第2節 企業部門の基礎体力とリスクへの備え
今回の景気回復局面では、企業部門全体としては体力回復が顕著にみられたとされる。2000年以降、企業部門では、雇用・設備・債務の3つの過剰を解消し、新たな成長に向け、積極的な設備投資など、これまで以上にリスクに向かい合おうとする動きもみられる。その一方で、マクロでみた企業部門とは別に、規模別、業種別により細かくみれば、企業ごとの回復の度合いが異なっており、特に外需の恩恵を受けやすい大規模製造業と、原油・原材料高などにより仕入れが困難な状況にある中小企業、零細企業や、特に外需の恩恵を受けにくい非製造業との相違も目立ってきている。本節では、こうした動向を分析する。
1 ばらつきの目立つ企業の収益力と業況判断
(各種指標においてもみられる企業の収益力のばらつき)
まず、基礎体力の第一の指標ともいうべき収益力について、規模・業種ごとに明確な違いがみられる。大中堅企業と中小企業の売上高経常利益率をみると、前者は今回の景気回復局面においてほぼ一貫して上昇している一方、後者では、特に非製造業で相対的に低い水準で推移しており、改善度合いが緩やかなものとなっている(第2-2-1図(1))。その中小企業の業種別内訳をみると、シェアの大きいサービス業と卸売・小売業で改善が鈍いことが分かる(第2-2-1図(2))。この点は、2004年半ば以降、比較的好調であった大中堅の輸送用機械や一般機械と比べると特に明確となる。
また、企業の採算性を表す指標として損益分岐点比率をみると、大中堅企業と中小企業の差がより明らかになる(第2-2-1図(3))。大中堅企業では製造業、非製造業ともに損益分岐点比率が一貫して低下しているが、中小企業では低下が緩慢であり2005年後半からはほぼ横ばいかやや上昇している。また、企業の金利負担能力を示すインタレスト・カバレッジ・レシオ〔(営業利益+受取利息等)/支払利息等〕は、大中堅企業のうち製造業で大幅に上昇しているのに対し、その他では緩やかな上昇にとどまっており、特に中小企業ではほぼ横ばいと改善がみられない(第2-2-1図(4))。このように、外需の恩恵を受けやすい大中堅企業製造業とそれ以外との差が際立ってきたことが、最近の特徴となっている。
(企業の業況判断は収益力が左右)
規模別の企業の主な財務状況の違いについては以上のとおりであるが、全体としてどういった指標がどの程度企業の業況判断に影響を及ぼすのか、長期均衡で成り立つ総合的な関係をみてみよう。その際、特に市場が注目し、景気への反応が高い大企業製造業の業況判断DIとその対比で中小企業製造業の業況判断DIに着目する。また、1983年以降の長期データ(四半期)を用い(観測数は97)、説明変数としては、これまで取り上げた指標のうち、業況判断に直接かかわりがあると考えられる経常利益、損益分岐点比率13、販売価格DI及び仕入価格DI14を選択した15。
大企業製造業の業況判断に係る長期均衡としては、当期の財務状況を示す経常利益、販売価格DIがプラスに影響を及ぼすことが分かった(付注2-3)。あわせて、損益分岐点、仕入価格DIがマイナスに寄与することが示された。これらの結果は、通常の理解と整合的である。すなわち、利益が出て販売価格が上昇すれば、企業にとっての業況判断は改善するものの、損益分岐点が上がり、仕入価格も上昇すれば、業況判断は悪化する。また、短期の変動を表す推計式において、誤差修正項がマイナスとなっているが、これは、短期的なかい離があっても長期的には均衡式に戻ることを意味し、経常利益等と業況判断の関係は長期的に成立するものであることが分かる。また、説明変数の短期の変化は、因果性テストを行った結果、業況判断の変化への説明力があることが示されている16。こうした結果を寄与度でみると、販売価格判断DIや仕入価格判断DIの変化以上に、経常利益や損益分岐点比率の変化が、大企業の業況判断の変化により大きな影響を与えていることが分かる(第2-2-2図(1))17。
一方、中小企業製造業の業況判断に係る長期均衡としては、大企業製造業で用いた説明変数に加え、大企業の業況判断の影響を受けることを仮定した。その結果、長期の関係式において、販売価格DI、大企業製造業の業況判断がプラス、損益分岐点、仕入価格DIがマイナスとなっている(付注2-4)。また、短期の変動を表す推計式では、長期均衡からのずれを修正するような仕組みが存在する可能性が推計式の中で示されている。以上のことから、中小企業製造業の業況判断にとって、長期的には、損益分岐点、仕入価格判断DIの上昇が悪影響を及ぼす一方、販売価格判断DIの上昇や大企業製造業の業況判断の改善がプラスに作用する。また、短期的には、大企業の業況判断の変化が中小企業の業況判断の変化を最も多く説明しており、販売価格判断や仕入価格判断の変化が中小企業に寄与していることが示唆される18(第2-2-2図(2))。
このように、大企業と中小企業とで財務状況が異なり、それがそれぞれの業況判断をもたらしているが、長期的には大企業の業況判断の改善が中小企業の改善にも好ましい影響を与えるという関係が示された。すなわち、製造業については、大企業が牽引役となる景気回復が今後も続いていけば、中小企業が追随し、景気回復の恩恵を享受できる可能性があることが示唆される。
(規模、業種別格差の背景として考えられる仕入価格の販売価格への転嫁の困難さの違い)
これまで述べてきた規模間、業種間の違いの背景として、原油価格上昇に代表される仕入コストの増加及び価格交渉力の違いに由来する販売価格への転嫁の困難さが考えられる。実際、規模と業種に分けた仕入価格及び販売価格のDIをみると、大企業でもそれぞれのDIの差はみられるものの、中小企業ではその度合いがさらに高まっていることが特徴的である(第2-2-3図)。2004年以降の原油価格の高騰を受け、大企業、中小企業それぞれ仕入価格のDIが上昇しているが、中小企業でよりその上昇度合いが高く、外的要因への脆弱性がうかがえる。さらには、大企業に比べ相対的に市場での価格交渉力が弱いとされる中小企業の販売価格DIは、2007年度に入ってからプラスになっている大企業とは異なり、マイナスで推移している。これらの要因が中小企業の景況感を押し下げる方向へ影響を与えることが示唆される。
実際に原油価格の高騰が収益を圧迫しているかどうかを中小企業19に尋ねたアンケートによると、過去から最近に至るまで、収益を圧迫しているとする回答が増加している(付注2-5)。2006年1月時点で収益圧迫と答えた比率が65%程度であったのに対し、2007年11月時点では、約9割を超えた。また、収益を大きく圧迫していると答えた企業は、2006年1月に18%だったが、2007年11月には4割弱に達した。
2 日本企業のエネルギー効率
(エネルギー効率は70年代に大きく改善してきたが80年代以降はおおむね横ばい)
我が国の企業部門はこれまで、二度の石油危機の経験を経て、省エネに取り組んだ結果、エネルギー効率が高まったとされる。実際、マクロ経済全体でみてもエネルギー原単位(生産単位あたり)は、過去と比較して長期的に低下している(第2-2-4図(1))。その中でも、一般機械や電気機械、情報通信機械、電子部品・デバイス、輸送機械といった我が国の製造業の中で高いウエイトを占める部門での改善度合いが70年代を通して著しく改善してきた。
その一方で、80年代後半以降はほとんど変化がみられない。むしろ、素材系業種・非素材系業種ともに、90年代以降に緩やかな上昇もみられた。このように、この10年程度はエネルギー効率性の改善に大幅な進展はみられず、今後も原油価格高騰が続いた場合、企業のリスク対応力の観点からは大きな懸念材料となる。
(多様化したエネルギー供給)
エネルギー供給の分散、多様化も進み、原油価格が直接与える影響力が弱まっていることも指摘されている。そこで、熱量ベースで一次エネルギー供給の内訳の推移をみると、1973年以降、石油の割合が急速に低下してきたが、80年代半ば以降は緩やかな低下となり、直近の2005年では49.7%となっている(第2-2-4図(2))。その一方で、原子力、ガスの占める割合が緩やかながらも一貫して上昇してきた。2000年代後半に原子力のシェアがいったん低下したものの、その後拡大している。2000年から2007年(1~10月)までの年平均の輸入物価(契約通貨建てベース)の上昇率は、原油が12.0%であるのに対し、天然ガスでは5.7%にとどまっている。そのため、原油価格の急激な上昇の影響が分散化により軽減されている可能性がうかがえる20。
全体として、エネルギーの石油依存の低下は、日本経済の原油価格というリスクへの対応力が増したこととして評価されるべきと考えられるが、このところその改善が緩やかになっている点が課題として指摘できる。各エネルギーの供給変動リスクを最小限に抑えるためには、今後も引き続き、供給方法の多様化が重要な鍵になると考えられる。
3 為替レート変動への対応
(原油価格の上昇に加え2007年夏までの円安も交易条件悪化に寄与)
前述のとおり、我が国はそのエネルギーのほとんどを輸入に依存しているため、エネルギー価格上昇や円安による交易条件の悪化が国内の調達コスト増に直結するリスクを恒常的に抱えている。特に2004年以降、原油価格が急激に上昇したことに伴い、輸入物価(鉱産物価格)指数も急速に上昇してきたことがうかがえる(第2-2-5図)。
加えて、実質実効為替レートが減価したことも交易条件の悪化に寄与している。すなわち、円ベースの輸入物価(鉱産物価格)指数の上昇に加え、2005年以降は特に円安が進んだため、契約通貨建ての輸入物価指数以上に円建ての指数が上昇しており、我が国企業の投入価格を押し上げたとみられる。こうした動きは、特に素原材料価格の影響を受けやすい素材業種にとっての交易条件(産出物価/投入物価)を悪化させ、結果として加工業種にとっての交易条件以上にその悪化幅を拡大させている。
このように、これまでの交易条件の悪化には、原油価格の上昇のほかに、2007年夏まで円安傾向であったことが一定程度寄与している。
(輸出企業の採算円レートは低下傾向で推移しているもののこのところはほぼ横ばい)
一方、円安は、輸出企業にとって、国際的な価格競争力を向上させ輸出を増加させるメリットがある。特に、今回の景気回復は輸出が牽引した面があり、その背景に円安があったとの指摘もなされている。実際、1996年以降は、円ドル名目為替レートが輸出企業の採算レートよりも円安になっており、輸出企業にとって収益を上げやすい状況となった(第2-2-6図(1))。ただし、それは偶然ではなく、背景に、企業が円高になっても収益を確保できるよう努力を行い、採算円レートを低下させてきたことがあると考えられる。1990年に133.3円だった採算レートは、その後の名目為替レートの増価に伴って低下し、最近では106円台にまで低下している。
なお、2004年以降、名目為替レートで円安になったことにあわせて採算レートも上昇している。これは、輸出企業の円高に対する耐久力の改善が最近は鈍化していることの表れと考えられる。また、食料品や精密機器といった一部業種で採算レートが110円を上回るなど、円高への耐久力には業種別に違いがある点に注意する必要がある(第2-2-6図(2))。さらに、ここでは東京、大阪、名古屋の各証券取引所の一部・二部に上場している大手の輸出企業のみが対象となっており、中小の輸出企業はこれより厳しい状況に置かれている可能性がある。
(外貨建ての輸出入比率は変化がみられない)
為替レートの変動リスクをヘッジするための手段として、企業はこれまで半年程度の為替予約に加え、外貨建て取引比率を低下させる(円建て取引比率を高める)努力をしてきたとされる。しかしながら、データの取れる2000年以降、輸出、輸入ともに、外貨建て、特にドル建ての比率は変化がわずかであり、高い水準にとどまっている(第2-2-7図)。またそのわずかな変化も為替レートの動きとおおむね連動しており、ドル高(円安)の進行とドル建て比率の上昇(ドル安(円高)とドル建て比率低下)が並行して起こっている。すなわち、円高が円取引額を名目上膨らませることを通じて、ドル建て比率を低下させているだけであり、我が国企業が為替変動のリスクヘッジのために主体的に比率を変えようとする動きとは異なるようにみえる。また、ユーロについては、これまで一貫してユーロ高(円安)となってきたものの、2003年以降はユーロ建てへのシフトがほとんど生じていない。全体としては、輸出入ともに外貨建てからの脱却が起きておらず、為替ボラティリティの影響を受けやすいという点で、我が国企業にとっては課題となったままである。
(海外における現地生産比率を高めてきた企業)
一方、為替変動リスクをヘッジする企業の手段の一つとして21、海外での現地生産比率を高める方法も考えられる。特に、輸出の依存度が高い自動車、電機に代表される加工型産業で、実際にその比率が高まっており、最近は20%近くにまで上昇している(第2-2-8図(1))。製造業全体でも比率が高まっているが、その上昇の速度は加工型業種で顕著である。その背景として、そもそも売上高に占める輸出の割合が高く、為替変動リスクをヘッジすることのメリットが相対的に大きいことが挙げられる(第2-2-8図(2))。実際、海外生産比率の高い業種と輸出比率の割合には相関が高いことがうかがえる(第2-2-8図(3))。なお、海外生産比率の現地先は、過去、北米が中心であったが、このところアジアやヨーロッパの割合が高まる中で全体の海外生産比率が高まっており、北米は横ばい程度で推移している(付注2-6)。
現在のところ、売上高輸出額比率が高い業種であるにもかかわらず、海外現地生産比率の高まりがみられない業種も一部にみられる。今後は、こうした産業においてどのように為替変動リスクを回避していくかが注目される。
(為替レートのボラティリティの高さは輸出を抑制)
為替レート及びそのボラティリティあるいは世界の景気が輸出に影響を与えるのかどうかについて、輸出関数を用いて推論しよう。前記の先行研究にならい、輸出と為替レート、世界経済(GDP)との長期的な関係及びそうした長期的な関係からのかい離や、為替レート、世界経済の変化、為替レートのボラティリティがどの程度輸出の変動を説明するかという誤差修正(エラーコレクション)モデルを用いて、最近のデータまで取り入れた推計を行うこととする22。
推計された輸出関数の結果によれば、輸出と為替、世界経済については、長期的な均衡式(4)が成立し、それぞれ符号の関係から、円安、世界経済の好調さが輸出増となることが確認された(付注2-7(3))。また、(5)式における誤差修正項が負となっていることから、輸出が長期均衡から外れた場合においても、均衡に戻るように働く可能性があることが分かる。これらの推計結果から、今回の景気回復局面において、短期的な輸出の変動は、世界経済要因としての過去の(日本を除く)主要先進国のGDPの変動からおおむねプラスの影響を受けてきたことが分かる(第2-2-9図)。ただし、最近2四半期での寄与が小さくなっていることに留意する必要がある。加えて特徴的なのは、為替レートの過去の変化要因が大きくないことである。符号条件から、実効為替レートが円高になれば実質輸出はマイナスになることは確認されているが、その影響は他の世界経済要因や為替変動要因に比べて小さい。こうした結果は、前述した我が国企業の海外での現地生産比率の上昇や採算為替レートの低下に対応しており、為替レートの影響を受けにくくなってきたことも一つの要因となっていると考えられる。
一方、為替レートのボラティリティが輸出に与える影響については、短期的にはマイナス方向となっている23。こうした関係の背景としては、これまでみてきたように、外貨建ての比率が高い我が国企業における輸出環境の不確実性が高いことが挙げられる。そうした不確実性が、企業にとっての上乗せコストとなり、輸出を抑える方向に働く可能性がある。また、為替ボラティリティに対するヘッジ手段としての為替予約などが輸出に与える影響については、輸出計画時点と実際の契約時点にはラグがある以上、輸出計画時点における不確実性は残ることから、限定的であるとの指摘がある24。実際、今回推計した輸出関数の安定性についてみたところ、2000年代に入っても構造変化は生じていないことが確認され(付注2-7(4))、為替ボラティリティのヘッジ手段が発達した最近時点においても、為替ボラティリティの高さが輸出の押し下げに影響している可能性があることが分かる。
なお、誤差修正に基づく推計式(5)から、為替レートや世界経済の変動が我が国の輸出に影響を及ぼすことが確認されている25。その場合、為替レートの変動が輸出に与える影響は、比較的長期の過去の変動からである可能性も考えられる。
4 自然災害リスクへの対応
海外関連のリスクのみならず、国内における企業活動への「外的ショック」への対応も重要となっている。前述のとおり、我が国は、地理的にも地震等の災害の影響を受けやすい環境にあり、企業の取組として、災害などがあっても引き続き生産活動を行える体制の構築が急務である。企業向けのアンケート26によれば、全体の2割弱程度が、生産拠点や供給拠点が災害などにより利用不可能になった場合、他の生産拠点や供給拠点が容易に代替できると回答している(第2-2-10図(1))。
しかしながら、5割強は相当コストがかかり、1割強は不可能と回答するなど、全体には広がっていない。業種別、規模別にもやや違いがみられ、製造業、従業員300人未満の企業は生産拠点の分散化に遅れがみられる。また、原料・部品・技術労働者など業務継続にとって必要不可欠な資源の災害時における代替調達手段については、全体の4割強程度が分散化させているが、非製造業、従業員300人未満の企業では4割を下回っている(第2-2-10図(2))。
現在、災害時にあっても業務を継続できるよう、いわゆる事業継続計画(BCP: Business Continuity Plan)の策定が求められている。ISO(国際標準化機構)では、2001年9月の同時多発テロ等に端を発したアメリカからの提案を踏まえ、組織の危機管理に関する標準化を進めることを取り決めており、数年後にはこれがISOの国際標準となる予定である。我が国では、一部の企業にとどまっているものの、BCP策定の積極的な取組がみられつつある(付注2-8)。過去、全国各地で断続的に多くの地震が発生していることを踏まえ27、今後、リスク管理の観点から、こうした取組の広がりが期待される。