平成11年度

年次経済報告

経済再生への挑戦

平成11年7月

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年度リスト]

第1章 政策効果に下支えされる日本経済

第5節 戻りつつあるアジア経済との好循環

98年8月中旬以降円高に転じた為替レートは,日本の輸出入や輸出企業の収益に様々な影響を及ぼしている。また,98年の経常収支黒字は,貿易収支黒字が拡大したこと等により,高い水準となった。アジア通貨危機の影響は,一頃に比べれば落ち着きつつあるものの,アジア向け不良債権処理の問題など懸念される問題も残っている。

1 円高に転じた為替レート

(円高に転じた為替レート)

円の対ドルレートは,95年半ば以降円安基調で推移してきたが,98年8月に円安のピークを迎えた後急速に円高が進み,1月上旬には一時110円台まで上昇した。その後,2月中旬の日本銀行の金融緩和政策などを背景に,やや水準を戻し,5月下旬には,120円台で推移している(1)。

まず,購買力平価(対ドル)の動きを製造業GDPデフレータベースでみると,長期的には実際の為替レートと同様に円高傾向で推移している。99年5月末の為替レートは,購買力平価とほぼ同じ水準にあり,おおむね日本の製造業の国際競争力を反映している。また,これまでほぼ一貫して円高傾向で推移してきた購買力平価がこのところ横ばいとなっているのは,日-米の製造業における生産性上昇率の格差が縮小してきていることを反映しているとみられる(第1-5-1図)。

次に,内外の投資収益率の違いや外貨建て資産を持っリスクプレミアムとの関連をみよう。国内資産の投資収益率が高まれば,国内に資本が流入し増価要因に,また対外純資産が蓄積すれば,外貨建て資産を持っリスクプレミアムが高まり,為替レートの増価要因となることが考えられる。この二つの要因で円の対ドル実質為替レートを推計してみると,金融の国際化の進展等を背景に,実質金利差が為替レートに与える影響が強まっている反面,対外純資産の蓄積が為替レートに与える影響は弱まっている(2)。

また,短期的には,経済や金融の情勢に対する為替市場の評価や期待が為替レートに大きな影響を及ぼす。日本の長期金利が大幅に変動した98年12月以降についてみると,為替レートは,日米の長期金利差の動きにがなり連動している。特に一方向に金利差が拡大した99年2月における相関が強い。為替市場において急速に変化した日米の長期金利差が一つの材料とされていたものと考えられる(3)(第1-5-2図)。

(円高が輸出入に与える影響)

景気が依然として極めて厳しい状況にある中,今回の円高は外需の減少や輸出企業の採算悪化などを通じて日本経済にどのような影響をもたらすのであろうか。

円高が輸出入に与える影響を価格面からみると,円高が進んだ98年10~12月期には,輸出入価格はともに大きく下落した。輸出価格は,過去の円高局面においては,円高が始まってからほぼ2期目以降に現地通貨建てベースで上昇する傾向がみられた。しかし,今回の円高局面では,2期目になっても現地通貨建てベースで低下している(4)。半導体を始めとして,世界市場で需給が悪化していることなどにより,企業が円高による為替差損を輸出価格に十分転嫁できていない可能性がある。一方,輸入価格の下落には,95年の円高局面に比べ,石油など一次産品価格の低下が大きく寄与している。

次に,輸出入関数によって,円高が輸出入に与える影響を数量面からみると,98年8月(1ドル144.67円)から5月(同122.11円)にかけて円は15.6%増価しており,この円高によって,輸出数量は,98年10~12月期に0.5%,99年1~3月期に2.0%,長期的(9四半期目までの合計)には9.3%減少するとみられる。一方,輸入数量は,98年10~12月期に0.7%,99年1~3月期に2.3%,長期的(7四半期目までの合計)には7.8%増加するとみられる(5)。

円高が輸出企業の収益に与える影響について,まず実質実効レートをみると,98年秋から99年1月にかけて,円高基調が続いた(6)。

経済企画庁の「平成10年度企業行動に関するアンケート調査」(調査時点1999年1月)による輸出企業の採算レートは,製造業平均で112.6円と昨年(110.0円)に引き続き下落した。調査直前の円レート(98年12月の平均為替レートは117.5円)よりは円高水準となっているものの,99年1月には,円レートが一時的に採算円レートを割り込んだ場面もみられた。その後は,円レートがやや円安方向に水準を戻したことにより,採算レートは確保されているものとみられる。

業種別にみると,一般機械や化学,電気機器が平均の採算円レートよりも円高水準にある一方,鉄鋼,繊維製品は平均よりも円安水準となっている。業種別の購買力平価をみても,ほぼ同じような傾向となっており,日本の比較優位の構造を反映しているとみられる。

また,中堅・中小企業の採算レートは,大企業の採算レートと比べ,円安に設定されている(7)。

このように,産業や企業規模によって,円高の影響が輸出面での収益の下押し圧力になりやすくなっているものと考えられる。一方,円高は,輸入企業にとっては,交易条件の面から,収益の改善をもたらすと考えられる。

2 高水準となった経常収支黒字

(高水準となった経常収支黒字)

経常収支は,98年に入って,輸出以上に輸入が大幅に減少したことによる貿易黒字の増加等を背景に,大幅に拡大し,98年の経常収支黒字は原数値では15兆7,846億円と過去最大となった。対名目GDP比では97年の2.3%から3.2%に上昇したが,これは分母である名目GDPが減少したことも寄与している。なお,対名目GDP比は,80年代半ばの経常収支黒字の拡大局面と比べれば(86年の経常収支黒字の対名目GDP比は4.2%),その水準は低い。

経常収支の内訳をみると,貿易収支は,輸出入ともに滅少に転じたが,輸出以上に輸入が大幅に減少したため,黒字が大きく増加した(第1-5-3図)。サービス収支は,出国日本人の減少等を背景として旅行収支を中心に赤字幅を縮小した。また,所得収支は,証券投資収益の黒字増加などから,黒字幅を拡大した。

(やや減少した輸出,大幅に減少した輸入)

98年に入って,輸出数量は,アジア経済・金融の混乱でアジア向けが大幅に減少する一方,欧米向けは,同地域の内需の好調もあって,堅調に推移じ,全体としておおむね横ばいで推移してきた。しかし,98年秋以降,アジア向けに下げ止まりの動きがみられたものの,欧米向けの伸びが鈍化したことから,全体としてはやや減少した。また,99年春からは,98年秋以降の円高による価格効果が徐々に現れているものの,一部のアジア向けに回復の動きがみられることから,全体としておおむね横ばい状態となってきた。輸出金額は,98年10~12月期には,輸出数量の減少,円高による輸出価格の低下から,前期比11.4%と大きく減少し,98年は前年比0.6%減となった。

一方,輸入数量は,98年に入って国内需要の停滞等を背景に大きく減少し,98年半ば以降は減少テンポが弱まりおおむね横ばい状態となった。99年に入ると円高による価格効果や,信用状の開設停止や流通システムの混乱といったアジア側の制約要因が改善に向かったことから増加しているが,航空機輸入等の特殊要因の影響もあるため基調としては緩やかに増加していると考えられる。輸入金額は,原油価格等一次産品の下落等もあって,98年は前年比10.5%減と大きく減少した(第1-5-4図)。

(大幅に下落し,た石油価格)

98年ば石油価格の下落が続き,原油価格(北海ブレント)は,97年の1バレル19.0ドルから98年には12.5ドルまで約34%も下落した。原油価格下落による所得移転効果について試算すると,98年で約1.1兆円程度(名目GDPの0.2%程度)と試算される。ただし,99年3月のOPECの減産合意を受け,99年5月末の原油価格は,1バレル=15ドル程度まで水準を戻している。

また,98年の製品輸入比率は62.1%となり,97年の59.3%から2.8%ポイント上昇して過去最高となった。しかし,その理由は93年~95年の円高期にみられたような製品輸入数量の増加ではなく,石油価格の下落や木材市況の低迷等に伴う一次産品輸入金額の滅少である(8)。

(貯蓄投資バランスからみた経常収支)

経常収支には,国内における貯蓄と投資の差額に等しいという恒等的関係がある。

経常収支の拡大に対応して,貯蓄投資バランスがどのように変化してきているかを部門別にみると,家計部門の貯蓄超過は安定的に推移している。非金融法人企業の投資超過幅は,バブル崩壊後,設備投資の落ち込み等から急速に縮小した。96年度に貯蓄超過となった後,97年度には投資超過となったが,98年度は再び貯蓄超過に転じたとみられる。また,一般政府部門は,バブル崩壊以降,積極的な財政拡大政策がとられたことから,93年度以降く投資超過が続いている。98年度も,投資超過幅は更に拡大したとみられる。

経常収支の名目GDP比と民間企業設備投資の名目GDP比(後者は符号を逆にした上で,平均をゼロに調整)をみると,両者の相関はかなり高い。98年に入ってから経常収支の名目GDP比が高まった背景には,民間企業設備投資の落ち込みがあったことが分かる。ただし,一般政府部門が,積極的な財政政策により赤字幅を拡大させたため,設備投資の落ち込みによる経常収支の黒字幅拡大をある程度相殺している(第1-5-5図)。

3 アジア経済の変動が日本経済に与える影響

(アジア経済の変動が日本経済に与えた影響)

アジア経済の変動は,輸出入の変化を通じ,日本の成長にどのような影響をもたらしたのであろうか。

対アジア輸出入数量の動きを基に,アジア経済の変動が日本の実質GDPに与えた影響を試算した(9)。97年10~12月期から99年1~3月期までの間に,97年7~9月期の水準に比べて,アジア向け輸出の減少が実質GDPを0.71%程度押し下げた。一方,アジア通貨の減価はアジアの価格競争力の高まりから日本のアジアからの輸入を増加させるはずであるが,実際にはアジアからの輸入は減少し,実質GDPを0.09%程度押し上げた。これは,①日本の国内需要が停滞したこと,②信用状の開設停止や流通システムの混乱などアジア側の制約要因,などによるものと考えられる。そこで,対アジア輸入関数を使って,アジア通貨の滅価によるアジアの価格競争力の高まりが日本のアジアがらの輸入を増加させる効果と,アジアの混乱が日本のアジアからの輸入を抑制する効果を推計した(10)。これらの効果によるアジアからの輸入の拡大は,実質GDPを0.07%程度低下させる効果があると試算される。したがって,アジア経済の変動は,これまで日本の実質GDPを0.78%程度減少させる効果があったとみられる(11)。

(落ち着きつつある輸出入への影響)

97年半ば以降のアジア経済の変動は,アジア向け輸出の大幅な減少をもたらしてきたが,ASEAN412や韓国向けは,98年4~6月期を底に下げ止まり,99年春以降,一部で回復の動きもみられる。ただし,当初落ち込みが比較的小さかった台湾や香港向けが,98年10~12月期以降,減少している。

一方,アジアからの輸入は,昨年4~6月期を底に下げ止まり,昨年7~9月期以降,緩やかに増加している。アジア情勢の落ち着きとともに,これまで顕在化してこなかった日本市場におけるアジアからの輸入品の価格競争力の高まりの影響がようやく現れてきたことがその一因であると考えられる。97年末において,円は対アジア通貨で増価したにもかかわらず,アジアからの円建輸入価格が低下しなかったため,日本市場におけるアジアからの輸入品の価格競争力は高まらなかった。そもそも,アジアからの輸入はドル建比率が高いが,アジアの輸出企業がドル建価格の変化に柔軟に対応できなかったとみられることや,円が対ドルで減価していたことなどにより,円の対アジア通貨での増価を円建価格に反映できなかったことが一つの理由として考えられる。一方,98年秋から年末にかけて,円は対ドルでも増価したため,アジアの輸出企業が円の対アジア通貨での増価を円建価格に反映させることにより,日本市場におけるアジアからの輸入品の価格競争力が高まったと考えられる(第1-5-6図)(13)。

以上のように,貿易面をみると,日本とアジアの分業関係は通貨危機の混乱を脱しつつあり,好循環が戻りつつあるといえよう。

(改善に向かうアジア日系企業をとりまく環境)

アジア通貨危機以降,アジア経済にようやく明るい兆しがみられ始めたことにより,日系企業の業況にも一部,回復の動きがみられる。通商産業省「企業動向調査」(98年10~12月調査)によると,ASEAN4の製造業の売上高見通しD.I.(増加と回答した企業の割合一減少と回答した企業の割合)は,99年1~6月は前期比で3.2%ポイント上昇(1.2%ポイント→4.4%ポイント)しており,売上高の増加を見込む企業の割合が上昇している(14)。また,業種別にみると,一般機械(前期比24.8%ポイント上昇),電気機械(同8.1%ポイント上昇)等で上昇している(第1-5-7図)。

通貨危機以降のアジア日系企業をとりまく環境をみると,好調な輸出向け産業(繊維,電気・電子機械など)と停滞の続く現地需要向け産業(輸送用機械など)の二極化が進んでいる。各企業は,製品の輸出シフトを進める一方(タイの製造業の輸出比率は,97年度53%がら98年度見通し63%へと10ポイント上昇(15)),現地需要向け製品の生産中止,不採算部門の業務縮小・撤退などを進めている。

また,自動車産業の中でも,インドネシアのように,現地需要向け中心で,部品調達をほとんど輸入に依存している場合には,大幅な生産の落ち込みが続いている(97年38万台→98年5万8千台)。しがし,タイのように,既に部品生産などの裾野産業がある程度発展しており,輸出比率を高めることができた場合には,生産は回復しつつある(16)。

通貨危機以降の日本のアジア向け投資は,投資リスクの高まりから新規投資は減少しており,現地側出資者の体力の低下や現地における貸し渋りなどを背景に,増資中心となっている。直接投資について,届出・報告ベースでみると,98年度上期は前年同期比48.3%減,下期は同39.3%滅と大きく減少しているのに対し,国際収支ベースでみると,98年上期は同8.0%減と小幅な滅少にとどまっているのは,国際収支上では,現地法人への増資が含まれるためと考えられる(17)。一方,各国政府による直接投資誘致のための外資規制緩和(例えば,タイでは97年12月,タイ投資委員会認可の既存奨励案件について,タイ側出資者の同意を条件に,外資の過半数出資を許可)を受け,増資によってマジョリティを掌握し将来の輸出基地にしようとする動きもみられる。

また,欧米のアジア向け直接投資は,通貨危機を契機に,M&Aや新規投資による拡張を積極的に進める一方で,不採算拠点の撤退も進めており,日本の投資戦略と大きく異なっているようにみえる。

雇用については,早期退職勧告や期間工・契約社員の削減,日本への研修派遣などで対応しているが,概して日本企業は雇用調整について慎重であるといわれている。

(減少が続くアジア向け与信と懸念される不良債権処理)

邦銀のアジア向け与信残高は,98年6月末の985億ドルから98年12月末の859億ドルヘ12.8%滅と,同期間の海外向け与信残高全体の滅少(5.0%滅)を上回って減少している(18)。邦銀が,アジア向け与信リスクが高まっているとの認識の下に,バランスシートを改善し収益性を高めるため,海外資産を圧縮していることを反映している。こうしたなか,現地法人企業の資金繰りが悪化している。

通貨危機国では,不良債権処理など金融システム安定化に向けた基本的枠組みはおおむね整えられてきている。ただし,このような枠組みを形成する法律,制度等が円滑に運用されなければ,金融システム問題が更に長期化する懸念も残されている。98年6月末から99年3月末にかけて,タイで営業する金融機関全体の不良債権比率は32.7%から47.0%へ,タイで営業する外国銀行の不良債権比率は5.5%から11.5%に上昇している(19)。邦銀の貸出は,日系企業向けが多く,また現地企業向けでも優良企業向けの貸出が多いとされているが,現地の金融問題の処理の行方が不良債権比率に与える影響について引き続き注意する必要がある(20)。


(過去最大となった対内直接投資)

98年度の対内直接投資は,1兆3,404億円(前年度比97.6%増)と大幅に増加し,過去最大となった(図①)。対内直接投資の対名目GDP比でみても,97年度の0.13%から98年度は0.27%と上昇している。

業種別にみると,金融・保険業向けの増加が顕著であり,98年度は前年度比182.6%増となった。98年4月の外為法改正など一連の金融ビッグバンの実施を背景に,欧米系の金融機関の新規参入や業務提携の動きが強まっており,また,経営破綻した日本の金融機関を外資系金融機関が買収するケースもみられている。

一方,製造業は,98年度には前年度比16.9%増となり,非製造業に比べて投資金額の伸びは小さいものの,日本企業が本格的なリストラを進めていることを背景に外資との資本提携が増加していることを反映している。

ジェトロの「対日直接投資に関する外資系企業の意識調査」(98年10月実施)によると,過去2~3年間で「外資系企業などに対する偏見」「人材確保の難しさ」「法的規制による事業展開の制限」が改善されたと回答した企業の割合が高くなっており,概して外資系企業をとりまく経営環境は好転しているとみられる。ただし,「日本企業が要求する取引条件が厳しくなってきている」と回答した企業の割合が高くなっており,厳しい経済状況の下,国内企業のコスト意識が一段と強まり,品質向上や仕入れ価格引下げに対する要求が厳しくなってきている(図②)。

対内直接投資の増加は,新しい技術の導入や雇用創出,外国企業との競争などを通じ,日本の産業基盤の強化に資することが期待される。



[前節] [次節] [目次] [年度リスト]