第3章 新しいリスク秩序の構築に向けて

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現在,我が国経済は,民間需要の回復力が弱く依然として極めて厳しい状況にある。金融機関の破綻とそれに伴う金融システム不安,大手企業の倒産,失業率のこれまでにない高まり等,これまでの経験からは起こるとは考えにくいことと思われていたことが起きている。こうしたことが,家計,企業,金融機関等各経済主体の行動を慎重にさせ,前向きのリスクテイク行動が余りなされていないことの一因となっている。

企業の設備投資・生産活動,家計の住宅投資・消費,金融機関の融資活動等の経済活動には,そのタイミングや大きさ及び方向性等が結果として裏目にでる可能性がある,という意味で常にリスクがある。第1章で述べたように,相応のリスクをとることは今後の経済活動には不可欠であり,リスクを負担する行動とリスクを上手に分散させるシステムとによって,成長はもたらされる。

バブル時にリスク管理に失敗したことは事実であるが,現在は逆に過度にリスクを回避し,これが経済を萎縮させている可能性がある。

ちなみに「risk」という語は,「risicare」に由来しているといわれている。

「risicare」は,「勇気を持って試みる」という意味を持っている。この観点からすると「リスク」とは本来的には,不確実性,危険性のみを指すのではなく,「不確実性を認識し,その対処法を決定し,勇気を持って試みること」という意味をも含んでいる。

(現状のリスクテイクの状況)

家計は,所得・雇用に関する不透明感から住宅投資や耐久財購入に慎重になっている。超低金利下にもかかわらず,1,200兆円ともいわれる金融資産の多くを,相変わらず預貯金で保有している。

企業は投資の失敗が倒産につながる可能性が高まっているので,設備投資に慎重になっている。中期的にみてもこれまでの「キャッチアップ」型の技術開発・設備投資の時代は終わり,その点でも設備投資に伴うリスクは強く認識されるようになった。銀行の貸出し態度についての懸念がら,キャッシュフローを設備投資に回さずに,いざというときに備えて手許流動性を厚めに持っ傾向が1998年後半には強くみられた。

金融機関は,多額の不良債権を抱え貸出に慎重になった。投資家においても企業の信用リスクがこれまで以上に強く認識され,国債等の安全資産選好が強まった結果,国債と社債の利回り格差が大きく開いた。金融機関間でも,コール市場でのデフォルト発生等を受け,これまで以上に信用リスクが認識されるようになった。

各経済主体がリスク回避的になるのは,それなりに合理的であるが,経済全体からみると結果的にリスクをとる行動が少なくなり,その結果としで不況が深刻化しマイナス成長が続いてきた。

(顕在化する様々なリスク)

従来的なリスクに加えて,現在では社会の変化により新たに顕在化してきた様々なリスクがある。例えば,①高齢化の進展による「長生きリスク」ともいわれる,体力の衰えによる病気やケガ,老後の生活資金等に関するリスク,②ストック経済化に伴い資産価格の急変が経済にもたらす影響が大きくなってきたこと,が挙げられる。このほかにも,③日本経済の発展により自らが開拓者とならなければならなくなった「フロントランナーとしてのリスク」,④「産業構造の変化に伴うリスク」,などもある。これらの新しいリスクも,各経済主体に影響を与えている可能性がある。

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