第10節 変革を迫られる日本経済
(新たな時代の要請)
以上,景気の状況を子細にみてきたが,不況が長期化している背景には,日本経済が,短期的な問題に加えて,第2章で分析する「企業の体質改善の遅れ」や,第3章で分析する「リスクへの挑戦の弱まり」といった構造的な問題を抱えており,この結果経済体質が「多様な知恵の時代への移行に伴うハイリスク・ハイリターン化」,「市場化やグローバル化に伴うリスク管理の必要性の増大」などの,時代の要請に遅れていることが考えられる。そうした要請への対応策については両章で検討することとするが,ここではそれに先立って,より消極的なシナリオの帰結を検討してみたい。
(変革の必要性と不安)
「消費の伸び悩みは,我々の生活が十分豊かになり,買うものがなくなったことの反映である。あえてリスクに挑戦しなくても,これまでどおりの生産と消費を行い,ゼロ成長で十分ではないか。そうすれば物価や雇用も安定し,環境への負荷も増えない」というシナリオはどの程度現実的であろうか。生活水準は基本的には生産性に依存することや,現在の生産性の水準を維持していくことは比較的容易であることを考えれば,生活水準の上昇を望まなければ,あえてリスクに挑戦する必要もないという考え方も成り立ちそうにみえる。
しかし,このようなシナリオを採用すると実際には,生活水準が他の先進国に比べ相対的に低下するだけでなく,絶対水準でみても低下していくことになる。まず,生産面では,日本の輸出品が陳腐化し,外国製品に比べて見劣りがするようになる。日本が輸出している工業製品は旧式になると市場価値を大幅に失うものが多い。旧式の製品への需要は価格弾力性が小さく,実質為替レートが相当減価しても,輸出需要は縮小することになろう。したがって,対外純資産を取り崩していかない限り,素原材料・エネルギー・食料の輸入がおぼつかなくなる。第二に,消費面では,消費者の購入意欲をそそるような新製品はすべて海外で開発されることになる。国内市場を開放している限りその輸入が増える。
こうして従来型の製品に対する内需・外需ともに滅少するので,更新投資の需要も弱くなり,国内の供給能力もいずれ低下してくる。我が国経済は貿易によってここまできたが,自給自足をした場合に近い水準にまで生活水準が落ちていくこととなろう。現在の日本の生活水準は貿易の利便によって支えられている面が大きいので,かつての先進国没落の例より急速な没落の可能性も考えられる。
また,こうした進歩のない経済は若い人に夢を与えられず,有為な人材が流出し,社会も沈滞する可能性がある。我が国の青少年には,他国の青少年に比べて,21世紀の社会に明るい展望を持っている者が少ないという面も見受けられるが,このことについては,日本経済に挑戦の意気が薄れてきたことも,その要因の一つになっているとも考えられる(第1-10-1図)。
したがって,現在の生活水準を保つには現在の技術水準を維持していくだけでは不十分で,それを他の先進国に伍して改善していく力が必要である。また「もう買うものがない」わけではない。住宅,保育,介護,環境などの面での潜在的な需要はまだまだ強いことを考えると,制度面も含め,こうした分野での消費が進むような環境を整備していけば,より安心感とゆとりのある生活が実現できよう。さらに,人々が生涯にわたって生きがいを追求し,元気な高齢者が増加したり,情報化が進むことは,余暇や文化の面で我々の生活がより楽しく,あるいは趣のあるものに発展していく可能性と,これに関連するビジネスチャンスの存在を示唆している。経済的なフロンティアは十分に広いといえよう。