第6節 おおむね横ばいで推移している生産
これまで見てきたように,97年秋以降,大幅に需要が落ち込み,在庫は98年1~3月期にかけて,積み上がっていった。その後,減産が本格化したものの需要の減退も続いたため,在庫の調整は長引いた。しがし,99年に入ってがらは,在庫率も前年を下回る水準にまで低下し,生産は,最終需要の動きを反映して,低い水準にあるものの,おおむね横ばいで推移している。
ここでは,今回の不況における在庫調整の特徴についてみてみよう。
(在庫調整のメカニズム)
在庫調整は,需要の見誤りや予測を越える需要の変動によって生じた過剰な在庫を生産の抑制を通じて減らしていく動きである。需要の伸びが低下すると,需要水準に対する認識の遅れや生産水準の変更に伴う調整コストがあるため,しばらくの間は,在庫が積み上がる。しがし,いずれ企業は生産を抑制するようになり,これが他産業にも波及して経済全体の動きとなる。
在庫投資(在庫残高の変化)のGDPに対する割合は1%前後に過ぎない。
しかし,在庫の調整が需要の変化に対応した生産の調整と同時に行われるため,特に景気後退局面においては,在庫投資の変動は景気変動を増幅する効果を持ち,GDPの変動との間に密接な関係がある。
ここでは,今回の景気後退局面における在庫調整の特徴について考えてみよう。
(在庫調整が景気に与える影響の変化)
まず,中長期的な観点から,在庫調整メカニズムの変化についてみてみよう。
Just-in-time方式やPOSシステムの導入による生産・在庫管理技術の発達を背景に,企業は在庫保有を減らしており,在庫変動が景気循環に与える影響が小さくなっている可能性がある。
生産・在庫管理技術が発達すると,企業は,①在庫ストックを圧縮したり,また,②出荷の変動に応じてより迅速に生産を調整したりすることが可能になると考えられる。こうした効果を計測するために,在庫のストック調整モデルを推計した。これによると,80年代を通じて,①在庫の調整速度(λ)が速まっている,②生産・在庫管理技術の進歩によって出荷の変動に対応した在庫ストックの変動(α)が小さくなっている,③生産が出荷にすばやく対応するようになったという意味で生産の調整速度(μ)が速まっている,との結果が得られた(第1-6-1図①)。しかし,90年代に入り,このような傾向は弱まっている。
また,生産の出荷に対する調整速度(μ)が速まっているかどうかを調べるために,生産と出荷の変動比を,期間10年間のサンプルを1ケ月ごとにスライドさせつつ算出した。鉱工業全体でみると,80年代半ばのデータを含む時期がら変動比が上昇しており,生産が出荷の変動に対してより柔軟に調整されるようになっていることを示している(第1-6-1図②)。
以上のことから,80年代を通じて,需要の変動に応じて在庫が速やかに調整されるようになり,在庫変動が景気循環に与える影響が小さくなっているものと考えられる。ただし,生産と出荷の変動比が,90年代のデータを含む時期に入ってからは,鉱工業全体,化学,紙・パルプなどでやや低下又は横ばいの傾向にある(1)。また出荷の変動に対応する在庫ストックの変動の割合(α)もやや上昇している。したがって,需要が長期にわたって低迷している90年代においては,需要の変動に応じて生産や在庫を柔軟に調整することが困難な状態となっており,在庫変動が景気に与える影響が強まっている可能性がある。
(需要が減退するなかでの在庫調整)
今回の景気後退局面における在庫調整をみてみると,景気後退局面入り後(97年4~6月期)の在庫の増加は,当初は消費税率引上げ前の駆け込み需要により減少した在庫を補充する動きとみられていた(例えば,製造業の業況判断D.I.(日銀短観)のピークは97年6月調査であった)。夏以降には,耐久財等一部で軽微な在庫調整が必要との見方が広がったが,全体としては在庫はむしろ増加した。
10~12月期に入って生産は抑制されてきたが,実際には在庫減らしは進まず,98年1~3月期まで在庫は増加し続けた。これは需要(出荷)が大幅に減退し,生産を抑制しても,在庫が増えてしまったからである。
98年4~6月期以降,企業の減産強化が本格化し,需要の滅退に対応した生産休制が取られた結果,在庫は減少に転じ,99年1~3月期まで4四半期連続で減少している。第一次オイルショック後の75年1~3月期に次ぐ水準にまで上昇した在庫率も徐々に低下してきており,在庫調整の進展がうかがわれる。
今回の在庫調整の特徴をみるために,第二次オイルショック後の各景気後退局面における製造業の売上高の見通し(上半期については6月時点,下半期については12月時点)と実績のかい離をみた。これによると,今回の景気後退局面においては,企業は需要が滅少するとの弱気の需要見通しを立てて生産を抑制してきたものの,この見通しを上回って需要が減退したために在庫が積み上がっており,その結果在庫の調整が長引いていることが分かる(第1-6-2図)。
(需要減退の要因)
それでは,在庫調整を困難にした需要(出荷)の減退が何故生じたのかをみてみよう。
出荷の内訳を国内向け出荷,輸出向け出荷に分けてみると,97年中は,4~6月期は輸出向けが下支えをする一方,国内向けが大幅滅となった。しかし,98年に入ってからはアジア通貨危機の影響が強まり,アジア向けを中心に輸出も減少に転じた。最近では,国内向け,輸出向けともにほぽ下げ止まっている。
また,国内向け出荷の動向を財別にみると,97年中は消費財が一貫して滅少しており消費不況の様相を呈していた。98年半ばからは耐久財を中心に在庫調整が進んだものの,消費が低調に推移しているため,出荷も低水準での推移が続いている。一方,98年の出荷の滅少を主導したのは資本財であり,98年に入って景気が設備投資中心に減速していったことを示している。資本財出荷は,97年中は増減を繰り返していたが,98年4~6月期に急激に減少した後,低調に推移している。建設財は住宅着工の減少により減少を続け,99年に入ってからも公共工事による下支え効果はあるものの,民間建築需要の減少などから低迷している(第1-6-3図)。
(在庫調整の行方)
全体としてみると,在庫調整はかなり進んだとみることができよう。そのため,在庫面から生産の足を引っ張る力は弱まっている。今後,公共投資などの政策的要因が需要を支え,財の出荷が増加してくれば,生産の増加→所得の増加→消費の増加という好循環につながることも期待できよう。