第9節 金融市場の動向と金融政策
97年の一連の金融破綻以降金融システム不安は高まったが,その後の様々な金融システム安定化策がとられ,99年3月には15行に対し公的資本増強が実施され,金融システムに対する不安感は大きく後退した。この間,日本銀行は,98年9月に,一段の金融緩和措置を決定し無担保コールレートの誘導目標を0.25%前後に引き下げたあと,99年2月にも更なる金融緩和に踏み切り,無担保コールレートは,その後,実質的にゼロ金利までに低下した。こうした金融システム安定化策や金融緩和策の効果などから,ジャパンプレミアムがほぼ解消するなど,金融システムに対する不安は和らぎ,長期金利は落ち着き,株価は回復している。
1 変化した資金の流れ
(動きに大きな差がみられた量的指標)
景気低迷の深刻化・長期化,金融システム不安の高まりと落ち着きなどを背景に資金の流れにも変化がみられた。
代表的な量的指標である日銀券,マネーサプライ(M2+CD),貸出のそれぞれの伸び率(99年1~3月の前年同期比,平残)をみると,日銀券が4.6%増,M2+CDが3.6%増,貸出が4.3%減とその動きに大きな差がみられている(第1-9-1図)。
日銀券の伸びは,マネーサプライ(M2+CD)の伸びに比べ高い(1)。この背景としては,家計のタンス預金や企業の手元流動性が増えるなど,家計や企業が流動性に敏感となり,これに応じて,銀行の現金準備も増えたことから,日銀券の動きが鈍くなった。
また,貸出の伸び率はマネーサプライに比べ一段と低く,前年比マイナス基調が続いている。これは,企業がいざというとき銀行借入に頼れないのではないか,といった不安から,CPや社債,公的金融機関からの借入等銀行借入以外での調達を増やし,それを預金の形で保有したためである。
このように,金融システム不安や金融機関の貸出態度に対する懸念などが,日銀券,貸出,マネーサプライの伸び率の差を大きくしている。
(資金循環表でみた各経済主体の資金の動き)
次に,資金の流れの変化を資金循環表でみる。まず,法人企業部門が94年に統計作成開始以来初めて資金余剰に転じたあと,5年連続で資金余剰を続けており,98年は更に資金余剰幅を拡大させた(2)(第1-9-2図)。これは,企業部門の金融資産の増加額が,金融負債の増加額を上回っている度合いが一段と高まったことを示している。企業の設備投資がキャッシュフローの範囲内に抑制され,金融部門の貸出金償却により借入金残高が減少したことによる。資金運用面では,キャッシュフローの一部を流動性確保を企図して預金のがたちで増加させたことなどによる。
これまでは,個人部門の資金余剰が銀行貸出を通じて企業部門にファイナンスされ,企業部門は資金不足となるのが,通常の姿であった。しかし現状は,逆に企業部門が資金余剰となっている。企業部門の資金調達をみると,民間借入が大きく減少するなかで,社債やCPでの調達が増加している(第1-9‐3図)。
公共部門では財政赤字の拡大から資金不足幅が拡大した。98年度には対名目GDP比でみて6.6%となり,バブル期の法人企業部門の資金不足幅にほぼ匹敵するほどまでに財政赤字は多額に上っている(3)。
総じてみれば,70年~80年代の「個人部門の資金余剰と,企業部門,公共部門,海外部門の資金不足が見合うパターン」から,90年代半ば以降は,「個人部門と企業部門の資金余剰と,公共部門と海外部門の資金不足が見合うパターン」に変わってきている。
2 一段の緩和に踏み切った金融政策
マネタリーベースの動きをみると,98年10月ごろまで約1年間,前年同月比で10%程度の伸びを続けてきたが,11月以降伸びが低下した。季節調整済みの系列でみても,98年11月以降伸び率を低め,98年12月には大きく前月比で減少した(第1-9-4図)。準備預金と流通現金に分けてみると,マネタリーベースの大半を占める流通現金が大きく減少した。これは金融システムに対する不安を主因に増加していた予備的な貨幣保有が,金融不安の落ち着きに伴い流動性に対する不安が収まるにつれて,減少したためと考えられる。このほか,98年冬のボーナスの減少とそれに伴う低調な消費の動きを反映している面もある。
その後,2月に日本銀行が「より潤沢な資金供給を行い,無担保コールレートをできるだけ低めに推移するように促す」とした一段の金融緩和に踏み切り,3月以降もコールレートが実質ゼロ水準を維持するように潤沢な資金供給を続けたことから,各行が超過準備を増やし,流通現金の伸びも幾分回復したことから,マネタリーベースは増加した(マネタリーベース対象外の短資が日銀に預けている当座預金も増加した)。また,こうした金融緩和策がしばらく続くとの見方のもとで,ターム物や長期金利にも影響が及んだ(4)。
(実質ゼロ金利の下でのコール市場)
2月以降コール市場の残高は減少している。コール市場の残高が減少すると,いざというときにコール市場から資金調達できない金融機関が出てくる懸念も指摘されているが,市場が混乱している訳ではない。従来,主たる出し手であった生保等が,主としてコールの取り手である都銀の普通預金やターム物へ資金をシフトさせている。資金の取り手からみれば,コール市場から調達するかわりに普通預金で調達するかたちとなっている(第1-9-5図)。
(金利と量に関する政策ルール)
コールレート(無担保,オーバーナイト物)がゼロ近傍にまで低下したことから,次なる金融調節の目標として,より長めのターム物の金利を目標にするか,あるいは,何らかの量的な指標をターゲットにするかの議論がなされている。金融調節に関する幾つかのルールが提唱されているが,このうち金利,量について代表的なルールを現状にあてはめて検討してみよう(5)。
まず,金利操作に関するテーラー・ルールと呼ばれる政策ルールである。これらはインフレ率とGDF成長率のトレンドからのかい離に反応して金利水準を調節しようとするものである。80年代後半~90年代初にかけては実際のコールレートはこのルールで計算された水準より低かったが,96年頃までは,同ルールで計算された水準とほぼ同水準であった(第1-9-6図)。ただ,最近では98年10~12月期まで5四半期連続でマイナス成長となるなどGDPギャップが拡大していた中で,テーラー・ルールで計算される水準はマイナスになっていった。
次に,量的指標,ここではマネタリーベースを政策手段とする政策ルールにマッカラム・ルールがある。同ルールは,名目GDPの目標経路からのかい離に併せてマネタリーベースの伸び率を求めるルールである。同ルールは,バブル期にはこれを上回っており,バブル崩壊後は若干下回っている。足元では,同様にマネタリーベースの伸びは同ルールで計算される伸びを下回っている(第1-9-7図)。
これらのルールは,GDP,物価といったマクロ経済のパフォーマンスをターゲットにしたルールであるが,計算方法によって結果が異なることがあるほか,金融システム不安などを念頭におかない言わば平時のルールであることには注意が必要である。また,GDPや物価などと金利,マネタリーベースの関係が安定的かどうかについての議論がある点にも留意が必要である。
(一時大きく上昇した長期金利)
長期金利(国債利回り)は,90年以降低下傾向にあり,98年9月には1%を切る水準まで低下した。しかし,98年末から99年初にかけて一時大きく上昇した。
長期金利は,理論的には,実質金利,期待インフレ率,リスクプレミアムによって決定される。年末から年始の長期金利上昇の背景として,市場では①景況観の好転(過度の悲観論の後退),②国債の需給悪化懸念,③財政赤字の拡大に伴う将来のインフレ・リスクについての懸念の高まり,④安全資産選好の落ち着き(flight to quality要因の弱まり)などの点などが指摘された。そこで,長期金利関数を推計し,これまでの動きをそれぞれの要因に分解した(第1-9-8図)。
推計式により,ボトムの98年11月~99年3月までの上昇幅をそれぞれの要因に分解してみると,国債の発行増(利付き国債シ団引受け分)による上昇分と,金融市場の落ち着きを反映した安全資産選好(flight to quality)要因の弱まりが大きく押し上げ要因となっており,実体経済面の下げ止まりもある程度の押し上げ効果を持ったと考えられる。逆にコールレートの低下は,長期金利にも影響を与えていたとの結果となった。
資金運用部の国債購入の減少が,長期金利上昇の一つのきつかけになったとの指摘がある。理論的には,資金運用部が国債購入に回していた資金が民間部門に流れ,それと同額の資金が代替的に国債の購入に向かえば,国債の金利には影響を与えないはずである。ただ,公的部門よりも投資採算に敏感な民間投資家の方がより高い利回りを求め,国債以外の金融商品に向かいやすいとすれば,公的部門である資金運用部の国債購入の減少は,国債の金利に上昇圧力をかけることになる可能性もあると考えられる(6)。さらに,最近では,財政状況に対する市場の反応が敏感になっているとの見方もある。98年末から99年初にかけての長期金利の上昇についても,大型の景気対策が決定されたことで,国債増発の予想が高まったことが,その一要因となった可能性も否定できない。
3 金融システムの現状と課題
(落ち着きを取り戻した金融システム)
97年秋の複数の金融機関の破綻に端を発し,我が国金融システムに対する信認は揺らいだが,その後様々な金融システム安定化策が採られたあと,98年10月には,金融再生法,金融機能早期健全化法を始めとする一連の法整備がなされ,金融システムの安定化のための枠組みが強化された。
具体的には,健全性確保が困難な金融機関については,実体経済に重大な悪影響を及ぼすことなく円滑に対処できるように「特別公的管理」制度などが導入され,「特別公的管理」については二つの長期信用銀行が対象となった。また,金融機関経営の健全性を回復するため,資本増強を行う新たな枠組みが用意され,これらを含めた金融システムの安定性確保のための枠組みに対する資金の総枠も,それまでの30兆円から60兆円へと大幅に拡充された。
これに基づき,99年3月には15行に対し,公的資本増強が行われた。我が国の銀行,金融システムに対する信認が低下していた最大の要因は,多額の不良債権を抱えていることによる実質的な自己資本不足であり,この資本増強は我が国金融システムに対する信認の回復に向けた大きな一歩であった。
ジャパンプレミアムは,97年秋に大型の金融機関破綻が起きた後,海外市場において邦銀に対する流動性リスクや信用リスクが高まり,一時1%近い水準まで上昇したが,資本増強後は,金融システム安定化策や金融機関の再編に向けた取組みが進展していることが好感され,邦銀に対する市場の警戒感は薄らぎ,ほぼ解消している。また,銀行株は一頃に比べ回復している(第1-9‐9図)。
(今後の貸出をめぐる状況)
3月末に銀行15行に対し,7兆4,592億円の公的資金による資本増強が実施され,自力調達を含めると9兆6,119億円の資本増強がなされた。これで銀行の貸出態度はどのように変化するのであろうか。
公的資本増強申請15行の貸出計画では,2000年3月末は99年3月末に比べ貸出を0.7%(貸出債権流動化・償却要因等調整後1.7%)増加させる計画となっている。増加の内容をみると,中小企業と個人向けがほとんどである(第1-9-10図)。各行とも資産内容のリストラによる収益性の向上を目指しており,利鞘を拡大させていく計画となっている(7)。後述のように,これまでの銀行貸出では,企業の信用リスクを貸出金利に反映させるというよりは主として不動産担保で調整してきたが,不動産価格の下落傾向がいまだ止まらない中では,不動産は担保としての機能が低下している。
利鞘の拡大は,金融機関にとっては資産内容の健全化,収益性の向上に向けた動きであるが,企業サイドからみると,借入金利の上昇につながる。事実,3月短観の借入金利水準判断D.I.をみると,大企業では借入金利が低下するとする企業の方が多いが,逆に中小企業では金融緩和策にもかかわらず上昇するとする企業の方が多くなっている。こうしたことが,企業からみた銀行の貸出態度を「厳しい」と感じさせる要因の一つになっていると考えられる。
15行の計画によると,自己資本比率(国際基準)は,98年3月末の9.9%から99年3月末の11.8%へ上昇し,2000年3月末にかけても,貸出は増加するものの利鞘の拡大等から,11.9%と若干上昇する計画になっている。計画どおりの自己資本比率の向上が図られたとしても,欧米の銀行との比較では依然として低く,その後も引き上げていく計画となっている(第1-9-11図)。
後述のように,99年3月の公的資本増強前の98年中間期の財務諸表を基に,自己資本が貸出の制約となっている可能性のある銀行は約7割に達していた。
したがって,公的資本増強により自己資本の制約が緩和すると考えられる。ただ,公的資本増強申請15行でみると,99年3月期決算で総額9.6兆円の不良債権処理を実施しており,不良債権処理に伴う自己資本の減少を公的資本増強で補う形となっている。すなわち不良債権処理による自己資本の減少が更なる貸し渋りにつながることは回避されたが,公的資本増強はこれまで遅れていた不良債権処理に伴う損失とほぼ見合っている。不良債権の処理が進展し,銀行の収益性・健全性が回復し,増資等で自己資本の回復が図られると,この面からは貸出回復の下地が整うことになる。ただし,銀行貸出の対名目GDP比や企業のバランスシートの状況をみると,銀行貸出は過大である,とも言える状況にある。これが,今後,我が国の銀行が健全性,収益性をこれまで以上に重視し,資産規模や融資内容のリストラを進めていくなかで,銀行貸出の伸びの抑制要因の一つとなる可能性もある。
(不良債権の推移)
98年度の不良債権の処理額は,公的資本増強との見合いで多額の引当てを積んだことから,大きく増加した。99年3月に公的資本増強をした銀行でみると,98年3月期の8.4兆円に対し,99年3月期は9.6兆円の処理額となった。99年度の償却見込み額は,1.2兆円と98年度見込みに比べると大きく減少する計画となっている。このように不良債権の処理は大きく進んだ。
しかし一方で,景気低迷が長引き,地価が依然として下げ続け担保価値が減少するようであれば,新たな不良債権が発生したり,既に引当て済みの不良債権につき,担保保全分が目減りし追加的な引当ての必要性が生じる可能性が残っている。例えば,99年3月期の当初の不良債権処理予定額は15行計で1.4兆円であったが,現時点での処理見込み額は9.6兆円となっており,当初予定額に比べ6.8倍にも膨れ上がった。99年3月期は7.5兆円の公的資本増強が実施される前提として,不良債権の引当率を大きく引き上げたことが当初見込み比大幅増の主因である。そこで,期中に大きく増加した不良債権処理額のうち,引当率の引き上げによる部分や新規に処理が必要になった部分がどの程度かを推計する。99年3月期に不良債権に対する引当率が引き上げられ,すべての銀行で同じだけ引当率を引き上げたとの前提をおいて推計すると,99年3月期の処理額の多くが,金融機関の資産の査定基準や不良債権の引当基準を厳しくしたことによるものである(第1-9-12図)。このほか,期中の実体経済の悪化,地価の下落による担保価値の減少等で,新たな不良債権の発生や既に引当て済みの債権についての追加引当などで処理額が上積みされたものもあると考えられる。
92~97年度の累計で全国銀行で45.7兆円の不良債権処理を行ったが,うち25.8兆円は引当ては終わっているがバランスシート上に残っている。99年3月期に積極的に不良債権を引き当てており環境変化への備えは高まっているが,99年度の償却額が計画どおりの水準に収まるかどうかについては,今後の景気の動向,資産価格の動向等に影響を受ける。