第2章 家計の所得向上と少子化傾向の反転に向けた課題 第2節
第2節 少子化と家計経済
我が国では、出生数が初めて100万人を割り込んだのが2016年だったが、2019年に90万人、2022年に80万人を割り込むなど急速な少子化が進んでいる。少子化、人口減少に歯止めをかけなければ、我が国の経済社会は縮小し世界第三位の経済大国という国際社会における立ち位置にも大きな影響が及ぶほか、地域社会や社会保障制度の維持も難しくなる。本節では、こうした現状を踏まえて、少子化が我が国のマクロ経済に及ぼす影響について分析すると共に、少子化の背景とその対策について考察する。
1 少子化の現状と経済への影響
ここでは我が国における少子化と呼ばれる現状を概観した上で、少子化が我が国経済に及ぼす影響を分析し、少子化対策がなぜ必要なのか確認していく。
●少子化の進行には歯止めがかかっていない
まず、少子化の現状を確認する。出生数は1973年の第二次ベビーブーム以降は緩やかな減少傾向にあり、2000年代入り後には幾分減少ペースが緩やかになっていたが、2015年以降は再び減少ペースが加速している(第2-2-1図(1))。現在の出生数自体は、過去の少子化の進展による出産期相当の女性の人数減少の影響を受け続けるので、足下の出産動向を把握する上では出生率(女性の一人当たりの出生人数)をみることが有用である。その際、以下の二つの統計的尺度からみてみよう。まず、よく参照される出生率として、「期間合計特殊出生率」をみてみよう。これは、当該1年の15~49歳の女性の年齢別出生率を合計したものを指す。第2-2-1図(1)で示したとおり、期間合計特殊出生率は、出生数同様に1973年以降は低下傾向にあり、その後2005年を底に幾分回復し、2015年以降は再び幾分低下する状況となっている。ただし、期間合計特殊出生率は、一人の女性に対して15~49歳という長い期間における出生動向を計測する指標であることから、各個人が一生のうちに出産する予定人数が不変だったとしても、出生タイミングがずれることで変動することには注意が必要である。実際、我が国では、近年は晩婚化・晩産化が進んでおり、女性が一生で産む子どもの人数に変化がなかったとしても、晩産化が進んだコーホートの出産時期のずれにより、期間合計特殊出生率は一度低下した後に、2005年以降に反転上昇した可能性がある(第2-2-1図(2))。その後、2015年以降反落している背景には、2015年以降第一子出産年齢の上昇が一服するなど、出産タイミングの後ずれペースが緩やかになったことが考えられる。本質的には、女性が生涯で産む子どもの人数こそが、長期的な出生動向を判断する上では重要である。しかしながら、期間合計特殊出生率は、出産タイミングにトレンド的な変化がある局面ではこうした本質的な変化がみえにくくなるという欠点がある47,48。
そこで、もう一つの出生率の概念である、「コーホート合計特殊出生率」をみる(第2-2-1図(3))。これは、生まれ年別にみた女性の49歳まで(50歳になる時点までであることから、以下では「50歳時点」と呼ぶ)の出生率を示す概念だが、ここでは、生まれ年別に、それぞれ30歳時点・35歳時点・40歳時点・50歳時点までの出生率をみた49。30歳時点までのコーホート合計特殊出生率は、1970年代後半~1980年代前半生まれの世代まで一度横ばいに近い動きとなった後に、1980年代後半生まれ以降の世代では再び低下するなど、反転はみられない。他方、40歳時点の出生率をみると、1970年代生まれ以降のコーホートでは緩やかではあるが上昇傾向にある。コーホート合計特殊出生率は、年齢時点が上がるほどに、生涯概念に近い出生率が計測できる一方で、現時点でその年齢に達している女性に限定されたデータになるため、直近世代の状況が把握しにくくなるというトレードオフがある。前掲第2-2-1図(2)にあるとおり、第二子・第三子までの平均出産年齢が30歳代であることを踏まえると、40歳時点のコーホート合計特殊出生率は、こうしたトレードオフを踏まえても、一つの有用な参照時点と考えられる。この基準でみて、僅かではあるがこのところ反転上昇がみられることは、2000年代以降に政府が進めてきた少子化対策の一つの柱であった就労と育児の両立を支援するための施策にも一定の効果があった可能性が示唆される。ただし、その変化は小さなものとなっており、30・35歳時点の出生率でみれば反転の兆しがないことから、全体としては少子化の進行には歯止めがかかっているとは言い難い状況だろう。
●長い目でみた労働投入量の減少を抑制する観点からも少子化対策は重要
ここからは少子化がマクロ経済に及ぼす影響を考察していく。まず、我が国の労働投入量への影響である。少子化の進行は、国内の生産活動の中心的な担い手である生産年齢人口(15~64歳)の減少継続につながる。その間、65歳以上の老年人口の割合が高まる高齢化も同時に引き起こす。生産年齢人口は、主要な労働の担い手でありその減少は労働投入量の下押し圧力となる。我が国では生産年齢人口が減少する中にあっても、女性や高齢者の労働参加率の上昇により、就業者数や労働力人口は増加傾向を維持しているが、就業日数や時間に制約のある労働者の参加では、労働投入量(人数×時間)の減少を全てカバーできているわけではなく、長い目でみれば労働投入量は減少傾向で推移している(第2-2-2図(1))。我が国においては、ワークライフバランスの改善や労働生産性改善を企図した働き方改革が進められてきたことも、労働投入量の減少に影響しているとみられるが、国際比較をしても、2000年の合計特殊出生率が低く少子化傾向が強い国ほど、その後の労働投入量の伸びも弱いという関係が観察される(第2-2-2図(2))。
こうした人口動態は、賦課方式である社会保障制度の下で収支均衡を図ろうとすれば、給付を抑制しない限り現役世代の負担の増加につながる。我が国では、世代間・所得階層間での給付と負担の割合に関する国民理解の下で、全世代型社会保障制度改革が進行中であるが、高齢者の労働投入量は若年・壮年期と比べて限られることから、生産年齢人口が減れば引退世代を支えるマンアワーベースでみた労働投入量を維持することは非常に困難である。
●短期的にみても少子化により個人消費に下押し圧力が生じる
子育て世帯では子育てのための追加的な支出が発生し、子育て関連の財・サービスの提供者の所得につながっていることを踏まえれば、少子化は関連産業の生産活動に影響を及ぼす。したがって、短期的にみても我が国の経済活動の下押しに作用する可能性がある。
子どもの人数が世帯消費に及ぼす影響をみるためには、所得・資産保有状況の違いや、子どもの有無による子育て関連費用以外の消費支出の違いが、世帯消費全体に及ぼす影響を考慮して推計を行う必要がある。そこで、前掲第2-1-29図で構築した総務省「家計調査」の調査票情報を利用した世帯レベルの消費関数を用いて、子どもの人数が増えることによる世帯単位の消費への影響をみる(第2-2-3図)。
結果の含意は大きく次の二点である。第一に、子どもの数が増えるとそれに応じて統計的に有意に世帯消費が増加する傾向がある。具体的には、年齢・世帯の成人人数・可処分所得などの世帯属性をコントロールした上でも、子ども1人世帯では無子世帯対比で1カ月当たりの消費支出額が+3万円程度、子ども2人世帯では同+3.3万円程度、子ども3人世帯では同+5.1万円程度、子ども4人以上世帯では同+6.2万円程度増える50,51。この事実は、少子化対策を行うことによって短期的には家計消費支出の誘発が期待できることを示唆している52。
第二に、子育て費用には規模の経済性が働いている可能性がある。具体的には、子どもの人数が0人→1人での消費支出は+3万円程度であるが、そこから子どもの人数が2倍、3倍になっても、消費支出増加額は2倍、3倍に増えている訳ではない。
2 少子化の要因とその対策
本項では、我が国において少子化が進行している背景について、結婚行動と出産行動の両側面から分析し、必要な対策について考察する。
●最近の少子化は人口減少・非婚化・夫婦の出生率低下の三重の下押しで進行
出生数の低下はどのような要因によりもたらされているのだろうか。ここでは、我が国の出生数の変動を<1>人口要因(女性数自体の減少)、<2>有配偶率要因(結婚の減少)、<3>有配偶出生率要因(夫婦の出産の減少)、という三つに要因分解する53(第2-2-4図)。これをみると2005年以降の出生数の減少に対しては人口要因、すなわち過去の少子化の影響で女性の人口自体が減少していることにより生じる下押しの影響が最も大きくなっている。一方、有配偶率要因も1990年代以降継続して下押しに寄与している。また、有配偶出生率要因は、2015年頃までは押上げ要因となっていたが、直近の5年間では下押しに寄与している。すなわち、2015年から2020年にかけての出生数の減少は、女性人口の減少・非婚化の進行・夫婦の出生率の低下、の三重の要因により進んだと言える。女性人口の減少は、過去の少子化の結果として現れているものであり当面は下押し圧力となり続けることが見通されるが、有配偶率と有配偶出生率は、現下の社会・経済環境の変化により、早期に反転させることも不可能ではないと考えられる。そこで、以下ではこの二つの要因に注目して分析を行う。
●若年期の所得向上が婚姻率向上の鍵
まずは、有配偶率についてみてみよう。前掲第2-2-4図の寄与度分解に明らかなように、我が国の少子化の大きな原因の一つは非婚化である。我が国の婚姻率をみると、継続的に低下しており、1970年に10‰54にあったところから、2000年に6.4‰、2022年には4.1‰まで低下している55(第2-2-5図)。非婚化の進行は、ライフスタイル・嗜好の変化等様々な要因が複合的に重なって生じている事象であると考えられるが、ここでは経済環境に注目する。まず、男女別に所得と結婚行動の関係をみてみよう(第2-2-6図)。30代の男性有業者では、年収が高いほど未婚率が低い傾向にあり、この傾向は2012年からほとんど変わっていない。他方で、30代の女性有業者では、こうした傾向は男性ほど顕著ではない。女性では、200万円未満の未婚率が低く、ここには結婚後に扶養の範囲内で働く女性が含まれている要因があり、必ずしも結婚前の年収の低い女性が結婚しやすいことを示唆するものではないが、年収と未婚率の関係には男女差があることがうかがえる。これらを踏まえると、男性の年収と婚姻率の関係からは、所得が高いほど未婚率が下がる傾向があり、経済的な理由が結婚行動に大きな影響を及ぼしていることが示唆される56。この点で、若年層の所得向上は婚姻率を高める上で重要である57。
●出産後の女性の所得が下がりにくい環境の整備が結婚のハードルを下げる可能性
次に、子どもがいない結婚している男性・女性について58、年収区分別に、主稼得者(配偶者よりも年収区分が高い者)の割合を比較すると、男性では年収が400万円を超えると、75%を超える(第2-2-7図(1))。一方で、女性側からみると、400~499万円の層でも、主稼得者になっている者の割合は25%、700万円を超えても4割程度である。こうした配偶者間の男女差は、2012年から2022年までの10年間で大きくは変わっておらず、男性の方が所得の高い組み合わせであることが、結婚のマッチング条件となっている可能性が考えられる。他方、未婚若年層の所得階級別の男女の人数比をみると、20代では300~499万円では男女の人数比はほぼ拮抗しており、女性の年収が500万円を超えるとこれを上回る年収区分の男性人数は1倍を下回る。また、30代女性でも年収が500万円を超えると、これを上回る年収区分に所属する男性の人数は1倍を下回り、こうしたマッチング条件が、結婚へのハードルとなっている可能性がある(第2-2-7図(2))。また、内閣府が実施した意識調査による結婚相手に求める年収と、未婚の異性の実際の年収を男女で比較しても、女性では分布のかい離が目立つ(第2-2-8図)。男性では、相手に求める年収区分と、有業かつ未婚の女性(20~39歳)の実際の年収区分のピークは一致しているが、女性側からみると、両者には200万円程度の開きがある。
女性の方が男性よりも収入が高い組み合わせでの結婚が少ない背景には、男性が世帯の主稼得者であるべきという伝統的な価値観の影響も否定できないが、こうした収入は結婚・出産前の収入であり、子どもの出生後の収入やキャリアパスの見通しの男女差が影響していることも考えられる。すなわち、男性は結婚や子供の出生前に安定的なキャリアプランと収入増を見込んでいる場合が多いのに対し、女性は収入増を伴うキャリアプランの実現と家族を持つことの両立が難しいことを念頭に置いている可能性がある59。実際、男女の年収25%分位点(年収が低い方から数えて25%の者の年収)~75%分位点(年収が高い方から数えて25%の者の年収)の分布の重なりの推移を確認すると、20代では、男女の分布は足下では顕著に近づいており、特に20~24歳ではほぼ一致している(第2-2-9図)。他方で、30歳を超えると分布の重なりが小さく、依然として男女間の賃金分布の大きな差が確認される。これは、第1節でみたとおり、出産後の女性の労働所得の減少や統計的差別の影響により、30代以降の男女間賃金格差が大きいことによる。すなわち、出産後に女性の労働所得が減少することが多いが、このことが結婚前の女性の生涯収入の見通しの不確実性を高め、結婚時に夫に高い年収を求める傾向につながっている可能性がある。出産後の女性の労働所得の下落を小さくする取組を進めることは、女性が結婚相手に求める年収の低下につながり、結婚へのハードルを低くすることも期待される。
●若年期の所得が、交際願望を通じて結婚行動に影響する可能性
経済環境の変化がライフスタイルや嗜好に影響を及ぼし、それが結婚行動に影響する可能性も考えられる。例えば、我が国の若年層に占める恋人・婚約者がいる者の割合は、2000年代入り後は低下傾向にあり(第2-2-10図(1))、未婚者の中でも交際相手がおらず、また交際相手を望まない者の割合も高まっているとの調査が存在する(第2-2-10図(2))。同調査の中で、交際相手を望まない者の割合を属性別にみると、自らが無職、パート・アルバイトである場合に高い傾向が男性側で顕著に観察され(第2-2-10図(3))、各個人の雇用・所得環境が、交際や結婚への選好を弱めている可能性は否定できない。
●出産に伴う経済的側面への意識が高まっている可能性
ここまでは、主に低迷する有配偶率の背景について、雇用・所得環境面から考察してきたが、ここからは有配偶出生率の動向と背景について、経済的な観点からみていく。前掲第2-2-4図で確認したとおり、近年は有配偶出生率も少子化進行の背景となっており、既に配偶者のいる世帯における追加出生希望を叶え、有配偶出生率を高めることは重要である。また、出産の阻害要因を除くことがそのまま、有配偶率の上昇につながる可能性がある。
まず、年収区分別に完結出生子ども数(結婚からの経過期間15~19年の夫婦の平均出生子ども数)をみると、いずれの年収区分においても、2002年から直近調査の2015年まで低下しており、所得に関わらず女性が生涯で持つ子どもの数は減少しているが、2005年からの変化をみると、夫婦の年収が600万円を下回る中低所得階級における減少が相対的に目立つ(第2-2-11図)。
これを踏まえ、各家庭の所得環境が、出生順位別にみた子どもを持つ割合60に与える影響について、ロジットモデルを用いて分析する(第2-2-12図(1))。全体的な傾向としては、夫の年収が増加すると子どもを持つ割合が高まる関係が観察される。1994年と比較すると、2019年では、いずれの年収帯においても子どもを持つ割合は低下しているが、第一子((1)<1>)では、夫の年収が600万円を下回るポイント、第二子以降((1)<2>)では、夫の年収が400万円を下回るポイントで、子どもを持つ割合の下落幅が大きくなっている。また、2019年について、都市階級別にみると、大都市以外の都市階級では、第一子((2)<1>)では、夫の年収の上昇に連れて子どもを持つ割合が高まる一方、大都市ではこうした傾向が弱い。また、第二子以降((2)<2>)では、大都市の年収400万以上の層では所得との関係がほぼみられないことが分かる(第2-2-12図(2))。
ここでの分析結果は以下のように総括される。第一に、経済的な理由が出生行動に及ぼす程度が強まっており、1994年と比較すると特に中低所得層(夫の年収の中央値である550万円を下回る階級)で子どもを持つ割合が低下している。第二に、大都市部を中心に、所得が増えても子どもを持つ割合、特に第二子を持つ割合が高まりにくい傾向が観察される。大都市部では、子どもが増えることによる追加的な居住コストが高いことが背景の一つとして考えられる。また、家計が子どもの数と、一人当たりの子育て費用のトレードオフに直面しているとするBecker(1960)の量・質モデル61を前提とすれば、大都市に居住する者ほどこのトレードオフから出生数を増やしにくくなっている可能性も指摘できる62。
●教育関係費が最も多い子育てステージにあたる壮年期にかけての所得上昇期待が低下
では、子育てに伴い発生する教育費用はどのように推移してきたのであろうか。家計の教育費用を、塾・習い事などの学校外活動も含めて幅広く調査する文部科学省「子供の学習費調査」を用いて、高等学校卒業までの教育段階別に教育費の推移をみると、高等学校では2010年の公立の授業料無償化、私立への就学支援金支給により、一時的に負担額の減少がみられるが、これを除くと、公立・私立を問わず、幅広く増加傾向にあることが分かる(第2-2-13図(1)~(3))。特に、小学校や中学校では、平均値でみれば、公立・私立を問わず「補助学習費(塾代などが含まれる)」がコロナ禍であった2021年にかけて増加している63。また、独立行政法人日本学生支援機構「学生生活調査」を用いて、大学授業料の推移をみると、国立・公立大学では横ばい圏内にあるが、私立大学では2004年から2014年にかけて約10万円程度上昇し、その後横ばいで推移している(第2-2-13図(4))。また、いずれの教育段階でも、一般に高額な授業料を伴う私立に通う子どもの割合も上昇傾向にある64,65(第2-2-13図(5))。
次に子育てのステージ別に家計の所得がどのように推移してきたのか確認する。子ども二人と夫婦からなる世帯をみると、長子が進学するにつれて、世帯主の勤め先収入は増加する傾向にあるが、1990年代に比べ2010年代66は増加ペースが緩やかになっている(第2-2-14図(1))。この結果、2010年代の世帯主月収は、長子が高校生の時点では1990年代対比で2万円程度、長子が大学生の時点では6万円程度の低下となっている。この間、女性の労働参加が進んだため、世帯主と配偶者との合算月収では状況の改善がみられるが、長子の進学につれた所得上昇幅は1990年代対比で2010年代ではなお小さい傾向にあるほか、長子が大学生時点の月収は3万円弱低くなっている(第2-2-14図(2))。こうした中で、長子の年齢別の教育関係費をみると、進学につれて必要なコストは増加傾向にある(第2-2-14図(3))。
勤続年数を重視する年功序列型は、こうした年齢が上がるに伴い増加する生計費を賄うための生活給重視の賃金体系と整合的であったと考えられるが、労働移動の活性化や女性活躍の推進等による我が国全体の生産性向上・賃金上昇の観点からは、見直すべき点も多い。こうした中で、企業が生産性を高め、構造的に賃金が上がる環境を整えるとともに、労働者もキャリアを通じてリ・スキリングに取り組むことで、賃金カーブのフラット化が生涯収入の減少につながらないようにしていくことが重要である。また、賃金体系が生活給的側面を弱めていくことを前提とすれば、政府による経済的支援の強化67も必要であるほか、補助学習費の負担を軽減する観点からは優れた教師や教育環境の確保によって公教育の質を高めていくことも重要である。
●我が国は女性の家事時間が長く、男性育休利用・シッター利用も限定的
以上は、金銭的負担の軽減という観点からみた有配偶出生率の議論であったが、夫の家事・育児参加が追加出生意欲に影響を及ぼすとの研究結果も我が国では多く報告されており68、家計全体としての育児に費やすことができる時間制約の解消や、女性の負担軽減も課題であろう。
日本では、女性の労働参加が進み、足下では共働き世帯が片働き世帯の3倍近くの規模に達しており69、育児をしている女性の7割以上が仕事をしている70。一方、女性の無償労働時間(家事・育児などの対価の発生しない家庭内での労働)の分担割合は世界的にみても依然として大きい71。実際、前掲第2-1-23図のとおり、我が国では女性の家事・育児時間が男性対比で長く、出産後の女性の負担感は大きいとみられる。
こうした無償労働時間の男女差の背景を考察するために、内閣府が日本を含む4か国を対象に実施した生活優先度の理想と現実に関するアンケートをみてみよう。日本では理想としては家庭生活を優先したい男性が47.7%を占め、スウェーデンに次いで潜在的には家庭生活を優先したい男性の割合が高いが、現実としては家庭生活を優先できている男性の割合は19%と4か国の中で最低であり、理想と現実のかい離が目立つ(第2-2-15図)。一方で、理想に反して優先順位が高いのが仕事となっている。この結果を踏まえれば、男性の育児参加を促進するためには働き方の見直しが重要であるほか、手取りで10割相当の給付率への引上げを決定した「こども未来戦略方針」を着実に実行していくことが重要である72。
また、共働き・共育てを支援する社会的な仕組みとして、男性の育休取得(男性の育児参加による負担軽減)とベビーシッター(外部サービスによる負担軽減)に注目して国際比較を試みる。まず男性の育休制度についてみると、我が国では法律で定められた取得可能期間は50週と国際的にみて最も長くなっている(第2-2-16図(1))。育児休業手当の支給割合を加味した手当支給率調整済みの取得可能期間(育児休業給付金の支給率が国によって異なるため、国際比較をするために給付金が給料の100%であるとして換算した場合の休業期間)でみても、諸外国よりも長い。他方で、利用実態をみると、我が国ではスウェーデン・ドイツ・フランスといった欧州諸国と比較して取得割合、取得期間の両面で見劣りしている(第2-2-16図(2))。法的な制度の整備が進んでいる一方で利用実態が伴わないことを踏まえると、職場や当人の意識が制度を形骸化させている可能性が懸念される。しかし、厚生労働省の調査によれば父親の育児休業取得率は上昇を続けるなど、徐々に状況の改善がみられる。(第2-2-16図(3))。政府は「両立支援等助成金」の下、男性労働者が育児休業を取得しやすい環境の整備措置を複数実施するとともに、労使で合意された代替する労働者の残業抑制のための業務の見直しなどが含まれた規定に基づく業務体制整備を行い、育児休業を取得させた中小企業事業主等へ助成金を支給している73。こうした取組も利用される下で、各職場で男性の育児休業取得を前提とした働き方の見直しが進むことが期待される。
また、我が国では核家族化が進み祖父母の育児への協力が得にくくなる一方で、居宅訪問型の保育事業者であるベビーシッター利用への抵抗感が根強いという指摘74も聞かれる。内閣府が実施したアンケートによれば、我が国におけるベビーシッターの利用割合は、スウェーデン・ドイツ・フランスといった欧州諸国と比較して大幅に低い(第2-2-17図(1))。ベビーシッターへのアンケート調査をみると、現在よりも保育を請け負う時間を増加させることを希望する者の割合が、減少させることを希望する者の割合を上回っており、現時点でもサービスの供給余力の存在も感じられる(第2-2-17図(2))。こうした中で、内閣府が実施75するベビーシッター利用の支援事業における助成実績は増加傾向にある(第2-2-17図(3))。こうした助成事業等を通じて利用を普及させる中で、家庭における育児負担軽減策の選択肢を増やすことは重要である。
●雇用・所得環境、住宅・子育て費用、保育所整備状況の差が、地域間の出生率差に影響
次に、出生率に影響を及ぼすと考えられる複数の要因がそれぞれどの程度の影響を持ちうるのかを確認するために、我が国の地域間の違いを利用して分析する。具体的には、都道府県別の2010年代以降の平均的な合計特殊出生率の差76を、有配偶率要因と有配偶出生率要因に分解した(第2-2-18図(1))。合計特殊出生率が全国平均を下回る都道府県をみると、東京都は有配偶率が大幅に低いことが合計特殊出生率を相対的に大きく押し下げている。他方、下位に位置している北日本の北海道、秋田県、宮城県では有配偶率出生要因が、西日本の京都府や奈良県では有配偶率要因が低出生率の背景にあり、それぞれ単一の要因ではなく、複数の要因が背景にあって地域差を生んでいる。
次に、各都道府県の有配偶率要因と有配偶率出生率要因(いずれも全国平均からのかい離)を被説明変数とし、これらがどのような要因に左右されるのかを検証する回帰分析を実施した。ここまでの考察も踏まえて、結婚や出産行動に影響を及ぼしていると考えられる、雇用・所得環境(賃金77、非正規雇用者割合78)、子育て費用負担(教育費79、家賃)、女性の出産に伴う機会費用の軽減措置(保育所の整備状況80、長時間労働者割合)を説明変数として採用した81。
結果をみると、まず有配偶率要因は、<1>非正規雇用者割合が高まるほど、<2>教育費が高いほど、<3>家賃が高いほど、その地域で統計的に有意に低いことがわかる(第2-2-18図(2))。男性の非正規雇用者割合の高さが有配偶率を下押しする点については、年収が高くなるほど未婚率が下がるという前掲第2-2-6図での確認結果と整合的である。また教育費用は、子どもがいない場合には結婚生活で発生する費用ではないが、教育費負担の高さが結婚の妨げになるという関係性には一定の説得力がある。さらに、子どもを持たなければ、共稼ぎのまま一緒に住み住宅費用を共有することが経済的になるとの考え方もあるが、家賃の高さが有配偶率の押下げ要因となっているという結果についても、結婚に際して出産を想定して広い居住スペースが必要になる、若しくは出産により片方の所得が減り、生活コストを共有する経済的なベネフィットが損なわれると考えている者が少なくないことの証左と言えよう。このことは、経済的な側面からの子育て支援が結婚の後押しにもなる可能性を示唆している。
また、有配偶出生率は、<1>賃金が下がるほど、<2>潜在保育所定員率が下がるほど、<3>家賃が高いほど統計的に有意に下がることが分かる(第2-2-18図(3))。賃金が出生行動に影響を及ぼす点は、出産・育児に伴うコストを踏まえれば直感的にも妥当性があると思われ、賃上げが夫婦の出生数を引き上げる上でも重要であることが示唆される。保育所の整備は、働く女性の機会損失の低減を通じて出生を後押しすることが示唆されるとともに、待機児童解消等のための保育所整備の政策的な推進が出生率上昇に効果を持ったことが示唆される。家賃は、上記のように有配偶率の押下げ要因としても統計的に有意であったが、有配偶者の中での出生数にも影響を及ぼす変数となっており、子育て世帯の住宅費用負担の軽減が出生数の引上げに資することが示唆される。政府では、公的賃貸住宅を対象に子育て世帯が優先的に入居できる取組のほか、空き家の活用や住宅金融支援機構を通じた支援が検討されており、こうした施策によって、住宅事情を理由に理想の子ども数を持てない家庭が減少することが期待されている82,83。
●子育て費用の自助と公助のバランスが少子化対策実施にあたり重要
国際比較により公的支出の役割についても考える。出生率を国際比較すると、我が国や韓国といった東アジア諸国の出生率は他のOECD諸国と比較して低い傾向にある84(第2-2-19図(1))。この背景として、出産後に直面しうる経済的リスクの最も大きなものがひとり親となることであることから、ひとり親世帯がおかれている状況の比較を試みよう85。ひとり親世帯の相対的貧困率を国際比較すると、我が国や韓国の高さが際立っているが、幅広い年齢層で離婚を選択する夫婦が増えていることを踏まえれば86、ひとり親世帯の相対的貧困率が高い場合、夫婦が希望する出生数の下押しとなる可能性が考えられる(第2-2-19図(2))。また、出産後に負担が見込まれる費用を考慮するとの観点から、教育段階全般を通じた教育費の公的部門の負担割合をみると、我が国や韓国ではOECD諸国平均と比較して低い(第2-2-19図(3))。政府では、社会全体で子ども・子育てを支えていくという意識を醸成していく必要性を強く認識し、ライフステージを通じた子育てに係る経済的支援を強化するという方針の下、少子化対策全体の予算を積み増す方針としている。ひとり親の支援策としては、ひとり親の雇い入れ、人材育成・賃上げに向けた取組を行う企業への支援を強化する方針としている。また、資格取得を目指すひとり親家庭の父母に対する給付金制度について、資格取得期間の短縮・対象資格の拡大など、幅広いニーズに対応できる制度とすることとしている87。個々の子育てに係る親の責任は変わらず重要であるが、子どもを含めた人口問題は社会の課題である。子どもが社会の持続に必須であることに鑑みれば、少子化の進行という現実に対して、こうした取組を通じて、子育て費用についての自助と公助のバランスを再検討する必要がある。
●結婚・出産を希望する人を後押しする社会的な気運を醸成していくことも重要
最後に、ここまで、各個人にとって子どもを持つことによる費用に焦点を当てて、いかに負担を軽減していくべきか、という観点から少子化対策に必要な論点を考察してきたが、子育ての喜びをより感じられるような温かい社会をいかに実現していくかという視点も同時に重要である。具体的には、マタニティマーク、ベビーカーマークの普及啓発のほか、公共交通機関での子ども連れ家族への配慮などの環境整備を進めること等を通じて、多様な主体が連携し、結婚・出産を希望する人を後押し、優しく包み込む社会的な気運を醸成していくことも重要であろう88。
コラム2-1 出生率を国際比較する上での留意点
東アジアと欧州で出生率の水準に違いがある点をみてきたが、法律や文化が大きく異なる国家間で出生率の水準や少子化対策の効果等を比較する上では、結婚・子育て事情や出産以外の人口動態の違いにも留意する必要がある。例えば、東アジアでは出産前の婚姻を前提とする慣習が根強いが、欧米諸国では我が国や韓国に比べ婚外子割合が高い(コラム2-1図(1))。これは、婚姻率の低下が出生率の低下に直結するという、我が国における結婚行動と出生行動のデータのつながりが、諸外国では必ずしも当てはまらないことを示している。また、出生率が高いフランスやスウェーデンでは婚外子の割合が高いが、これはフランスのパクス(PACS、連帯市民協約)やスウェーデンのサムボ(同棲)といった、結婚よりも関係の成立・解消の手続が簡略で、結婚に準じた法的保護を受けることができる制度があるためである。こうした国では婚外子の多くは安定的な非婚カップルの間に生まれる89。他方で、婚外子は、平均的にみれば貧困に直面し、特に父親との関係が希薄になりがちである国も存在しており90、婚外子が置かれる環境の面でも、国際的に大きな違いが存在するとみられる。
また、外国人住民割合をみても、欧米と比較すると、我が国や韓国は低くなっている(コラム2-1図(2))。我が国では、外国人住民の方が自国出生者よりも、出生率が低い傾向にあるが、諸外国では逆に外国人住民の方が出生率の水準が高い傾向がある91(コラム2-1図(3))。このように、外国人住民の割合やその属性の差が、各国の出生率全体に影響を及ぼしている。