第2章 家計の所得向上と少子化傾向の反転に向けた課題 第3節

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第3節 本章のまとめ

我が国は、適度な物価上昇の下で経済成長を高めていく上での正念場に差し掛かっており、経済の好循環を実現する上では、所得環境の回復が必要不可欠である。また、やや長い目でみた我が国の課題として、人口減少への対応があるが、出生数の減少には歯止めがかかっていない。こうした短期的な個人消費の喚起と、中長期的な少子化対策という課題の双方で重要なのが、家計の所得向上である。

第1節では、家計の所得向上のために必要な要素として、まず労働所得の引上げに向けた論点を整理した。我が国の労働市場をみると、労働需給の側面から賃金が上がりやすい局面に入りつつあることが確認されるが、構造的な所得の引上げを実現していくためには、労働生産性の持続的な引上げを図ることや、潜在的に存在する職業能力が発揮される場を増やしていくことが重要である。こうした観点から、本節では、<1>自発的な労働移動の後押し、<2>副業・兼業による本業以外での追加的な労働、<3>女性や高齢者の能力発揮、を個別のテーマとして分析した。また、家計の所得向上の経路としては、労働所得だけでなく、我が国家計が保有する2,000兆円の金融資産を通じた資産所得引上げの視点も重要であり、<4>家計資産の「貯蓄から投資」への移行支援も分析対象とした。各テーマの主要な結果を要約する。

第一に、自発的な労働移動は賃金上昇だけでなく、現職へのモチベーション、キャリア全体に対する自己肯定感、職場や家庭での対人関係といったマインド指標も改善する傾向が確認された。自発的な転職の阻害・促進要因の分析からは、子育て支援に加え、在職中のリ・スキリング支援を含めた転職希望者の支援体制の整備、自己都合の離職であってもリ・スキリングに取り組んでいた場合などに失業給付を受給できない期間を会社都合の場合と同等にするなどの失業給付制度の見直し、女性活躍・男女共同参画の推進や資産形成の支援によって家計の稼得経路の幅を広げることによる、転職希望者の後押しが有効である可能性が示唆された。

第二に、副業・兼業は追加就労意欲の実現の機会として正規雇用者と非正規雇用者の双方にとって年収増加に効果があることが示唆された。他方で、副業・兼業は中間的な所得階層では一般的な動きとなっておらず、今後の広がりが期待される。

第三に、我が国の男女間賃金格差は国際的にみても大きい。長時間労働プレミアムの縮小に資するジョブ型雇用拡大等により、賃金格差の主要因となっている出産後の女性の労働所得減少を緩和することに加えて、統計的差別や無意識の思い込みの解消が重要である。長時間労働プレミアムの縮小は、高齢者の活躍の観点からも有効である。

第四に、家計の資産形成の後押しは、若年層の将来不安の軽減と個人消費の活性化の両面で有効であると考えられ、投資家ニーズに応じた多様な金融商品の開発や、家計の金融リテラシー向上支援が重要である。

第2節では、我が国の少子化の現状とその背景の整理を行った。少子化の進行によるマクロ経済への影響としては、労働投入量の減少により社会保障制度等の維持が困難となることに加え、子ども関連支出が減ることによる個人消費の下押しも懸念される。我が国の少子化は、近年、女性人口の減少・非婚化の進行・夫婦の出生率の低下、の三重の要因により進んだ。本章ではこれらに対して必要な施策として、<1>構造的な賃上げ環境の構築、<2>子育て世帯の住宅費用・教育費負担の軽減、<3>女性に偏った育児負担の軽減、<4>出産を応援する社会的な気運の醸成、を提示した。以下では分析結果も踏まえて要約する。

第一に、男性において所得が上がると明確に未婚率が下がる傾向があるほか、非正規雇用割合が高い都道府県では有配偶率が下がる傾向にあることなどを踏まえれば、構造的な賃上げ環境を実現することは、少子化対策としても最も重要である。また、20代における男女間賃金格差が縮小する下で、出産後の労働所得の下落に伴う女性の生涯年収への懸念を抑制することが婚姻率上昇に資する可能性も指摘した。

第二に、子育てに伴い発生する住宅費用・教育費用の負担への懸念という将来見通しが、結婚後の出産行動のみならず、その前提となる結婚行動にも影響を及ぼしている可能性が示唆されており、子育て負担軽減策は結婚や出産を促進することにつながると期待できる。特に、住宅費用負担を抑制する観点からは、子育て世帯への住宅ローンの優遇策のほか、住宅手当の支給や公営住宅・空き家の活用なども検討すべき政策手段である。また、教育費負担の軽減の観点からは、賃金カーブがフラット化していることを踏まえて、経済的支援の強化によって、子どもの進学に伴い増加する教育費負担への懸念を軽減することに加え、教員の待遇改善等を通じて公教育の質の充実を図ることも重要である。

第三に、こうした直接的な費用だけでなく、出産による労働所得減少という機会費用や、非金銭的な育児負担を軽減する観点からは、保育所整備・父親の育休取得の推進・ベビーシッター制度の普及といった施策を同時に進めていくことも必要である。本章の分析では、保育所の整備状況が有配偶出生率を高める可能性が示唆されたほか、国際比較の観点からは、我が国では家事・育児負担が女性に偏る傾向が強い中で、男性の育休取得率が低く、家計のベビーシッターの利用割合も低い。

第四に、少子化対策は、いかに負担を軽減するかという視点だけではなく、子育ての喜びをより感じられるような温かい社会をいかに実現していくかという視点も同時に必要であり、多様な主体が連携し、結婚・出産を希望する人を後押し、優しく包み込む社会的な気運を醸成していくことも重要である。

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