第2章 リストラの背景と実態

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第1節 リストラの長期的背景

バブルの崩壊以降長期にわたって景気の低迷が続いている。政府は累次の経済対策などで景気下支えを試みてきたが,消費や投資などの民間需要の自律的回復はいまだ始まっていない。こうした中で,企業はいわゆるリストラ(1)の動きを強めている。生産性向上への期待が高まる一方で,雇用削減などに対する不安も否定できない。本章では,雇用,設備,債務についての過剰に至った背景や,いわゆるリストラの実態について検討し,今後のあるべき方向性について考察を加える。

(リストラは企業の再構築)

本来リストラとはリストラクチャリング(再構築)の略で,企業が,資本,労働,技術など各種の生産要素の組合せや業務内容を見直して,再編成することを意味している。すなわち,諸資源のより効率的な組合せを作り生産性を上昇させていくという行為を指すものである。この意味では,必ずしも業務規模の縮小や撤退,あるいは雇用削減を意味するものではない。

最近,多くの企業でいわゆるリストラが検討されるようになった背景には,深刻な不況だけでなく,以下にみるような日本的経営の行き詰まりがあると考えられる。

(低かった資本市場からの圧力)

日本の企業は株式持合いを背景に経営者に友好的で安定した株主構造を構築した結果,資本市場による経営者に対する監視が極めて弱かった。また,銀行が設定した金利は相手企業の財務内容などによらず横並びであったため,企業経営が財務体質によって大きく左右されるといったことも比較的少なかった。

さらに,企業の保有する持合い株式や土地などの資産価格がバブル崩壊までは上昇が続いた結果,膨大な含み益が発生し,これが経営者の裁量を更に増大させてきた。こうした中で経営者は資本市場からの圧力を余り感じない形で企業の経営を行うことができた。

(シェア重視の経営)

一方,経営目標としては企業の成長やシェア拡大が重視された。これは,企業の規模が経営者の社会的地位につながると考えられたためでもあるが,成長が見込まれ,競争圧力の少ない市場にあっては,当面の利益は少なくても早期に占有率を高めておくことが重要であったという要因もあった。行政に,実績重視・業界秩序尊重の色彩が強かったことは,こうした傾向を一層強いものにした。

(追い付き型成長の終焉とバブルによる問題中断)

先進国のお手本を急いで追いかけ,生産工程の効率化や製品の部分的な改良が重要な時代には,こうした経営は有効に機能した。目標が明確だったからである。ところが1980年代の半ばになると,先進国に追い付いた反面,アジア経済からの追い上げを受け,我が国経済がどのようにして独自の道を歩むべきか,次の目標は何か,が大きな課題となった。消費生活も一応の水準を達成し,今後何が伸びるのかが不明確になってきた。こうした中で,国際経済情勢を背景に金融緩和が続いたことや,大企業の銀行離れが進んだこともあって,目標を見失った資金が土地や株式などの資産に向かい,これが土地神話を増幅し,資産価格が一層上昇した。いわゆるバブルの発生である。バブルによってもたらされた含み益の拡大や資本調達コストの低下などを背景に,企業は横並び的に,設備を増強し,雇用を拡大し,前述のような問題への対応は遅れてしまった。

(バブルの終焉と深刻化した問題の再来)

バブルが崩壊すると,企業は80年代半ばに突き当たっていた問題に再び直面することになった。しかも,二つの理由から問題は一層深刻化していた。第一はバブルによる見せ掛けの繁栄のため,金融機関の審査能力は低下し,企業も非効率な部分を大きく抱えてしまったことである。第二は,日本が得意としてきた分野へのアジア諸国の経済による侵食が進んだことである。製品輸入が大幅に増加し,競争が激化し,エレクトロニクス産業など生産性上昇率が高い業種においても,生産性の上昇以上に価格が下落するといったことがみられた(第2-1-1図)。こうした中で,総資本収益率(ROA)などの資本の収益率は大幅に低下した(2)。「追いつき」は,規律がしっかりしている経済が,他国の先進技術を効率よく導入し量産化する過程ととらえることができる。しかし,アメリカで進展したソフトウエアなどの新しい産業分野で今後も追いつき努力を行うことが新しい課題であると考えるのは必ずしも適切ではない。こうした分野は情報や知恵自体が本質的な役割を果たしている知価創造的な産業であるので,模倣が行き過ぎると盗作になるし,量産化は原産国でも容易に行えるからである。何よりも価値そのものが場所と時間によって可変的であるため,模倣が有効となるとは限らない。

(バブル崩壊後の調整を遅らせた含み益と企業の需要対策への依存)

バブル崩壊後の厳しい状況の下でも,しばらくの間,我が国経済は低成長ながら失業率が大きく上昇することもなく,持ちこたえていくようにみえた。しかし,これは上記の問題への対応が進んだからではなく,バブル時期に企業や金融機関が貯えた巨額の含み益を取り崩すことができたためであり,企業の体質改善のテンポは極めて緩やかなものにとどまっていた(コラム「バブル崩壊後の調整が緩慢だった日本」参照)。さらに,累次の総需要拡大策が景気を下支えしていることに企業が依存したことが,問題を先送りさせた面がある。新しいビジネスチャンスにつながるような規制緩和も,総論賛成の気運は高まったものの,需要拡大につながったのは移動体通信など一部のものにとどまった。こうしたことを背景に産業の新陳代謝は進まず,景気が低迷しているにもかかわらず,事業所の廃業率は低下し開業率も低いままであった(第2-1-2図)。(コラム(低い日本の開廃業率や対内直接投資)参照)

(長期固定的生産要素としての労働)

こうした背景には,雇用維持を重視する経営がある。長期雇用の慣行の対象となる雇用にかかるコストは変動費用ではなく,設備費用と同様に埋没した固定費という性格を強く持っていた。このため,収益性の低い事業でも,変動費用が少ないことからそのまま継続されてきた面がある。その際,企業経営面でのバッファーになってきたのが含み益であり,その裁量的な利用の裏付けとなったのが安定株主構造であった。雇用に関するこのような慣行は逆に,新規雇用に対しても企業を慎重にさせることになった。そうしたことなどを背景に,95年,96年に需要が一応の盛り上がりをみせた際にも雇用の増大は比較的緩やかなものにとどまった。

(バブル崩壊後の調整が緩慢だった日本)

先進国の中でバブルの生成と崩壊などによって金融面で問題が生じたとされる,日本,アメリカ,イギリス,及びスウェーデン,ノルウェー,フィンランドなど北欧三国の六カ国について,商業地の地価のピーク年からの経済指標の動きについてみてみよう。

まず就業者数の地価のピーク年からの推移をみると,日本はバブル崩壊後も増加基調が続き,8年経過後に滅少している。多くの国々は就業者数が大幅に滅少し日本とアメリカ以外は8年後も地価のピーク年の就業者数を依然として下回っている(図①)。

また,失業率の動向を地価のピーク年からの差の推移でみると,日本はバブル崩壊後も低位で安定していたが97年から98年にかけて急激に上昇し始めている一方,諸外国では早期に大幅に上昇しその後徐々に低下していく傾向にある。ただし,労働力の流動性が高いイギリスとアメリカは失業率が以前の水準よりも低下しているものの,北欧3国では依然として失業率が高止まりしている(図②)。

一方,設備投資についても,就業者数の動きと同様の傾向がみられるが,その調整幅は極めて大きくなっている。日本はバブル崩壊後設備投資が大幅に調整されてきたが,諸外国と比較するとその調整幅が最も小さい。ところが,近年になってその調整が大幅にみられており,イギリスと同水準まで低下している(図③)。

このように日本以外の諸外国は雇用,設備投資ともにより大幅な調整がみられているが,GDPでみるとその差は大きくない(図④)。この結果,我が国では雇用保蔵の高まりがみられるとともに設備の稼働率が低下し過剰感が高まっている。

(低い日本の開廃業率や対内直接投資)

日本の開業率,廃業率をみると,開業率は低下傾向にあり,一部の統計では前者が後者を上回っている。また,これらをアメリカのものと比較すると,双方とも極めて低い水準にある(前掲第2-1-2図)。また開業率について先進諸国と比較してみても日本は最低水準にある(図1)。日本の開廃業率をめぐるこうした状況ばついては,近年の雇用者数の伸びの低さとの関係で議論されることが多い。しかし,①開業後間もない企業は経営基盤が脆弱であり短期間で廃業するケースも多いこと,②市場規模が拡大しない場合,開業の増加は既存企業の廃業を誘発すること,などから,開廃業トータルでみた場合に,高い開業率とマクロベースの雇用量の伸びとの関係は必ずしも単純ではない。雇用創出と喪失について各国の比較をみても,新規開業に伴う雇用の増加は,日本は特にアメリカと比較すると大幅に低くなっているが,廃業に伴う雇用の減少もまた低い水準にある(表1)。ただし,企業の社齢別の雇用者数の増加率をみると,比較的企業年齢が低い時期に大きく雇用を伸ばしているのに対し,企業年齢が20年を越すと増加率が大幅に低下している。こうしたことから,開業率が低下し,若い成長企業が減っている我が国では,長期的な雇用創出能力が低下していることが懸念される(後掲付図3-4-4)。

開廃業のもたらすより直接的な影響は,企業の新陳代謝を通じてより効率的な資源の配分を実現することであり,こうした観点からは,開業率,廃業率が共に高いことが望ましい。このためには,開業コストの低滅だけでなく,廃業して退出する際に埋没する費用が低く抑えられていることも重要であり,倒産やいわゆる会社整理などの後ろ向きの理由ばかりではなく,「事業の一層の効率化」の観点からM&Aを積極的に行った結果としての廃業が生じるような環境が望ましい。

近年日本への直接投資が大幅に少ないことや,その背景として規制やM&A市場の未整備などが指摘されているが,先進諸国の開業率と当該国の固定資本形成に占める対内直接投資の比率の関係をみると,有意に正の相関がみられている(図2)。開業率の上昇を促し対内直接投資が増加するような環境を整備することは,諸外国の効率的な経営資源が移転されることに寄与し,我が国経済の効率化に大きく貢献するものと考えられる。

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