おわりに

[目次]  [戻る]  [次へ]

(萎縮が続く日本経済)

1980年代までの日本経済は,メインバンク制等の各種の慣行のもとに,銀行が企業経営の監視を行うという方式で発展してきた。このシステムは追い付き型成長期には有効なものであった。生産効率の上昇や製品機能の限界的な改善が重要だったからである。しかし,こうした分野での我が国の追いつきは既に終了し,逆に国際的に追われる立場になっている。豊かな社会の中で,新しい生活様式を発想・提案し,それに即した新しい需要を発掘していくような活動が重要となってきたが,これまでのシステムはそうした活動を支えにくいものであった。また,結果として銀行に集中したリスクが含み益や担保価値の変動を通じて資産価格と大きくリンクしていたため,資産価格の下落(いわゆる「資産デフレ」)と実体経済の縮小とが相互作用的に生じていた面がある。このため大幅な信用収縮が発生し,それまで機能してきた慣行自体も次々に崩壊してきた。この結果,日本経済全体のリスク許容力が衰えており,縮み志向が悪循環を招いている。もちろん,非効率性を温存してはならないが,雇用や資本再編の受け皿となるべき前向きの挑戦の芽が余りみられない状況になっている。

(いわゆる土地本位制からの脱却)

日本経済は,地価の大幅な下落や金融・資本市場の国際化,などのために土地本位制とも言うべき土地に過度に依存した金融・経済システムが急速に崩壊してしまった。準備に周到さが欠けていたためにハードランディングであり,大きな痛みが生じている。しかしこれは陣痛とも言うべきものであって,この困難を乗り越えれば,資産価格の上昇に頼らない新しい成長の可能性が開けてくる。この新しい成長の下では,いわゆる土地本位制の弊害からも脱却し,

  1. 希少な資源である土地の効率的な利用が促進される
  2. 含み益に頼らない持続的成長を期待できる
  3. 国際的なシステムと調和する透明性の高い経済システムが築ける
  4. 勤労所得や危険負担に見合った所得が中心になり,より健全・公平な経済社会になる
  5. 景気変動が安定化される,

といった改善が期待できる。

(新しい労働市場)

高齢社会を控えて,労働力は一層希少になってくるが,雇用のミスマッチが拡大している中で,企業レベルでは雇用の過剰感が高まっている。これは,景気が低迷しているためでもあるが,労働市場が労働移動の増大など新しい時代の要請に即していないことや,新しいリスク分担システムが構築できておらず人材の有効活用ができにくい状況になっていることのためでもある。安全ネットを整備しつつ労働移動の障害を除去していく一方で,金融面・法制面からも事業の再構築を円滑化するような方策が必要である。我が国の労働市場は労働移動を増大させつつも長期的な生産性向上に資する特性を維持していくことになろう。

(リスク対応力回復の必要性)

経済の国際化が進展した中では,豊かさに安住して守りに入っていては,先進国であり続けることはできない。生産面で新しい分野への挑戦を積極的にし続けることが必要である。とるべきリスクはむしろ大きくなっているが,個人の不安を増大させることなく,どのように経済全体として前向きの挑戦をする体制を整えるかが課題である。これまでは,日本の家計はリスクから一応遮断されてきたが,これは日本経済のリスク分散のシステムが優れていたというよりは,金融機関が不動産担保や株式の含み益を背景に大きなリスクをとっていたためである。しかしながら,金融システム不安が不況を深刻化させるに至り,間接的には家計にも相当な影響が及んでいる。現在,国や公的な金融が相当のリスクの肩代わりを行っているが,こうした状況をいつまでも続けていくことはできない。貯蓄超過の下でのリスクマネーの不足という不自然な事態を打開するとともに,リスク挑戦に対する社会的な評価も変化していく必要がある。

(不況脱却の戦略=供給面の改革)

これまで,企業の体質改善努力は必ずしも進んでおらず,その先送りを支えてきた含み益は底を尽きつつある。したがって,今後とも改革を先送りするという籠城型のシナリオでは兵糧がもたなくなっている。財政事情が悪化する中で,政府は大規模な需要喚起策を打ってきたが,これが金利上昇の一因となった可能性も否定できない。民間需要が回復しないと中期的な期待成長率は回復しにくい。家計も,含み益吐き出しや財政に依存した経済の長期的な帰結に対する不安を強めている。こうしたことから,経済活動の中核ともいうべき企業が,新しい利益を生み出す体質に早急に転換していくことが必要であり,企業の一層の努力が望まれる。但し,縮み志向型・資源切り拾て型のリストラではなく,資源と創造力を活用する前向きのリストラが重要になっている。緊急的に実施される総需要拡大政策に続けて,副作用の少ない形で供給面の改革を進め,企業部門の元気を回復させていくことがより本質的な課題である。副作用とは一つには雇用不安など個人の生活の安定性にかかわる問題であり,二つには苦境にある企業や金融機関を公的に支援することが自己責任の原則を歪めかねないという,いわゆるモラル・ハザードの問題である。

供給面の改革努力は基本的には企業自身によって行われるべきことであるが,そのための環境を整えるためには三つの課題を実現していかなくてはならない。

第一は資本市場による企業経営監視機能を強化する一方で,企業が体質改善を行う際の障害を小さくしていくことである。

このためには,企業経営に関する情報開示を進めるとともに,家計を対象にした小口かつ信頼性の高いリスク商品が普及するような環境を整備したり,確定拠出型年金の普及を促進することが必要である。また,流動的で安定感と厚みのある労働市場を整備したり,再建(倒産),分割,合併,交換など,事業の再編に対する制度的・手続的な障壁を少なくしたり,土地の利用規制を合理的なものとし,土地の有効活用を図っていくことが必要である。

第二は,特に雇用に重点をおいてセーフティ・ネットの整備など副作用を小さくすることである。

そのためには,個人の不安を少なくする方向に政策の重点をシフトしていくことが重要である。具体的には,官民の職業紹介機能を充実させ,能力と適性に応じた職が見つけ易い労働市場を整備すること,職業能力開発全重視しつつ雇用保険を充実させること,NPOなどの活用も含め,アイデアや能力を新しい経済活動に結び付けていく環境を整備すること,などである。また,企業の疑似共同体としての機能の低下を補完する形で,地域社会などの共同体としての機能の回復を図っていくことも必要であろう。

さらに,少子・高齢社会の到来や経済構造の変化など将来の環境変化を控え,個人個人のリスクを適切に分散できるような環境を整備していくことが必要である。

第三は,先進国にふさわしい前向きのリスクが十分に分散され,それが適切な対価で負担されるようなシステムを構築し,その中で新しい技術や新しい生活様式への挑戦が積極的に行われ,金融資産の収益率も高まっていくようにしていくことである。

日本経済が全体として時代の要請にあったリスクをとれるような体制を構築していくことは,日本自身にとっても,世界にとっても重要である。

そのためには,金融面では,土地担保に頼らない評価能力を育成し,横並びを脱しベンチャーキャピタルや不動産の証券化など,多様な金融サービスが本格的に供給される体制を作る必要がある。また,こうした中で,家計が金融資産をもう少し高いリターンと引き換えにもう少し高いリスクの下に運用できるような環境を整備することである。さらに,円の国際化や,機関投資家に対する外貨建て資産での運用比率に関する規制の緩和など,巨額の金融資産を国際的に分散運用するための環境も整備していく必要があろう。

事業面では,非製造業を中心に一層の規制緩和を進め,起業に関する諸費用を軽減したりビジネスチャンスを拡大することが必要である。また,ストックオプション制度を導入したり創造性に対する評価・報酬を積極化させるなど,リスクに見合ったリターンが得られるようにしていくことをへ通じて,創造力を基盤に繁栄する企業を多く育てることである。こうした中で,教育や企業の風土も前向きの挑戦により積極的なものになっていくことが望まれる。

[目次]  [戻る]  [次へ]