第1節 今回の景気持ち直しの特徴
最近の経済指標の動きを振り返ると、生産関連の指標を中心に、2009年春頃から上向きの傾向を示すものが現れている。世界的な経済金融情勢の不確実性が高いなかで、こうした動きが一時的なものにとどまるとの懸念もあったが、結果的には半年以上にわたって続いてきた。そのため、この間の景気状況は、事後的に拡張局面と判定される可能性が高い。そこで、以下では分析の便宜上、2009年3月が仮に景気の谷であったとして1、その後の持ち直しの特徴を整理する。具体的には、概括的な整理を行った上で、企業部門、家計部門それぞれについて検討する。
1 概観
ここでは、2009年の日本経済の動きを概括的に整理しておこう。最初に、GDPの動きを振り返った後、この間の日本経済に大きな影響を及ぼした海外要因、それを受けた輸出の状況について述べる。また、今回の景気持ち直しのテンポを、過去の同様の局面と対比し、その特徴を抽出する。
(輸出と経済対策の効果に支えられて4-6月期からGDP成長率はプラスへ)
我が国の実質GDP成長率は、2008年4-6月期から前期比ベースでマイナスに転じ、同年9月のリーマンショックを経た10-12月期には-2.7%(年率-10.2%)という大幅な落ち込みとなった。その後の2009年に入ってからの状況は次のとおりである(第1-1-1図)。
第一に、1-3月期の実質GDPも-3.1%(年率-11.9%)と、引き続き大幅な減少を記録した。2008年10-12月期は、輸出の落ち込みを主因とした減少であったが、2009年1-3月期はこれが内需に波及する形となった。国内民需の内訳を見ると、個人消費や民間設備投資の減少幅が拡大し、住宅投資も減少に転じた。また、在庫は10-12月期に積み上がりのテンポが加速したことから増加に寄与したが、在庫積み上がりのテンポが減速した1-3月期には減少に寄与した。このように、2四半期続けて年率10%を超えるマイナス成長に陥った結果、我が国の実質GDPは前年比-8%台まで落ち込み、極めて低い水準となった。
第二に、4-6月期、7-9月期には、実質GDPは増加に転じた。輸出が増加に転ずるとともに、経済対策の効果もあって、個人消費がプラスに寄与したためである。設備投資は減少が続いているものの、そのテンポは緩やかになっている。一方、住宅投資は依然として減少傾向が続いている。実質GDPが増加に転じたといっても、国内民需がけん引する自律的な回復といえる状況ではない。また、大きく落ち込んだ後の持ち直しのため、経済活動の水準は低いままである。実際、7-9月期の実質GDPの前年比は-5.1%にとどまっている。
第三に、この間の名目GDPの動きに着目すると、やや違った姿が浮かんでくる。2008年10-12月期、2009年1-3月期の名目GDPの減少は、実質GDPと比べると緩やかである。この間の名目と実質の差は、主として輸出入、とりわけ輸入の寄与の差から生じていた。一方、実質GDPがプラスに転じた4-6月期以降も名目ベースでは減少が続いている。これには、輸出入の動きの違いに加え、内需における名目と実質の差も比較的大きく寄与している。例えば、7-9月期の個人消費は実質では前期比1%の増加だが、名目では0.1%にとどまっている。このように名目GDPは減少が続いた結果、2009年7-9月期には年率換算で470兆円程度にまで落ち込んでいる。
(原油価格は2009年春頃から上昇傾向、為替レートは秋頃から円高傾向で推移)
上記のような実質GDPと名目GDPのかい離は、GDPデフレーターの動きから確認することができる。また、こうしたかい離の背景には、原油価格や為替レートの変動に伴う交易条件の変化がある。これらの指標の動きを振り返ってみよう(第1-1-2図)。
まず、GDPデフレーターを前年比で見ると、2008年7-9月期までは下落が続いていたが、10-12月期から上昇に転じた。GDPデフレーターは、生産物1単位当たりの付加価値(雇用者報酬や営業余剰など)であるが、輸入品の価格が上昇したとき、企業はそれを直ちに販売価格に転嫁できないため、付加価値が圧縮される。2008年10-12月期以降は輸入デフレーターが大幅に下落し、そうした動きが逆転したのである。その後、4-6月期から、GDPデフレーターは再び前年比でマイナスとなった(前期比でもマイナス)。これは、生産が増加する中で、雇用者報酬等が抑制されたことを意味するが、我が国経済が再びデフレ状態に陥ったことを示すデータの一つでもある2。
輸入デフレーターの動きは、原油価格を始めとする国際商品市況の変動を反映している面が大きい。原油価格は2008年夏場をピークに急速に下落し、同年末頃から底ばい状態となったが、その後は再び上昇傾向で推移している。もっとも、これを円ベースで見ると、やや動きが違っている。例えば、2009年春以降は、円ベースの原油価格の上昇率はドルベースに比べ緩やかとなっている。
それでは、為替レートはどう動いたのであろうか。対ドルではリーマンショック後は円高が進み、2009年春頃に一時円安に振れたものの、その後再び円高方向での推移となっている。一方、対ユーロでは、対ドルと同様、リーマンショック後の円高の後、2009年春頃に円安への揺り戻しがあった。しかし、その後は対ドルとは異なり、比較的安定した推移を辿った。これらも含め、輸出ウエイトで加重平均した「名目実効為替レート」は、2009年春以降は比較的安定していたが、秋頃からは円高方向に進んでいる。円高が進む場合、輸入デフレーターの下落幅はその分拡大するが、一方で、輸出デフレーターにも下落させる方向に働く。これが、実質ベースの輸出の伸びが名目ベースより高めとなった原因である。
以上のように、2009年11月中旬までの円高の進行は緩やかなものであった。しかし、その後、アメリカの金融緩和の長期化が見込まれる中、投資家のリスク回避姿勢が強まり3、一時、急激な円高ドル安が生じた。企業部門の採算レートは2009年2月時点で97円/ドル、想定為替レートは同年9月時点で94円/ドル程度4であり、こうした水準を大幅に割り込む為替レートは企業の事業計画には織り込まれていない可能性が高い。急激な円高の進行は、輸出産業を中心に収益を押し下げ、輸出数量にもマイナスの影響を及ぼすなど、景気を失速させかねない重大なリスクとして注視する必要がある。
(アジア向けを中心に増加した輸出)
次に、4-6月期以降の実質GDPの増加に寄与した輸出の動きを振り返ってみよう。我が国からの輸出数量は、2009年3月以降、増加基調に転じている(第1-1-3図)。その特徴としては、以下の点が指摘できる。
第一に、地域別に見ると、アジア向けの回復が目立っており、9月時点で既に2007年初めの水準まで戻っている。アメリカ向け、EU向けも増加基調が続いているが、そのテンポは緩慢であり、水準は低いままとなっている。これは、世界の景気が中国を始めとするアジアを中心に持ち直していることを反映している。中国では、経済対策の効果もあって、内需が堅調に回復している。その他のアジア諸国も、中国との結びつきが強いことから、比較的早く持ち直してきている。一方、アメリカやEU諸国は、経済対策の効果が見られるものの、金融危機の影響が残るなかで相対的には低調な動きを示している。
第二に、品目別に見ると、当初は電気機器(主に半導体等電子部品)、化学品関係が寄与していたが、次第に輸送用機器の寄与が高まっている。これは、春頃にはまず中国などでの電子部品や化学品の急速な在庫復元の動きが生じ、その後、世界的に自動車の需要が持ち直してきたことを受けたものと考えられる。
第三に、リーマンショック後の輸出の減少とその後の持ち直しは、これまでの世界の景気や為替レートと輸出の関係からは予想できないスピードであった。すなわち、海外のGDP、実質実効為替レートの動きから実質輸出の推計値を求め、これを現実の実質輸出と比べると、2008年10-12月期以降、現実値の振れが極端に大きい。これは、海外における在庫の削減と復元の動きがこれまでになく急テンポであったことを反映したものと見られる。
(大幅な減少の後にもかかわらずGDPの増加テンポは過去の持ち直し局面と同程度)
それでは、過去の景気持ち直し局面との類似点、相違点は何だろうか。いくつかの代表的な指標について、景気の谷を基準として、そこからの変化を比べてみよう。前述のとおり、今回の景気持ち直しの起点については、景気の谷が認定されていないことから、2009年3月(四半期では1-3月期)に仮置きした(第1-1-4図)。
第一に、実質GDPについては、リーマンショック後の落ち込みが過去に例がない大幅なものだったが、持ち直し局面での増加率は過去の回復局面と比べると、同程度の緩やかなものにとどまっている。そもそも、GDPの落ち込みが大幅であったのは、海外需要の激減に伴い輸出が急減し、これが内需にまで波及したことが要因である。しかし、持ち直し局面に入っても、アジア向けの輸出は堅調だが、欧米向けは回復が緩やかなものにとどまっている。また、稼働率や企業収益の低さなどから、製造業を中心に設備投資は依然弱い。これらが、落ち込みのテンポに比べ、回復テンポが緩やかなものにとどまっている理由と考えられる。
第二に、企業部門の代表的な指標である鉱工業生産を見ると、やはり落ち込みは過去に例のない大幅なものであった。しかし、GDPの場合と違って、持ち直しのテンポは過去のケースと比べると速い。リーマンショック後に急速かつ大幅な在庫調整が行われたが、持ち直し局面に入ってから、需要の回復に加えて、行き過ぎた在庫調整の揺り戻しが重なったことが、速い持ち直しのテンポの要因と考えられる。一方、非製造業の活動は弱いことから、GDPの持ち直しのテンポは鉱工業生産より緩やかとなっている5。
第三に、家計部門の代表的な指標である個人消費は、今回は、景気の悪化局面において減少を続けていた。しかし持ち直し局面に入ってから、一転して増加に転じた。しかも、その増加テンポは、持ち直し局面で最も増加テンポが速かった75年、83年に並ぶペースである。一方、実質雇用者報酬は、弱い状態が続いており、所得面からは個人消費を押し上げる状況ではない。このことから、個人消費が増加へ転じたのは、主として経済対策の効果によると考えられる。
以下では、企業部門、家計部門それぞれについて、やや詳しく動きを追うことで、今回の特徴をさらに浮き彫りにしよう。
2 企業部門の動向
前述のとおり、企業部門の状況の第一の特徴は、鉱工業生産が過去に例のない大幅な減少の後、減少時ほどではないが、過去の持ち直し局面との対比では急テンポの増加を示したことである。その背景を出荷や在庫の動きとともに詳しく調べるとともに、企業収益や設備投資の状況についても見てみよう。
(多くの業種で在庫調整が一巡)
鉱工業生産は、2009年3月から増加を続けているが、この間、出荷もほぼ同じペースで増加している。ただし、2009年10月時点においても、直近の景気の山である2007年10月の水準と比べて約8割、リーマンショックのあった2008年9月との対比では約85%の水準にとどまっている。一方、在庫は2009年1月から減少が続き、夏頃からは横ばい圏内の動きとなっている。出荷に対する在庫の比率である在庫率は、急上昇の後、下落が続いたが、依然高い水準にある(第1-1-5図)。これを業種別の動きに分けて見てみよう。
リーマンショック後の生産の減少に寄与した主な業種は、輸送機械、電子部品・デバイス、一般機械などで、鉄鋼や化学がこれらに続いた。一方、その後の増加に寄与した業種も、輸送機械、電子部品・デバイスなど、基本的には同じような業種であるが、一般機械の増加は遅れている。
業種別の在庫調整の進展度合いの違いが、こうした生産の持ち直しの状況の違いをもたらしている。2009年10月時点の在庫率を、リーマンショックのあった2008年9月と比べてみると、平均(鉱工業全体)では、1割弱の高い水準まで在庫調整が進んでいる。また、情報通信機械、電子部品・デバイス、輸送機械、化学ではその水準を下回っている。一方、一般機械は、内外における設備投資の落ち込みを反映して依然著しく高い水準である。また、鉄鋼は出荷の持ち直しがやや遅れたこともあって、1割以上高い水準となっている。
(企業収益は前年比で大幅減が続くが製造業では減少テンポが緩和)
生産活動の水準が依然低いことから、企業収益も厳しい状況が続いている。ここでは、製造業、非製造業それぞれについて、規模別にその動きと要因を探ってみよう。
まず、製造業については、リーマンショック後から前年比で減少幅の拡大が続いたが、2009年4-6月期、7-9月期と減少幅が縮小した(第1-1-6図)。 製造業の場合、価格面のデータが得られることから、それを加味して要因分解を行った。その結果、4-6月期以降の減少幅縮小には、売上数量要因のほか、交易条件要因が寄与していることが分かる。すなわち、生産、出荷の持ち直しが売上数量に反映されるとともに、原油・原材料価格の下落の影響によって販売価格と仕入価格の比率である交易条件が改善したことが、収益にとってプラスに働いたといえよう。この間、売上価格要因は経常利益の押し下げに寄与しており、販売価格の下落が続いていることを示している。この構図は、大・中堅企業、中小企業のいずれについても同じである。
一方、非製造業については、2009年7-9月期に収益は回復に向かい、大・中堅企業は前年比で減少幅が縮小し、中小企業は前年比プラスに転じた(第1-1-7図)。これは、売上高要因のマイナス寄与は依然大きいものの、変動費要因のプラス寄与が拡大したことによる。この変動費要因の拡大の背景には、売上減少に対応するために進められた広告宣伝費や出張費(変動費に含まれる)の縮減など、コスト削減のための企業努力があると推測される。これに加え、大・中堅企業では、電力会社などでエネルギー価格の前年比ベースの下落が収益に好影響を及ぼしていると見られ、結果として変動費要因の比較的大きなプラスをもたらしたと考えられる。
なお、製造業の大・中堅企業、中小企業、及び非製造業の中小企業においては、人件費要因がプラスに寄与している。これは、人件費の圧縮が行われていることを示すが、そのプラス幅は製造業、特に中小企業において拡大している。同時期の毎月勤労統計の現金給与総額及び労働力調査の雇用者数も前年比のマイナス幅が拡大しており、この結果と整合的である。
(設備投資は製造業では減少傾向が持続)
生産や売上の大幅な減少に伴う稼働率の低下、企業収益の厳しい状況などを背景に、企業の設備投資は減少傾向で推移してきた。ここでは、過去の景気持ち直し局面との対比で、製造業、非製造業(投資額はおよそ4:66)に分けて今回の設備投資の状況を評価してみよう(第1-1-8図)。
製造業については、景気が持ち直し局面に入っても設備投資の減少傾向は続き、2009年4-6月期、7-9月期と2四半期連続で大幅な減少となった。製造業の設備投資は過去においても遅行性が強く、谷の翌四半期は減少するのが通常であり、2四半期後も減少することが多い。しかし、今回の4-6月期、7-9月期の減少テンポは、リーマンショック後の景気悪化局面と変わらないもので、過去の景気持ち直し局面との対比では最も厳しい落ち込みである。これは、生産、売上が低水準で、かつ、国内外の需要の先行きが不透明な中で、設備投資を維持更新など必要最低限のものに絞り込んだ結果と考えられる。
非製造業については、4-6月期、7-9月期とおおむね横ばい圏内で推移しており、下げ止まり感が出てきている。過去においても非製造業では谷の後は増加、あるいは横ばい圏内の動きとなっているので、今回の状況は特別なことではない。その背景として、今回は特にそうであるが、製造業と比べて売上の変動が小さく、設備の調整圧力が相対的に弱いことが挙げられる。また、非製造業の中には、景気動向に左右されずに大型の更新投資や安全対策投資を行う業種(電力や運輸など)があることも寄与していると考えられる。なお、景気の谷から3期前に急激に設備投資が減少しているが、これは、2008年4月よりリース取引に関する会計処理が変更されたことに伴うものである7。
3 家計部門の動向
次に、家計部門の状況を点検しよう。最初に、雇用者報酬が大きく減少した様子を確認した上で、個人消費と住宅着工の動きを振り返ってみよう。
(雇用者報酬は前年比でマイナスが続く)
企業部門の厳しい状況を受けて、雇用者報酬も前年比での減少が続いている。ここでは、実質雇用者報酬に着目し、その変動要因を明らかにする。
実質雇用者報酬は、2008年半ば頃から前年比で減少が明確となり、2009年半ば頃まで、減少幅が拡大傾向で推移してきた。まず、実質雇用者報酬を名目現金給与総額、雇用者数、物価の3つの要因の寄与度に分解すると、次のような特徴が分かる(第1-1-9図)。第一に、名目現金給与総額が、全体の減少幅拡大の主因となっている。第二に、雇用者数は、2009年3月からようやく前年比で減少に転じたが、減少幅の拡大傾向はそれほど目立っていない。第三に、交易条件の改善等を背景にした物価の下落幅拡大が、プラス方向に寄与している。物価下落によるプラス寄与は雇用者数減少によるマイナス寄与をほぼ相殺してきた。
それでは、名目現金給与総額の減少は、どのような要因によってもたらされたのか(第1-1-10図)。その第一は、ボーナス等の特別給与の減少である。ボーナスは企業収益の変動からやや遅れて動くが、今回も、2008年の冬にはそれほど大きな減少とはならず、2009年夏になって大きく落ち込んだ。第二は、所定外給与であるが、これは2009年半ば以降、むしろ減少幅を縮小させている。生産の持ち直しに対応して、製造業を中心に所定外労働時間が増加に転じたことを反映したものである。第三に、所定内給与であるが、これも、2009年半ば以降は減少幅が縮小している。休業者の通常勤務への復帰や、パート労働者の労働時間延長などを受けた結果であると見られる。
(雇用者報酬や株価などから想定される水準より高めで推移する個人消費)
このように、実質雇用者報酬は大きく減少したが、個人消費は2009年4-6月期には増加を示している。このこと自体は、前述のとおり、過去の景気持ち直し局面でもしばしば見られることで、今回の特徴とはいえない。この点について、個人消費が長期的には実質雇用者報酬のほか、実質純金融資産残高、人口構成などの要因で決まるという関係をもとに、そのような水準から個人消費の実績値がどの程度かい離しているかに着目して調べてみよう(第1-1-11図)。
第一に、2008年1-3月期~7-9月期においては、個人消費の実績値は長期的な均衡水準から見て低い水準に位置していた。すなわち、この時期には、実質雇用者報酬や株価などが弱めの動きであり、長期的な均衡水準は低下傾向にあったが、個人消費の実績値はそれ以上に弱めに推移したと考えられる。
第二に、リーマンショックを経て、2009年1-3月期まで、実質雇用者報酬や株価が急速に落ち込んだことを主因に均衡水準も大きく低下した。この状況において、先行きの不透明感から消費者マインドが冷え込んだことから、長期的な均衡水準の落ち込み以上に個人消費の実績値は低下し、長期的な均衡水準とのかい離は大幅に拡大した。実質雇用者報酬や株価の減少に伴う長期的な均衡水準の落ち込みと、消費者マインドの冷え込みが重なった結果、個人消費の減少が大幅なものとなった点が、今回の景気悪化局面の特徴といえよう。
第三に、2009年4-6月期以降は、急速に個人消費の実績値は回復し、長期的な均衡水準にまで戻している。すなわち、ボーナスの大幅削減などを通じて雇用者報酬の減少が続いているにもかかわらず、個人消費が前期比で増加に転じたのがこの時期である。後述するように、こうした動きの背景には、マインドの改善とともに、エコカー減税・補助金、エコポイントといった経済対策の効果があると考えられる8。
(減少傾向が長引いた住宅着工)
個人消費とは対照的に、住宅着工は減少傾向が長引き、2009年秋に至っても弱めの動きが続いている。その背景は何だろうか。また、過去の景気持ち直し局面においても、今回のように減少が続くことはあったのだろうか。最初に、後者について明らかにした上で、前者の問いについて考えよう(第1-1-12図)。
住宅着工戸数は、通常、景気の谷に対して先行して改善に向かうとされる。そこで、ここでは、景気の谷の半年前を基準として、そこからの変化を過去の同様の局面と比べてみた。その結果、75年以降で、今回のようなテンポで1年にわたって減少した例はないことが分かった。やや似たケースとして、99年1月の景気の谷の前の動きがある。しかし、このときは、景気の谷までは確かに単調な減少が続いていたが、99年に入ると住宅減税の効果が速やかに現れ、着工戸数は増加に転じている。
今回は、99年度の減税を超える大規模な減税を始めとして、様々な住宅関連の優遇策が導入されている。こうした効果は、一部には着工戸数の動きにも現れている。すなわち、利用関係別に見たとき、持家と分譲住宅のうち戸建てについては、2009年6月から税制面などへの優遇措置がとられる長期優良住宅の認定に関する受付が開始されたこともあり、着工戸数が幾分持ち直している。しかし、住宅着工全体としては、弱めの動きが続いている。
その理由として、第一に、雇用・所得環境が大幅に悪化し、2009年冬のボーナスも前年比2桁減が見込まれることが指摘できる。住宅は極めて高価であり、このような情勢の下では、自動車や家電のように優遇策があるだけで購入が急増するとは考えにくい。第二に、貸家については、外資のREITからの撤退などで、事業者側の資金繰りが厳しくなったことが挙げられる。第三に、マンション(共同建て分譲住宅)については、2008年末頃に急速に積み上がった在庫の調整が必要であったため、新規の着工には至らなかったことが考えられよう。
コラム1-1 太陽電池モジュールの出荷動向
最近の太陽電池モジュールの出荷の動きを見てみよう(コラム1-1図(1))。2007年10-12月期から2008年10-12月期にかけて、生産とともに順調に増加したが、2009年1-3月期に急落した。4-6月期からは、より速いテンポで増加している。次に、国内向け出荷を用途別に確認すると(コラム1-1図(2))、2007年、2008年と減少していた住宅向けの出荷が、2009年から再び増加している。この間、在庫は増加を続けており、2009年に入ってからは特に高い状態が続いている。2008年までは生産量とともに増加していた在庫が、2009年1-3月期の出荷の急落を受けて積み上がり、その後の出荷の伸びに合わせてさらに積み増されたと見られる。
2009年1-3月期の出荷の急減は、世界的な金融危機に伴う内外の景気悪化の影響を受けたものと考えられる。また、特に国内市場では、2005年度で住宅向けの補助制度が終了したため出荷量が減少していたが、2009年1月に新たな補助制度が導入されたこと、及び11月から太陽光発電によって生じた余剰電力を買い取る制度が始まったことなどの影響で、2009年は増加していると考えられる。