平成11年度

年次経済報告

経済再生への挑戦

平成11年7月

経済企画庁


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第3章 新しいリスク秩序の構築に向けて

第6節 新しいリスク負担システムに向けて

上記のように我が国のこれまでの発展を支えてきたリスク関連秩序が崩壊し,これが不況を深刻化させている。脱大量生産社会に入った経済の潜在成長力は,資本や労働といった生産要素の利用可能性よりも,経済が全体としていかに上手にリスクを分散させかつ管理していくかに依存しているといえよう。こうしたことから,時代の要請に見合った新しいシステムを経済の基盤として構築していくことが急務となっている。以下ではその方向性を展望してみよう。

(新しい時代の資金需要の性格)

量的成長の時代を終えつつある状況の下では,今後の需要の方向を的確に見定めて迅速に対応することが極めて重要となってきた。すなわち,同じ商品やサービスの生産効率を上げるという能力より,様々な新しい知恵を出し,市場化を試み,その中から育つものを育てる,という戦略的な試行錯誤が重要になってきた。商品やサービスの価値に占める情報の重要性が高くなり,デファクト・スタンダードの確立などを通じる先発の利益が大きくなってきた。こうしたことから,新しい時代の生産活動はかつてよりも大きなリスクを伴うものとなってきた反面,成功した場合に高いリターンを生む可能性を持つようになった。ハイリスク・ハイリターン化である。事実,ソフトウエア,コンピュータ・ネットワーク,バイオなど将来型の産業は成長率の企業間分散が大きい。

また,起業したての企業は,利益が少ない反面,利益以上の投資を行うことによって成長していく可能性をもつものがある。こうした企業が必要とする資金は,長期の資金であるが,成功した場合には大きなリターンを返すことができる。銀行による融資は,その資金調達が元本保証の預金中心であることや,長期契約を行うことが困難であること,さらには利回りがあらかじめ決められていることなどの性格をもっているので,こうしたことに必ずしも向いていない

(なぜ融資以外のルートが必要か)

一方,資金供給面からみると,銀行は,横並び的な体質や土地担保偏重から,リスク評価の専門家としての機能を回復し,中小企業等ある程度リスクの高い分野へ資金を供給していくことが期待される。また,企業側からみれば,最近貸し渋り的状況がやや緩和し,貸出の増加が期待されている。しかし,不動産担保,株式含み益,超過利潤等,これまで銀行のリスク対応力を支え,融資を主たる資金供給ルートにしてきた要因がなくなってきている。また,これまで低下してきた収益率を国際化の中で向上させていくことが中期的課題となっている(第3-6-1図)。収益率の向上が自己資本を増加させ,それが貸出の増加をもたらすということが最も望ましいシナリオではあるが,銀行融資・GDP比率が諸外国より高い(1)ことも勘案すると,個別行ではともかく,マクロ的にみて収益率上昇と貸出増加という二つの目標を同時に達成していくことは容易ではない。こうし外ことは,今後の景気回復に伴う資金需要の供給先として銀行融資が大きな役割を担うことは必ずしも期待できず,これを補完し得る資金調達ルートが育つ必要があることを示唆している。

(新しい形の資金の流れ及びリスクの再配分)

そこで期待されるのは家計がもう少し高いリターンと引き換えにもう少し大きなリスクをとる形での資金の流れである。但し,個々の家計が個別の企業の経営や信用を評価することは必ずしも効率的でないので,専門家(いわゆるファンドマネージャー等)に資金運用・管理をゆだね,家計等はその専門家を監視する,というものである。これは「集団投資スキーム」や「市場型の間接金融」(2)などといわれているもので,元本は必ずしも保証されていないが利回りの上限もなく,平均的な収益も大きいという商品も生み出されうる資金の流れ及びリスクの再配分である。これは投資信託に限らず,専門家が企業経営や不動産運用等の投資対象プロジェクトに積極的に関与するような形態(3)も含まれる。業績を上げた場合には評価が高まるというメカニズムを通じて,専門家間の競争が有効に機能していくことが望まれる。

(機関投資家の行動変化)

従来安全資産志向が強かった機関投資家の行動にも変化が現れている。すなわち,年金や保険等にも資産評価に時価主義が導入され,また運用規制が緩和されており,他方で外資系も含めて競争が激しくなり,ポートフォリオ運用の効率を高めてそのリターンの向上を図る必要性がこれまで以上に強まっている。

こうした動きが強まると,格付けの低い社債等への投資をより広い基準で行い,また売買も活発に行うことにより運用成果を高め,同時に社債市場もそれによって発展が促進されるという展開となることが期待される。そのためには,投資対象として魅力のある多様な種類の社債が信用リスクを適切に反映した条件で発行され,社債の売買にも支障がない等の条件の充実が必要である。

(家計はリスクをテイクするようになるか)

これまで,我が国の家計は安全資産で資産運用する性向が強く,金融資産の内容が欧米諸国と比較して預貯金に偏っていることがしばしば指摘されてきた。

問題は,これが安全性を第一に考える家計の資産選択行動の結果であるのか,供給サイドに様々なリスクとリターンを組み合わせた金融商品を提供する機能が不十分であるためなのか,である。

郵政省の「貯蓄に関する日米比較調査」(97年1月)で金融自由化の評価をみると,アメリカでは「選択の輻は拡大した」との回答が多いのに対し,日本では「金融機関が提供するサービス内容は変わらない」との見方が多く(第3-6-2図),我が国における金融商品の供給サイドが需要を満たす商品を提供できていなかったことを示唆している。金融機関の横ならび的行動,土地担保の過信等もあって,リスクを適切に評価したり,分散化によって全体のリスクを縮小させるという面での金融資本市場の機能が相当遅れてしまった。かつての投資信託が家計に定着しなかった一因も手数料重視の運営にあったとの指摘もなされている。横並び意識が強い中で,我が国銀行の商品開発は外銀と比較して進んでいないとの指摘もある(4)。

リスク資産を株式,債券など元本が保証されていない資産であるとすると,リスク資産に対する選好の差の理由において,この他に土地資産の位置付けが大きな意味を持つこととなる。主たる相続財産を日米で比較すると,アメリカは金融資産が多く,日本は住宅用・土地・建物が多いことからも分かるように(第3-6-3図),日本では土地資産が個人の資産の中で大きなウェイトを占めているところであるが,土地をリスク資産に含め,株式,債券,土地とその他の資産との保有内訳を比較すると,日米でリスク資産比率に大きな差はみられない(5)(第3-6-4図)。

バブル崩壊後,地価が下落しいわゆる土地神話が崩れ土地資産の財産としての魅力が落ちていることや,高齢化の進展により資産運用期間が長期化し,短期的なボラティリティへの許容度が高まると,個人や家計がよりリスクをとることが出来るよう-になると考えられる。このため,金融機関による様々なリスクとリターンを組み合わせた金融商品の提供が可能になれば,これは,企業の方からみれば,銀行借入以外の調達ルートが広がりうることを示しているといえる。

家計からのリスクマネーの供給が少なかったことと,いわゆる日本的経営システムとは密接な関係があると考えられる。家計からのリスクマネーの供給が少なかったため,企業の銀行借入への依存度が高く,メインバンク制が重要な役割を占めていた。このため資本市場からのチェック機能が十分には働かなかった。一方で銀行による企業経営のチェック機能も,株式持合いや,土地担保への偏重等から,結果的にみると不十分であった。また,銀行自身に対する当局の監視体制も当時の枠組みではワークしていたものの,振り返ってみれば十分であったとはいえない。こうしたことが,バブル期の乱脈融資や,バブル崩壊後の処理の遅れの背景になった。したがって,家計の資金がリスクマネーという形で企業に流れることは,資本市場のチェック機能の向上を通じて,経営効率の改善を促す効果を持とう。

(これまでもリスクを負担してきた家計)

上述のように我が国の家計は,安全資産以外での資金運用を敬遠し,資産運用面でのリスクを余り意識しないで生活してきた。しかし一方で,土地資産での保有によって大きな含み損を被った家計も多い。また銀行に溜まった損失が不況を深刻化させたことなどを通じて,結果的に大きな負担を強いられている。

日本では,「水と安全はタダ」という認識が強いといわれるが,金融資産の運用という面でも安全はタダではない。巨額となった金融資産を絶対安全に運用することは不可能である。国や金融機関や企業は,リスクの分散や変換を行うことはできても,リスクそのものをなくすことはできず,経済活動に伴うリスクは何らかの形で家計に帰着する。新しい投資機会を捕えていくためには,家計も間接的に企業経営監視に参画していくことが必要である。生産活動への資本提供はギャンブルではなく生産活動への参画と支援であり,それ自体も生産活動であることや,地価上昇に頼らない方が安定的なリターンを生むこと,さらには資本の有効活用はマクロ経済の活性化を通じて雇用の創出や安定にもつながる,という意識を醸成することが必要である。学校教育においても,安全な資金運用は利回りが少ないが,リスク負担の程度に応じて利回りは高くなり得ること,またリスクはかなりの程度分散が可能であること,などについての周知を図っでいくことが必要である。

(情報開示と市場整備)

家計がギャンブルとしてではなく,上述のように生産的な形でリスク資産での運用を安心して行うようになるためには,投資対象の持つリスクの程度や性格が明らかにされ,十分な情報に基づいて判断できるようにしていく必要がある。特に,企業やファンドの情報が公正な方法で開示され,多元的な評価に関する情報が容易に入手できるような環境を整備していくことは,家計や専門家によるリスクの分散を促進し,リスクとリターンとの関係をより安定的なものにしていく上で重要である。また,金融資産の運用リスクへの取組は民間部門で行われるべきものであるが,我が国における不良債権問題の処理の状況や最近の一部海外ヘッジファンドの行き過ぎた投機のような事例がみられることから,公的な部門の監視機能も重要である。政府は遅ればせながら,新しい時代の要請に即した方向での金融資本市場の条件整備を行っている。

(リスクの外資依存シナリオ)

日本の家計が,間接的な形ですらリスクの負担を嫌った場合,一つの可能性は,対価を払って外国にリスクの引き受けを依頼する方法である。現に国内のリスク関連秩序の崩壊を背景にこうした活動が急速に増加している。この場合,日本の企業の活動に伴う収益性やその変動可能性について外国の評価に依存することになるが,外国の投資家にとっては,日本の情報を入手するためのコストが高かったり,為替リスクもある程度負う必要があったりするので,リスクの評価を効率的な形で行いにくい。我が国の金融機関がこうした評価を請け負うこともある程度可能であるが,自らの資金も運用しないと,こうした評価の信頼性の確保は困難である。このように考えると,対日投資の増加によって海外からリスクマネーが流入していることは歓迎すべきことではあるが,リスクを負担できる自前の資金のチャネルも拡大していくことが望ましい。

(長期のリスクマネー)

国土の狭小な我が国では土地の有効利用が急務であるが,地価の上昇期待がなくなった状況の下では,初期投資を相当長期間(土地や建物の標準的な賃貸契約期間を超えるような長期間)に渡る利用収益によって還元していくことが必要である。しかし,こうした長期的な資金が少なく,結果として有効利用が促進されない側面もある。何らかの形で資金の流れを作る必要がある。

(円の国際化)

アジアで豊富に残っている投資機会に日本の家計の貯蓄を有効に役立てるためには,為替リスクを軽滅することが重要である。為替リスクが低下すれば,国際的な分散投資が進むことが期待されるが,このことは,景気変動のリスクを分散する点でもメリットが大きい。通貨の国際化が遅れていることが,居住者にとって対外資産の安定的運用を困難にしている。円の国際化を促進するためには,非居住者にとっての使い勝手が良いような開かれた市場を整備するとともに,円建取引拡大の可能性に向け官民双方が更に検討していくことが必要であろう。

(リスクへの挑戦を支援する規制緩和)

リスクへの挑戦を活性化するためには,金融面と並んで,事業活動の環境面の整備も重要である。リスクマネーの調達面で問題がなくとも,新たに進出しようとする分野で参入規制や競争制限的な規制・慣行が残っていれば,リスクテイクはなされない。したがって,リスクテイクを促すためにも引き続き規制緩和を推進していくことが必要である。例えば,携帯電話や宅配便などの分野では,規制緩和による新規参入で市場が大幅に拡大した。

前述のように,先進諸国の開業率と固定資本形成に占める対内直接投資の比率の間に正の相関が認められる。これは,参入規制がない,あるいは緩い場合には,海外からも参入しやすいことを示唆している。この点からも,規制緩和の手を緩めるべきではない。

(リスクに挑戦する風土)

一部の貴重な例外を除いてリスクへの挑戦が不活発な背景には,我が国の教育や企業を取り巻く風土も影響していることが考えられよう。社会の中で個性を生かしていくことより将来の安泰な官公庁や大企業に就職することを重視されてきた(付図3-6-2,付図3-6-3)。多くの大学は卒業生の大企業への就職率の高さを競う傾向があり,起業は例外的な位置付けとされてきた。また,企業の意思決定についても,コンセンサスが重視され,全員が同意する範囲でしか新しいプロジェクトが実施されない傾向が強かった。従業員も減点主義の評価を恐れて,リスクへの挑戦に慎重であった。新しい成長の時代を切り開いていくためには前向きの挑戦を促進する方向での変化が必要である。事実,国際的な優良企業に育った幾つかの企業では従業員の創造性を生かすための様々な工夫が試みられている。自営業など,自らリスクを負っていく職業への社会的な評価も高くなっていくことが望まれる。

さらに,大学は潜在的な創造性の宝庫であるが,大学と実業界の連携も十分とは言い難い。両者間の人材移動の円滑化をはかるなど,大学の知性を経済の活力に結び付けていくための条件整備が重要であろう。

(景気循環・貧富の差への含意)

新しいシステムの下では景気はむしろある程度安定化することが期待できる。

第一に資産価格の動きが,含み益や担保価値の変動を通じて,景気変動を増幅させる程度が弱まる。第二にリスクの分散が効率的な形で行われ,企業別,産業別の収益の相関が小さくなる。第三に投資リスクが国際的に分散される。第四に金融や企業のパーフォーマンスを適切に示す情報が供給されるので,横並びより,個性的な企業への投資が促進され,各社が一斉に同方向(不動産投資,株式投資,設備抑制,リストラなど)に動くことが少なくなる。

結果としての貧富の差は現在より大きくなる可能性があるが,挑戦とそれに伴うリスクに対応する報酬は,正当な評価であり,それによる格差は是認される必要がある。また,その前提として,すべての人に対して公正な機会が与えられている他,失敗した場合の最低限の安全ネットと再挑戦の可能性が確保されている必要がある。


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