第1節 日本経済が直面する様々なリスク

目次][][

景気回復が長期化する中で、日本経済を取り巻くリスクには様々なものが考えられるようになった。ここでは2007年に特に問題となった、世界経済の減速、為替レートの変動、原油価格の上昇、地震などの自然災害といったリスクについて概観する。

1 世界経済の減速

(アメリカ経済や中国経済などが抱えるリスク)

過去、世界経済を牽引し、我が国経済の動向にも大きな影響を与えてきたアメリカ経済は、サブプライム住宅ローン問題を契機とした金融資本市場の不安定化がみられ、このところ住宅投資や雇用など家計部門における実物面の弱さも顕在化している(第2-1-1図(1))。今後は、こうした動きが個人消費にどの程度及んでくるのか、その結果、実体経済が減速した場合、ソフトランディングが可能かどうか注目されるところである。

また、近年、台頭の著しいBRICsなど新興国経済の先行きにも同様に十分な注視が必要である。特に、我が国の貿易相手国としての存在感を高めてきた中国経済について、これまでの好調さが維持可能なものなのか、一部でバブルとまでいわれる不動産投資、過熱気味といわれる金融市場に死角はないのかが懸念される(第2-1-1(2)図)。

こうしたアメリカ経済や中国経済などのダウンサイドリスクが顕在化すれば、統合度合いが高まっている金融資本市場の一層の混乱、我が国の景気回復を牽引してきた輸出の変調などを通じて、景気の回復基調にも少なからず影響を及ぼすおそれがあり、リスク要因となっている。

(アメリカ経済の動向が世界経済に及ぼす影響)

特にアメリカ経済については、近年急速に拡大するユーロ圏やアジアの影響力と比べても、引き続き世界全体に及ぼす影響が大きいことが指摘されている。IMF(2007)による130カ国・地域のパネルデータを用いた分析によれば、アメリカ経済の成長が世界経済の成長に及ぼす影響は、比較可能なユーロ圏や日本よりも大きいことが示されている(第2-1-2図)。また、こうした波及の効果は、グローバル化による貿易や金融面の統合が進むことにより、過去に比べても大きくなっているため、いわゆるアメリカ経済とのデカップリングは生じていないとされる1。我が国は、これまで輸出相手先の分散が進み、アメリカへの輸出割合を低下させてきた。しかしその一方で、我が国の貿易相手国としてウエイトが高まっている中国において、アメリカ向け輸出割合がすう勢的に高まっており、中国経由でアメリカ経済の影響を間接的に受けることが考えられる2。なお、ユーロ圏では、2000年以降アメリカ向け輸出のウエイトが低下している3。世界経済との連動性については、第3章第3節でやや仔細に分析するが、今後も、世界の景気に影響が大きいとされるアメリカ経済の動向が注目される。

2 為替レートの変動

(日本円のボラティリティは2000年代に入って低下したものの、輸出の外貨建て比率は諸外国と比較しても高い水準で変わらず)

我が国の今回の景気回復を支えてきた外需を考える上で、今後、為替レートがこのまま円高方向で推移するかどうかが注目されている。この点に加え、為替レートの変動が急激であると経済主体の適応が難しくなるという問題も重要である。為替レートの変動を国際比較した先行研究においては、日本円のボラティリティの高さが指摘されており、例えば、木村・中山(2000)は、1983年から98年の日本円の名目実効為替レートの変動(標準偏差)は、米ドル・英ポンドの約1.3~1.5倍、ドイツマルク、フランスフランの約2倍となっており、為替レートのボラティリティの高さが輸出に対して負の影響を与えている可能性があることを輸出関数の推計により示唆している。

ここでは、こうした動向がその後も引き続きみられるのか、輸出への影響がどの程度なのかを同様な手法を用いて検証する。まず、データの入手可能な1984年4月を初期値として2000年12月までを各国比較すると、円は主要通貨の中で最も高いボラティリティを示しているが、2001年以降はボラティリティが低下し、米ドルやカナダドルとほぼ同じ水準となっていることが分かる(第2-1-3図(1))4

また、円のボラティリティの通貨別寄与度でみると、先行研究5で示された過去の程度には及ばないものの、引き続きドルの寄与が最も大きいことがうかがえる(第2-1-3図(2))。その一方で、中国元やユーロによる寄与も一定程度確認されており、近年の中国やユーロ圏との経済取引の増加がその変動への寄与の大きさに反映されているものと考えられる。

為替レートのボラティリティが輸出に及ぼす影響については第2節で詳しく検討するが、ここでは外貨建て輸出比率をみておこう。我が国の外貨建て輸出比率を海外諸国と比較すると高い水準となっており、その傾向に大きな変化がないことが分かる(第2-1-3(3)図)。こうした結果は、先行研究6と整合的であり、各国と比較した我が国の自国通貨建て取引は依然として低いままである。そのため、この点だけからみると依然として為替レート変動の影響を受けやすい体質であるといえよう。

(円のボラティリティの大きさの要因として考えられる金融資本市場の不安定性)

こうした日本円のボラティリティの高さの要因として、様々なことが指摘されている。例えば、1990年代後半においては、当時円キャリートレードを行っていた機関投資家やヘッジファンドがLTCM破綻危機などを経て一斉にポジションの変更を行ったことにより、円・ドルレートの為替相場が大きく変動したとの指摘がある7。そうであるならば、2000年代に入り、最近までは、こうした形での金融資本市場の急激な変化がみられなかったことが円のボラティリティの低下をもたらした可能性が示唆される。このような観点からも、今回のサブプライム住宅ローン問題に伴う金融資本市場の変動の影響が注目される。

また、Dominguez(1998)は、日米独の為替介入と為替変動の因果関係を調べ、前者が為替の変動を高めること、過去の介入の秘匿性が将来のボラティリティの大きさにつながること、ただし、1980年代後半の公開型の介入はむしろボラティリティを低下させた可能性があることなどを指摘している。90年代から2000年代前半の我が国のデータを用いたより最近の研究においても、90年代前半は全く効果がなく、90年代後半から2000年代初めの数年で短期的にボラティリティを低下させただけであり、効果は限定的であったとしている8。介入がかえってボラティリティを高める理由としては、それが市場関係者にとって市場の不安定性の「シグナル」になることなどが指摘されている9。我が国では、2004年4月以降、為替介入が一度もなされていないが、こうした政策変更が市場へのシグナルを通じて、ボラティリティを低下させた可能性も考えられる。

なお、海外の市場ごとに輸入品の価格を設定すること(Pricing To Market: PTM)が為替レート変動に与える影響も指摘されている。この場合、為替変動の貿易財価格への反映(パス・スルー)が弱いことを意味し、経常収支の不均衡を為替レートで調整するとすれば、極めて大きな為替レートの変動が必要になってしまう10。日本企業はPTMを行う場合が多いとされており、そのことが円レートの変動を増幅させている可能性もある。

3 原油価格の上昇

サブプライム住宅ローン問題を発端とするリスク回避の動きから大量の資金が流入したこともあり、原油価格がこのところ急激に上昇している。11月下旬にはニューヨーク取引所の原油価格11は、一時1バレル99ドルを超え、東京市場のドバイ価格も過去最高の90ドルを超えた。これまでも、原油価格は、様々な地政学的要因もあって上昇しており(第2-1-4図(1))、我が国経済に少なからず影響を与えてきた。こうした原油価格を、購買力を考慮した実質ベースでみると(2005年基準)、最近の上昇は第2次石油ショックほどではないものの、それ以来の高水準となっていることが分かる(第2-1-4図(2))。

一方、原油輸入価格の前年からの上昇分とその年の原油輸入量を乗じて得られる日本から海外への所得移転の変化額の対GDP比は0.5%程度となり、70~80年代前半の石油ショック時に比べて石油依存度が低下したことにより、明らかに小さいものとなっている。この規模は、アメリカ、ドイツの最近時点の水準と比較してもほぼ同じであり12、我が国の原油価格上昇に対する対応力の大幅な改善として評価されるべきものである。

なお、最近の原油価格高騰を考慮し、2007年についてそれを織り込んだ試算を行った場合、原油価格(実質)は、約51,000円/キロリットル程度にまで上昇している。この水準は、83年とほぼ同じとなる高い水準であり、その影響が懸念される。

4 地震等の自然災害

地震に代表される自然災害も、我が国経済にとってのリスク要因となる。その場合の影響の及び方は、直接の被害以外にも存在し、単純なものではない。第1章でみたように、2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震は一時的な生産調整をもたらしたが、特徴的なこととして、地震の被害を受けた1社の部品供給停止が13万台超の自動車生産にまで影響を及ぼす大規模なものとなったことが挙げられる。地震による生産用資本ストックの崩壊が直接的に生産活動を停止させるという経路ではなく、生産に係る重要な一部の部品の多くを供給している企業の生産停止によって、その部品の供給先である自動車全体の生産に影響を及ぼす間接的な経路であった。その意味で、今回の地震は、これまでにない教訓を与えてくれるものとなった。

これまで我が国では、全国各地において断続的に多くの地震が発生してきた(第2-1-5図)。地理的要因により、今後も引き続き地震が発生することは考えられ、経済活動への影響には留意が必要である。

目次][][