第3章 企業の収益性向上に向けた課題 第3節

[目次]  [戻る]  [次へ]

第3節 中小企業の輸出拡大に向けた課題

我が国では、地域の中小企業51の活力を引き出すため、外需の取り込みが課題となっている52。我が国の中小企業が雇用面で果たす役割の大きさを考慮すると、中小企業の輸出拡大による付加価値向上は大きな政策課題である。本節では、こうした問題意識から、輸出開始が中小企業のパフォーマンスに及ぼす効果と輸出を開始・継続していく上での課題を整理する。

1 中小企業の現状と輸出開始により期待される効果

本項では、我が国の企業活動全体に占める中小企業の割合を確認する。また、中小企業の輸出開始が業績や雇用面に与える効果について考察する。

中小企業が従業者数に占める割合は6割を超えるが、付加価値に占める割合は5割未満

まず、雇用・生産・投資など多面的な角度から、我が国の企業活動全体に占める中小企業の割合を確認する。事業所数ベースでは85%と多くを占めるほか、従業者ベースでみると6割を超えており、中小企業の事業の動向は、我が国の大半の雇用者の生活に直結するものとなっている(第3-3-1図)。他方、付加価値額ベースでみると、中小企業が我が国の企業活動全体に占めるシェアは5割程度にとどまる。一般に、中小企業は、大企業と比較して人材・資金・情報といった経営資源が乏しいほか、規模の経済性も働かせにくいことから生産性が上がりにくいことがこの背景にあると考えられる。また、ソフトウェアや研究開発、有形設備といった投資活動についてみると、中小企業の割合は1~4割に低下する。これらを踏まえれば、労働生産性(一人当たり付加価値額)や資本装備率(一人当たり資本ストック)において、大企業と中小企業の間で差が生じている。

中小企業が雇用面で果たす役割の大きさを踏まえれば、中小企業の生み出す付加価値額を向上させ、労働生産性を改善させることは、影響を受ける人数ベースでみた賃上げの観点からも重要である。

製造業では、大中堅企業と中小企業の労働生産性や一人当たり賃金の水準差が大きい

続いて、製造業・非製造業別に、中小企業の労働生産性(従業員一人当たりの付加価値額、名目)と一人当たり従業員賃金(名目)の水準や動向を大中堅企業と比較する。まず、労働生産性についてみると、製造業・非製造業ともに、大中堅企業対比で中小企業は低い傾向にあるが、規模間の差は特に製造業で顕著である(第3-3-2図(1)<1>)。次に、2017-2019年度平均から2021年度にかけて53の変化をみると、いまだ国内ではまん延防止等重点措置が講じられていたこと等から、非製造業で下落が顕著である(第3-3-2図(1)<2>)。ここで、大中堅企業と中小企業の変化率の差に注目すると、非製造業では大中堅企業でマイナス4.8%、中小企業でマイナス4.2%といずれの企業規模も大きな低下となっているが、製造業では大中堅企業でプラス8.6%と大きく改善している一方で、中小企業ではマイナス1.2%となっており、水準の差と同様に規模間の差は製造業で大きい。また、労働生産性の変化を従業員数の寄与と付加価値の寄与に分解してみると、製造業の大企業では従業員数・付加価値がおおむね横ばいであるのに対し、中小企業では従業員数が減少する中で、それ以上に付加価値の下落寄与が大きくなったことから労働生産性が低下しており、企業規模間の違いが非製造業と比べて顕著である。

次に、一人当たり従業員賃金でも同様の比較をしてみよう。まず、実額をみると、非製造業では、中小企業の水準は大中堅企業の7割弱程度であるが、製造業では、中小企業の水準は大中堅企業の約半分にとどまっている(第3-3-2図(2)<1>)。このように、労働生産性の水準差を反映して、賃金水準についても、規模間の差は製造業で特に大きくなっている。2017-2019年度平均から2021年度にかけての変化率をみると、非製造業では、大中堅企業では従業員賃金寄与が押し上げた(企業が従業員に支払う賃金総額が増加した)一方で、従業員数寄与が下押し(企業が雇う従業員総数が増加)したことから、一人当たり従業員賃金の水準はおおむね横ばいであったが、中小企業では従業員数寄与が押し上げた(企業が雇う従業員総数が減少した)ことから、一人当たり従業員賃金は感染症拡大前の水準から2.6%上昇している(第3-3-2図(2)<2>)。この間、製造業では、一人当たり従業員賃金が、大中堅企業ではプラス2.1%、中小企業では2.6%と大きな差はないが、寄与度分解をみると、大中堅企業では従業員賃金が増えて雇用者数が横ばいであることから、一人当たり従業員賃金が改善した一方で、中小企業では、従業員賃金が減少したが、それ以上のペースで従業員数が減少したことから一人当たり従業員賃金が改善しており、その中身は大きく異なっている。

我が国の中小企業の海外で稼ぐ力は大企業との間に差

中小企業の生産性を改善するための手段として、本節では特に製造業において大企業と中小企業の収益性の大きな差の背景と考えられる輸出に焦点を当てる。外需を獲得する手段としては、輸出のほかに事業所の海外展開があり、リーマンショック後の円高進行を契機に我が国製造業の海外生産移管の動きも目立ったが、輸出は相対的にリスクが低く、経営資源を特定の販路に固定化させる必要がないことから、中小企業が外需を獲得するための最初の手段として選択されやすい54

まず、我が国における規模別の輸出企業割合の推移を確認する。中小企業の輸出企業割合は2011年度では19.7%だったものが、2017年度には21.7%へと上昇したが、2020年度には21.2%と僅かながら低下し、過去10年間を通じた上昇は1.5%ポイントとなっている。この間、大企業の輸出企業割合は、2011年度の25.1%から2020年度には28.3%へと、10年間で3.2%ポイント上昇しており、中小企業の大企業との差は開いている(第3-3-3図(1))。また、輸出企業1社あたりの平均輸出金額をみても、大企業と中小企業では大きな開きがあることから、輸出企業数でみれば中小企業割合は7割を占めているが、輸出金額に占める割合では約7%に過ぎない(第3-3-3図(2))。

次に、我が国製造業の輸出企業割合が、規模によってどの程度違うのか、諸外国と比較する。2020年における企業規模別の輸出企業割合をみると、いずれの国においても、企業規模が大きくなるほど輸出企業割合が高まる傾向にあるが、我が国製造業はどの企業規模でも輸出企業の割合が低い(第3-3-4図(1))。ただし、輸出割合は国の規模に依存する面もあることから、企業規模間の差に着目する方が適切である。我が国については55、「経済産業省企業活動基本調査」の対象である従業員規模50人以上の企業の輸出企業割合のみ把握できるため、「従業員数250人以上」と「従業員数50~249人」の二つのグループ間の輸出企業割合を国際比較する。その結果、2020年のデータが取得可能なOECD加盟国の両者の差が平均で10.9%ポイントであるところ、我が国では25.2%と、比較的規模が大きい企業と、小さい企業の間の輸出企業割合の差が大きい(第3-3-4図(2)56

このように、我が国における2010年代以降の輸出企業割合の推移をみると、大企業と中小企業の差は拡大傾向にある。また、我が国の中小企業の海外で稼ぐ力には大企業との間で差が生じているが、その程度は諸外国と比較しても小さくない。

自由貿易協定の進展で、輸出環境の整備が進むが、中小企業の利用割合は相対的に低い

近年の自由貿易協定の大幅な進展は、我が国企業が輸出を開始するにあたり、企業規模を問わず追い風になると考えられる。政府は、シンガポールとのEPA発効(2002年)を皮切りに、アジア圏を中心にEPA締結を進めてきたが、2011年末時点では、我が国が自由貿易協定を結ぶ国(ASEAN及びインドほか3か国)への輸出金額が輸出金額全体に占める割合は2割程度であった(第3-3-5図(1))。しかし、2018年のCPTPP発効、2019年の日EU・EPA発効、2020年の日米貿易協定発効、さらには、中国や韓国など15か国が参加する「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」の2022年1月の発効により、同割合は8割程度に達している。

こうした関税撤廃や通関手続の簡素化の流れにより、幅広い輸出企業にとってメリットが生じていると考えられるが、2022年度に実施された調査では、日本の発効済自由貿易協定の輸出における利用率を企業規模別にみると、大企業の73.8%に対し中小企業では57.5%にとどまっている。他方、利用に関心があると回答した企業は中小企業の19.1%を占め、相対的には伸びしろがあると考えられる(第3-3-5図(2))。

中小企業では輸出開始による生産性改善効果の発現が遅れる傾向

では、輸出の開始は中小製造業のパフォーマンスにどのような影響を及ぼすのであろうか。海外への販路拡大による売上げ増加が、輸出開始による直感的な効果として予想される。しかし、輸出開始によって、単に企業の売上が伸びるにとどまらず、生産性が高まる「学習効果(learning-by-export)」の存在も指摘されており、国内外のいくつかの先行研究で実証されている57。そのメカニズムとして、国内外の分業体制の強化58や、海外取引先の進んだ技術の受容59、海外顧客からのフィードバックを背景とした製品開発の進展60など様々な経路が指摘されている61。他方で、輸出開始による学習効果について、企業規模に応じて多様である可能性を実証した先行研究も存在し、中小企業では大企業と異なり輸出企業において有意な生産性改善効果が確認できないという指摘62や、学習効果が輸出開始後の比較的早いタイミングで発現する大規模事業者と異なり、小規模事業者では生産性は徐々に改善するという時間的ラグを指摘する先行研究も存在する63

そこで、輸出開始による売上げ・生産性への効果について、企業規模別の違いやその発現のタイミングにも注目しつつ、「経済産業省企業活動基本調査」の調査票情報を用いて考察する。具体的には、同調査を用いて、企業規模別に、輸出が売上げ・全要素生産性(TFP)に与える効果を分析する。ここでは、従業員数・負債比率・業種などの企業属性を用いて、輸出を開始する確率がおおむね等しいとみなせる輸出開始企業と非輸出開始企業の間の、売上げ・TFPの変化の差について、短期(1~2年目)と中期(5~6年目)の違いに注目して推計した64。結果をみると、売上高については、大企業・中小企業ともに輸出開始1~2年目から非輸出開始企業対比で統計的に有意に改善する傾向がある65第3-3-6図(1)<1>(2)<1>)。他方、TFPについては、大企業では1~2年目には、統計的に有意に改善する傾向があるが、中小企業では、1~2年目には統計的に有意な改善が確認されず、有意な差が出るのは輸出開始から5~6年目となっている(第3-3-6図(1)<2>(2)<2>)。また、5~6年目の中小企業におけるTFPの押上げ幅に着目すると、大企業における押上げ幅とおおむね同程度になっている。

このように、輸出開始に伴う売上げ改善は比較的早期に発現する傾向にあるが、生産性の改善に結び付くタイミングをみると企業規模間で差がある。すなわち、大企業では、比較的早期に生産性の改善が確認されるが、中小企業ではその効果の発現が遅れる傾向にある。

輸出を開始するには、海外市場に対応したマーケティング戦略や人材、製品の微調整が必要であることから、追加的なコストが発生する。このことが、輸出の開始による生産性への効果が企業間で一様ではない理由であり、輸出先を豊富に確保できる企業ほどこうした費用の発生を上回る収益を上げ、生産性が改善するとの指摘がされている66。また、事前に研究開発を実施している企業ほど、輸出による生産性の改善効果が大きくなるとの指摘もある67。こうした点を踏まえれば、中小企業では、人員・資金等の経営資源の制約から、輸出開始初期に市場を拡大させにくいことや68、事前の研究開発が小規模にとどまっていることが、生産性の改善までに時間を要する原因になっている可能性がある。いずれにせよ、こうした傾向を踏まえれば、中小企業の輸出開始~中期における金融機関や公的な支援機関のサポートが重要であると言えよう。

2 中小企業が輸出を開始・継続する上での課題

本項では、内閣府が企業を対象に実施したアンケート調査69(以下、「アンケート調査」という)の回答結果等を用いて、我が国の中小企業が輸出を開始・継続していく上での課題を整理する。

消費財の輸出希望が高まっており、越境ECを通じた販路拡大も重要

まず、アンケート調査を用いて、企業側からみて、どのような商材に対する輸出希望があるのか確認してみよう。調査時点(2023年3月)において、輸出に関心がある企業が輸出したい商材をみると、消費財の割合は部品とともに高い(第3-3-7図)。また、輸出経験のある企業が最初に輸出した商材の割合の推移をみると、素原材料・部品・資本財といった、主として事業者向けの商材の割合が徐々に低下している一方で、消費財の割合は近年高まり、2013年以降は最も割合が高くなっている。以上から、消費財を輸出したい企業の割合が高く、実績の推移からみるとその希望は自然な流れであることが分かる。

こうした中で、海外に事業所を設けずに輸出を行う手段の一つとして、近年はEC(電子商取引)の活用気運が高まっている。独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)が実施したアンケート調査によると、大企業では利用したことがある企業、利用を拡大する意向のある企業ともに、コロナ禍の2021年度を除けば2016年度以降はおおむね横ばい圏内で推移している一方で、中小企業では直近の2022年度調査で低下がみられるもののも2016年度からの推移でみれば増加傾向にある(第3-3-8図(1))。また、同調査では海外販売へのECの利用状況についても調査している。海外販売を行っていると回答した企業の割合は、2022年度には一服感が生じているが、2016年度以降の傾向としては、大企業・中小企業ともに増加を続けている。販売方法別にみると、経営資源が豊富な大企業では海外拠点での販売の割合が高くなっているが、中小企業では越境ECの割合が高い傾向がある(第3-3-8図(2))。

越境ECは、輸出を行う初期コストを抑えられることから、中小企業にとって活用するメリットは大きいと考えられるが、BtoB取引の場合に現地の需要者との直接的な商品規格のすり合わせや価格交渉を行うことが困難になるというデメリットも存在する。この点を踏まえると、中間財と比較して、商材規格や定価を決めて生産しやすい最終消費財の輸出をするにあたり、越境ECは中小企業にとって有力な選択肢と考えられる。今回実施したアンケート調査においても、輸出商材別に越境EC実施率をみると消費財で最も高くなっている(第3-3-9図)。

越境ECの実施率を販売経路別にみると70、国内自社サイト経由が目立っており、ECモールの利用は限定的になっている(第3-3-10図)。特に、各国での主要なECモールでの販売は、手数料や現地のプラットフォーマーとの契約等のハードルはあるものの、現地の需要を幅広く取り込むことが可能な方法と言え、今後引き上げの余地がある。

政府は、JETROによる海外ECサイトを活用した販路開拓支援を通じて新規輸出を後押しする方針としており、こうした取組がSNSの発達によるプロモーション費用の低下と相まって、中小企業の輸出促進につながることが期待される71

グローバル人材や現地の法規制・商習慣等に関するノウハウの不足が課題

次に、企業自身がどのようなことを輸出開始にあたっての課題として認識しているのか確認してみよう。輸出開始にかかる課題についての回答割合をみると、輸出をしていないが輸出に関心がある企業が認識する課題としては、「人材の確保」を挙げる先が最も多くなっている(第3-3-11図(1))。また、輸出を既に開始している企業が輸出開始にかかる課題として認識している回答割合と比較しても「人材の確保」において両者のかい離が大きくなっており、人材不足が輸出開始の大きなボトルネックになっている可能性がある。そこで、この質問項目が複数回答であるという特性を活かして、「人材の確保」を課題として挙げた企業(人材非確保企業)と、課題として挙げていない企業(人材確保企業)に分けて、人材確保以外に課題として挙げた項目を比較することで、人材非確保企業が具体的にどのような人材を求めているのかについて考察を深める(第3-3-11図(2))。結果をみると、人材非確保先と人材確保先の差は、「現地の法規制・商習慣の把握」や「貿易実務への対応」といった回答項目で大きくなっており、こうした分野での知見を蓄積した、いわゆるグローバル専門人材の不足感が高い可能性が示唆される。

政府は、中小機構やJETROを通じて、個別企業に対して海外展開に向けた経営計画の立案や具体的な準備事項の抽出をサポートする専門家の支援体制を整備する方針としており、こうした取組が、企業の人材・ノウハウ面のボトルネックを解消することが期待されている72。また、輸出を行う事業会社が利用できる外部サービスの選択肢を充実させる観点からは、こうした専門的な事務を請け負うフリーランスの育成も有効であろう73

また、経営者の海外経験(留学・修学経験)の有無と輸出経験の有無の関係をみても、海外経験がある場合には輸出経験のある企業の割合が高くなる傾向が確認される(第3-3-12図)。すなわち、経営レベルでみても、グローバル人材の不足が輸出開始にあたってボトルネックになっている可能性も考えられる。やや長い目では、官民による人への投資の強化により、グローバルな知見を有した経営者を育成していくことが重要であるが、M&Aの支援等により、必要に応じて円滑な事業承継を支援していくことも有効な手段の一つであろう。

価格転嫁の適正化を進め、技術開発力・ブランド力を養うことが重要

さらに、輸出経験の有無別に企業が認識する自社の強みについて確認すると、「ブランド力」や「技術力・開発力」といった回答をする割合が、輸出経験のある企業で相対的に高いことがわかる(第3-3-13図)。他方で、輸出経験のない企業の方が相対的に高くなっている回答項目が「価格競争力」である。

さらに、自社の強みと輸出実施状況の関係性が統計的に有意に確認できるのかみるために、従業員数、負債比率、業種などの輸出に影響を及ぼしうる他の企業属性をコントロールしたロジスティック回帰を実施する74。結果をみると、「ブランド力」や「技術力・開発力」に強みがあると認識する企業は、統計的に有意に輸出実施確率が高いことがわかる(第3-3-14図(1))。また、経営者の海外経験がある場合にも、統計的に有意に輸出実施確率が上がる。他方で、「価格競争力」は、統計的には有意ではないが輸出実施確率を下げる方向に寄与している。

こうした「ブランド力」「技術力・開発力」は、企業の成長戦略の結果として養われてきたものであると考えられる。そこで、認識する自社の強みに関する変数に代えて、成長に向けて取り組んでいることを尋ねる設問の回答項目を用いて、同様のロジスティック回帰を実施する。結果をみると、「研究開発(自社によるもの)」、「研究開発(他社・研究機関と連携したもの)」「脱炭素化への対応」の順に、実施企業で統計的に有意に輸出確率が高くなる傾向がある(第3-3-14図(2))。

先行研究では、研究開発により企業内部に技術力を集積している企業ほどその後の生産性向上を実現する傾向が報告されているが75、企業が輸出を開始するにあたっては、研究開発活動を通じた製品の高付加価値化が重要であることが分かる76。また、脱炭素化への取組を行っている企業ほど輸出を実施している点については、一部の商品・市場ではこうした取組が輸出の参入要件となっているほか、技術開発力が高い企業で同時に脱炭素化への対応も進んでいる傾向が表れている可能性が考えられる。他方で、価格競争力を高めても、それは外需の獲得にはつながりにくい可能性も示唆されている。こうした結果を踏まえれば、中小企業が過度な価格競争圧力にさらされ、イノベーションの誘発が抑制される事態を防止する観点からも、原材料費や労務費の適切な価格転嫁により、サプライチェーン全体での付加価値増大を図ることは重要であると言えよう。

輸出継続を支援するためには公的機関も大きな役割

最後に、輸出を継続している企業と撤退した企業別に、支援機関(ここでは、政府系金融機関やJETRO等の公的機関や、商工会等の経済団体のほか、民間の金融機関やコンサルタント業者等を総称して支援機関と呼んでいる)の利用動向を確認する(第3-3-15図)。輸出継続企業も撤退企業も半数以上の企業が輸出継続に係る課題に対応するために何らかの支援機関の利用経験を有するが、内訳をみると公的機関の利用動向において、両者の差が大きくなっており、公的機関の支援策の活用が、中小企業が新たに始める輸出事業を軌道に乗せ、長く継続していく後押しとなっている可能性が示唆される77

中小企業がこうした支援機関を利用するにあたって認識している課題はどこにあるのだろうか。輸出に関心があるが輸出を行っていない企業に対して、輸出にかかる支援体制の改善点を尋ねると、「どのような支援メニューがあるか分からない」が61.8%、「どこに連絡すればよいか分からない」が30.4%と、支援制度の利用方法自体を把握できていない企業の割合が高いことが分かる(第3-3-16図)。

日本政策金融公庫の先行研究によれば78、産地問屋や輸出商社を頼らずに、中小企業が自ら輸出に取り組むための環境が整い始めているとした上で、その大きな特徴点を、<1>ECや国際物流網の整備を背景とした販売・物流手段の多様化、<2>中央官庁、政府系金融機関、地方自治体等による公的支援の拡充、<3>国内外の専門家・パートナー企業とのマッチング支援や輸送事務の代行業者等といった民間支援業者の増加、の三点にまとめている。加えて、2022年10月に閣議決定された総合経済対策79に盛り込まれた「新規輸出1万者プログラム」は、新たに輸出に挑戦する事業者を掘り起こし、多様な支援機関が連携して、自社のみでは解決が難しい課題に対して包括的かつきめ細かな支援を提供する施策となっている。こうした支援体制の効果を最大化する上では、必要な対応を随時見直していくことに加え、中小企業との接点が多い経済団体等と連携し、こうした制度についての認知向上に努めていくことも重要であろう。


(51)中小企業・小規模企業者のことを指す。中小企業者は、製造業・建設業・運輸業その他については資本金3億円以下・従業員数300人以下、卸売業については資本金1億円以下・従業員数100人以下、サービス業については資本金5千万円以下・従業員数100人以下、小売業については資本金5千万円以下・従業員50人以下のことを指す。小規模企業者は、製造業・建設業・運輸業その他については20人以下、卸売業・サービス業・小売業については従業員5人以下。ただし、これは中小企業基本法(昭和38年法律第154号)上の定義であって、中小企業政策における基本的な政策対象の範囲を定めた「原則」であるため、法律や制度によって「中小企業」として扱われている範囲が異なることがある点に留意。また、本節においては、上記の原則になるべく準拠しつつ、利用する統計によって基準を変えて、中小企業・小規模事業者と便宜上呼称するが、詳しい定義は各図表の備考を参照されたい。
(52)「経済財政運営と改革の基本方針2023」(2023年6月16日閣議決定)でも、外需獲得を含めた中小企業の活性化は取り組むべき課題の一つに挙げられている。
(53)法人企業統計の年報ベースにおける最新年。
(54)Gkypali et al.(2021)を参照。
(55)諸外国のデータはOECDによるデータベースを用いているが、我が国のデータは未収録である。
(56)中小企業庁(2012)でも同様の傾向が指摘されている。
(57)例えば、我が国企業を対象に輸出による学習効果を実証した研究としては、内閣府(2019)のほか伊藤(2011)などがある。ドイツのWagner(2002)、スロベニアのDe Locker(2007)、英国のCrespi et al. (2008)など、輸出開始による学習効果の存在は、諸外国の企業を対象にした研究でも幅広く実証されている。
(58)内閣府(2019)を参照。
(59)Grossman and Helpman (1991)を参照。
(60)Salmon(2006)を参照。
(61)企業の生産性と輸出の有無の間には双方向の因果関係があると考えられ、逆に生産性の高い企業ほど輸出を開始するメカニズムのことを、自己選別仮説(self-selection hypothesis)と呼ぶ。こうした因果関係があることから、輸出開始による学習効果を推計する上では、時系列方向の変化と輸出開始のタイミングを考慮した推計を実施する必要がある。
(62)Yashiro and Hirano(2009)を参照。
(63)栗田(2014)を参照。
(64)こうした手法を、傾向スコアマッチングによる差の差分析(Difference in Difference、DID)と呼ぶ。推計の詳細は付注3-8を参照。
(65)大企業では、5~6年目の売上では統計的に有意な差は認められない。この背景として、やや長い目では、大企業の輸出開始企業と非輸出企業の売上げ動向は、輸出開始企業における販路拡大以外の要因(事業が多角化しているケースでは輸出を開始した事業以外における売上の変動が大きい等)の影響を強く受けていた可能性が示唆される。
(66)Wagner(2012)を参照。
(67)Ito and Lechevalier(2010)を参照。
(68)Yashiro and Hirano(2009)はこの観点から、日本における企業規模間の生産性改善効果の差を説明している。
(69)「企業の輸出動向に関する調査」(調査機関:2023年3月17日~31日、調査対象:10,000社、回収率:31.2%、調査実施機関:帝国データバンク)。業種は製造業。回答企業のうち中小企業(資本金3億円以下または従業員数300人以下)が98.4%を占めている。
(70)販売経路計の越境EC実施率は22.3%と、前掲第3-3-8図(JETRO調査)の中小企業の水準(2022年度で46.7%)と比較すると低くなっているが、JETRO調査は全業種を対象としているのに対し、今回内閣府で実施したアンケート調査では製造業を対象に実施しているという違いに起因するものと考えられる。
(71)「新規輸出1万者支援プログラム」(2022年12月16日開始)を参照。
(72)「新規輸出1万者支援プログラム」(2022年12月16日開始)を参照。
(73)「経済財政運営と改革の基本方針2023」(2023年6月16日閣議決定)においても「フリーランスが安心して働くことができる環境を整備するため、フリーランス・事業者間取引適正化等法の十分な周知・啓発、同法の執行体制や相談体制の充実等に取り組む」としている。
(74)詳細は付注3-9を参照。
(75)Ito and Lechevalier(2010)を参照。
(76)Cassiman, Golovko, and Martinez-Ros(2010)は、輸出を開始するためには、研究開発等を通じて輸出競争力がある財等を開発し、十分生産性を高めて輸出市場で効率的に競争できる体力をつけることが鍵と指摘している。
(77)竹内(2013)によれば、海外市場の情報(規制、商習慣、市場動向等)はかなりの程度公的な機関を通じて収集できるが、こうした側面的支援を超えて経営の意思決定に直接かかわる事業計画の策定まで踏み込んだ支援を受ける場合には民間の大手コンサルティング会社に優位性がある。しかしながら、費用が嵩むため、資金に余裕のない中小企業には利用しにくいサービスであると指摘されている。こうした中で、本論文では、新たな動きとして中小企業による中小企業の海外展開支援ビジネスが増加していると指摘されており、今後は、こうした民間事業者の支援の利用割合が高まる可能性もある。
(78)丹下(2016)では日本政策金融公庫が2016年6月に実施した取引先である中小企業9,000社に対するアンケート調査の結果も踏まえながら、輸出に取り組む中小企業の現状と課題を整理している。
(79)「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」(2022年10月28日閣議決定)
[目次]  [戻る]  [次へ]