第3章 ストックの力で豊かさを感じられる経済社会へ 第3節

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第3節 高齢者就業の現状と課題~知識と経験のストック活用に向けて~

少子高齢化が急速に進展する中、総人口に占める60歳以上の高齢層のシェアは1980年には13%程度であったものが、2022年には35%超に上昇している。この間、長寿化も進み、死亡年齢最頻値は、男性は1980年の80歳から88歳、女性は84歳から93歳に上昇しており、いわゆる健康寿命も伸長している。こうした中で、我が国の高齢層の労働参加率は、主要先進国と比べても抜きん出て高く、高齢者の就労を後押しする政策の効果もあって、過去10年の間に大きく上昇している。こうした高齢者の高い就業意欲は、女性の積極的な労働参加とあいまって、生産年齢人口が減少する中にあっても、我が国の就業者数を増加させ、我が国経済の活力の維持に寄与してきた。また、労働市場における高齢者の参加の意義は、単に就業者数や労働時間数といった投入量にのみ帰するものではなく、それまでのキャリアの中で蓄積してきた経験や技能、知識といった無形のストックを活かし、継承し、社会に還元していくことでもある。高齢者の活躍が広がることにより、より若い年齢層の労働者が仕事以外の子育てやリ・スキリング等に時間を投じられるといったメリットにもつながる。今後、長期的には、高齢者の中でも高齢化が進んでいくことにより、現状では相対的に労働参加率が低く、労働時間の短い年齢層の人口が増加し、労働供給への下押し圧力は徐々に増すことが見込まれる中で、社会全体として、高齢者の就労意欲を阻害せず、これを後押しする取組が不可欠である。本節では、これまでの高齢者の就労・雇用の広がりを振り返るとともに、労働の供給・需要の両面から、意欲のある高齢者の就労・雇用の一層の促進に向けた課題を整理する。

1 高齢者の雇用確保の取組と高齢者就業の動向

(高齢者の雇用確保のための措置は徐々に拡大してきた)

ここではまず、我が国において、高齢者雇用確保のための制度が歴史的にどのように整備されてきたのかを振り返る(第3-3-1図38。企業の定年制度については、1940年代後半に多くの企業が導入し、高度経済成長期までに55歳が定着していたとされる。一方、1954年の厚生年金保険法改正によって年金支給開始年齢が段階的に引き上げられ、1974年には男性の支給開始年齢が60歳となる中で、1971年施行の中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法により、定年延長を促進する旨の規定が設けられた。こうした下で、企業においては、徐々に60歳への定年の引上げが行われていった。1986年には、中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法を全面的に改正する形で、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用安定法」という。)が制定され、60歳までの定年が初めて努力義務化された。1994年には同法が改正(1998年施行)され、60歳を下回る定年の設定が禁止され、60歳以上の定年の設定が完全義務化された39

一方、65歳までの継続雇用については、1990年の高年齢者雇用安定法の改正において、初めて努力義務規定が新設された。2000年の高年齢者雇用安定法の改正では、定年の引上げと定年後の継続雇用制度の導入又は改善等の雇用確保措置を講ずることが努力義務として加わった。この時点までは65歳までの継続雇用は依然努力義務であったが、2006年施行の同法改正により、定年そのものの廃止を含めた65歳までの高年齢者雇用確保措置が法的義務となった。もっとも、この段階では希望者全員を対象とすることについて、継続雇用制度の対象者を限定できる基準を設けることが認められていた。

この対象者を限定できる仕組みについては、2012年の高年齢者雇用安定法の改正(2013年施行)により廃止され、65歳までの継続雇用が完全義務化されることとなった。さらに、2020年には、少子高齢化が急速に進展し、人口が減少していく中で、経済社会の活力を維持するため、高年齢者雇用安定法の改正(2021年施行)が再度行われ、新たに70歳までの就業機会の確保が努力義務として導入されることとなった。

(65歳までの高齢者雇用はほとんどの企業で実施されるようになっている)

こうした高齢者雇用確保に係る制度の整備に対し、企業がどのような形で60歳以上の雇用を行うようになっていたか確認したい。2006年より、経過措置は設けられたものの、高齢者の雇用確保措置が法的義務になったこともあり、65歳までの雇用確保措置を講じる企業は、2008年までに95%を超えるまでに増加していった。さらに、2013年には完全義務化され、ほぼ全ての企業で65歳までの雇用確保措置が行われるようになった(第3-3-2図(1))。

雇用確保措置を実施する企業のうち、定年制の廃止、定年の引上げや、希望者全員を対象とする継続雇用制度を導入する企業は、10年前の2013年時点では、7割弱にとどまっていたが、直近の2023年では9割弱まで増加している。また、雇用確保措置を実施している企業のうち、定年制を廃止又は定年を65歳以上に設定している企業は、10年前の2013年には17%にとどまっていたが、直近2023年では29%まで増加している(第3-3-2図(2))。60歳以上の雇用者について、人手不足感が強まる中で、正規雇用職員と同等の責務を担ってほしいというニーズの高まりを反映した動きとみられる。こうした企業における高齢者雇用確保の取組の詳細や、企業が高齢労働者に期待する資質、企業業績への影響については、内閣府が実施したアンケート調査に基づき、後段で議論する。

(高齢就業者数の拡大は60代から70代がけん引する形に変化)

次に、高齢層を中心に過去40年超の就業率(人口に占める就業者の割合)の推移を確認する。上述のとおり、2013年に65歳までの雇用確保が義務化されたこともあり、60代の就業率は、それまでは長期的に横ばい傾向で推移していたが、2010年代半ば以降、上昇傾向に転じた(第3-3-3図(1))。また、70以上の就業率については2000年代初めまで緩やかに低下してきた後、横ばいで推移し、2010年代後半からやや上昇に転じている。一方、就業者数をみると、1947年~1949年生まれのいわゆる「団塊の世代」が、2017年以降順次70代に移行する中で、60代の就業者数は、2018年をピークに頭打ちとなっている(第3-3-3図(2))。男女別に、過去20年程度の就業者数の変化を就業率要因と人口要因に分けてみると、60代の男性では、就業率上昇による就業者数の押上げ寄与は続いているものの、人口減少要因による下押し効果が上回り、就業者数の水準は切り下がっている(第3-3-3図(3))。一方、女性については、人口変動の減少要因を就業率向上の効果が相殺し、60代の就業者数は横ばいから緩やかな増加傾向で推移している。これに対し、70歳以上については、上述の団塊の世代に係る人口変動要因に加え、近年における就業率の緩やかな上昇があいまって、男女ともに、2017年以降、就業者数の増加ペースは高まってきた(第3-3-3図(4))。

また、生まれ年(コーホート)別に、60歳以上の各年齢階級の男女別の労働参加率をみると、特に60歳~64歳を中心に60代については、2013年~2018年にかけての労働参加率の上昇ペースが高まっていた。例えば、男性の場合、同じ60代前半でも、1949年~1953年生まれ以前の世代が60~64歳だった際(2013年)以前の労働参加率よりも、1954年~1958年生まれ以降の世代が60~64歳だった際(2018年)以降の労働参加率の方が不連続に高まっている。同様のことは女性60代前半についても当てはまり、2013年の65歳までの雇用確保の義務化が、これら年齢層の就業率の上昇に大きく影響していることが確認される(第3-3-3図(5))。

2 家計(供給面)からみた高齢者就業に係る現状と展望、課題

ここでは、これまで増加を続けてきた高齢者の就業者数について、今後の持続可能性を考えるべく、家計側、つまり労働供給の観点からみた現状と課題を考察する。具体的には、国際的にみた我が国の高齢者の労働参加率の動向を確認するとともに、高齢者の高い就業意欲とその背景等について整理する。次に、将来推計人口等を踏まえた中長期的な高齢就業者数の展望を示すとともに、今後長期的に強まっていく高齢就業者の労働投入の下押し圧力に対し、意欲のある高齢者の就業を後押しする観点からの政策的な課題を示すこととする。

(我が国の高齢者の労働参加率は男女ともに高く、過去からの伸びも大きい)

まず、高齢者の労働参加率について、先進諸国との比較を行う。第3-3-4図(1)のとおり、我が国の65歳~74歳の労働参加率は、直近で比較可能な2022年時点で、男性は51.8%、女性は33.1%、75歳以上については、男性は16.9%、女性は7.3%と、いずれも韓国に次ぎ、欧米主要国より高い(第3-3-4図(2))。10年前の2013年時点でも、我が国の高齢者は、既に高い労働参加率であったことに加え、この10年程度における上昇幅も相対的に大きい。また、OECDのデータベースより、公的年金を満額受給できる年齢と実際に引退する年齢を比較すると、欧米の主要先進諸国では就業しておらず、かつ就業の意思のない状態となる平均実効引退年齢が年金支給開始年齢よりも早いのに対し、日本は、韓国とともに、平均引退年齢が支給開始年齢を上回る数少ない国であることが分かる(第3-3-5図)。

こうした我が国の高齢者の労働参加率の背景には、就業意欲の高さがあるが、さらに、その要因には、経済的な側面のほか、健康や生きがい、高齢期における収入源の偏りといった複合的な背景があると考えられる。まず、高齢者の就業意欲と就業率の関係をみると、男女ともに、年齢別にみた両者の連動性は高く、就業意欲の高さが、労働参加率や就業率の高さにつながっているとみられる(第3-3-6図(1))。ただし、男性については、就業意欲と就業率の水準差は小さい一方、女性については、就労意欲と実際の就業率の連動性はみられるものの、就業意欲がある者の割合が就業率を10~30%ポイント程度上回り、かい離がみられる40。介護や家事のため就業できないといった事情を持つ者は、60代の男性で1割以下なのに対し女性で3~4割程度と高いことから、介護や家事負担の高齢男女間の偏りが、女性の就業率を就業意欲対比で低めていることが示唆される(第3-3-6図(2))。

(65歳を超えて働く意向を持っている割合は男女ともに増加)

次に、人々が、将来何歳まで働く意向をもっているのかについて、近年の変化をみるために、内閣府の「生活設計と年金に関する世論調査(令和5年11月調査)」と「老後の生活設計と公的年金に関する世論調査(平成30年11月調査)」の結果を比較する。これによると、65歳を超えて働くことを考えている人は、5年前に比べ、男性で+2.3%ポイント、女性で+8.5%ポイント、それぞれ増加している(第3-3-7図)。このように、高齢期における就業意欲は着実に高まっていると言える。

一方、高齢者の就業理由について尋ねた調査((独)労働政策研究・研修機構(以下「JILPT」という。)(2020))によると、60代のみが対象ではあるが、複数回答の就業理由としては、「経済上の理由」が最も多い76%、続いて「いきがい、社会参加のため」が33%、「時間に余裕があるから」が23%となっている(第3-3-8図(1))。「経済上の理由」と回答している者のうち8割超は、生活水準を向上させるためではなく、自分と家族の生活を維持するために働いているとされている。このように、60代の少なくとも6割程度は、家計の生活維持という経済上の理由から高齢期の就労を選択しているとみられる。こうした状況は、内閣府(2021)の国際比較でも確認される。具体的には、就労継続を希望する理由は「収入がほしいから」が約半数と、アメリカ、ドイツと比較すると高い(第3-3-8図(2))。これは、必ずしも、生活維持という理由だけではなく、生活水準の向上という理由も含まれることには留意は必要であるが、上述のJILPTの調査結果に鑑みると、より生活維持という色彩が強いとみられる。

一方で、いきがいや健康維持などの理由を背景に、高齢期の就業意欲が高くなっている点も見逃してはならない。上述のとおり、JILPTの調査では、60代の3分の1が、いきがいや社会参加を就業理由に挙げている。国際比較でも、日本は、就業継続の希望理由として、「働くのは体に良いから、老化を防ぐから」がアメリカと同程度になっているほか、回答割合は低いものの、「仕事を通じて友人や仲間を得ることができるから」という社会とのつながりという観点での就業継続希望も他国対比では高くなっている。

(我が国の健康寿命は国際的にみて長いが、平均余命との差の縮小が課題)

関連して、健康上の観点では、厚生労働省「国民生活基礎調査」から得られる日常生活の機能制限状況や健康状態をみると、高齢者のうち65~79歳では、男女ともに、健康な人は8~9割程度となっている(第3-3-9図(1))。就業率は、男性・女性ともに、これらを大きく下回っており、健康な人口対比でみれば、就業率は依然として上昇余地があるとみられる。また、世界保健機関(WHO)のデータによれば、国際的に、我が国は60歳時点の平均余命だけでなく、健康寿命41についても、男女ともに主要先進国中で最も高い(第3-3-9図(2))。一方、平均余命と健康寿命の差には、諸外国と比べ大きな違いはなく、過去からの大きな変化もない。高齢者の就業継続を通じた社会参加は、豊かさ(well-being)の向上にも寄与し得るものであり42、人生100年時代という高齢化社会にあっては、健康寿命を延伸させる取組により、働く意欲のある高齢者が健康面の不安なく働ける期間を長くしていくことが重要と言える。

(金融資産からの財産所得の弱さが、高齢期の就労につながっている可能性も)

高齢期における収入源という観点から、高齢者の就業意欲を確認すると、先述の国際比較においては、公的年金を収入源とする割合は、日本はドイツとアメリカの中間にある一方、金融資産からの所得(私的年金、利子・配当等の財産収入)はアメリカ、ドイツよりも低く、仕事による収入を主な収入源とする割合は高い(第3-3-10図(1))。我が国の個人金融資産は、米欧に比べて、現金・預金に偏っていることに加え、長年の金融緩和を背景とした低金利による利息収入が少ないことが背景にあるとみられる。また、本章第1節でも確認したように、世帯主年齢別にみると、いずれの年齢層も預貯金のシェアは高いが、高齢層においては、若年層とともに、預貯金のシェアがより高い傾向がある(第3-3-10図(2))。こうした金融資産所得の収入源としての弱さの反面として、日本の高齢者は、公的年金に加え相対的に仕事による所得を主な収入源としているともみられる。

ただし、先述の世論調査の結果(前掲第3-3-7図)をみると、男性では60歳以下までしか働くことを考えていない人の割合が、5年前よりも3.2%ポイント増加しているという特徴がある。こうした背景の一つには、コロナ禍を経て、株価など資産価格が上昇する下で、FIRE(Financial Independence, Retire Early)と呼ばれる、資産運用から得られる所得を基に、労働市場から早期退職を目指す動きが広がっている可能性も考えられる。実際、同世論調査において、老後に向けた公的年金以外の資産形成の準備に関する質問への回答をみると、投資信託を含む「証券投資」を挙げる回答が5年前と比べて増加している(第3-3-10図(3))。アメリカでは、家計の資産所得の増加が、コロナ禍後、55歳以上の就業者数の伸びが停滞し、労働需給ひっ迫の一因となっているとされるが、日本においても、株価上昇を背景とした金融資産の拡大が、これら年齢層の就業者の早期引退につながり、高齢者の労働供給を抑制する要因となる可能性には留意が必要である。

(高齢者就業の拡大により、60代の所得は増加し消費も拡大している)

次に、高齢者就業の拡大と所得・消費の関係についてみる。「家計調査」の二人以上世帯(勤労者世帯及び無職世帯を含む。)について、年齢階層別の一世帯当たりの可処分所得の推移をみると、59歳以下の世帯は、2010年以降はおおむね横ばいであるのに対し、60代の世帯については、2010年代以降顕著に増加している。これは、年金支給開始年齢の引上げにより年金所得は減少している一方で、この間に高齢者の働きやすい環境整備が進められたことによる有業率の上昇により、勤め先収入等が増加していることが背景にある(第3-3-11図)。次に、平均消費性向をみると、コロナ禍前は、59歳以下の世帯は緩やかな低下傾向、70代はおおむね横ばいからやや上昇傾向であったのに対して、60代は2010年代前半以降、顕著な低下傾向で推移していたことが分かる。これは、60代の消費支出が減少したというよりも、可処分所得の向上による影響である。二人以上世帯に単身世帯を加えた総世帯について、よりサンプルサイズの大きい構造統計である「全国家計構造調査」等から、2014年と2019年の二時点間の世帯主年齢階級別の可処分所得と消費支出の関係をみると、60代以上の年齢層では、総世帯でみても、可処分所得の増加幅が他の年齢層よりも顕著であることが確認できる。これに対し、消費支出は、他の年齢層では2014年から2019年にかけて減少43しているのに対し、60代以上では横ばいとなっている(第3-3-12図(1)、(2))。高齢者の雇用確保の取組は、可処分所得の押上げを通じて消費の下支えにつながるものであり、引き続き、働く意欲のある高齢者が就業できる環境を整備することの重要性を示している。

(高齢就業者数は当面拡大が続くが、2035年頃にピークを迎える可能性も)

次に、これまで労働参加率の拡大を通じて増加傾向にあった60歳以上の就業者数について、一定の仮定に基づく今後の中長期的な推移を見通してみたい。具体的には、「将来推計人口」の死亡中位、高位、低位のケースごとに(出生はいずれも中位)、<1>現在の年齢階級別の就業率の水準がこのまま続く場合、<2>健康寿命の伸長等により、就業率が過去4年程度のトレンドで今後も上昇していく場合44、の6ケースを試算した(第3-3-13図)。これによると、年齢別の就業率が一定の場合は、1971年~1974年生まれのいわゆる「団塊ジュニア世代」が2035年頃にかけて60代に移行する中で、当面10年程度は就業者数の増加が見込まれるものの、2030年代後半をピークに就業者数が減少に転じると見込まれる。また、就業率の上昇トレンドが継続していく場合であっても、人口減少による就業者数の下押し圧力が中長期的に高まり、2035年頃以降は伸びの鈍化が見込まれる。さらに、高齢の就業者はより高年齢であるほど、就業時間が短い傾向があり、マンアワーでみた高齢就業者の労働投入、さらには潜在成長率への減少圧力が高まることに留意が必要である。

(60歳以上における就業調整実施者は計120万人、女性の5分の1以上が実施)

こうした中で、労働投入の観点からみて、高齢者就業をできるだけ維持するためには、健康寿命の延伸のための取組に加え、意欲のある高齢者が就業時間を増やしたいという希望をできるかぎり阻害しない制度や仕組みを整えることが重要である。月収総額が基準額を超えた分の年金支給額が減額される在職老齢年金制度や、社会保険料がかからないようにするため、年収を抑えるよう労働時間を調整するいわゆる「年収の壁」が高齢者の就業拡大の阻害になっている可能性がある。「就業構造基本調査」によれば、非正規雇用労働者のうち、「収入を一定の金額以下に抑えるために就業時間や日数を調整していますか」との質問に「している」と回答した者、すなわち就業調整を行っている者は、第3-3-14図のとおり、2022年時点で、60歳以上の男性で34.9万人(5年前の2017年は41.1万人)、女性で84.9万人(2017年は71.0万人)となっており、就業調整を実施した者の割合(就業調整実施率)は、男性で11.0%(2017年は13.9%)、女性で23.7%(2017年は23.3%)となっている。このように、男性では減少しているが、60歳以上の就業調整実施者は依然として計120万人存在し、特に女性非正規雇用労働者の5分の1以上が就業調整を行っており、これらの高齢労働者の就業意欲が制度的な要因で阻害されている可能性を示している。

(高齢期でも年収の壁を超えて働くことで、生涯可処分所得は増加)

年齢別・年収階級別に就業調整実施率をみると、有配偶の女性非正規雇用労働者では、60歳以上の年齢層のいずれにおいても、年収50万円~149万円のグループで、実施率が相対的に高く、5年前よりも上昇しており、いわゆる「年収の壁」が労働時間を抑制する誘因の一つになっていることが示唆される(第3-3-15図)。ここで、内閣府が作成した生涯可処分所得の試算モデル(コラム3-3参照)から、同年齢の夫がフルタイムの正社員として働いている有配偶の女性で、子供を二人出産し、一旦退職した後、第二子が6歳になる38歳時点で、年収100万円のパート労働に就く者について、60歳~64歳の間に、年収の壁を超えて年収150万円や200万円でパート労働者として働く場合と、年収の壁の範囲内の年収100万円で働き続ける場合の生涯可処分所得を試算する。これによると、60歳~64歳で年収の壁を超えて働いた場合は、そうでない場合に比べて、夫の配偶者控除等の受益額は減少するものの、給与所得や公的年金所得から得られる可処分所得の増加が上回り、総額で460万円~640万円程度、生涯可処分所得が増加することが分かる(第3-3-16図)。こうした生涯可処分所得面でのメリットを踏まえつつ、高齢女性の労働意欲を後押しするような被用者年金制度の見直しを進めていくことが重要である。

(高齢男性雇用者の就労意欲を阻害しない制度の構築や社会的気運の醸成も重要)

一方、高齢男性について、年齢別・年収階級別に就業調整実施率をみると、年収50万円~149万円のグループで実施率が高いという点は、女性と共通であるが、5年前に比べると低下している場合が多い(第3-3-17図)。就業調整実施率の低下は、他の年収でも同様にみられるが、例えば65~69歳の年収300万円~499万円のグループ等では、僅かではあるが、就業調整実施率が5年前から上昇している。こうした就業調整の背景には、健康面も含め様々な理由があると考えられる。ここで、「就業構造基本調査」の調査対象は、主に非正規雇用労働者の就業調整の状況を調査しており、比較的年収の低い労働者が中心になっていることに留意する必要がある。他方、正規労働者も含まれる「生活設計と年金に関する世論調査」によれば、60代の男性の41.4%、70歳以上の男性の22.1%が厚生年金を受け取る年齢になったときの働き方として、「年金額が減らないよう時間を調整し会社等で働く」と答えており、高齢労働者の中には、在職老齢年金制度(賃金(月給に加え賞与を勘案し算出)や厚生年金を合計した月収総額が50万円(2022年度時点では47万円45)の基準額を超える場合に、厚生年金の全部又は一部を支給停止する仕組み)を背景に就業調整を行っている者がいる可能性を示している。厚生労働省年金局資料によると、賃金と年金の合計である月収総額階級別の在職老齢年金受給権者数の分布には、基準額である47万円(当時)が含まれる等級の手前で僅かながら山もみられる(第3-3-18図)。

ここで、大学卒の男性を想定し、前述の生涯可処分所得の試算モデルにより、65歳の定年まで平均的な給与収入で勤務していた正規雇用労働者の男性が、65~74歳の期間に、<1>月収総額が基準値を超えないよう46就業調整を行いながら勤務した場合、<2>現行の在職老齢年金制度の下で、同じ年齢層の平均的な給与収入で勤務を続けた場合、<3>在職老齢年金制度がなかった場合で、<2>と同様の給与収入で勤務を続けた場合について、10年間の手取り所得の合計値を比較する(第3-3-19図)。まず、<2>と<3>を比べると、年金の減額分だけ手取り所得が減少し、10年間の累計で450万円程度の差が生まれるが、<1>と<2>の比較の場合でも、年金の減額はあっても、賃金収入の増加が上回り、10年間の合計で、就業調整しない<2>の方が、就業調整を行う<1>を430万円程度上回る47。こうした所得面でのインセンティブがある中で、就業調整が行われているとすると、その背景には、年金の減額という広義の限界税率が不連続に高まることによる心理的な抵抗感など労働供給側の要因が考えられるほか、企業側から高齢労働者に対して、年金が減額される基準に達しないよう年収を抑えることを勧奨するなど労働需要側の要因も可能性として考えられる。2020年の高年齢者雇用安定法の改正(2021年施行)により、70歳までの就業機会の確保が努力義務となり、65歳以上でもフルタイムで働く労働者が増える環境の中で、高齢者の就労インセンティブを高めていく制度の在り方の検討や、高齢者の就労意欲を後押しする社会的気運の醸成が重要であると言える。

コラム3-3 働き方による生涯可処分所得の変化に関する試算について

内閣府政策統括官(経済財政分析担当)は、令和6年4月に設置され、同年6月5日に中間取りまとめを公表した「女性の職業生活における活躍推進プロジェクトチーム」において、女性が出産後に働き方を変えていくことによって世帯の生涯の可処分所得がどの程度変化するかについて、定量的に分かりやすく示す観点から、一定の仮定に基づく試算を行い、公表した(なお、本論における、女性の高齢期における就労時間の増加による生涯可処分所得への影響や、男性が高齢期において在職老齢年金の支給停止を踏まえて行う就業調整の影響等については、本試算のモデルを応用したものである)。

具体的には、試算の前提として、夫婦と子供2人の世帯について、出産後の妻の働き方に関して、大きく、<1>出産後も就労継続する場合、<2>出産後一旦退職し、一定期間後に再就職する場合、<3>出産後に退職し、再就職しない場合の3つのパターンに分けた。さらに、<1>については妻がフルタイムの正社員として勤務する場合とフルタイムの非正規社員として勤務する場合、<2>についてはフルタイムの正社員として再就職する場合、パートタイム労働者として、年収の壁の範囲内(年収100万円)で働く場合と年収の壁を超えて働く場合(年収150万円)にケース分けし、合計6つのケースについて、世帯の生涯可処分所得、つまり夫婦合計の「手取り」所得を試算した。出生年齢(第一子29歳、第二子32歳)、死亡年齢(男性88歳、女性93歳)といった前提は、各種公的統計における最頻値を採用するとともに、第二子が6歳時点(妻が38歳時点)で再就職するという点については、「令和4年就業構造基本調査」において、末子の年齢が6~8歳の際に妻の雇用率が大きく上昇することを踏まえ設定した。

生涯可処分所得(手取り所得)の計算に当たっては、各種公的統計や制度の詳細を踏まえ、就労期間中の賃金、退職後の年金収入に加え、退職金や児童手当等も収入として考慮し、こうした収入から税(所得税・住民税等)や社会保険料の負担分を控除している。税・社会保障制度については現行の制度を前提とした。なお、世帯所得についての試算であることから、女性の働き方に関連して、夫の課税所得算定時の配偶者控除・配偶者特別控除や、企業から支給される配偶者手当が変わることによって、夫の手取り所得が変化する点についても考慮した。

試算の主な結果は、コラム3-3図のとおりであり、例えば、妻が出産後も正社員として就労継続する場合は、世帯の生涯可処分所得は約4.9億円となり、出産後に退職し、再就職しない場合に比べ、約1.7億円多い結果となった。また、出産後離職した女性が、第2子が6歳のときにパートタイムとして再就職する場合で、「年収の壁」を超えて働くか、「年収の壁」を超えないよう就業調整を行うかの違いをみると、「年収の壁」を超えて年収150万円で働いた場合、税・社会保険料の支払を考慮しても、妻の手取りの給与所得は、年収100万円に抑えた場合よりも増加することに加え、妻の年金所得については、「年収の壁」を超えて厚生年金の被保険者となることで、就業調整をした場合と比べ、大きく増加する結果となる。一方、年収の壁を超えて働くと、夫の配偶者手当等による受益額は減少するものの、夫婦合わせた可処分所得としては、年収の壁の範囲内で働く場合と比べ、年収150万円の場合は約1,200万円増える結果となった。

こうした試算は一定の仮定を置いて行ったものであり、結果については幅を持ってみる必要があるが、女性がそれぞれの希望に応じて出産後も働き続けることを選択できること、また、「年収の壁」を意識することなく働くことができることにより、世帯の生涯の可処分所得が大きく増加する可能性を示している。

3 企業(需要面)からみた高齢者雇用に係る取組と課題

本項では、2013年(施行)に65歳までの高齢者の雇用確保が完全義務化され、さらに、2021年(施行)に70歳までの就業機会の確保が努力義務化されるなど、高齢者雇用の確保のための法制度が整備されてきた中で、労働需要側である企業部門における取組状況と課題について整理する。具体的には、高齢者の雇用確保は、個々の企業にとっては、生産性や人件費、労務管理等の観点で課題もある中で、企業部門がこれまでどのような対応を行ってきているのか、また、企業が高齢労働者に求めている資質はどこにあり、どのような変化をたどっているのか、さらに、高齢者雇用は企業業績にどのような影響を与えているのか等について整理・分析し、今後の課題を検討する。

(70歳までの就業機会の確保に向けた努力義務へ対応する企業は着実に増加)

ここでは、内閣府が企業を対象に実施したアンケート調査48(以下「アンケート調査」という。)に基づき、企業における高齢者雇用の取組やその特徴について、直近の状況と、コロナ禍前に当たる5年前(2019年)からの変化についてみてみたい。

まず、アンケート調査の対象企業のうち、定年が60歳である企業の割合は、2019年から5年間で、2.3%ポイント低下した一方、定年が61歳以上の企業の割合が3.6%ポイント増加している(第3-3-20図(1))。結果として、定年が61歳以上の企業は全体の3割程度となっている。また、定年後に勤務可能な年齢の上限をみると、65歳までとなっている企業の割合がここ5年間で10%ポイント低下し、66歳以上まで働ける企業の割合が同程度増加するなど、65歳を超える年齢での就業機会の確保に取り組んでいる企業が全体の半数程度まで増加していることが分かる(第3-3-20図(2))。このうち、71歳以上まで働ける企業の割合も増加し、2割程度となっており、就業機会の確保の努力義務を超えて、高齢労働者の活躍の場を設けている企業が少なくないことも注目される。

(定年後の賃金低下幅は、年齢別の人員構成にばらつきがある業種で縮小傾向)

次に、アンケート調査から、高齢者の定年前後の賃金水準について確認する。従前は、65歳までの雇用確保措置が浸透してきた一方で、企業側の負担も鑑みて、継続雇用に際して、職務・職責の変化に応じて、定年前から賃金水準が一定程度低下することが広くみられる。こうした中、定年前の収入の6割を目途とする判例49の影響などもあり、定年後の賃金水準を定年前の6割未満としている企業は全体の1割未満となっている(第3-3-21図(1))。また、この5年間の動向をみると、定年前収入の7割程度以下の賃金とする企業の割合が約15%ポイント減少する一方で、逆に、8割程度からほぼ同程度とする企業の割合が約15%ポイント増加している。

以下では、このように定年前後での賃金低下幅が縮小している背景を確認する。まず、業種ごとに、この5年間で再雇用の際の賃金引下げ幅を縮小した企業の割合と、日銀短観の雇用人員判断DI(ここでは不足超をプラス表示)を比べると、両者に一定の正の相関がみられ、人手不足感の高い企業ほど、高齢層を貴重な労働の担い手と考え、引留めやモチベーション引上げのために、定年前からの賃金の引下げ幅を縮小させている可能性が示唆される(第3-3-21図(2))。

次に、業種ごとに、雇用者の年齢別構成のばらつき50がどの程度拡大したかと、定年後における賃金引下げ幅を縮小した企業の割合を比較すると、両者に正の相関がみられ、この5年間で雇用者の年齢構成の分散が高まった企業では、定年後の賃金引下げ幅の縮小に取り組んでいる可能性がある(第3-3-21図(3))。アンケート調査によれば、再雇用後の賃金低下幅を縮小させている企業においては、再雇用しても良いと思える高齢者の資質として、「他の職員の教育・指導ができる」や「適切なマネジメントが出来る」といったマネジメントに係る能力を求める割合が、平均の回答率よりも高いことが確認される(第3-3-21図(4))。一つの可能性として、現在40代や50代の就職氷河期世代の採用を抑制してきた企業では、管理や若年層を指導する人材が不足しており、こうした企業においては、指導やマネジメント面での役割を期待して高齢の再雇用者の待遇改善により努めていることがあり得る。

人事院「平成29年度民間企業の勤務条件制度等調査」によれば、調査時点において、いわゆる役職定年を採用している企業は企業規模計で16%程度であった一方、従業員数が500名以上の企業では約30%が採用していたが、導入していない企業の10.8%が過去に役職定年を廃止したほか、役職定年採用企業の4.3%が廃止を検討しているとされていた。このように、企業においては、徐々に役職定年を取り止め、高齢の職員に対してマネジメントなどの役割を求めつつあるものとみられる。また、高齢期における賃金変化が少ないことは、高齢者の労働意欲の向上にも資するものであり(内閣府(2019))、労働供給側の就労意欲の後押しという意味でも、近年の企業の取組の変化は重要である。

(高齢者には、他の職員への教育・指導の資質が求められるようになっている)

次に、回答企業全体において、高齢者の再雇用の際に求めている資質をみると、全体としては、「健康上支障がない」、「高い専門的な技術力を保有している」、「働く意思・意欲が高い」、「他の職員の教育・指導ができる」といった回答割合が高いことが分かる(第3-3-22図(1))。5年前からの変化をみると、「他の職員の教育・指導ができる」の回答割合の伸びが大きく、次いで「健康上支障がない」や「適切なマネジメントができる」が伸びている。高齢者に対し、「他の職員の教育・指導ができる」という資質を求める企業が増えているという点については、前掲第3-3-21図(2)(3)において、人手不足感や雇用者の年齢構成のばらつきと再雇用時の賃金低下幅の縮小に相関がみられたように、一部には、若年層を指導できる年齢層の職員が不足していることが影響している可能性があるほか、高齢労働者がそれまでのキャリアの中で蓄積してきた技能や知識など無形のストックをより若い世代に効率的に継承することが、企業経営にとって重要な課題と認識されつつあることも背景にあると考えられる。その他、定年の延長や継続雇用の年齢が上昇している中、高齢労働者の健康に対する配慮の必要性が高まっている面もあると言える。

さらに、再雇用の際に求める資質について、大企業と中小企業を比較すると、大企業では、中小企業に比べて、「高い専門的な技術を保有している」や「他の職員の教育・指導ができる」の回答割合が高い。大企業では、一般的に分業体制が進んでいると考えられることから、高齢の労働者がそのキャリアの中で培ってきた専門性や指導力をより重視しているとみられる。一方、中小企業は、大企業に比べ、「健康上支障がない」を挙げる割合が高い(第3-3-22図(2))。また、「働く意思・意欲が高い」という意欲面については、企業規模を問わず50%程度の企業が挙げている。この5年間の変化をみると、企業の規模を問わず、「他の職員の教育・指導ができる」という指導的な資質へのニーズが最も高まっていることが分かる。ただし、企業規模別に差がみられるものとして加えて、大企業においては、中小企業と比べて、過去5年の間に、高齢者に求める資質としてマネジメント能力をより重視するようになっているほか、中小企業では、「(再雇用時における)賃金の引下げに合意する」の割合が大きく低下しているという違いがある。人手不足感が強まる中で、大企業では高齢者のマネジメント能力を更に重視するようになっている一方、中小企業では、再雇用時の処遇を改善して、経験値の高い高齢者の引留めを重視するようになっている可能性を示している。

こうした再雇用の際に求められる資質については、業種ごとにばらつきもみられる。特に業種ごとのばらつきの大きい項目に絞ってみると、「高い専門的な技術力を保有している」を多く求める業種は、一般に、熟練の技術を持つ者が含まれる加工型製造業や建設業となっている(第3-3-22図(3))。一方で、「働く意思・意欲が高い」、「健康上支障がない」といった項目は運輸・郵便業、サービス業、小売業などの一般的に労働集約的で人手不足感が相対的に高い業種を中心に高い。後述するように、相対的に労働時間が長いこれらの業種では、心身の健康といった労働者として基本的な資質がより求められているとみられる。

(再雇用の課題は業種ごとに違いがみられ、異なる対策が求められる)

次に、高齢者の再雇用に際して、企業が課題として考えている事項についてみると、「健康上の配慮」を挙げる企業が最も多く、「生産性の低下」等が続くが、これらの項目については、業種ごとに回答割合のばらつきがみられる(第3-3-23図(1)、(2))。以下、こうしたばらつきの背景を確認していく。まず、「健康上の配慮」については、比較可能な業種に制約があるものの、業種別にみて、再雇用の課題として挙げる企業の回答割合と、「毎月勤労統計調査」における一般労働者の労働時間との間に正の関係がみられる(第3-3-23図(3))。高齢者の更なる高齢化や人口減少が進んでいく中で、若年層のみならず、高齢層においても、人材獲得競争が厳しさを増していくことが考えられ、現在、相対的に労働時間が長い業種においては、省力化投資の促進や業務分担の見直し等を通じて、労働時間の適切な縮減を図っていく必要があることが示唆される。

次に、「生産性の低下」や、これに関連して「人件費の増加」を課題として挙げる企業の特徴を確認する。日銀短観の業種別の雇用人員判断DIと、「生産性の低下」、「人件費の増加」を課題に挙げる企業の業種別回答割合の関係をみると、一定の負の相関がある(第3-3-23図(4))。人手不足感が相対的に深刻な宿泊・飲食サービスや建設、運輸といった業種では、高齢者雇用の課題として、人件費の増加や生産性の低下を挙げる企業の割合が低く、こうした理由で高齢者の雇用を回避しない傾向があるとみられる。一方で、人手不足感が相対的に低い製造業や情報通信といった業種では、逆に、「人件費の増加」や「生産性の低下」を課題に挙げる企業割合が高く、経営効率の観点から、若年層の雇用をより優先し、高齢者の雇用へのハードルが高い傾向があることが示唆される。

(定年延長企業では、人件費率の上昇がみられる一方、収益率には影響せず)

最後に、高齢者雇用の課題として一部の企業が挙げている生産性の低下や人件費の増加が、現実に企業のパフォーマンスとして顕在化しているのかを確認する。ここでは、アンケート調査と企業財務データをマッチングし、各企業の収益率(売上高営業利益率)や人件費率(売上高に対する人件費の比率)の5年前からの変化を被説明変数として、企業規模や業種などをコントロールした上で、過去5年以内に定年を引き上げた企業とそうでない企業の違いを確認した。

結果をみると、第3-3-24図のとおり、人件費率については、定年を引き上げた企業の方が、引き上げていない企業に比べて、上昇幅が1%ポイントほど高く、統計的に有意な差があることが確認される。一方、収益率については、定年を引き上げた企業と、引き上げていない企業との間に、統計的に有意な差はなく、定年引上げの有無が収益率という面での業績に影響を与えているわけではないことが分かる。これらを合わせると、定年を引き上げた企業では、高齢者の追加的な雇用により人件費率は相対的に高まったものの、生産性の改善など企業努力により、収益への悪影響を抑えている可能性があると考えられる。

企業にとって、定年延長や再雇用制度の導入といった高齢者雇用の増加は、一方ではコスト増加要因となり得るが、少子高齢化と人口減少が進展する下で、所要の人員を現役世代だけで確保することは、より困難になると考えられる。省力化投資をはじめ生産性の改善等を通じて、収益性を確保しつつ、豊かな知識と経験、技能を持った高齢者の活躍を促すことは、企業活動の持続可能性の観点で一層重要になると考えられる。冒頭でも述べたように、高齢者の労働市場における活躍促進は、単に労働の投入量を確保するという観点にとどまらず、高齢者が培ってきた無形のストックを活かし、次世代に継承していくという質の面でも重要な課題であり、今後も少子高齢化が進行する中にあっては、高齢者の高い就業意欲を社会全体として後押しする取組がますます求められると考えられる。


(38)2004年の高年齢者雇用安定法の改正(2006年施行)までの経緯は、森戸(2014)等を参考とした。
(39)1994年の年金制度改正によって厚生年金の定額部分の支給開始年齢が2001年度から2012年度にかけて60歳から65歳に段階的に引き上げられていくことが決定され、これに併せ、高年齢者雇用安定法も改正され、60歳定年が完全義務化されることとなった。
(40)就業意欲がある者の割合が労働力調査に比べて高いが、労働力調査の場合、現在就業意欲があるかどうか聞いているのに対して、内閣府調査では「あなたは、何歳頃まで収入を伴う仕事をしたいですか。又は、仕事をしたかったですか」という設問で、広い意味での就業意欲を聞いているため、高めの結果となっている可能性がある。
(41)WHOにおける健康寿命の定義は、健康状態で生活することが期待される平均期間を表す指標で、算出対象となる集団の各個人について、不健康な状態をレベルによって重みづけし、完全な健康(full health)に相当する期間の平均値を採用している。
(42)仕事と健康について分析した既存研究(Burdorf et al.(2023))によれば、労働市場からの引退は、低賃金の職種や仕事の満足度が低い労働者の健康には良い効果をもたらす一方、学歴が高く、仕事への満足度が高い労働者にとっては、引退の健康への影響は不明瞭であるか、悪影響を及ぼし得るとしている。
(43)2019年の全国家計構造調査は10、11月に実施されたことから、消費税率の引上げに伴う駆け込み需要の反動の影響を受けている可能性がある点には留意が必要。
(44)高齢者の就業率は、2013年以降高まったが、2019年頃を境に上昇ペースが一服しているため、これ以降のトレンドを用いた。
(45)在職老齢年金制度の支給停止調整額は、毎年度4月に前暦年の消費者物価上昇率(総合)の前年比伸び率を踏まえてスライドされる仕組みとなっている。
(46)この場合、給与年収487万円程度となる。
(47)ここでの試算には織り込んでいないが、69歳まで厚生年金保険料を負担する際の給与水準の違いを反映した、「報酬比例部分」による年金受給額の差も、<1>と<2>の差が拡大する要因となる。
(48)詳細は付注2-1参照。
(49)名古屋地判令和2年10月28日裁判所ホームページ参照(平成28(ワ)4165)。なお、令和5年7月20日最一小判令(令和4(受)1293)で各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮していないこと(案件の事由を十分に検討せずに6割と基準を設定)を理由に審理を二審高裁に差し戻し審理中(令和6年6月時点)。
(50)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の業種別の雇用者の年齢構成のばらつきの変化をとり、アンケート調査における業種別の定年時の賃金引下げ幅縮小企業割合と対応させている。
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