第3章 企業の収益性向上に向けた課題 第1節

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第1節 生産性の動向と課題

人口減少が本格化していく中、我が国の成長力を高めていくためには、生産性の向上が不可欠である。本節では、1990年代以降の我が国の生産性動向を整理した上で、その上昇に向けた課題について考察する。

1 労働生産性の動向

生産性の動向を見るための重要な指標として、労働生産性1が挙げられる。まず、実質ベースの労働生産性を全要素生産性(TFP)、労働の質、資本装備率に分解し、諸外国と比較を行うことで我が国の特徴を確認する。その上で、製造業・非製造業別の動向、さらに産業別の動向を確認する。

労働生産性上昇率の寄与度分解を見ると、我が国では無形資産の寄与が低い

まず、労働生産性の推移を確認する。労働生産性の上昇率を見ると、1990年代後半以降、徐々に低下していることがわかる。また、労働生産性の上昇率を、TFP、労働の質、及び資本装備率(資本は無形資産、有形資産(ICT)、有形資産(非ICT)により構成)に分解すると、資本装備率による押上げ寄与が徐々に縮小し、特に有形資産の低下が目立つ(第3-1-1図(1))。また、無形資産の寄与も2010年代はほぼゼロになっている。1章1節で論じたように、民間企業の設備投資は2000年代以降伸びが低迷し、資本装備率の伸び悩みが顕著であることから、今後、設備投資を促進し、資本装備率を高めていくことによる生産性の上昇余地が大きいと考えられる。なお、労働の質の寄与は2010年代以降低下しているが、これは高スキルの労働者の構成比の低下や、サービス部門などでの雇用者の増加などが背景にある2と考えられる。

2010年代以降の労働生産性の伸びを諸外国と比べると、我が国は無形資産の資本装備率の寄与が小さいことが確認できる(第3-1-1図(2))。無形資産には、ソフトウェア、研究開発、人的資本などが含まれており3、これらはイノベーションの活性化や生産活動の効率化などを通じてTFPを押し上げる効果を持つと考えられる。無形資産投資を増加させることで、資本装備率を上昇させるだけではなく、TFPも同時に上昇させることが期待できるため、労働生産性上昇の大きなドライバーとなる可能性がある。本節では、無形資産投資の重要性に焦点を当てて議論したい。

非製造業の労働生産性の伸びが特に低い傾向

我が国の名目ベースの労働生産性の水準を国際比較でみると、2021年には、コロナ禍からの回復の遅れもあり、OECD諸国中でも低位にとどまることが指摘されている4。ただし、サービス業の生産性の水準を計測し国際比較する場合、サービスの質の国際格差を調整することが困難との指摘5もある点に留意が必要である。例えば、小売店舗で類似の商品を扱う平均的な競合店舗より従業員を多く配置して接客サービスを提供する場合、顧客は満足度の高いサービスを受けている可能性があるが、仮に売上げが同じであれば、労働費用が高い分だけ、労働生産性水準は低く計測される6

次に、我が国の労働生産性の伸びを製造業・非製造業別にみると、非製造業の伸びが低いことがわかる(第3-1-2図(1))。両者の寄与について内訳をみると、資本装備率とTFPは非製造業での寄与が小さく、設備投資や生産性向上の取組が相対的に進んでいないとみられる。製造業と比較した非製造業での労働生産性の伸びの低さは、アメリカ、ドイツでも共通してみられる。寄与度分解してみると、非製造業の資本装備率の寄与は3か国ともに90年代後半以降低下傾向にある(第3-1-2図(2)(3))。こうした我が国での資本装備率の寄与の低下の背景としては、アメリカと比較した場合のICT投資や無形資産投資の伸び悩みが挙げられる7。経済全体のサービス化が進む中で、生産性上昇の軸足が非製造業に徐々に移行しており、マクロの生産性上昇の下支えには非製造業の生産性の伸びを高めることが重要と考えられる。

産業別に見ると、非製造業全般で労働生産性の伸びが低い

さらに、2010年代の労働生産性の伸びを細かく見てみよう。2010年代では、我が国の労働生産性は製造業で年平均1.8%、非製造業では0.9%と低い伸びとなっているが、アメリカ・ドイツの伸びはさらに低い。業種別には、我が国製造業では電子機械や電気機械、生産・業務用機械など、非製造業では金融保険や教育などで上昇がみられる一方、情報通信や、卸売・小売、宿泊・飲食を始めとした多くの業種でアメリカ・ドイツと比べて伸びが低い(第3-1-3図)。前述のように我が国では、非製造業の2010年代における資本装備率の寄与がほぼゼロであり(前掲第3-1-2図(1))、背景としてICT投資の停滞が指摘されている。ICT資本ストックの水準を製造業・非製造業別に日米独で比較すると、我が国は製造業・非製造業を問わず、有形資産、無形資産ともに2010年代以降は横ばいで推移している(第3-1-4図)。特に、非製造業でのソフトウェア投資はアメリカ・ドイツと比べて伸びの低迷が顕著であり、DX投資による非製造業の効率化の遅れが課題であることがうかがえる。

2 無形資産の動向と生産性への影響

前項では、我が国の特徴として、無形資産投資の労働生産性上昇への寄与が小さく、また、製造業・非製造業別にみると、非製造業の労働生産性の伸びが低いことが確認された。従前から、資本の中でも無形資産の生産性上昇への役割や将来性に注目した議論がみられ、無形資産は有形資産や労働と補完的に機能して企業業績を高めることにより、TFP上昇につながりうると指摘されている8,9。我が国でも、生産性の伸びが低い非製造業を中心に無形資産投資を促進し、資本装備率とTFPを同時に上昇させることで、生産性の向上を図る余地があると考えられる。そこで本項では、日本における無形資産投資・ストックの動向を確認した上で、無形資産の増加による生産性の押上げ効果を考察する。

日本の無形資産投資はアメリカに比べ少なく、近年はGDP比で横ばい圏内

無形資産は、先行研究であるCorrado, Hulten, Sichel (2005)の整理に基づけば、情報化資産、革新的資産、経済的競争能力に大別することができる(第3-1-5図(1))。情報化資産は、ソフトウェアやデータベースが対象となっており、DXの中核を構成している。革新的資産は、研究開発や著作権、デザイン等が含まれており、大宗が研究開発である。経済的競争能力は、ブランド、企業特殊的人的資本、組織改編が対象であり、企業の競争力を強化する資産と位置付けられている。

無形資産投資のGDP比の推移を日米で比べると、我が国は有形資産投資に比べて無形資産投資が小さいほか、2010年代以降無形資産投資のGDP比は横ばい圏内にある(第3-1-5図(2))。一方アメリカは、無形資産投資が有形資産投資を上回り、近年もおおむね増加傾向にある。上述のように、日米の生産性伸びの差の背景に無形資産の寄与がみられることから、我が国での無形資産投資の拡大が今後の成長の鍵であることが示唆される。

有形資産と比べて無形資産は、一般的に企業にとっては、その蓄積によってどの程度の成果を得ることができるか不確実性が高いこと、資金調達の際の担保になりにくいこと10などの特徴が指摘されている。また、研究開発や人的資本は社会全体への生産性や知識のスピルオーバー効果11を持つ一方、汎用性のある人的資本は企業にとっては人材の流出可能性を高めることも特徴と考えられる。こうしたことから、個々の企業の意思決定だけでは過少投資になる可能性12があり、政府による後押しが必要と考えられる。重点分野の官民投資を促進する中で、無形資産への投資を活性化させていくことが、生産性の向上には重要な取組である。

我が国の無形資産は革新的資産の割合が大きく、経済的競争能力の割合が小さい

前述の無形資産を構成する3項目に分けて国際比較を行うと、我が国は革新的資産の割合が大きい(第3-1-6図(1))。背景には、GDP比でみて高水準にある我が国の研究開発投資があると考えられる。また、情報化資産の割合は中程度である一方、人的資本を含む経済的競争能力の割合が顕著に低い。経済的競争能力の内訳をみると、各国と比べて我が国で比率が低いのは組織改編(組織の改編や発展のための経費をストック化)であるが、ブランド(ブランドや商標開発のための広告や市場調査費用をストック化)や人的資本についても、5か国中最も低水準にとどまる(第3-1-6図(2))。経済的競争能力のうち、特に人的資本と組織改編は、ICT資本や研究開発資本ストックと補完的に機能し、労働生産性の伸びを高めることが指摘13されている。このため、人への投資(リ・スキリング投資)の強化を通じ、労働者のスキルが向上することにより、企業内の生産性の向上が期待されるとともに、企業間・産業間における労働移動にも結び付いていけば、成長分野への資源集約によるマクロの生産性の向上も期待できる。

無形資産の人的資本には計測の問題が指摘14されており、改善の余地がある。諸外国では費用アプローチに基づき、企業の教育訓練費用とその機会費用から計測されていることが多いが、職場外研修費用(OFF-JT)に限定して計測しているため、OJTが多い日本企業15では相対的に小さくなると考えられる。なお、上述の第3-1-5図の整理では、概念上企業特殊的な人的投資(当該企業においてのみ活用が期待されるスキルの訓練)のみを対象としており、個人によるリ・スキリング投資やリカレント教育などの自己啓発費用は含まれていない。我が国の労働生産性の伸びを高めていく観点からは、企業特殊な人的投資に限らず、一般的な人的投資(様々な企業で汎用的に活用が期待できるスキルの訓練)も重要となってくることから、個人が自発的に行っているリカレント教育費用の把握など、人的投資の統計整備16も求められる。

製造業・非製造業別にみると、無形資産は非製造業で少ない

製造業・非製造業別に、無形資産投資の業種別GDP比を見ると、非製造業が製造業を大きく下回っており、ストックベースでみても対固定資本ストック比で同様に下回っていることが確認できる(第3-1-7図)。こうした業種間の違いの背景には、製造業で研究開発投資が相対的に活発であることなどが影響していると考えられる。

無形資産を増加させていくことで、生産性の向上が期待できる

無形資産ストックを増加させていくことで、資本装備率とTFPの両方が上昇し、労働生産性の向上が期待できるが、我が国では無形資産ストックが増加すると、どの程度のTFP押上げ効果があるか、業種別の時系列データを用いてみてみよう17。前提となるデータや推計方法によって結果が異なるため、推計値は相当な幅を持って理解される必要はあるが、経済的競争能力や革新的資産のTFPへの弾性値はプラスで統計的に有意な推計結果となり、前者は0.66、後者は0.11と経済的競争能力で特に高い値となった。こうした結果からも、人への投資や研究開発投資が重要であることが確認できる(第3-1-8図)。一方、情報化資産については、3種類の無形資産のうち弾性値が最も小さく、かつ統計的に有意な結果とならなかった。この背景として、我が国の企業がICT資産を非効率に活用してきた可能性が考えられ、具体的には、組織の再編や従業員への追加的なICTスキルに関するトレーニング費用を避けるため、企業がパッケージソフトではなくカスタムソフトを使い続けたことや、企業におけるICT専門人材の不足などが挙げられている18

経済的競争能力については、前述のとおり、諸外国に比べてGDP比で低くとどまっているが、TFP上昇への効果が相対的に大きく、生産性向上に向けたポテンシャルを持っていると考えられる。また、上述のように日本の革新的資産のGDP比は高いが、革新的資産についてもTFPの押上げ効果があることが示唆され、引き続き、科学技術・イノベーションやスタートアップの促進を通じた研究開発費の増加が重要であると考えられる。

3 生産性向上に向けた課題

これまで、生産性の上昇に向けて、無形資産への投資促進が重要であることを確認した。この項では、(1)各無形資産項目(経済的競争能力、情報化資産、革新的資産)が、政府が掲げている新しい資本主義に基づく重点分野への官民投資(人への投資、科学技術・イノベーションへの投資、DXへの投資、スタートアップへの投資)を通じてどのように増加し、それがどのように生産性の上昇につながっていくのかを整理する19。そのほか、(2)企業の新陳代謝の活性化についても、生産性上昇への影響を議論する。

(1)各無形資産項目の増加に伴う生産性の上昇

経済的競争能力:成長分野への労働移動の円滑化にも資するリ・スキリング投資が重要

まず、諸外国と比べて資本の蓄積が進んでいない経済的競争能力に着目する。そのうち政府が特に力を入れている人的資本への投資(リ・スキリング投資)については、総合経済対策20や2023年度予算が編成され、主要なリ・スキリング支援策が取りまとめられた(第3-1-9図)。内容をみると、個人の主体的なリ・スキリングへの取組を直接支援する仕組みや、事業主が雇用者に対して行う訓練経費の助成、さらに教育機関に対するリカレント教育プログラムの開発等への支援など、多様な施策が進められていることがわかる。

企業によるリ・スキリング投資は、上述のように、教育訓練を受けさせた従業員の転職を促進するリスクがあり、社会全体として望ましい水準よりも過少投資になる可能性がある。このため、政府による企業への支援には一定の合理性があるものの、本来の教育投資は個人に体化されるものであり、直接支援が望ましいと考えられる。こうしたこともあり、本年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023」では、三位一体の労働市場改革として、リ・スキリング給付の比重を企業から個人に移行していくなど、個人への直接支援を拡充していくことが明記されている21。今後、リ・スキリング促進により人的資本が蓄積されることで、企業単位ではなく、社会全体の生産性の向上が期待される。

企業の教育訓練投資は生産性に対して正の効果

企業によるリ・スキリング投資の状況を確認するため、産業別に常用労働者一人当たりの能力開発費(OFF-JT及び自己啓発支援)をみると、電気・ガス・熱供給・水道業や情報通信業、建設業、学術研究、専門・技術サービス業、金融業、保険業などで支出額が多く、宿泊業、飲食サービス業、医療、福祉などで少ないことがわかる(第3-1-10図(1))。また、一人当たりの能力開発費が少ない宿泊業・飲食サービス業や生活関連サービス業・娯楽業など一部の非製造業では、正社員以外に対する能力開発費を支出していない企業が大半を占め、正社員比率の低さが一人当たりの教育訓練投資の低迷の背景にあることがうかがえる(第3-1-10図(2))。

企業によるリ・スキリング投資の定量的な影響を確認するため、「経済産業省企業活動基本調査22」のパネルデータを用いて、企業の教育訓練ストックとTFP水準の関係を分析すると、正の効果が確認できる(第3-1-10図(3))。企業の固定効果を考慮したモデルの結果を見ると、全産業において0.03の係数となっており、これは企業の教育訓練ストック(従業者当たり)23が1%増加すれば、TFPが0.03%上昇することを示している。製造業では統計的に有意な結果とならなかったが、非製造業では有意な結果となり、かつ、TFPの押上げ効果も約0.06%と大きくなっている。このことから、特に非製造業における教育訓練ストックの増加が、生産性の上昇につながると考えられる。

情報化資産:非製造業のDXが生産性を押し上げていく可能性

次に、情報化資産の投資状況を確認するため、ソフトウェア資産ストックの動向をみると、2013年以降、増加傾向で推移している(第3-1-11図(1))。特に感染症拡大以降、テレワークの普及や非接触サービスの拡大に向けて、幅広い産業においてソフトウェア投資が増加したとみられる。また、これまで生産性が低かった飲食・宿泊業をはじめとする対面サービス業においても、人手不足を背景に、省力化に向けたソフトウェア投資が増加している傾向がみられる(第3-1-11図(2))。情報化資産ストックの残高は国際的にみれば中程度にとどまる中で、こうした傾向が続けば、今後、DXによる非製造業の生産性向上が期待できる。他方、中小企業では、受注型のソフトウェア投資を個社レベルで行うのに十分な財務力がない場合もあると考えられる。政府としても、ITツール(ソフトウェア、アプリ、サービス等)の導入を支援する「サービス等生産性向上IT導入支援事業(IT導入補助金)」の実施等を通じて、DXによる中小企業・小規模事業者等の労働生産性の向上を後押ししている24

革新的資産:スタートアップ投資に含まれる研究開発投資が生産性を押上げ

次に、革新的資産の増加に向けては、科学技術・イノベーション、スタートアップへの投資などが複合的に影響していると考えられる(第3-1-12図)。

「第6期科学技術・イノベーション基本計画25」によれば、2021年度からの5年間で官民合わせた研究開発投資の総額120兆円(うち政府投資は30兆円)を目指すとされ、政府投資のうち、2023年度までの3年間の予算額は22兆円となっている。スタートアップについては、「スタートアップ育成5か年計画26」において、スタートアップへの投資額を5年後の2027年度に10兆円規模にするとの目標が掲げられている。2022年度第二次補正予算ではスタートアップ支援策1兆円が措置され、その大宗は研究開発投資への支援であることから、革新的資産の増加を通じて生産性の向上に資する可能性がある。

前述の分析を踏まえると、科学技術・イノベーション基本計画やスタートアップの促進等により、革新的資産ストックが1%(1.8兆円)程度増加した場合、0.11%程度のTFP押上げ効果を伴うことになる(前掲第3-1-8図)。

(2)新陳代謝の活性化に伴う生産性の上昇

我が国のスタートアップ・新陳代謝の取組は諸外国に比べ遅れている

政府のスタートアップ支援策は、研究開発投資の支援を多く含むことを述べたが、起業しやすい環境の整備等による新陳代謝の活性化も重要な取組である。スタートアップへの支援は、資金面・人材面・規制面など多面的に進められてきたが、国際的に見ても我が国の起業を巡る環境は見劣りすることが指摘されている。人材面では、我が国における起業に対する認識を確認すると、起業について失敗への恐怖を感じている人の割合が高い一方で、起業を良いキャリア選択だと認識している人の割合は低い27。こうした認識と整合的に、起業家率はOECD平均よりも低い水準となっており、スタートアップの担い手となる人材が少ないことが指摘できる28第3-1-13図(1)~(3))。

資金面では、ベンチャーキャピタル投資額のGDP比でみると、我が国は増加傾向にあるものの主要国に劣後している(第3-1-13図(4))。これに加え、我が国では、主要国と比較して、長期の資金供給の担い手が限られていることや、海外のベンチャーキャピタルからの投資を呼び込めていないことなどが課題とされている29。事業会社によるスタートアップの買収件数も、我が国は主要国に比べ限定的であるが、こうしたM&Aも人材や資金の循環につながることからスタートアップの出口戦略、既存の大企業のオープンイノベーションの推進策の両面で重要である(第3-1-13図(5))。

このような状況を踏まえ、政府は、前述の「スタートアップ育成5か年計画」において、<1>スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築、<2>スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化、<3>オープンイノベーションの推進を3本の柱として、2027年度にはスタートアップへの投資額を10兆円規模とすることを目標としている。人材、資金、イノベーションが一体的に強化されることで、起業に対する意識の変化やスタートアップ投資額の増加が進むことが期待される。

円滑な事業承継の推進を伴う企業の新陳代謝の活性化は、生産性の向上に寄与

最後に、企業の新陳代謝の促進が、生産性の向上において重要であるという点を確認する。はじめに、「経済産業省企業活動基本調査」のパネルデータを用いて、TFP上昇率に対する企業の参入効果、退出効果、内部効果、再配分効果を推計した(第3-1-14図)。

全規模の結果を見ると、企業の新規参入は、一定のTFP押上げ効果を有している。新規参入企業は、新技術や新しいアイディアを持ち、新たな需要を満たす生産活動を行えることから、高い生産性で特徴づけられる場合が多いと考えられる。コロナ禍を経験した2020年度を除けば、2000年以降、参入効果が一貫して産業全体のTFP上昇に最も大きく寄与してきたことからも、産業の新陳代謝を高め生産性の高い企業の新規参入を促していくことの重要性が示唆される。一方、企業の退出効果は、全期間を通じてTFPに対してマイナス寄与で推移している。このことは、生産性が産業平均より高い企業が市場から退出していることを意味しており、産業の新陳代謝が望ましい形で機能していない可能性を示唆している30。こうした状況は、企業規模に関わらず生じており、特に中小企業では2000年代後半以降、退出効果のマイナス寄与が徐々に拡大している状況が確認できる。また、既存企業の生産性上昇を示す内部効果はプラスとマイナスに変動している。TFP水準が高い企業が市場シェアを拡大することによる再配分効果はプラス寄与であるが、特に2020年度はプラス幅が拡大している。

2000年代以降一貫して退出効果のマイナス寄与が続いている点については、生産性を高めるために改善が急がれる。「経済産業省企業活動基本調査」の調査票情報を独自集計し、退出企業の収支をみると、退出直前の調査時点の黒字割合は全規模で6~7割程度と、存続企業(8割程度)と大きく変わらない(第3-1-15図)。また、特に2010年代以降、退出企業の黒字割合が上昇しており、存続企業と退出企業の間の差は縮小傾向にある。次に、退出企業の財務状況をみると、約8割の企業が退出直前の調査時点で資産超過であることが確認できる。また、2010年代以降、黒字割合と同様に、退出企業における資産超過企業割合が上昇しており、直近の割合は存続企業に肉薄している。存続企業と退出企業の差の縮小傾向は、大企業では2000年代後半以降、中小企業では2010年代後半以降顕著に確認できる。

こうした事実は、我が国においてはキャッシュフローや財務状況の面で経営余力を有している企業の退出が多く、特に最近10年程でこうした優良企業の退出が増加している可能性を示唆している。事業承継の見通しに関する調査結果31を見ると、廃業予定企業の3割弱は、5年後の事業の将来性が「ある」と回答している。他方、廃業予定企業の3割が廃業の理由を「後継者難」としており、廃業予定年齢は7割以上で70歳以上と回答していることから、多くの経営者がかなり高齢になるまで事業を継続する意思があり、また事業の将来性はあるものの、適切な後継者が見つからないことから退出を決める場合が少なくないことがうかがえる。

2022年9月には政府系金融機関によるコロナ禍での実質無利子・無担保融資も終了した中で、物価高や人手不足といった更なる課題が積み重なり、今後は必ずしも現時点での経営状況が悪くない企業においても、先行きへの悲観から退出気運が高まっていく可能性もある。今回の分析結果から、我が国では優良企業の退出の増加傾向が示唆されたが、こうした企業の円滑な事業承継を推し進めることで、優良企業が培ってきた経営資源を次世代に継承する形で、産業の新陳代謝を高めていくことが重要32であるといえる。

このように、今後は、スタートアップ企業を支援する中で、生産性の高い新規企業の市場への参入を促すとともに、円滑な事業承継を進め、適切な形で企業の新陳代謝を高めていくことが重要であると考えられる。あわせて、第2章で詳述したように、長期雇用を前提とした働き方、副業・兼業の禁止、新卒一括採用偏重といった雇用慣行を見直し、リ・スキリング投資の項で述べた成長分野への労働移動の円滑化を図ることにより、人的資源の再配分効果を高めていくことも重要である。

感染症の感染症法上の分類が5類に移行され、経済社会活動がコロナ禍後の時期を迎える中、企業の力強い投資が生産性の上昇に結び付き、日本の成長率を高めていく原動力になることが期待される。そのため、長くデフレから脱却できない下で伸び悩んできた有形資産投資に加えて、生産性を高める効果が特に大きいと考えられるものの不確実性が高い無形資産投資を含む重点分野について、投資リターンを高める税制優遇策の活用などを通じて、積極的に民間投資を呼び込んでいくことが求められる。無形資産投資については、一般的に資産価値の評価が困難である場合が多く、民間企業の資金調達が困難であることが指摘されている。企業に投資を促すためには、税制上の優遇策に加え、ベンチャーキャピタルへの支援策や、資金調達の新たな枠組みの検討33などが課題と考えられる。


(1)労働投入1単位当たりの実質付加価値額。本節における労働生産性は、マンアワーベース。
(2)労働の質は、性や雇用形態、最終学歴等の属性別の労働者グループの平均賃金の加重平均で代理されていることから、相対的に賃金が低い(高い)労働者の比率が高まれば低下(上昇)する。
(3)本稿では、Corrado, Hulten, Sichel (2005)に倣い、無形資産を情報化資産、革新的資産、経済的競争能力に分類し、上記分類に沿ったデータの公表を行っているEU KLEMSデータベースやJIPデータベースを用いて分析を行った。無形資産分類の詳細は、第3-1-5図参照。また、無形資産の重要性に鑑み、2008SNAでもコンピュータ・ソフトウェア、研究開発投資や娯楽作品の原本など一部の無形資産を資産として扱うこととしている。それ以外の無形資産についても、国際プロジェクトであるINTAN-Invest projectを通じた推計方法の検討が進められている。
(4)日本生産性本部(2022)「労働生産性の国際比較2022」によると、購買力平価換算で我が国のマンアワーベースの労働生産性水準は、OECD諸国38カ国中27位となっている。
(5)深尾・池内・滝澤(2018)
(6)深尾・池内・滝澤(2018)では、日米の様々なサービスをいずれも利用したことがある者に対し、各サービスへの支払い意思額をアンケート調査し、その結果、利用者が日本のサービスにはアメリカの同種のサービスと比べて1~2割程度品質を高く評価していることを報告している。ただし、サービスの品質の差を調整しても、多くのサービス業で日本の方が労働生産性水準は低いとしている。
(7)Fukao et al. (2021)では、我が国とアメリカを比較して、ICT資本サービス投入(対付加価値比率)が中小企業で顕著に低く、したがって中小企業比率の高い非製造業での労働生産性の押し下げ要因であることを指摘している。
(8)Haskel and Westlake (2017)では、リーマンショックを機に欧米諸国では無形資産投資が有形資産投資を上回るようになったとし、背景としてICTなど新技術の発展や経済のサービス化などを挙げている。また、こうした無形資産投資へのシフトが、今日の経済社会が直面する重要な課題である、イノベーションや成長、マネージメントの役割などの背景にあることを論じている。
(9)有形資産と無形資産の代替性、補完性に関する我が国の企業レベルの実証研究成果であるHosono et al.(2016)では、両者の関係は企業の成長のダイナミクスに依存し、企業規模間や業種間で様々であることを指摘している。
(10)「経済財政運営と改革の基本方針2023」(2023年6月16日閣議決定)では、スタートアップ育成の観点等から、事業全体に対する担保権として「事業成長担保権の創設を含めた、経営者保証に依存しない融資拡大を図る」こととしている。事業成長担保権の設定により、ノウハウや顧客基盤等の無形資産も含む事業全体が担保権の対象となり、無形資産を含む事業の将来性に着目した融資が促進されることが期待される。
(11)スピルオーバーの経路としては、研究開発については労働移動やグローバルバリューチェーンを通じた知識の国際間伝播、人的資本については労働移動に加え、集積を通じた正の外部性効果が指摘されている(BIS, 2012)。
(12)BIS(2012)では、人材の外部流出可能性により、企業の教育訓練投資水準は平均4%程度押し下げられていると指摘している。
(13)Fukao et al. (2021)。また、Brynjolfsson and Hitt(2003)は、ICT投資が意思決定方式や企業組織の改編といった補完的な組織改編投資によって生産性上昇につながることを指摘し、研究開発投資以外の無形資産投資と生産性の関係が注目される契機となった。
(14)人的資本は2008SNAでは資産の境界外と位置付けられているが、「人的資本はさらなる検討が必要な課題」とされている。こうした問題意識を踏まえ、国連欧州経済委員会「人的資本の測定に関する指針」(2016)では、人的資本の測定に関して残されている多くの検討課題として、例えば推計する範囲対象、人的資本の不均一性の取り扱い、総額の計算方法を挙げている。
(15)内閣府(2018)では、企業に対するアンケート調査結果を用い、人的資本投資額のうちOJTの占める割合が非常に高いことを指摘している。
(16)自己啓発の具体的な内容別の実施時間や負担費用について、定期的な調査を実施している統計は現時点で存在していない。今後はこうした調査の実施が必要であると考えられる。
(17)ここでは、BIS(2012)を参照し、既存研究で用いられることが多い定式化を用いた推計を行った。
(18)Fukao, Kim, and Kwon(2021).なお、内閣府(2014)では2010年までのマクロレベルのデータを用いて同様の推計を行った結果、情報化資産の弾性値が0.16程度との結果を得ている。
(19)本項の分析では、無形資産の項目別に推計を行ったが、既述のように異なる種類の無形資産の間に生産性上昇につながる補完性が存在するとの指摘もあり、こうした点を考慮した既存研究も見られる。例えば、Nonnis et al. (2023)では、組織構造と人的投資の間の補完性を、内閣府(2022)では教育訓練ストックとICT資本との間の補完性を指摘している。
(20)「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策(2022年10月28日閣議決定)」。
(21)「現在、企業経由が中心となっている在職者への学び直し支援策について、5年以内を目途に、効果を検証しつつ、過半が個人経由での給付が可能となるよう、個人への直接支援を拡充する。」と記載。
(22)「経済産業省企業活動基本調査」は、従業者50人以上かつ資本金又は出資金3000万円以上の企業を対象としている。
(23)能力開発費に対する回答があった企業の中では、1企業当たりでみると、教育訓練ストックは1,200万円程度、能力開発費は400万円程度(2020年度、中央値)。なお、従業員数の中央値は約280人。
(24)このほか、DX推進に関する政府の計画としては、「デジタル社会の実現に向けた重点計画(2023年6月9日閣議決定)」や「デジタル田園都市国家構想総合戦略(2022年12月23日閣議決定)」が定められ、多極化・地域活性化の推進も含め、目指すべきデジタル社会の実現に向けて、政府が迅速かつ重点的に実施すべき施策を明らかにしている。
(25)2021年3月26日閣議決定。
(26)2022年11月28日策定。
(27)諸外国と比較して我が国では、スタートアップの成長に必要なメンターの不在や、大学における起業家教育、支援プログラムの不足が指摘されている(内閣府科学技術・イノベーション推進事務局、専門調査会資料、2022年4月)。こうした状況を踏まえ、スタートアップのグローバル市場参入や海外企業・投資家からの投資の呼び込みを目的として、政府は海外投資家等とのマッチングを支援するためのグローバル・スタートアップ・アクセラレーションプログラムを実施している。
(28)大学生の就職希望では、ベンチャー企業志望者が半数近くを占める(2019年6月に実施されたアンケート調査(NPOエンカレッジ)結果による)一方、日本型雇用慣行制度の下では起業経験者が中途採用等で評価されにくいことも指摘されている。
(29)背景として、海外投資家にとって日本の契約書式等が参入障壁となる場合や、ベンチャー経営者・従事者が税制面、労働法制面などで海外と同様の条件で 活動できない場合があるとの指摘がある(「スタートアップ育成5か年計画」、2022年11月)。また、スタートアップに投資する国内ファンドの出資先に関する規制の存在も指摘されている(内閣府科学技術・イノベーション推進事務局、専門調査会資料、2022年4月)。我が国のベンチャーキャピタルによるスタートアップへの投資は、投資事業有限責任組合(LPS)契約法に基づくスキームが使われることが多いが、LPSの外国法人への投資比率は出資総額の50%未満に制限されている。なお、一定の要件を満たせば、産業競争力強化法(平成25年法律第98号)に基づく特例の適用によりこの上限を超えることは可能。
(30)金・深尾・権・池内(2023)では、日本では多くの研究で負の退出効果が報告されているが、諸外国(韓国、カナダ、ドイツなど)では正の退出効果が報告されることが多く、日本経済の特徴として挙げられている。
(31)日本政策金融公庫「中小企業の事業承継に関するインターネット調査(2023年調査)」(有効回答は4,465件。調査対象は従業員数300人未満の全国の中小企業)結果では、廃業を予定している企業が57.4%と、2019年調査から4.8%ポイント上昇していることが示されている。また、「おおむね5年後の事業の将来性」については、廃業予定企業では「大いにある」が4.1%、「ややある」が23.6%で全体の3割弱を占めている。後継者難による廃業の割合は、廃業理由として「子供がいない」、「子供に継ぐ意思がない」「適当な後継者が見つからない」と回答した企業の合計。
(32)上述の調査結果によれば、後継者が未定の企業が全体2割存在し、その多くが何らかの形で経営資源を引き継いでもらいたいという意向を持っている。
(33)経済産業省(2022)では、近年米国では、新興企業にとって重要な資金調達手段として特別目的買収会社(SPAC)を通じた資金調達が行われていることを指摘している。また、IMF(2023)では、近年米国では、企業の営業余剰に基づく間接金融であるキャッシュフローベース貸出(CBL)の広がりがみられるとし、日本での将来的な可能性を指摘している。
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