第2章 賃金上昇の持続性と個人消費の回復に向けて(第1節)

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第1節 個人消費の回復に向けて

本節では、内閣府で実施した「家計の消費・貯蓄行動に関する調査」の結果を中心に、消費が所得よりも緩やかな伸びにとどまる原因について、所得面(恒常所得仮説)や物価面(異時点間の代替の弾力性)、将来の不確実性(予備的貯蓄動機)といった、経済学的な消費理論を念頭に置いて分析する。

1.消費行動はどのように変化しているか

(勤労者世帯では、コロナ禍で平均消費性向が切り下がった後の回復が限定的)

はじめに、総務省「家計調査」を基に、直近2024年にかけての平均消費性向(消費支出/可処分所得)の長期的な動向とその背景について確認する。「家計調査」において平均消費性向を把握できるのは、世帯全体のうち二人以上勤労者世帯(世帯全体の4割弱)、単身勤労者世帯(同2割強)、二人以上無職世帯(同2割弱)であり、まず、このうち二人以上勤労者世帯の平均消費性向について、50代以下の世帯主年齢別にみると、2010年代前半以降、全ての年齢層において長期的に低下傾向にある(第2-1-1図(1))。2020年のコロナ禍に際しては、一人10万円の特別定額給付金の支給による可処分所得の増加の一方で、外出自粛等による対面サービスを中心とする消費機会の減少により、平均消費性向は、いずれの年齢層でも大きく切り下がった。その後、平均消費性向は、2023年にかけて幾分回復したものの、コロナ禍前を下回る水準にとどまっており、2024年には各年齢層で再び低下した。可処分所得と消費支出に分けて動向をみると、2024年にかけて、33年ぶりの高さとなった春季労使交渉の賃上げや所得税・住民税の定額減税等の効果もあって、各年齢層において可処分所得が増加する一方で、消費支出の伸びが極めて緩やかなものにとどまっていることが確認される(第2-1-1図(2))。

また、二人以上勤労者世帯に加え、二人以上無職世帯と単身勤労世帯の動向を併せてみると(第2-1-1図(3)、(4))、二人以上無職世帯では、コロナ禍で大きく平均消費性向が低下した点は、二人以上勤労者世帯と共通しているが、2023年にかけてはおおむねコロナ禍前の水準を回復し、2024年は若干低下したものの、横ばい圏内の動きとなっている。一方、単身勤労者世帯については、おおむね二人以上勤労者世帯と同様に、コロナ禍で平均消費性向が大きく低下した後、2024年現在でもコロナ禍前の水準を大きく下回った状態にある。このように、近年の平均消費性向の低下は、勤労者世帯に共通してみられる傾向と言える。

再び二人以上勤労者世帯に着目し、過去20年程度の平均消費性向の変化の要因について確認する。ここでは、平均消費性向の長期的な変化について、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)でみたように、持家比率の上昇要因、共働き世帯の増加要因及びそれ以外の要因に分ける(第2-1-1図(5))。持家比率の上昇要因とは、「家計調査」上、借家の家賃・地代は消費支出に計上される一方、持家のローンの返済分は非消費支出に計上されるため、家賃・地代を支払っている世帯の比率が低下すると(持家比率が高まると)、平均の消費性向が低下するという統計的な影響を指す。また、共働き世帯の増加要因とは、共働き世帯のように勤労者が二人以上の世帯は、勤労者が一人の世帯よりも消費性向が低い傾向1にあるため、勤労者が二人の世帯の比率が上昇すると、平均の消費性向が低下するという効果を示す。これによると、2023年にかけての平均消費性向の長期的な低下のうち半分程度は持家比率の上昇や共働き比率の上昇により、それ以外の要因が残り半分程度を占めていたが、2024年にかけては、共働き比率や持家比率の上昇による押下げ効果が2023年対比で同程度であるのに対し、これらでは説明できない部分、すなわち、世帯構造の変化によらない各世帯における平均消費性向の低下による影響が拡大していることが分かる。

このように、勤労者世帯を中心に、家計構造の変化による影響を除いても平均消費性向の低下傾向が続き、コロナ禍前水準よりも切り下がった状態にある要因としては、主に、①賃金や所得の増加の多くが恒常所得の増加でなく一時的な所得の増加と認識されている可能性(いわゆる「恒常所得仮説」に関わる論点)、②食品等の身近な品目の価格上昇による家計の予想物価上昇率の高まりを通じた消費者マインドの下押しが影響している可能性、③老後の生活に対する備えや漠然とした不安の高まりにより、現役時における貯蓄志向が強まっている可能性等が指摘される2。以下では、内閣府が独自に行った家計の消費・貯蓄行動の実態や意識等に関する調査「家計の消費・貯蓄行動に関する調査」3(以下「内閣府調査」という。)の結果に依拠しつつ、こうした平均消費性向の低下傾向に関する仮説を検証し、個人消費の持続的な回復に向けて必要な政策的課題を整理することとする。

(物価上昇における節約意識は高齢層ほど高い)

議論の前提として、内閣府調査を基に、2025年初頭時点の家計の消費行動に、どのような特徴がみられるかを確認する。まず、「支出額を減らしている分野」についての回答割合(複数回答)をみると(第2-1-2図)、全ての年代で「食費(外食以外)」を減らしていると答えた人が4割以上おり、「外食」についても、ほぼ全ての年代で4割以上が支出を減らしている。いずれの項目も、年齢が高いほど支出を減らしている割合が高いが、「食費(外食以外)」と比べると「外食」では年齢による差が相対的に顕著と言える。2024年後半以降、米や生鮮野菜を中心に食料品価格の上昇が継続する中で、外食を含めた食費への節約意識が高まっていることが示唆される。なお、実際の消費支出においては、食費の名目支出額は増加しており、本調査結果とは一見非整合的にもみえるが、一般に食料品は需要の価格弾力性が低く、価格上昇に対応した節約行動から購入量を減らしても、価格上昇効果が上回り、支出額が増加するものと考えられる。

食費関係に続いて、支出を減少させていると答えた割合が高かった項目は「衣類・身の回り品」や「旅行やレジャー」である。年齢別にみたばらつきは、外食よりも更に大きく、年齢層が高いほどこれらの分野への支出を減らしている割合が高い。物価上昇に直面する中で比較的年齢層の高い消費者を中心に、これらの選択的支出を抑えているとみられる。なお、「特に減らしているものはない」と答えた人は、回答割合としては、全体平均で2割弱と高くない一方で、20代や30代など若い層ほど相対的に割合が高く、物価上昇の下での節約意識は、より高い年齢層において相対的に顕著なものとなっていると考えられる。

(食費など節約している分野で今後消費額を増やしたいと考える人は多い)

一方、「今後支出額を増やしたい分野」(複数回答)について確認すると(第2-1-3図)、食費や旅行・レジャーといった、節約対象となっている分野において相対的に高い回答割合となっている。全体として、食料品など身近な品目の物価上昇の継続により節約意識が高まる一方で、節約している(今は我慢している)分野について、潜在的には、より積極的に消費したいと考える人が少なくないという状況がうかがえる。世代別にみると、20代など比較的若い年齢層で、外食を含む食費や衣服・身の回り品等の分野で「支出額を増やしたい」という回答割合が、高年齢層の回答割合よりも高い傾向があり、「支出額を減らしている分野」に係る年齢別回答割合とは逆の傾向となっている。こうした分野では、高年齢層の消費者であるほど、節約意識が高い上に、潜在的な消費意欲も低くなっている可能性があると言える。逆に、「旅行やレジャー」について支出額を増やしたいと答えた人の割合は相対的に高年齢層で高く、「支出を減らしている分野」における年齢別回答割合の傾向と同様である。よって、この分野においては、高齢者においても、現在は節約せざるを得ない状況ではあるが、潜在的な消費意欲が低くないと考えられる。なお、今後支出額を増やしたい分野について「あてはまるものはない」と答えた人の割合は、全体平均で3分の1を超え、高年齢層において相対的に高い状況にあるが、これは、ここで挙げた分野以外のサービス分野への支出意欲が高い可能性4のほか、潜在的な消費意欲を喚起するような製品・サービスがなく、高年齢層を中心に、消費意欲が総じて飽和している可能性もあると考えられる5

(所得が増えた場合に、食費や外食を増やすと答えた人が多い)

次に、仮に所得が増加した場合に、人々はどのような分野における消費支出を増やそうと考えているのかを確認する。内閣府調査では、仮想的な質問として、世帯年収が現在(調査時点)よりも手取りベースで3%増加した場合に、どのような消費を増やすかについて尋ねている。結果をみると(第2-1-4図)、最も多かったのは「食費(外食以外)」であり、年齢計では4割弱となっているほか、年齢層が高いほど回答割合が高いことが分かる。上述のとおり、現在支出を減らしている分野で最大のものが食費であることと照らし合わせると、食費については、所得に余裕があれば増やしたい(あるいは元の水準に戻したい)と考えている人が多いことがうかがえる。また、次に回答割合が高いのは「旅行やレジャー」(年齢計で26%程度)であり、選択的支出についても、所得に余裕があれば増やしたいという潜在的な意欲があることがみてとれる。一方、「特に増やすものはない」と回答した割合も26%、「貯蓄」も19%と、相対的に高くなっており、手取りの増加が必ずしも消費に回るとは限らない状況がうかがえる。また、回答割合を年齢別にみると、「食費(外食以外)」、「旅行やレジャー」共に、年齢が高いほど、所得が増加した場合における消費意欲も高いことが分かる。

ここで、こうした傾向がコロナ禍を経て、物価高が続く最近のものであるかどうかを確認するために、2019年に内閣府が行った「消費者の行動変化に関する意識調査」6(以下「2019年調査」という。)の結果との比較を行う。2019年調査と今回の内閣府調査(以下、「2025年調査」ともいう。)は、パネル調査ではないため、特定の消費者の消費意向の変化について追跡することはできず、また今回の調査では「特に増やすものはない」を追加している関係上、単純な比較は難しい点に留意する必要がある。その上で、両者を比較した結果をみると、所得が増加した場合について、食費や外食を増やしたいと回答した消費者の割合は、6年前の2019年時点よりも高まっていることが分かる7。一方、「旅行・レジャー」等については、6年前に比べて回答割合は低下している。年齢別にみると、「食費(外食以外)」の回答割合の上昇は、40代以上で顕著となっているほか、「旅行やレジャー」については、20代・30代で低下幅が相対的に大きい。このほか、「株式などへの投資」は30代~40代を中心に増加しており、2024年以降の新NISAの導入もあって、「貯蓄から投資へ」の動きが若い年齢層を中心に浸透しつつあることがうかがわれる8

(消費の回復には給与所得の増加が特に重要)

続いて、消費者はどのようなきっかけがあれば消費を増やすのかを確認すると(第2-1-5図(1))、「給与所得の増加」が7割近くに上り9、他の選択肢と比べても突出して高い。この傾向は2019年調査でも同様であり、賃金の増加が、消費の増加に極めて重要な要素である点が改めて確認される。

一方、年齢別にみると、若年層では「給与所得の増加」が減少しているのに対し、50代では横ばい、60代では増加している。本章第2節でも確認するように、2023年以降、賃上げ率が高まっている局面において、若年層では賃金上昇率が他の年齢層に比べて相対的に高く推移しており(第2-1-5図(2))、給与所得以外の側面をより重視するようになっている可能性が考えられる。これに対し、高齢者については、雇用確保の制度が整備され10、労働参加率が上昇する中で、60代において、従来よりも給与所得が生活設計上において重要な意味を持つようになっている可能性がうかがえる。

また、「社会保障の充実」、「雇用の安定」等は2019年時点に比べ回答割合が一定程度高まっている一方、「必要となる教育費の低下」は減少している。「社会保障の充実」と「雇用の安定」については、全ての年齢層で回答割合が同程度高まっており、老後への不安を含め将来の不確実性への懸念が高まっている可能性が考えられる。この点については後述する。一方、「必要となる教育費の低下」の回答割合が30代・40代を中心に低下している点については、少子化が進行している中、2019年調査から今回の内閣府調査にかけて、30代・40代の世帯のうちこどもがいる世帯が減少していることに加え11、2019年10月以降の幼児教育・保育の無償化や2020年4月以降の高等学校等就学支援金の拡充(私立高校授業料実質無償化)が開始されるなど、支援策が拡充していることも影響している可能性があると考えられる。

2.どのような所得増が消費を押し上げるのか

(恒常所得の増加の方が、一時的な所得の増加よりも、消費の押上げ効果が大きい)

上述のとおり、給与所得が継続的に増加した場合には消費を増やすと答えた家計は全体の7割近くに達しており、消費の回復には、所得の持続的な増加が極めて重要である。ここで、マクロ的な賃金・所得環境については、雇用者数に一人当たり賃金を乗じた雇用者全体の賃金所得である総雇用者所得は実質でも前年同月比で2024年6月以降1年近く増加が続き、直接税や社会保険料を控除し、財産所得の純受取や社会給付や各種移転を加算した家計可処分所得も、実質でみても前年同期比で2024年1-3月期以降1年超にわたり増加が続いている(前掲第1-1-29図参照)。このように雇用・所得環境自体は改善の動きが続いているのに対し、個人消費の伸びは抑制的なものにとどまり、平均消費性向の低下傾向(家計貯蓄率の上昇傾向)が継続している背景として、以下では、いわゆる「恒常所得仮説」、予想物価上昇率の上昇に伴う消費者マインドの低下、老後不安など将来の不確実性に対する備えといった仮説について順次検証していく。

はじめに、「恒常所得仮説」とは、経済学の消費理論において、当期の消費の決定要因として、当期の所得だけでなく、生涯にわたっての所得によって決定されるという考え方である。この仮説の下では、例えばボーナスの増加や、1回限りの臨時収入といった一時的な所得増よりも、例えば月例賃金や時給など恒常的な所得増が期待される方が、消費に与える影響は大きくなると考えられる。

この仮説を確認するために、内閣府調査においては、「以下のような状況になったとき、あなたは今年の消費をどのくらい増やしますか」という仮想的な質問を設け、「以下のような状況」として、経済理論等に基づいた複数の状況を設定している。具体的には、恒常所得仮説の検証に資する「状況」としては、①「ボーナス以外の給料が継続的に増加し、今年以降の手取り収入が10%増加する」と②「今年のボーナスが増加し、今年のみ手取り収入が10%増加する」の二つを設定した12。この二つのシナリオに係る設問への回答結果から、消費に対する影響を確認すると(第2-1-6図)、まず、消費を「増やさない」と答えた人の割合は、①のボーナス以外の給料が継続増加するケースでは38%、②のボーナスが増加するケースでは51%と、②の方が高い。恒常所得仮説では、一時的な所得増よりも恒常的な所得増の方が消費に与える影響が大きくなると考えられるため、この結果は仮説と整合的であると言える。また、ボーナス以外の給料が増加するケースについて、消費を増やすと答えた人の増加幅をみると、例えば0~8%が45%程度、8%以上と答えた人は10%程度となっている。

年齢階層別にみると、一時所得増、恒常所得増に対する反応共に、若年層の方が消費を増やす者の割合が高く、また消費の増加率も大きい傾向にある。恒常的な所得増加は、今後の人生が長い若年層の方が生涯所得の増加という形で恩恵を大きく受けることになるから、若年層の方が恒常所得の増加幅が大きく、結果として消費を大きく増やす、というメカニズムが働いていると考えられ、この点からも、恒常所得仮説とある程度整合的であると考えられる。

(賃金が増加すると予想している消費者は若年層でもさほど多くない)

以上で確認したのは、「所得がこの程度増えるとしたら」消費をどのくらい増やすかという、仮想の状態を設定した質問であった。こうした仮想的なケースで、人々は、恒久的な所得増加があれば一定程度は消費を増やす可能性は確認できたが、そもそも人々は今後の所得の増加について、どのような認識を持っているのであろうか。具体的には、「あなたの世帯において、主に給与所得を得ている人の給与所得は、5年後にどの程度になると思いますか」という質問に対する回答結果をみると、5年後の給与所得について、4割弱の家計が「今と変わらない」と回答している(第2-1-7図)。これらの回答者は、ベアに限らず定期昇給を含めて、先行き5年間で賃金が変わらないと考えていると解される。例えば、50代以上であれば、一般的に賃金カーブ上、定年後の再雇用の場合も含めて、先行きの賃金水準が低下する傾向がある年齢層であり、今後5年間で、ベアを想定しなければ、「今と変わらない」や「低下する」と回答する者が多いことは理解しやすい。一方、賃金カーブ上、少なくとも一定程度の昇給が期待されるであろう1320代や30代については、「上昇する」との回答が5割程度と高いものの、3割以上が「今と変わらない」と回答し、1割以上は「低下する」と回答していることが分かる。ここで、20代・30代については、回答者本人が世帯主でなく、同居の親などの世帯主の所得見通しを回答している可能性があることから、世帯主だけに絞った場合の回答をみると、20代・30代における「今と変わらない」は3割弱、「低下する」は1割程度又はそれ未満へと回答割合が低下し、「上昇する」との回答割合は6割強に上昇するものの、「10%以上の上昇」を想定する家計の割合は2割程度と、世帯主以外を含むケースとさほど変わらない結果となっている。

給与所得の10%の増加は、連合集計の春季労使交渉の賃上げ率(定期昇給を含むベース)であれば、2022年~2024年の3年間で実現されている水準であり、現状の賃上げペースを前提とすれば、5年間で10%以上上昇という見通しは必ずしも非現実的なものとは言えない。逆に言えば、比較的若い年齢層においても、今後5年間で年2%程度以上のペースの賃上げを想定しているのは全体の2割程度にとどまり、持続的な賃金上昇に確信を持てていないと言え、賃金の据置きを想定するという意味でのデフレマインドが依然として一定程度染み付いている様子がうかがえる。

この点に関して、別のアンケート調査14を用い、賃金が今後増えると考えている人の割合を時系列で確認する(第2-1-8図(1))。具体的には、生活設計において、「今以上の収入」又は「今より少ない収入」を前提としている人の割合について、賃金カーブ上では賃金が先行き増加することが期待されるであろう20~30代に絞ってみると、男性・女性共に「今以上の収入」と答えた人の方が「今より少ない収入」と答えた人よりも常に高い。ただし、「今以上の収入」と答えた人の割合は、1997年の調査開始以降、2012年頃まで、振れを伴いながら低下傾向で推移した後、2018年にかけて緩やかに上昇したものの、2021年にはコロナ禍の影響もあって低下し、2024年にかけてもコロナ禍前の水準に戻っていないことが分かる。このように、30年以上ぶりの賃上げが実現している下でも、今後の恒常所得が増加すると考えている消費者は十分に増加しておらず、平均消費性向がコロナ禍前よりも切り下がった状態で推移している一因となっている可能性が考えられる。

一方、企業側のアンケート調査15では、2025年度に賃上げを実施する見込みである企業のうち、中小企業を含めて3分の2弱は、60%程度以上という一定程度の確度で、今後5年間に毎年賃上げを実施できるとしている(第2-1-8図(2))。同調査では、賃上げ幅については調査されていない点等には留意が必要ではあるが、企業側は相応の賃上げ意向を持っていると言える16。これに対し、家計側が、若年層を含めて、依然として、今後の賃上げ継続について十分な確信を持つに至っていない点を踏まえると、各種の取組を通じて、継続的な賃金上昇の実現を確実なものとし、消費者の賃上げに対する意識の変化、賃金上昇に関するノルムを定着させていくことが重要である。

恒常所得仮説に関連して、内閣府調査に基づき、リカード・バローの中立命題についても確認する。リカード・バローの中立命題とは、一般的に、例えば恒久的な政府支出の増加や減税が行われ恒常所得が増加した場合であっても、その財源が公債発行による場合、家計が将来時点(自身の生涯期間中又は子や孫の代)での増税を予想し、これに備えることにより、可処分所得の増加が貯蓄に回り、結果的に政府支出の増加又は減税による消費喚起効果が生じない、とする仮説である。同仮説によれば、可処分所得の増加は、それが恒久的か否かと共に、それが将来の負担増を伴うと予想されるかどうかも重要ということになる。

その観点から改めて、内閣府調査を基に、①「(ボーナス以外の)給料が継続的に増加し、今年以降の手取り収入が10%増加する」場合と、類似の仮想的な設定として②「所得税が継続的に減税され、今年以降の手取り収入が10%増加する」場合の家計の消費に対する考え方について比較する。後者②のケースでは、減税の財源が公債発行により賄われ、その償還に当たり、将来増税が行われると想定される場合には、リカード・バローの中立命題が厳密に成立する下では、消費は増加しないことになる。

消費の増減や増加幅についての回答結果をみると(第2-1-9図)、消費を大きく(8%以上)増やすと答えた人の割合が給与増による場合で10%弱なのに対し、所得減税の場合は8%弱となっている等、給与増による場合の方が消費を増やす度合いが若干大きい。また、一回限りの所得増加である③「今年のボーナスのみ増加する場合」と④「今年限りの給付金が支給される場合」について、消費を大きく増やすと回答した割合が①や②よりも小さくなるとともに、③と④を比べると、若干③の方が大きいことも分かる。

ただし、本結果について解釈する際には、飽くまで本調査の質問が仮想的なものであり、リカード・バローの中立命題が想定する前提が回答者に共有されていない可能性等については留意が必要である。例えば、上記②や④の設問では財源について言及していないため、回答者の相当程度が、中立命題が想定する将来時点における増税の可能性を考慮していない可能性もある17。その場合、②や④の設問に対して、「暗黙の了解として将来において増税等は生じないと考えている人」(リカード・バローの中立命題の前提が共有されていない)は、「給料の増加により手取りが増加した場合」と同様に消費を増やすのに対し、「将来における増税等の可能性を想定する人」(前提が共有されている)は、基本的には、中立命題の下で、現在の消費を増やす選択はしないと考えられる。つまり、中立命題が成り立てば、②や④の設問に対して「消費を増やさない」という回答が、①や③に対するよりも少なくとも上回ることが想定される。実際の回答結果は、先述の通り、若干ではあるが、消費を大きく増やすと回答した人の割合に差がみられている。

以上見てきたように、一時所得よりも恒常所得の増加の方が消費を押し上げる効果が大きく、また、将来の負担増を伴うと予想される財政政策よりも、給与所得の増加の方が若干ではあるが消費を押し上げる効果が大きいと考えられる。一方、給与所得の増加による恒常所得の増加に対しても、4割強が消費を増やさない又は減らすと回答している点については、後述するとおり、予想物価上昇率の高まりが消費者マインドを下押ししていることや、賃金上昇の実感が広がりを欠いていることが回答に影響を与えている可能性もある。今後、消費者マインドが改善し、持続的な賃金上昇が定着していけば、回答の傾向が変化していくことも考えられる。

3.予想物価上昇率の高まりはどのような経路で消費を押し下げるのか

前項では、内閣府調査において、仮に手取り所得が恒常的に増えたとしても、消費を増やさないと回答する者が3~4割存在することをみたが、このことは、現下において、所得以外の要因が消費を決定する上で重要な影響を及ぼしていることを示唆していると言える。このように、所得の伸びに比べて、消費の伸びが緩やかなものにとどまる背景としては、今後、所得を上回って物価が上昇するとの予想が、消費者マインドの下押しを通じて、実際の消費を抑制するという可能性がある。

内閣府「消費動向調査」により、日頃よく購入する品目の価格が1年後にどの程度上昇しているかという家計の予想物価上昇率と消費者マインドの推移を確認すると(第2-1-10図(1))、予想物価上昇率が高い局面において、両者の動きが逆相関、つまり、予想物価上昇率が高まると、消費者マインドが低下するという関係がみられる。また、日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査」によると、「今後1年間の支出を考えるにあたって特に重視すること」は、2022年以降、「今後の物価の動向」が「収入の増減」を上回り、直近では、その差が更に拡大しているなど、予想物価上昇率の高まりが、消費意欲の下押しにつながっている可能性が示唆される(第2-1-10図(2))。一方、経済理論的には、物価が上昇すると見込まれれば、耐久性や備蓄可能性が相対的に高い商品18については、異時点間の代替効果を通じて、消費の前倒しが生じるという考え方もあるが、個人消費の動向に照らすと、実際にはこうした動きが発現しているようにはみられない。ここでは、内閣府調査を用いて、家計の予想物価上昇率やその背景、さらに、これが消費支出にどう影響するのかという点について確認していきたい。

(予想物価上昇率は、足元の物価上昇率の高まりもあり、高齢層を中心に高い)

まず、内閣府調査から、「あなたの世帯で日頃よく購入する品物の価格について、1年後にどの程度になると思いますか19」という質問に対する回答結果をみると(第2-1-11図)、1年後の物価については、2割程度の人が「20%以上上昇」と回答しており、10%以上上昇と回答した人を合計すると全体の半分弱となっている。年齢別にみると、年齢が高いほど高い物価上昇を予想する割合が上昇し、60代や50代では55%程度の人が10%以上の上昇を予想しているのに対し、20代では10%以上の物価上昇を予想する割合は35%程度となっている。逆に、20代では、物価が1年後も「変わらない」又は「低下する」と答えた人の割合が2割程度と平均や他の年代よりも高いといった特徴もある。ここで、「消費動向調査」の結果(2025年6月)をみると、10%以上の物価上昇を予想する割合は20.9%(二人以上世帯)と今回の内閣府調査の方が高い結果となっている。これは、内閣府調査では、1つ前の質問で「日頃よく購入する品物の価格が1年間でどのくらい変化したか」を聞いており、この質問への回答が係留(アンカー)効果20を通じて、予想物価上昇率の回答に影響した可能性があると考えられ、この点は後述する。

(高齢層ほど足元の物価上昇の継続を予想している)

こうした予想物価上昇率は、どういったメカニズムによって規定されるのであろうか。理論的には、予想物価上昇率の決定の在り方として、その時点で利用可能な全ての情報を用いて最適な予想を行うという「合理的期待形成」と呼ばれる考え方があり、特に完全情報を仮定するものは「FIRE21(完全情報下の合理的期待)」と呼ばれる。一方で、実証的には予想物価上昇率はFIREで予想される動きとは異なる動きをしており、これに対する仮説として様々なものが提起されている。その一つとして、過去の物価動向を参照して将来の物価動向の予想が形成されるとする「適応的期待形成」がある22。特に、我が国では予想物価上昇率の決定の在り方について、適応的期待形成の影響が強いという議論がある23

こうした点の検討の一環として、内閣府調査においては、「この1年物価が大幅に上昇したので、きっと来年以降も当分、その傾向が続くだろう」という考え方にどの程度同意するかという、適応的期待形成の度合いの強さを示し得る質問24を行っており、その回答結果を確認する(第2-1-12図)。これによると、「強くそう思う」と「ややそう思う」と答えた人の割合は、全体平均で8割近くとなっている。また、年齢別にみると、20代の「強くそう思う」と「ややそう思う」の回答割合の合計は3分の2程度であるのに対し、60代では85%まで高まるなど、年齢による差が顕著である。このように、比較的高齢な消費者を中心に、適応的期待形成に近い予想形成が行われており、「日頃よく購入する品目の価格が上昇している」と感じた結果、今後も物価上昇のトレンドが継続するだろうと予想するというメカニズムが働いていることが示唆される。

次に、適応的期待形成の度合いによって、予想物価上昇率に違いがあるかを確認する。適応的期待形成についての評価ごとに、予想物価上昇率の分布をみると(第2-1-13図)、適応的期待形成の考え方に対し「強くそう思う」と答えた人は、翌年に20%以上の物価上昇を予想する人の割合が3分の1程度と、それ以外の回答を行った人と比べて相当程度大きい。「ややそう思う」と答えた人は、20%以上の物価上昇を予想する割合は10%程度とさほど高くないものの、10%以上まで含めると4割、7%以上まで含めると6割に達するなど、相対的に高い物価上昇率を予想する傾向があることが分かる。一方、適応的期待形成の考え方に対して「どちらともいえない」や「(あまり/全く)そう思わない」と回答した人については、物価が一年後に「変わらない」という回答が2~3割を占めるほか、「全くそう思わない」の回答では、物価の低下を予想する人が3割程度いるなど、今後の物価動向に関する期待形成の在り方によって、予想物価上昇率が大きく変わるという特徴があることが分かる。

次に、今後の予想物価上昇率と、「日頃よく購入する品物の価格が1年間でどのくらい変化したか」という物価上昇に関する認識(以下「実感物価上昇率」という。)との関係をみると、強い連動性があることが分かる(第2-1-14図)。すなわち、20%以上の物価上昇を実感する人の約半分が20%以上の物価上昇を予想しているのに対し、3~5%程度の物価上昇を実感する人では20%以上の物価上昇を予想する人はほぼおらず、4割弱が3~5%の物価上昇を予想している。この点からも、足元の物価上昇率に対する「認識」が、「予想」される物価上昇率に大きく影響しているとみることができる25

(日常的な買い物から物価上昇を実感する家計が8割近くと多い)

さらに、実感物価上昇率がどのような要素に影響を受けるかをみてみるため、「どのような時に物価が上昇していると感じるか」に対する回答結果を確認する(第2-1-15図(1))。これによると、8割弱の消費者が、「スーパーマーケットで普段買う食品等が値上がりしているのを見たとき」と回答しているとおり26、例えば2024年後半以降の米や生鮮野菜の価格高騰が、実感物価上昇率を高め、さらに予想物価上昇率の上昇につながった可能性が高いと考えられる。次いで、5割程度の消費者が「いつも買っていた食品等について、値段が変わらず、内容量が減っていたとき」という、いわゆる実質的な値上げの場合を挙げており、明示的か暗黙的かを問わず、スーパーマーケットで購入する食品等の価格動向が、消費者の認識する物価上昇率を通じて、予想物価上昇率を高めてきた可能性が考えられる。また、これらの回答割合を年齢別にみると(第2-1-15図(2))、年齢が高い層ほど上昇する傾向があり、より高年齢層を中心に、スーパーマーケット等での価格が、実感物価上昇率に影響を与えていると言える27。なお、物価上昇を感じる経路別に、予想物価上昇率の分布を確認したところ、「家計簿をつけていて、今までより支出が多くなっているなと感じたとき」と回答した人において、やや予想物価上昇率が低い傾向にあるものの、それ以外の回答では大きな違いはみられない(付図2-1)。

(高齢層の消費者ほど異時点間の代替効果が働きにくい可能性)

続いて、予想物価上昇率の高まりが、どのような経路を通じて消費行動に影響を与えるのかを分析する。予想物価上昇率の高まりが消費に与える影響として、大きくは、異時点間の代替効果と所得効果が考えられる。前者は、家計において将来物価が上昇すると予想すれば、現在の消費の価格が相対的に低下することにより、前倒し行動によって現在の消費を押し上げる方向に働くという効果である。一方、後者は、将来物価上昇が予想されると、生涯にわたる所得の実質価値の低下予想を通じて、現在の消費も押し下げられるという効果である。これらのうち、どちらの効果が強いのかによって、予想物価上昇率の高まりが現在の消費を増加させるか減少させるかが変わることとなる。

この点に関して、まず、内閣府調査における「来年、自分が思っていたよりも今後物価が上がりそうだ、という状況になったら、あなたは今年の消費額を増やしますか、減らしますか」という直接的な質問に対する回答結果を確認する(第2-1-16図(1))。全体では、「増やす」と答えた人が10%弱にとどまるのに対し、「減らす」と「変えない」がそれぞれ45%超となっている。年齢別にみて大きな違いはないが、若年層ほど「増やす」と答える割合が相対的に高く、高齢層ほど「減らす」と答える人の割合がやや高い傾向にあることが分かる。

また、「増やす」と答えた人に理由を聞くと(第2-1-16図(2)①)、「同じものを買うのであれば、来年買うよりも今買った方が得だから」と異時点間の代替効果を意識した回答をする人が全体の半分程度であるのに対し、残りの半分程度は、「必要なものは決まっており、物価は関係なく、値上がりしたものでも買うから」となっている。一方、「減らす」と答えた人の理由としては(第2-1-16図(2)②)、最も多い理由としては「消費に回せるお金は決まっていて、節約しないといけないから」と答えた人が全年代で最も多く、全体の6割超となっている。

以上の影響は、異時点間の代替効果と所得効果の合計であり、多くの家計では、所得効果による消費押下げが異時点間の代替効果による消費押上げ効果と同程度か、又は上回ることを示唆している。その上で、次に、異時点間の代替効果に絞った質問への回答結果を確認する。異時点間の代替効果は、特に、購入と同時に費消するサービスや、備蓄可能性が低く購入後短い期間で消費する必要がある非耐久財よりも、備蓄可能性が高い財や、購入してから一定期間の間、その財からの効用を継続して受け取ることができる耐久財で大きいと考えられている。こうした観点から、「物価の上昇が続いているのであれば、来年ではなく今、車や家電等の耐久財を買い替えたほうが良い」という質問に対する回答を確認すると(第2-1-17図)、「強くそう思う」と「ややそう思う」と答えた割合(異時点間の代替効果が働いていると考えられる人の割合)は、全体平均では3割強となっている。年齢別にみると、20代で「強くそう思う」と「ややそう思う」と答えた割合は4割程度になっているのに対し、60代では25%程度と低くなっていることが分かる。前掲第2-1-12図でみたように、高齢者ほど適応的期待形成を通じて予想物価上昇率が高まりやすい状況にあることに加え、予想物価の上昇が異時点間の代替効果を通じて消費を押し上げるメカニズムが働きにくい状況にある。人口高齢化が進み、「家計調査」等に基づけば、消費支出全体のうち60歳以上の高齢世帯が占める割合が20年程度前の3割超から近年では4割超に増加しているという状況の中で28、高齢層の予想物価上昇率の在り方やこれに対する消費行動の特性が、マクロでみた個人消費の伸び悩みの一つの原因となっている可能性があると考えられる。

(2%前後の物価上昇率を望ましいと考える人は多い)

関連する論点として、消費者の物価上昇予想が景況感に対して与える影響について考察する。その前提として、内閣府調査から、家計が受け止める望ましい物価上昇率を確認する。望ましい物価上昇率については、様々な考え方があるが、経済学における標準的な考え方としては、物価指数における上方バイアスの存在29のほか、デフレに陥った場合のコストの大きさ30、景気後退期における政策金利引下げ余地の確保といった観点31から、緩やかな正の物価上昇率が安定的に続くことがマクロ経済政策運営上望ましいと考えられている。この点に関し、内閣府調査においては、家計に対して、直接的に「「望ましい物価上昇率」は、前年比で何%くらいだと思いますか」という質問を行い、「1~2%」などのレンジでの回答を求めた。その結果を(第2-1-18図(1))、最頻値は「2~3%」(回答の16.8%)となり、「1~2%」との回答と合わせると、本調査上では、3割程度の家計が2%を中心に1~3%程度の水準の物価上昇率を望ましいものと受け止めていることが確認される。一方、「0%」を挙げている家計も1割強と一定程度存在している。年齢別にみると(第2-1-18図(2))、高い年齢層の消費者ほど、「1~2%」又は「2~3%」を望ましい水準とする回答が多く、より高い物価上昇率に対する許容度が相対的に低いとみられる。上述したように、一般的な賃金カーブを考えると、年齢層が高いほど、今後の賃金上昇の見込みが弱く、年金受給者の場合は、制度上、既裁定者(年金を既に受給している人)の支給額の伸びが物価上昇を超えることはないことから、より低い物価上昇率への選好が強いとみられる。

この点、米国における研究では、アンケート調査に基づき、同国家計が考える望ましい物価上昇率は0%台前半であるとするものもあり32、ここでみた日本のケースとは異なる結果となっている。米国の場合は、相対的に高い年齢層の消費者を中心に、1970年代末~80年代前半の物価高騰と景気後退の印象が根強く33、物価上昇を忌避する傾向があり得るのに対し、我が国では、1990年代初頭のバブル崩壊以降長期にわたり経済成長率や賃金・物価上昇率が共に低い期間が続いた経緯もあり、むしろ物価上昇率の低さと低成長が結びついて受け止められてきたことによって、適度な物価上昇が許容されている可能性もあり得る。一方、今回の内閣府調査の調査時期は2025年3月であり、消費者が、食料品を中心に高い物価上昇率に直面する中で、日本銀行の物価安定目標である2%を意識しつつ、実勢よりも低位な上昇率を「望ましい」水準として選択している可能性があることにも留意が必要である。

その上で、家計の予想物価上昇率や実感物価上昇率と、景況感の関係を確認する。ここでは、景況感として、内閣府調査で行った「現在の景気の状況は、良いと思いますか、悪いと思いますか。」に対する回答(0~10の11段階34)を用い、予想又は実感物価上昇率との関係をみた。第2-1-19図により結果をみると、基本的に、予想又は実感物価上昇率が高まるほど、景況感が低いと認識する消費者の割合が高まることが分かる。また、景況感が相対的に低い回答割合は、予想又は実感物価上昇率が「0~1%」で最も低く、「変わらない・低下」の場合には、景況感が低い回答割合が高まることも確認できる。このように、消費者にとっては、適度にプラスの予想物価上昇率が景況感の観点でも重要であるが、現在は、これを大きく上回る物価上昇率の実感・予想が広がっており、消費意欲を下押しする要因となっていると言える。

以上をまとめると、第一に、現下においては、多くの家計が、食料品等を始めとする身近な品目を中心に、賃金上昇よりも高い物価上昇に直面し、適応的期待形成を通じて、家計の予想物価上昇率を押し上げていることが確認される。第二に、年齢層が高いほど、高い物価上昇率への抵抗感が強まるとともに、異時点間の代替効果が働きにくい状況がみられ、人口構成の高齢化が進行する中にあって、予想物価上昇率の高まりは、消費者マインドの低下を通じて、消費の下押しにつながりやすくなっているものと考えられる。

コラム2-1 中古品消費の動向について

近年、消費活動において中古品消費の重要性が高まっている。中古品市場に関する公的統計は存在せず、業界データのみ存在する状況であるが、これによると、中古車を除くベースで、2009年の1.1兆円から2023年の3.1兆円に、中古車を含むベースで、2009年の3.3兆円から2023年の6.5兆円にそれぞれ拡大している(コラム2-1-1図)。GDP統計の個人消費においては、飽くまでその期間に生み出された付加価値分を記録するものであることから、過去に生産・販売された商品の二次市場における売買である中古品取引は、仲介業者に支払われるマージン(フリマアプリの手数料を含む。)分以外については計上されない。こうした個人消費に対して、中古品消費(中古車を含む。)は2023年時点で2.1%、耐久財・半耐久財に占めるシェアは13.9%と無視できない規模となっている35コラム2-1-2図)。

こうした中古品消費の拡大にはどのような背景があるのかについて探るため、本論でも用いた内閣府調査における中古品消費に係る質問への回答を分析する。具体的には、「価格が安く品質に問題がないのであれば、新品ではなく中古品を購入することも検討したい」という点に対する消費者の考え方(「強くそう思う」「ややそう思う」「あまりそう思わない」「全くそう思わない」)、つまり中古品消費に関する受容度を確認する。まず、年齢による違いをみると、若い層ほど中古品消費への受容度が相対的に高いことが分かる(コラム2-1-3図)。スマートフォン上のフリマアプリ等を用いて、CtoCで容易に中古品を販売・購入することが可能な環境となっており、若い層ほどこうしたツールへの習熟度が高く、また購入した商品の転売を通じた利益獲得の可能性も考慮して、中古品志向が高い可能性があると考えられる。

次に、消費者の節約志向との関係を確認するため、本論第2-1-2図でみた「支出を減らしている」分野の数(0個の人は「特に減らしているものはない」を選択した人)と中古品消費への受容度の関係をみると、支出を減らしている分野が多いほど、中古品消費への意欲が高いことが分かる(コラム2-1-4図)。特に、4分野以上で支出を減らしている消費者のうち約6割が中古品消費に肯定的となっている。

さらに、実感物価上昇率や予想物価上昇率との関係を確認すると、高い物価上昇を実感、あるいは予想している家計ほど、中古品消費に肯定的であるという関係がおおむね確認できる(コラム2-1-5図36。このように、現実の物価上昇率や予想物価上昇率の上昇が続く中で、若い年齢層の消費者を中心に節約志向が高まり、中古品消費により積極的になっている可能性が示唆される。

上述のとおり、中古品消費は、マージン部分を除きGDP統計上の個人消費には計上されない一方、消費者の効用という観点では、中古品の売却は、売主にとって、価値が償却し、不要になったものを処分するということであれば、必ずしも効用を低減させるものではなく、新たな買主にとっては効用の増加につながると言える。また、近年注目される環境等に配慮した「エシカル消費」という観点でも、循環経済に資する中古品は重要との見方もある。中古品の消費が新品の消費を代替すれば、GDP統計の個人消費を押し下げる要因となる一方で、消費者のwell-beingという観点も含め、中古品消費の動向を把握する必要性は高く、そのためのデータの整備も重要であろう。

4.将来不安の高まりがどのように貯蓄を押し上げるのか

(貯蓄水準に満足していない人は増加傾向)

所得の伸びに比べて、消費の伸びが力強さに欠けている種々の要因として、ここでは最後に、老後不安など将来の不確実性の備えから、所得の増加を貯蓄に回している可能性について考察する。内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)でも確認したとおり、2000年代後半以降、老後の生活について「非常に心配である」「多少心配である」と答えた人の割合が80~90%程度で推移し、「非常に心配である」と答えた人の割合は40~50%程度で推移している(第2-1-20図)。

まず、内閣府調査等を基に、今の貯蓄水準(保有金融資産額)についてどのように認識しているかを、2019年と2025年の2時点を比較しつつ確認する(第2-1-21図(1))。これによると、2019年、2025年のいずれも、最も多い回答は「全く足らない」であるが、回答割合は、2019年の30.1%から2025年の35.8%に上昇しており、現在の貯蓄残高に対する不足感が高まっていることが分かる。このほか、「十分にある」「一定程度ある」「やや足らない」の回答割合が低下する一方、「わからない」が3%ポイント程度増加しており、以前よりも不確実性が高まる中で、そもそもどの程度の貯蓄が必要なのかがわからない家計が増えている可能性も示唆される。

年代別にみると(第2-1-21図(2))、「全く足らない」と答えた人の割合は50代で最も高いが、全ての年齢層で、2019年から2025年にかけて増加している。「わからない」と答えた人は20代で特に多く、将来に対する不確実性の高まりが貯蓄を押し上げている可能性が示唆される。

また、貯蓄の目的についても、2019年と2025年で比較すると(第2-1-22図)、「子供の教育費」が大きく低下する一方で、「旅行等のサービス消費」や「趣味に使う」が増加している。回答割合が最大である「老後の生活費」については、2019年時点で46.3%であったが、2025年には53.6%と増加している。また、「決まった目的はない」と答えた人の割合が2019年の6.7%から2025年には22.9%と3倍以上に増加しており、若年層ほど高く、上昇幅も大きいという動きもみられる。このように、老後の生活費という目的だけではなく、漠然とした先行きへの不安が貯蓄率を押し上げている可能性もうかがわれる37

(予備的貯蓄を意識すると貯蓄性向が高まる傾向)

次に、貯蓄の動機について確認する。貯蓄の動機には様々なものがあるが、その中の一つに、「予備的貯蓄」、すなわち、想定よりも将来長生きすることによって医療・介護費用や生活費等が増加することや、不慮の事態により所得が急に減少したり医療・介護費用や生活費等が急に増加したりする可能性に備え、十分に働けるうちに貯蓄を積み増しておくという動機がある。他の条件が同じであれば、予備的貯蓄を貯蓄の動機とする人は、そうでない人よりも多くの貯蓄を必要とするため、貯蓄率も高まることとなる。

内閣府調査では、貯蓄の目的についても聴取し、予備的貯蓄動機を持つ家計の貯蓄率が、そうでない家計よりも高いかどうかを確認した。ここでは、貯蓄の目的に「不慮の事態に備える」を挙げた人について、予備的貯蓄動機を持つ人と定義する。各年齢階層について、予備的貯蓄動機の有無によって貯蓄率を比較すると(第2-1-23図(1))、年代にもよるが、予備的貯蓄動機がある人の方が貯蓄率がやや高い傾向がみられており、老後など将来に対する不安が現役時代における貯蓄率を引き上げている可能性を示している。

次に、予備的貯蓄動機が生じる理由について確認する。予備的貯蓄は、先述のとおり将来の医療・介護費や生活費といった支出増に備えるためのものであるから、予備的貯蓄動機を持つ人は、経済面で将来に不安を感じている傾向があると考えられる。そこで、まず、予備的貯蓄動機の有無別に将来の賃金上昇率の見通しを確認すると、両者の間に明確な関係はみられないことが分かる(第2-1-23図(2)①)。一方、実感物価上昇率・予想物価上昇率との関係をみると(第2-1-23図(2)②、③)、実感物価上昇率、予想物価上昇率共に、予備的貯蓄動機を持つ人はこれらが高くなる傾向にある。物価上昇により生涯所得・資産の実質価値が低下したと実感(又は低下すると予想)し、将来に備えて貯蓄を積み増している姿がうかがえる。

最後に、予備的貯蓄動機が貯蓄率に与える影響をより厳密な形で統計的に検証するために、年齢や世帯年収等の属性をコントロールした上で、予備的貯蓄動機の有無が貯蓄率を高めているか、どの程度の影響であるかを確認する38。まず、予備的貯蓄について、貯蓄の目的として「不慮の事態に備える」を挙げた人を1、それ以外を0とするダミー変数を設定し、世帯収入や年齢等をコントロールして、貯蓄率を被説明変数とした回帰式を推計すると、予備的貯蓄動機がある人の貯蓄率は、総世帯ではそうでない人と比べて約1%ポイント高いことが分かる(第2-1-24図(1))。こうした結果は、老後における不慮の事態とは異なる事態に備えている可能性には留意する必要があるが、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)における、金融広報中央委員会「家計の金融資産に関する世論調査」の調査票情報を用いた、老後不安を持つ人はそうでない人に比べ貯蓄率が0.5%ポイント程度高い等の結果とおおむね整合的である。このように、老後など将来への不安に備えようという動機が、貯蓄率を相応に高めるという傾向があることは統計的に一定の頑健性があることが示される。また、単身世帯についても同様の形で予備的貯蓄動機の有無による貯蓄率の違いを推計すると、予備的貯蓄動機による貯蓄率の押上げは約2%ポイントとなり、総世帯よりも押上げ幅が大きくなる。単身世帯は、一般的に、二人以上世帯に比べ、老後に際して疾病時や要介護時における生活リスクを本人が背負わなければならないと心配する可能性が高いことから、将来に不安を感じている場合に、より貯蓄率が高まる傾向があるものと考えられる。我が国世帯の構成をみると、長期的に二人以上世帯の割合が低下し、単身世帯の割合が増加している中にあって(第2-1-24図(2))、老後不安がマクロ的に貯蓄率の押上げ(平均消費性向の押下げ)の程度を強めている可能性があると言えよう。

コラム2-2 リスク回避度と貯蓄率

将来不安の度合いは、資産等の状況が全く同じであれば、各個人のリスク回避度、つまり不確実な状態をどの程度避けたいと考えているか、に応じて変わってくると考えられる。具体的には、「確実に5万円得られる状況」と「50%の確率で10万円得られるが、50%の確率で何も得られない状況」、期待値としてはいずれも「5万円得られる状態」という点で等しいが、前者が確実な状態であるのに対し、後者は不確実な状態である。一般的に、リスク回避的な消費者は、このような選択肢に際し、前者の状況を選好する。

この点に関し、内閣府調査では、後者に対応する仮想的なくじに対して、いくら支払う意思があるのか(支払意思額)を確認し、各人のリスク回避度を測定した。上述のとおり、くじの期待値は5万円であるから、期待値どおりの金額を支払う個人はリスク中立的な個人であり、それ以下の支払額であればリスク回避的、それ以上の支払額であればリスク愛好的となる。その上で、一定の効用関数を仮定してリスク回避度を計算する39。リスク回避度は、数値が低いほどリスク愛好的であることを意味する。

結果をみると(コラム2-2-1図)、若い年齢層の消費者ほどリスク愛好的であり、年齢を重ねるにつれ、緩やかにリスク回避的になっていることが分かる。一方で、リスク資産を保有している消費者の割合(リスク資産保有性向)40をみると、20代及び60代を除けば、よりリスク回避的になるに従って、リスク資産保有性向も低下していることが分かる。20代については、相対的にリスク愛好的な中で、就業し始めてから比較的年月が浅いことから、保有している資産額が大きくなく、流動性の観点から、リスク資産を保有する前に一定程度の現預金を保有したいという意向が働いている可能性がある。また、60代については、相対的にリスク回避的であるものの、退職前後の年齢層に当たり、ライフサイクル仮説上は保有資産額もおおむねピークに達する年代であることから41、一般的には、リスク資産を含め多様な資産を保有する余裕があることが考えられる。

こうしたリスク回避度と、現在の貯蓄水準に関する認識の関係をみると、リスク回避的な人ほど、現在の貯蓄水準が足りないと考える傾向が一定程度みられる。例えば、金融資産が「全く足らない」と答えた人の8割以上が、先述のくじに対する支払意思額が1万円以下というリスク回避度が高い状態であるのに対し、「十分にある」と答えた人では7割程度となっている(コラム2-2-2図)。将来の様々な事象に対する備えとして貯蓄を考える場合、より悪い(貯蓄が必要な)事態をリスクとして重く想定し、それを回避したい(備えたい)という意識が強くなるほど、貯蓄額を積み増す、というメカニズムが働いているものと考えられる。

(まとめ)

本節では、個人消費が賃金・所得の伸びに比べて力強さに欠けている要因について、主に、独自のアンケート調査の結果を用いて分析し、賃上げが実現している中でも、家計は足元の所得の増加を依然として恒常的なものとは受け止められていない可能性や、食品等の身近な品目で価格が上昇し、高齢者を中心に予想物価上昇率を高め、消費意欲を委縮させている可能性、老後を中心とした将来への不安の高まりにより予備的な動機での貯蓄志向が高まっている可能性を検証した。その結果、これらの要因は、いずれも近年の消費の伸びを抑制し、平均消費性向の下押しに寄与していることが確認された。この結果を踏まえると、個人消費の持続的な回復に向けては、①賃金を中心とした所得の増加が恒常的なものであると人々が認識できるようにする、すなわち賃上げのノルムを確立させること、②2%の物価安定目標を実現・維持させ、賃金の伸びがこれを持続的に上回る状況が実現・定着すること、③持続可能な社会保障制度を確立し、老後の生活に係る不確実性をできるだけ解消し、安心感を高めること、といった政策的な観点が重要であると言えよう。


1 共働き世帯の貯蓄率が相対的に高い背景としては、基礎的支出を増加させる必要性が共働き世帯の方が低いからとする考え方がある(三浦・東(2017))。
2 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)の議論も参照。
3 20~69歳の全国の男女を対象に、インターネット調査で15,000人の回答を集計。詳細は付注2-2を参照。なお、調査時期は、2025年3月18日~24日であり、米国による自動車関税や相互関税の発表前であることから、通商政策による不確実性の高まりや景気の下押しリスク等は、回答結果には基本的には影響していないと考えられる。
4 今回の内閣府調査では、後述するように、2019年における消費者に対する調査との比較も行う観点から、同調査と選択肢を整合的なものとしたため、選択肢にない分野の消費意欲等を確認することができないという制約があることに留意が必要。
5 関連して、近年の食料品を中心とした物価上昇の継続の中で、家計の消費がより安価な中古品にシフトしている可能性もある。中古品消費の現状と、内閣府調査を用いた中古品消費の背景については、後述のコラム2-1を参照。
6 2019年3月8日~10日にインターネット上でオンラインモニター調査を行った。調査対象は全国の20~69歳の男女で、有効回答数は10,352人となっている。詳細は付注2-3及び内閣府(2019)を参照。
7 2019年調査では、「特に増やすものはない」という選択肢がないことから、「あえて1つ選ぶとしたら」という意味で対象分野を選択したケースがある程度含まれ得る一方で、2025年調査では、「特に増やすものはない」を選択肢に追加しているため、各分野について明確な意思をもって選んだ人のみの結果となっている。このことから、2019年と比べて2025年の回答割合が高い項目については、この間に、所得が増加した場合の消費意欲が高まったと解釈することが可能と考えられる。
8 内閣府(2024)においても、リスク資産への投資志向が若い年齢層ほど高まっている点を分析した。なお、今回の内閣府調査では、2019年調査から「貯蓄」と回答した人の割合は全年齢で大きく低下している点について、「貯蓄から投資へ」の動きを示し得る一方で、2019年調査で「貯蓄」と回答していた人の多くが2025年調査で追加された「特に増やすものはない」に移行したことにより、「貯蓄」と回答した人が減ったという可能性もある点には留意が必要。
9 「世帯収入が3%増えた場合に増やす支出」について、30%弱が「特に増やすものはない」と答えたこととも整合的である。
10 2019年と2025年の間には、制度面の変化としては、高年齢者雇用安定法の改正(2021年施行)により、65歳までの希望者全員に対する雇用確保の義務化、70歳までの就業機会の確保が努力義務として導入されたことがある(内閣府(2024))。
11 例えば、2019年調査では、15歳未満の人員のいる世帯の比率は、30代で52.0%、40代で41.8%だったのに対し、2025年調査では30代で33.9%、40代で31.3%と低下している。ただし、低下幅は「国民生活基礎調査」における低下幅(2019年から2024年にかけて、18歳未満の子がいる世帯は、30代で62.4%から48.1%、40代で60.0%から55.4%に低下)よりもやや大きくなっており、サンプルの違いによる影響も一定程度寄与していると考えられる。
12 厳密には、今年限りのボーナスの10%増と、今年以降手取り収入が10%継続的に増加することは、割引現在価値の観点からも等価ではないが、設問をなるべく簡素にするためにこのような設定とした。ボーナスによる一時的な所得増であっても、所得が増えていることに変わりはなく、「増やさない」と答える人の比率については大きくは影響しないと考えられる。
13 本章第2節の議論とも関係するが、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から正社員の賃金カーブを確認すると、近年にかけて、賃金カーブのピークが低く、またピーク自体が前倒しになるという傾向があるものの、基本的に50代に賃金カーブのピークが来るという傾向は変わらない。
14 野村総合研究所「生活者1万人アンケート調査」。1997年以降3年に1回実施しており、最新の2024年8月調査は10回目。全国15~79歳(2009年調査までは15~69歳)の男女約1万人を対象に、訪問留置法で実施。
15 東京商工リサーチ「2025年2月「賃上げ」に関するアンケート調査」。2025年2月3日~10日にかけてインターネットによるアンケート調査を実施、有効回答は5,467社。
16 なお、同調査は、2025年2月時点の調査であり、米国の関税引上げによる影響は基本的に織り込まれていないと考えられる。
17 条件をより詳細・正確に記載すれば、理論が想定する状況を作り出しやすい一方で、例えば財源について言及することにより、回答者に通常よりも強く将来の増税等を意識させることになり、結果に偏りが生じる可能性もあるというデメリットもある。このほか、現実には所得税の負担率は各人で異なり、実際に所得減税を行った場合に手取り増の恩恵を受けづらい(受けられない)家計も存在する。今回の調査においては、こういった細かい条件を記載したり厳密に組み込んだりはせず、直感的にどのような行動をとると考えられるかを調べることを重視しており、これらの点も踏まえて、本結果については一定の幅をもって解釈される必要がある。
18 宇南山(2023)の整理に基づく。前者は自動車などのいわゆる耐久財が持つ特性であり、後者は洗濯用洗剤など、使用すれば費消されるが、使用されなければほとんど減耗しない財が該当する。
19 質問文は、内閣府「消費動向調査」における予想物価上昇率についての設問と文言をそろえている。一方、回答の選択肢(物価上昇率のレンジ)については、「消費動向調査」よりも細分化しているほか、「消費動向調査」にある「わからない」という選択肢は設定していない(ただし、「消費動向調査」において「わからない」の回答割合は2%程度であり、比較に当たって大きな影響はないと考えられる。)。
20 係留効果(アンカー効果)とは、全く無意味な数字であっても、最初に与えられた数字が参照点になってしまい、意思決定に影響を与えてしまう効果のこと(大竹・平井(2018)等)。
21 Full-Information Rational Expectationsの略。
22 適応的期待形成以外に、経済主体の情報処理能力に限界があり、重要度が高いと判断された情報のみが判断に用いられる「合理的無関心」や、情報には取得コストがあることから経済主体が情報を取得し予想に反映するのに時間がかかる「粘着情報仮説」等もある(北村・田中(2019)等)。
23 西野・山本・北原・永幡(2016)等。
24 狭義には、「適応的期待形成」は「過去の動向のみ」に基づいて将来の予想を行うのに対し、「合理的期待形成」は、「入手可能な全ての情報」を用いるため、「過去の動向を参考にしている」からといって、「合理的期待形成でない」とはならない点には留意が必要(逆に、過去の動向以外の情報により予想が変化した場合は、適応的期待形成とは言えないこととなる。)。
25 ただし、アンケートの回答に際して(実感)物価上昇率を想起したことにより、予想物価上昇率がその値に影響された(先述の「アンカー効果」)ことが、予想物価上昇率と実感物価上昇率の相関を強めている可能性は否定できない。
26 Cavallo et al.(2017)は、物価上昇率に関する統計よりも、スーパーマーケットなど身近な場での物価動向が予想物価上昇率に影響すると指摘している。
27 なお、年齢別にみて、若い層ほど回答割合が高い傾向にあるのは、「家計簿をつけていて、今までにより支出が多くなっているなと感じたとき」や「『物の値段が上がっている』という投稿をSNSで多くみかけたとき」となっている。両者共に回答割合の絶対水準は低いが、後者については、若年層を中心に、実際の経験に加え、SNS等での伝聞が物価上昇率の認識に影響を与えつつあるという点には留意が必要である。
28 付図2-2参照。
29 一般に参照される消費者物価指数は、固定基準方式のラスパイレス指数であり、基準年時点(現行は2020年基準で、消費ウェイトは2019-2020年の平均)の品目別の消費ウェイトを固定して、各年の物価指数は、そのウェイトで加重平均された値となるが、相対的に価格が上昇し消費者が購入量を減らした品目であっても、購入量を減らす前のウェイトで評価されることから、基準年から離れるに従い、物価上昇率が、実際に消費者が購入した財の平均的な価格の上昇率よりも高くなることが知られている。
30 例えば、予期されない物価の下落は、債務の実質価値を高めることから、債務者の方が(純)資産に対する限界消費性向が高ければ、マクロの消費を低下させる。アーヴィング・フィッシャーにより提唱されたこの考え方を「デット・デフレーション」と呼ぶ。デット・デフレーションの存在等によりインフレよりもデフレの方がコストが大きいと考えられる場合、デフレに陥らないように一定のプラスの物価上昇率を維持することが重要となる。
31 実質金利=名目金利-(予想)物価上昇率であるが、実質金利を所与とすれば、物価上昇率が低下すると名目金利も低下し、一般に、ゼロ金利制約が成り立つ下では、景気後退期における政策金利引下げといった、マクロ経済政策の対応余地が縮小することとなる。
32 例えば、Afrouzi et al.(2024)は、米国居住者を対象とした調査で、消費者が理想とする消費者物価上昇率の中央値は0.2%であり、約4分の1がマイナスの消費者物価上昇率が望ましいと回答したと報告している。
33 予想物価上昇率のコーホート(生まれ年別にみた世代)ごとの違いは、経験した物価上昇率の違いで一定程度説明できるとされる(Malmendier and Nagel(2016))ことから、望ましい物価上昇率に対する見方(選好)も、各世代の経験の違いが影響している可能性が考えられる。
34 過去10年程度の平均を5として、最も低い0から最も高い10までの11段階評価で景気認識に関する回答を収集した。
35 山内(2024)
36 ただし、予想又は実感物価上昇率がマイナスの家計の中古品消費への受容度はある程度高い状況にあることから、物価認識とは関係ない要因が中古品志向に影響している可能性がある点には留意が必要。
37 例えば、「子供の教育費」等目的が決まっていれば、それに応じた目標貯蓄額を決めることができるが、決まった目的がなければ目標貯蓄額を明確にできず、結果的に必要以上に貯蓄に回してしまっている可能性がある。
38 推計方法の詳細は付注2-4、三浦・東(2017)を参照。内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2025)では、金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」を用いて同様の計量分析を行い、必要貯蓄額の増加や生活設計の長期化が貯蓄率を押し上げていることを報告している。
39 リスク回避度の詳細と計算方法については、付注2-5を参照。
40 このほか、「株式・投資信託(国内と海外の合計)」の資産額に占める比率(10%刻みの回答の中央値の平均)を用いて比較しても、傾向は変わらない。
41 内閣府(2024)にあるように、総務省「2019年全国家計構造調査」によると、世帯主年齢階級別の世帯当たりの金融資産額は、平均値・中央値いずれも、60代前半が最も高くなっている。
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