平成11年度

年次経済報告

経済再生への挑戦

平成11年7月

経済企画庁


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第1章 政策効果に下支えされる日本経済

第4節 家計支出の回復に向けて

消費は,これまでの不況期においては,景気の落ち込みをある程度緩和する役割を果たしてきたが,今回の景気後退局面においては,景気下支え効果を発揮しなかった。

これまで消費が低調な動きを続けてきたのは,所得の減少に加え,消費者マインドの低迷によるところが大きかった。消費者マインドが低迷している背景には,①雇用の安定に対する信頼の低下,②景気低迷の長期化による期待成長率の低下,③財政の将来や高齢化社会への不安の高まり,といった要因があると考えられる。ここでは,これらの要因が,①期待所得の伸びの低下,②期待所得の不確実性の増大,の両面から消費を低調にしていることを明らかにする。

99年春から,住宅減税などの政策効果が発現して,住宅投資が持ち直している。一方,消費は低調さを脱していないが,消費者マインドの悪化に歯止めがかかりつつあり,持ち直しの動きもみられている。

(ストック循環からみた家計の期待所得増加率の低下)

耐久財や住宅のストック循環の状況をみると,期待所得の伸びの低下に伴って,家計が消費や住宅投資を抑制していることを示している。

耐久財ストック(K)の所得(Y)に対する割合(K/Y)の伸び率と除却率カ中期的に一定であるとすると,耐久財消費(C)の伸び(Y軸)と耐久財消費の耐久財ストックに対する比率(C/K)(X軸)の間には,ある一定の期待成長率に対して,双曲線の関係がある。耐久財消費の伸びと耐久財消費の耐久財ストックに対する比率を見ると,90年代に入っていずれも低下傾向にあることから,家計が期待所得の伸びの低下に伴って耐久財消費を抑制していることが分かる。こうした関係は,97年から98年にかけて一段と強まっており,期待所得の伸びが一層低下したことが消費低迷の背景にあることを示している(第1-4-1図①)。

同様に,住宅投資についても,住宅投資の伸び(Y軸)と住宅投資の住宅ストックに対する比率(X軸)はともに低下してきており,家計が期待所得の伸びの低下に伴って,住宅投資を抑制していることを示している(第1-4-1図②)。

(期待所得の伸びの低下が家計支出を抑制)

家計の期待所得の伸びが低下することによって,消費や住宅投資がどの程度抑制されているかを定量的に見るために,ライフサイクル仮説に基づく消費関数と住宅投資関数を推計した。

ライフサイクル仮説によれば,家計は現時点で所有している資産,負債を所与とし,現在から将来にわたる所得及び物価についての見通しを立て,それらによって決定される生涯所得に基づいて現在から将来までの支出のスケジュールを決定する。具体的には,今期の生涯所得は,非人的資産(純金融資産と実物資産)と人的資産(将来所得の割引現在価値)の合計として決定される(1)。家計はこの生涯所得による予算制約のもとで,将来の各時点における支出から得られる効用の割引現在価値の合計が最大となるように各時点の支出を決定する。

このような考え方に基づく消費関数と住宅投資関数を推計し,家計支出の変動の要因を検討した。それによると,97年以降は,人的資産が大幅に減少しており,資産価格の下落による逆資産効果とあいまって,消費や住宅投資が落ちこんだことが分かる。また,住宅投資については,長期にわたる低金利のなかで,消費税率引上げ等に伴って住宅ストックが積み上がり,97年を通じて調整圧力が強く働いていた(第1-4-2図)。

(消費の下支え効果は低下)

これまで,消費の変動は所得の変動よりも小さく,不況期に所得が減少すると,消費性向が上昇して景気を下支えする効果(ラチェット効果)が働いていた(2)。しかし,97年度,98年度には,実質可処分所得は減少しているが,消費性向はむしろ低下しており,ラチェット効果はこれまでほどには働かなかった(第1-4-3図)。

これは,家計が所得の減少を一時的なものとしてではなく,永続的なものとして認識したことが主因であると考えられる。家計が所得の減少を一時的なものと認識する場合には,消費の減少が小さなものにとどまるため,消費性向が上昇しラチェット効果が働く。しかし,家計が所得の減少を永続的なものと認識する場合には,消費も同じ程度だけ滅少させてしまうため,消費性向が上昇せずラチェット効果は働かない。また,現在の所得が減少することによって将来の所得の伸び率も低下すると予想する場合には,消費性向は低下することもある。

さらに,所有している純資産額が減少すれば,消費も減少するため,可処分所得が減少しても消費性向は上昇しない。90年代に入って資産価格が下落したことも,消費性向の上昇を抑えた要因であると考えられる。

(不確実性の拡大が支出を抑制)

個人が危険回避的であれば,現在から将来にわたる所得及び物価についての見通しの平均が同じであっても,その不確実性が増せば家計は支出を抑制する。ライフサイクル仮説による消費関数,住宅投資関数を見ると,いずれも将来所得の分散の高まりが97年10~12月期以降の支出を抑制している(3)。

また,アンケート調査によれば,支出を引き締めている理由として,97年秋口以降,収入の減少とともに先行き不安を挙げる人の割合が急速に高まっており,同時に雇用不安を感じる人の割合も急速に高まっている。97年秋口には,これまでの不況期にめったにみられなかった大企業や金融機関の破綻が相次ぐ中で,雇用の安定に対する信頼が低下した。雇用不安が高まると,将来所得の予想値が低下するだけでなく,将来所得の不確実性(分散)が高まり,97年秋口以降,家計支出が落ち込む要因となった(第1-4-4図)。

加えて,国民は財政赤字に対する懸念を高めている(4)。財政赤字は最終的には国民負担に帰着するが,財政赤字が拡大し過ぎると,その負担が,どの時点で,誰に帰着するかが不明確であることから,家計が将来の可処分所得の不確実性を強く意識し,支出増に慎重になる可能性は否定できない。

さらに,世代会計を使って,財政赤字の帰着ルールの違いが世代ごとにどの程度の負担の相違をもたらすかを試算した。これによると,おおむね40歳以上であれば,改革を先送りすればするほど負担の増加を免れることができる。しかし,それ以下の世代では改革を先送りすることによって更に負担が増加する危険性がある。このように,各世代の負担は,世代ごとに大きく異なり,将来の可処分所得には大きな不確実性がある。こうした不確実性の上昇も支出が抑制される要因となっている可能性がある(第1-4-5図)。

特に,90年代に入って,高齢化社会に向け,老後の不安が実感されるようになった。一人当たりの実質可処分所得や実質金融資産残高は増加しているが,老後の生活費や介護に関する不安を感じる人の割合が大きく高まっている。厳しい財政状況のもと,高齢化に伴って将来負担が高まれば,将来の可処分所得が低迷する可能性が高い。将来の可処分所得の期待水準が低迷し,また,高齢化に伴う将来負担の帰着が現状では明確でないことから,将来の可処分所得の不確実性も高まると考えられる(5)。

こうした中長期的な要因も,家計支出低迷の要因にあるものと考えられる。

(家計のリストラ)

家計の負債残高は積み上がっており,住宅ローンの借り替えや繰り上げ返済等によって財務面のリストラに努めている。

95年には銀行の貸出金利が急激に低下し,92年以前の住宅金融公庫の金利を下回る状況になったため,公庫の繰上げ返済が急増した。その後もやや水準は落としたものの,高水準で推移している。同時に銀行の貸出額が増えており,銀行に借り替えた家計が多かったものと考えられる。家計は,繰上げ返済をして支払い金利を低く抑えたり,返済期間を圧縮して返済総額を減らすなど,低金利のメリットを活用して,預貯金をするよりも負債の返済を優先する行動をとっているものと考えられる(第1-4-6図)(6)。

(一巡したストック循環)

98年末からは,減税や公共投資等の政策効果が徐々に現われて景気が下げ止まりつつあり,自動車や家電などの耐久財消費や住宅投資に持ち直しの動きがみられている。

この要因としては,耐久財や住宅のストック調整が一巡したことが挙げられる。耐久財と住宅のストック循環図を見ると,97年4月の消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動等に,期待所得の伸びの鈍化による耐久財購入の調整が加わり,大幅なストック調整が続いていたが,その調整が一巡しつつある(前掲第1-4-1図)。

また,より長期的にみると,耐久消費財の多くがバブル期に買い換えサイクルのピークを迎えた後,再び買い換えサイクルに入っているとみられる(7)。

その他にも,パソコン等の情報関連機器の個人需要が好調であること,商品価格が弱含む中で価格感応的な耐久財消費が刺激されていることも,耐久財消費持ち直しの一因となっているものと考えられる。

(政策の下支え効果①:所得減税)

耐久消費財や住宅に対する支出が持ち直しの動きを示している要因としては,所得減税や住宅減税等の政策面の効果が果たしている役割も大きい。

個人減税については,98年に入ってから,所得税,個人住民税併せて4兆円規模の減税が行われた。また,99年度税制改正においても,7兆円規模(平年度規模で9兆円超)の減税が行われた。さらに,99年2,3月を中心に地域振興券(約7千億円)が交付された。

家計調査によって可処分所得の下支え効果がどの程度出ているかを見ると,勤労者世帯では,98年2月,6月,8月を中心に減税が行われたが,特に2月と8月ないしその直後に可処分所得の高まりがみられ,その数ケ月後に消費が盛り上がりを示している。一方,勤労者以外の世帯では,減税のタイミングが勤労者世帯とずれていることから,勤労者世帯のように特定の月に可処分所得が高まることはなかったが,98年半ば以降,消費支出の前年比マイナス幅が縮小している(第1-4-7図)。

また,地域振興券は,15歳以下の児童が属する世帯の世帯主や,老齢福祉年金の受給者等を対象として,総額約7千億円が交付された。1月末から交付が開始され,4月1日までには全国全ての市(区)町村が交付を開始しており,使用期間は交付開始より6ケ月間となっている。家計調査をみると,勤労者世帯の3月及び4月の受贈金のうち地域振興券は,合計14,399円を占めており,名目可処分所得をそれぞれ,2.9%,0.5%引き上げている。消費支出を品目別に見ると,子供服やテレビゲーム等が,前年同月比大幅に増加しているが,これらは,地域振興券の効果が現われているものと考えられる。

(政策の下支え効果②:住宅減税)

住宅投資については,99年の税制改正で,ローン残高から一定割合を税額控除する住宅ローン控除制度を実施することとされた。これは,従来の住宅取得促進税制を改組したもので,その内容を見ると,99年及び2000年居住分について控除期間が6年間から15年間に延長されたほか,控除額の合計も最高170万円から587.5万円へと3倍以上に拡充された。また,従来認められていなかった譲渡損失の繰越控除制度(住宅を買い替えた際の損失を3年間に渡って所得から繰越し控除できる制度)との併用も認められた。

この制度変更による効果を試算してみると,住宅を購入するあらゆる世帯に減税のメリットが期待できる。特にバブル期に住宅を購入し,譲渡損失額が大きいために買い替えが進まない二次取得層世帯等に対する効果が期待される(第1-4-8図)。例えば,89年にマンションを購入した人が98年に売却したとすると,約1,600万円の売却損が生じる(購入価格3,982.3万円,売却価格2,378.4万円(住宅金融公庫「公庫融資利用者報告」より))。89年に3,265万円借入したとすると(金利5%,返済期間30年),98年末には2,730万円のローン残高がある。ここで,マンションを売却してローンを返済すると,351.6万円の赤字となるが,約3,000万円借り入れて(金利2.5%,返済期間20年),新築のマンションを購入(4,067.5万円)すると,合計で347万円の減税効果(所得税分)が得られるため,住み換え前マンションの売却による損失をほぼカバーすることができる。しかも,毎年のローン返済額がほぼ変わらずに,新築のマンションを手に入れることができる。

また,住宅投資の回復は耐久財消費を始めとする消費の回復にも寄与すると期待される。

なお,上記の減税(住宅ローン控除制度)は,2000年内に入居する世帯に対する時限措置となっていることから,一定の駆け込み需要も生じるものとみられる。マンションについては,工期が長いので,こうした需要に対応するためには,おおむね99年中に着工する必要があり,また,一般の持家については,2000年に入ってからも着工の押し上げ効果が働くと考えられる。

(消費者マインドの悪化に歯止め)

景気が下げ止まり,おおむね横ばい状態となっている中,消費者のマインドの悪化にも歯止めがかかっている。消費者態度指数を見ると,98年9月調査以降,12月調査,3月調査と2調査続けて上昇(改善)している。もっとも,指数の改善の半分以上が「物価の上がり方」と「耐久財の買い時判断」の改善によるもので,より基本的と考えられる「収入の増え方」と「雇用環境」の項目の改善は相対的に小幅なものにとどまっている。また,例えば,雇用環境に対する消費者の意識の変化を見ると,指数の改善は,先行き悪化を見込む人の割合が減って先行き変わらないと答える人の割合が上昇していることによるもので,先行き改善を見込む人の増加は小幅なものにとどまっている。その意味で,消費者マインドは改善しているというよりも悪化に歯止めがかかっているというべきであろう(8)。

適合的期待仮説に基づいて,消費者態度指数のうちの雇用環境に関する指数を説明するモデルを推計した。この推計によれば,消費者マインドの変化に強い有意性があるのは,民間需要の経済成長への寄与度である(第1-4-9表)。したがって,消費者マインドの本格的な改善を望むためには,これまで採られた政策の効果が民間需要に波及し,景気が民間需要主導で自律的かつ持続的に回復していく必要がある。

(消費回復に向けて)

今回の景気後退局面においては,所得と消費が減少するなかで,平均消費性向はむしろ低下している。したがって,消費低迷の主因は,家計が将来の所得が低迷するという予想を持っているためであることが分かる。したがって,消費を増加させるためには,現在の所得を増加させるだけは不十分であり,家計が将来の所得が増加するという確信を持てるような施策が必要である。

また,将来の所得の見通しについて不確実性が増大したために消費が抑制された面もあるが,不安要因によって増えた貯蓄は,不安要因が解消されてマインドが回復すれば,消費に回されると期待される。先行き不透明感を払拭するような措置も求められている。

具体的には,景気の着実な回復を図るとともに,規制緩和などの構造改革を進めて雇用機会を創出する,国民の需要に適切に対応する安定した社会保障制度の構築を図り,高齢化社会における国民の不安を取り除く,といった政策対応が求められている。


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