に比べると依然として株式保有比率は高い(第3-3-6図)。また、日本銀行の「民間金融機関の資産・負債等」から、国内銀行の株式等評価差額金(2006年7月からは「その他有価証券評価差額金」に名称変更)の推移を見ると、2009年に入り、都市銀行を中心に株価下落に伴って評価差額は損失超となっている(第3-3-7図)。この株式等評価差額金は、会計上自己資本に算入されることから、この図は、国内銀行が保有有価証券の評価差損計上により自己資本の減少に直面していることを示している15。日本では、株価下落の起点が円高であったとしても、輸出関連株の下落を通じた株価全体の押下げが更に銀行株を引き下げやすい構造となっている。

また、リーマンショック等による信用収縮の発生などの反省から、国際的に、銀行の自己資本規制の強化等によって強靭な金融システムの実現を図るという議論が行われている。こうした議論を受け、日本の金融機関においても公募増資等を発表する例が増えている。しかしながら、こうした財務強化の動きが逆に、短期的には市場に対して需給悪化や1株当たりの価値の希薄化を惹起させ、金融機関の株価を下押しする圧力となっていることも最近の特徴である。

3 金融政策の動向

2008年9月のリーマンショック以降、日本銀行は10月、12月と政策金利(無担保コールレート、オーバーナイト物)の誘導目標を引き下げ、0.1%とした。そのほかにも、金融市場の安定確保のための施策や企業金融円滑化の支援策など様々な措置を講じている。ここでは、貨幣乗数(マネーストックのマネタリーベースに対する比率)の日米比較やテイラー・ルールによる政策金利の試算などを行い、過去と比較した現在の特徴を抽出する。

(貨幣乗数は日米逆転)

各国中央銀行は2008年秋以降、金融市場の安定確保等を目指して、マネタリーベースの拡大など潤沢な流動性供給に向けた取組を行っている。その結果、中央銀行のバランスシートは拡大し、例えば、アメリカ連邦準備制度(FRB)の総資産残高は名目GDP比で15%前後とリーマンショック以前の同6%程度に比べて大幅に拡大している。日本においても、日本銀行の総資産残高(名目GDP比)はリーマンショック以前から20%前後と高かったが、リーマンショック以降は更に拡大して同25%前後となっている。

しかし、実体経済にとってより重要なのは、中央銀行による通貨供給(マネタリーベース)が金融部門を通じて経済全体に行き渡り、マネーストックが増加することである。このマネタリーベースとマネーストックのつながり度合いを見るため、日米の貨幣乗数を比較すると、次のような点が特徴として指摘できる。第一に、日米の貨幣乗数は2008年のリーマンショック以降逆転し、日本の貨幣乗数がアメリカのそれを上回る状態になっている。第二に、日本の貨幣乗数はリーマンショック後低下したが、2000年代初頭の低下とは異なり、現金保有選好の高まりは見られない。

日本では、90年代前半から2006年の量的緩和政策解除にかけて、マネタリーベースが大幅に増加する一方、それに見合ったマネーストックの増加がなく、貨幣乗数は低下を続けた。逆に、2006年3月に量的緩和政策が解除されると、マネタリーベースが大幅に減少する一方、マネーストックはそれほど低下しなかったことから、貨幣乗数は上昇に転じた。それ以降現在まで、リーマンショック後にやや低下したものの、おおむね横ばいで推移している(第3-3-8図)。

他方、アメリカの貨幣乗数は、90年代前半に低下傾向が見られたものの、90年代後半以降2008年のリーマンショックまではおおむね横ばいで推移した。この間の貨幣乗数の変動については、マネタリーベースの伸び率はおおむね横ばいであったことから、主としてマネーストックの変動によるものである。しかし、リーマンショック以降、アメリカの貨幣乗数は大きく低下した。FRBの金融政策により、マネタリーベースが2008年末には前年比100%前後の高い伸びとなる一方、それに見合うマネーストックの伸びが実現しなかったことがその主因である。

(現金保有選好の高まりは見られない)

次に、日本の貨幣乗数について、リーマンショック後の低下と2000年代初頭の低下を要因分解して比較すると、今回の特徴は、低下幅が小さいことに加え、非金融部門の現金・預金比率の上昇が見られないことである(第3-3-9図)。2000年代初頭は、信用不安やデフレ予想の高まりなどにより、家計や企業の現金保有選好が強まった時期であるといわれる。実際、90年代後半から2003年頃にかけて、非金融部門の現金・預金比率の上昇が常に貨幣乗数を押し下げてきた。しかし、今回の貨幣乗数の低下においては、非金融部門の現金・預金比率はむしろ貨幣乗数を押し上げる方向に寄与しており、90年代後半から2000年代初頭に見られたような現金保有選好は観察されない。この図からは、現時点において、2000年代初頭に見られたような信用不安やデフレ予想などによる現金選好の高まりが、マネーストックの増加を妨げているという要素は見られないといえよう。

なお、金融部門の準備・預金比率は貨幣乗数を押し下げる方向に寄与しており、この点は2000年代初頭と同様である。しかし、当時は、金融政策の主たる操作目標を日銀当座預金残高に設定し、量的緩和政策を行っていた時期であり、それに比べると、準備・預金比率の寄与は現在の方が相当小さくなっている。

(テイラー・ルールは過去の金融政策をおおむね描写)

日本銀行を始め多くの中央銀行は、短期金利を政策上の操作目標として金融政策を行っている。政策決定に際しては、その時々の質的及び量的に様々な情報を総合的に勘案して判断しているが、事後的に振り返ってみると、景気や物価という基礎的な経済変数を用いた簡易なモデルで政策対応を近似的に描写することができるともいわれている。その一つの例が、テイラー・ルールと呼ばれるモデルである。ここでは、テイラー・ルールを活用して、現在の景気や物価動向から導かれる政策金利の水準はどの程度と試算できるのか検討する。

テイラー・ルールとは、政策金利は、(1)現実のインフレ率が望ましいインフレ率とどの程度かい離しているか、(2)現実の成長率が潜在成長率とどの程度かい離しているか(GDPギャップに相当)という物価と景気の状況に対応して調整されるという考え方である16。この考え方に基づいて試算すると、次のような点が指摘できる(第3-3-10図)。

第一に、テイラー・ルールによる金利の試算値と実際の政策金利を重ね合わせると両者はおおむね一致した動きを示している。2000年前後のゼロ金利政策時及び2001年以降の量的緩和政策時には、名目金利の非負制約から、テイラー・ルールの推計値(計算上マイナス金利になりうる)と実際の政策金利の間にかい離が生じているが、それ以外の時期は試算値と実際の政策金利水準は近い動きをしている。すなわち、ここでのテイラー・ルールの推計式は実際の政策反応をおおむね近似できていると考えることができる。

(名目金利の非負制約による金利の引下げ不足は拡大)

第二に、2005年以降の推計を仔細に見ると、2008年秋のリーマンショック以降政策金利の試算値は急速に低下し、2009年以降は再びマイナス金利に転じている。これは、リーマンショック後に実質経済成長率が大幅なマイナスになったことによるGDPギャップの拡大が主因である。さらに、先行きについて、民間エコノミストの景気・物価予測の平均値等を用いて試算すると、政策金利の試算値のマイナス幅は大幅な拡大を続ける結果となった。景気の持ち直しテンポが緩慢であると予測されていること、また、消費者物価の下落が続くと予測されていることがこうした結果をもたらしている(2010年度の実質GDP成長率及び消費者物価上昇率の予測平均値は、それぞれ1.22%、-0.94%(2009年12月8日付ESPフォーキャスト調査))。

第三に、テイラー・ルールによる政策金利の理論値がマイナスとなる一方、名目金利には引き続き非負制約がかかるため、いわば金利の引下げ不足が拡大してしまう(第3-3-10図のシャドー部分)。こうした金利の非負制約に起因する政策金利の引下げ不足分を考慮すれば、今後景気の持ち直しが続いたとしても、低金利政策を転換するまでには相当の時間がかかるということをこの試算は示唆している。リーマンショック後の深い景気後退による大幅な需給ギャップ、それに伴いデフレが長期化する懸念、そして依然として残る景気の脆弱性を踏まえれば、金融面からの経済の下支えは相当の期間にわたり必要となろう。

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