第2節 リストラ圧力の高まり

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このような,長期的な要因としての日本的な企業経営の行き詰まりが,97年秋以降の不況の深刻化とともに,より逼迫したリストラ圧力となって感じられるようになってきた。ここでは,その高まりの背景について考察してみよう。

(期待成長率の低下)

第一に,不況が長引き期待成長率が低下したことである。従来であれば,いわゆる過剰雇用や遊休している設備も将来需要が回復した際には活用することが期待できたが,深刻な不況が稼働率を大きく低下させた上に,将来の大幅な需要回復も望みにくいと企業が考えるようになった(第2-2-1図)。また,政府が大規模な景気対策を度々実施したにもかかわらず,景気回復要因が剥落すると景気は再び後退に向かい自律的な景気回復にはつながらなかったと企業が受け止めたこともあって,自己の体質の改善によって難局を乗り切る必要があるとの意識がようやく高まってきたものとみられる。供給面の政策の必要性に関心が集まってきた背景も,財政状況に対する市場の反応が敏感になっているとの見方もある中で,これまで先送りにされてきた供給面の改革を副作用の少ない形で進め,企業の体質を改善し企業の元気を回復させていくことが自律的な景気回復にとって不可欠である,という認識が高まったためと考えられる。

(含み益の払底)

第二は,含み益が底を尽きつつあることである。これまでの企業改革は冗費節減や欠員不補充,新規雇用削減,などの比較的マイルドなものにとどまってきたが,一方で非効率な設備や雇用の有効活用努力の必要性についての認識が遅れたきらいがある。バブル時期のピークに比べ地価が7割,株価が4割になったこととあいまって,約300兆円あった企業の含み益は3分の1になってしまった(第2-2-2図)。土地に関する含み益はある程度残っているが,工場用地など事業目的に使用中で,容易に吐き出せない部分も含まれていることに留意する必要がある。株式の含み益の減少は,それ自身企業に早期の体質改善を迫るだけでなく,企業の株式保有のインセンティブの滅少を通じて,株式持合いを弱め,一般株主による資本市場の監視機能を強化していく効果を持っものと考えられる。

(株式持合いの低下)

第三は,自由化・国際化した資本市場からの圧力の高まりである。含み益の減少や株式の持合いの滅少は,経営者の裁量の余地を狭め,資本市場から企業の収益性が厳しく問われるようになってきた。

近年の上場企業発行株式の所有者分布状況について90年度と97年度を比較してみると,金融機関同士(金融株の金融機関による保有),事業法人同士の持合い比率はあまり低下していないが,事業法人の株式に占める金融機関の保有分の比率や金融株に占める事業法人保有比率は大きく低下している(第2-2-3図)。事業法人や金融機関によって放出された反面,リストラを重視する外国人の株式保有割合が大幅に増加している点も注目できよう。株式持合いに関する調査(1)でも,こうした株式保有構造の変化がみられる。経済企画庁「平成10年度企業行動に関するアンケート調査」(以下「企業行動アンケート調査」)においても株式持合いについて今後弱まると回答している企業の割合が大幅に増加している(第2-2-4図)。

同調査によると,株式持合いのメリットの上位二つは「長期安定的保有による株価の維持・安定」や「株式持合い相手との長期継続的取引が可能」といった相手が自社株を保有していることに起因する要因を挙げているのに対して,デメリットとして挙げている上位二つは,「持合い株の株価低下による含み損の発生」や「長期安定的保有による資金の流動性の低下」といった,自企業が株式持合い相手の株式を保有しているこどに起因する要因を挙げている。このことから,株価の低迷は株式持合い解消の大きな誘因となっているものとみられる(2)。

(財務内容に応じた資本コストの変化)

従来,企業ごとの借入金利の格差が小さかったため,企業間の財務体質の差が資本コストの差にあまり反映されてこなかった。ところが,近年金融自由化が一層進み,銀行はよりリスクに見合った金利の設定を行っている。利率別貸出残高の割合について91年6月と99年2月を比較すると,最近では最優遇金利(短期プライムレート)からの差が大幅に広がっている(第2-2-5図)。

金融ビッグバンが進み金融機関の競争が激化するにつれてこうした傾向が強まり,金融機関は財務体質の良好な企業に対してはより低い金利を,財務体質の悪い企業に対してはリスクに見合ったより高い金利を設定することとなろう。経済企画庁「企業行動アンケート調査」においても,金融・資本市場における変化のメリット・デメリットについて,「低コストによる資金調達が可能」がメリットの第二位に挙げられているのに対して,「資金調達コストの企業間格差の拡大」がデメリットの第一位に挙げられていることからも,財務体質の格差に応じた資金調達コストの格差が拡大し,財務体質の良い企業は資金調達コストが低下することから財務体質がより一層改善し,逆に悪い企業はより悪化するという状況となっているものと考えられる。資金調達コストの変化がもたらす影響の大きさについてみると,例えば,不動産業の上場企業で有利子負債の売上高に対する比率が上位20%の企業は,売上高の3倍の有利子負債が存在する(後掲第2-5-1図①)。こうした企業で有利子負債の金利が1%上昇すると,他の条件を一定とすれば売上高経常利益率が3%低下することになり,当該企業の収益に大きな影響を与えることになろう。

こうしたことから,金融・資本市場の変化に伴って,資金調達コストは大きく変化し,企業の財務体質の改善を強く迫っているものと考えられる。

(会計基準の変化)

今後予定されている会計基準の変更も,企業経営の効率化を促す要因となっている。

まず,企業の会計基準の時価評価への移行により,2001年4月1日以後開始する事業年度から持合い株式の太宗は時価評価されることになるものとみられる。この結果,従来行われてきたいわゆる「含み益経営」は事実上困難になり,この面からも効率的な経営が求められるとともに,株式保有のインセンティブが低下し,持合いの解消が一層進むことが見込まれよう。

次に,99年4月1日以後開始する事業年度から,上場企業等は,連結財務諸表を中心に公表することに加えて連結決算に含める子会社を実質支配力基準により判断することが求められており,実質的子会社含めた企業グループ全体の財務体質の改善を図っていく必要がある。これまでは,実質的子会社の財務状況を連結決算に反映する必要がなかったこともあって,子会社の財務体質は親会社よりも弱体化している可能性がある。経済企画庁「企業行動アンケート調査」で,財務体質改善に要する期間についてみると,損益計算面,バランスシート面ともに単独決算ベースよりも連結決算ベースの方がより長期化している(第2-2-6図)。これまで,特に大企業の雇用調整策として,雇用維持の観点から子会社や関連会社への出向という手法が多くとられており,これが子会社の財務体質に影響した可能性がある。しかしながら,こうした手法は連結決算ベースでは実質的なコストの削滅につながらないことから,単に親会社から子会社に賃金コストを移しかえるような雇用対策のための出向は滅少していくことになろう。

(人口構造の側面)

第四は,人口構造の側面である。低成長が続く中,ベビーブーム世代が50歳前後に達し,年功序列的賃金体系の下で,賃金面,ポスト面での処遇がいよいよ困難になってきたことが雇用削減の動きの背景にある。ベビーブーム世代はその人数が他の世代に比べて際立って多いために,これまでもそのライフ・ステージに応じて日本の経済社会にさまざまなインパクトを与えてきた。特に,情報ネットワークの発達はこれまでホワイト・カラーが担当してきた業務の大幅な改革や合理化を可能にしつつあるが,こうした動きも大量に採用されたベビーブーム世代の雇用環境を一層深刻なものにしている。

(リストラのジレンマ)

こうした中で,企業は規模より収益性重視へと経営の重点を急速に移しており,これがリストラ圧力の高まりの背景になっている。

このような動きは市場が統一されて競争圧力が高まった欧州でもみられるが,我が国での最近のリストラの特徴として,守りの側面が強いことが挙げられる。

本来のリストラは生産性の向上を通じて経済の活性化に結び付くべきものであるが,企業の経営資源の中で過剰なものを整理するという側面が重視され,不足しているものを補強する側面が弱い。これは不況下の需要減退のためでもあるが,第3章で議論するように,企業がリスクに対して後ろ向きになっているためでもある。すなわち,将来の需要や発展可能性について控えめに評価し,これに必要な経営資源以外は整理をしようとの態度が強く,このことが雇用滅少などを通じて景気の足どりを重くしている。すなわち,企業のリストラは当該企業にとっては体質改善につながる一方,経済全体では雇用削減などを通じて不況を深刻化させかねないというジレンマが存在している。

さらに,最近のリストラはリスクバランスの調整という側面ももっている。

将来の需要についての不確実性が増加した状況の下で長期雇用を維持し続けると,将来の収入が不確実な反面,賃金や年金基金に伴う支出が長期に拘束されることとなる。このため,雇用の構成を正規の従業員からより柔軟に調整可能なパートなどヘシフトさせている。

(増加するM&A)

近年M&Aの件数が急激に拡大しており,リストラの手法として注目されている。特に外資系企業による企業買収や大企業の事業部門に買収など動きが多数みられている。

業種別にM&Aの動向をみると,外資系を含めて近年急激に金融部門が増加しているのが注目される。これは業界の再編を映じた動きとみられ,特に97年の秋以降に急激に伸びている。参入の動機としては,「金融ビックバン」に代表される金融自由化に伴って日本市場に参入するきっかけを持とうとしていること,長引く不良債権問題など金融機関の体力が低下している下でM&Aに必要なコストが低下しているとみられることなどが考えられよう(第2-2-7図)。

M&Aはどのようにリストラに影響しているのであろうか。M&Aの件数の多いアメリカでの雇用に与える影響をみることにする。第2-2-8図は従業員規模500人以下と500人以上の企業の90年から94年にかけて存続した事業所のうち,M&Aをされた事業所とされていない事業所を比較したものである。これをみると90年から94年にかけてM&Aをされた事業所の従業員数は全体で525万人であった。これが507万人に減少している。なかでも大企業の事業所がM&Aにあった場合に雇用が大幅に減少しており,345万人のうち約10%に当たる34万人の雇用が減少している。これをM&Aにあっていない大企業の事業所の場合と比較すると,3,355万人のうち81万人が減少と約2%にとどまっている。こうしたことから,アメリカにおいては大企業に対してM&Aを実施した後で,経営体質の強化を図るため相当の規模で雇用削滅を実施している姿がうかがわれる。

逆に,中小企業でM&Aにあった事業所の場合をみると,90年時点で180万人の雇用がM&Aを通じて約10%に当たる17万人増加している。こうしたことから,大企業と中小企業に対するM&Aの動機が異なっているとみられる。大企業に対しては既存の業務分野で非効率な部分を削ぎ落とし効率化を図ることが念頭に置かれている一方で,中小企業に対しては将来の成長期待があるような企業をM&Aを通じて更に大きくしていこうとすることが念頭に置かれている。

このところ日本でも大企業に対するM&Aが数多くみられるようになってきている。特に外資系の企業によるM&Aの場合には,収益重視の観点から非効率な部門は雇用を含めて整理するケースもみられるであろう。こうした動きが増えてくると,対抗上他の企業も同様の効率化を図るようになる可能性もあろう。

今後も,経営難の企業が数多く存在することや,外資系の金融機関の日本への進出が今後とも増加が見込まれることから,活発なM&Aがみられることになろう。特に上場企業については,流動株式の割合が高まるとともに,時価会計の導入や実質支配力基準による連結決算など新しい会計基準の導入により財務内容の透明性が高まることから,近年欧米を中心に盛んになっているMBOなど新しい手法の実施も含め活発なM&Aが予想される。

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