第2章 家計の所得向上と少子化傾向の反転に向けた課題 第1節

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第1節 家計の所得向上に向けた課題

本節では、家計所得の現状を概観し、合わせてその向上に向けた課題を確認する。家計の主な稼得経路である労働所得については、賃金とその決定要因である労働需給や労働生産性との関係を確認する。次に、労働生産性を改善し、賃金を引き上げるための論点として自発的な労働移動の効果と促進・阻害要因を分析する。さらに、雇用者全体の勤労から得られる総雇用者所得を引き上げるための論点として、副業・兼業を希望する者による本業以外での追加的な労働、女性や働く意思・体力のある高齢者の活躍を促すために必要な課題も整理する。最後に、家計にとっての労働所得以外の稼得経路である資産所得については、我が国家計の資産保有構成を確認した上で、「貯蓄から投資」を推進することにより期待される効果を分析する。

1 労働需給と賃金の動向

本項では、足下で企業の人手不足感が高まっていることを踏まえて、労働需給や生産性と賃金の間の長期的な関係性や、足下の変化について考察する。

労働需給の引き締まりにより、賃金には上昇圧力が生じてきた

2023年の春闘では、2022年の堅調な企業業績に加えて、物価高に直面する雇用者への配慮や、深刻化する人手不足への対応など様々な要因によって約30年ぶりの高い賃上げとなった。景気回復を持続させるためには、こうした賃上げを一過性のものにとどめずに、来年以降も構造的に高い賃上げを実現していくことが重要である。特にコロナ禍からの回復を受けて企業の人手不足感は高まっており、今後の賃上げの流れを後押しすることが期待される。そこでまず我が国の賃金と労働需給の関係性から、足下の動向を整理する。

賃金の基本的な決定要因の一つとして、労働市場における需給が挙げられる。労働需給が引き締まれば賃金上昇率が高まるという関係性は、賃金版フィリップスカーブと呼ばれている。労働需給の緩み(スラック)を示す指標としては、有効求人倍率や就業率など複数の指標が存在するが、ここでは完全失業率を採用する。我が国の過去30年の完全失業率と名目賃金上昇率との関係をみると負の相関関係、すなわち完全失業率が低下するほど、名目賃金上昇率が高まる関係が観察される(第2-1-1図)。前掲第1-1-8図のとおり、2012年以降、我が国の完全失業率は低下傾向が続いており、こうした労働需給の引き締まりは賃金上昇率を押し上げ続けていると考えられる。

他方、労働需給の引き締まりが賃金に与える影響は弱まっている(賃金版フィリップスカーブがフラット化している)という指摘があるほか3、名目賃金上昇率には、労働需給以外の変数も影響を及ぼしていると考えられる。そこで、先行研究における定式化を参考に、労働需給が賃金に与える影響の時系列方向の構造変化の可能性も織り込みつつ、労働需給だけではなく、予想インフレ率(適合的予想形成を前提に物価上昇率の実績で代用)と労働生産性を説明変数に加えた賃金関数を推計する4

推計結果をみると、労働需給が名目賃金上昇率に及ぼす影響は、1990年代以降に着目すれば、近年になっても大きく変化していないことが分かる(第2-1-2図(1))。具体的には、今回の推計では、構造変化検定の結果に従い、2013年以降5について失業率のパラメータをそれ以前と区別して推計しているが、2013年前後での失業率の係数には統計的に有意な変化が見られない。

この関係式を用いて名目賃金上昇率の寄与度分解を行うと、2008年のリーマンショックや、2020年の感染症拡大による労働需給の緩和が名目賃金を下押しした一方、趨勢的には労働需給が引き締まる中で賃金を押し上げてきたことがわかる(第2-1-2図(2))。他方、労働生産性の上昇率が2010年代に低迷したこともあり、労働生産性の改善が名目賃金を押し上げる寄与が低下していることがわかる(第2-1-2図(3))。後述するように、賃金上昇を構造的なものへと変えていくためには、労働生産性の引上げが重要である。

マクロでみた労働需給や生産性と賃金の関係について、業種別のデータからも確認することを目的に、業種別の欠員率(充足されない求人の割合)と労働生産性、販売価格判断DIといった説明変数を含む業種別パネルデータを用いた賃金関数を推計した6第2-1-3図)。結果をみると、欠員率が高まり人手不足が深刻になるほど、労働生産性が高まるほど、販売価格DIが価格上昇方向に変化するほど、当該業種の賃金上昇率が高くなる7。本推計は、2013年以降のデータを用いているが、労働需給の代理変数である欠員率は、マクロの推計結果と同様に、統計的に有意に賃金上昇率に影響を及ぼしている。

これらの推計結果から、コロナ禍以降、失業率は低下傾向、欠員率は上昇傾向にあることから、こうした労働市場の需給のひっ迫は賃金上昇率を押し上げる要因として、一定程度寄与していることがうかがえる。

女性・高齢者等の労働市場への流入鈍化が賃金上昇につながる可能性

これまでの賃金動向を振り返ると、2010年代は景気の緩やかな回復に伴い、労働需要が増加傾向にあり、労働需給も引き締まり気味で推移した。しかし、労働供給面をみると、女性・高齢者のパートタイム労働者など相対的に賃金の低い労働者の参入を伴ったことから、賃金の伸びは需給の引き締まりにも関わらず、緩やかとなった。以下ではこうした動向を振り返るとともに、足下の動向を整理する。我が国の総人口は2008年をピークに下落に転じているが、就業者数は2013年から2019年まで増加傾向にあった(第2-1-4図(1))。特に、2010年代は、女性8や高齢者9の労働参加が推進され、相対的に労働時間が短く賃金の低いパート・アルバイトの雇用形態の増加につながった(第2-1-4図(2)、(3))。さらに、外国人労働者も増加してきた10第2-1-4図(4))。在留資格別には、相対的に賃金の高い「専門的・技術的分野の在留資格」も増えていたが、その他の在留区分においてもコロナ禍前から増加傾向が明らかであった11。女性・高齢者・外国人労働者の就業先をみると、相対的に賃金の低い「宿泊、飲食サービス業」や「その他サービス業」の割合が高いことに加え、これらの業種の中でも、全就業者平均と比較して、女性・高齢者・外国人の賃金水準は低い傾向にある(第2-1-5図(1)、(2))。こうしたデータが示すように、2010年代に労働市場への参入が進んだ労働者は、賃金水準が低い傾向にあったと考えられる。

人数の多い「団塊の世代」が75歳超の後期高齢者となり、継続就業が難しくなることや、女性の年齢別労働力率にみられた「M字カーブ」も解消されつつあることから12、今後は追加的な労働供給余地が低下していくと考えられる。こうした労働供給余地の低下は、我が国経済が、追加的な労働供給に対して必要となる賃金の上昇率が高まりやすい状態(労働供給の賃金弾力性が低下した状態)へと移行することを示唆している。

外国人労働者についても、感染拡大後は増勢の鈍化がうかがえる(前掲第2-1-4図(4))。政府の有識者会議において13、外国人との共生社会の実現を念頭に置いて、技能実習制度と特定技能制度の見直しの議論が行われている。経済的要因による外国人労働者の参入がこれまで同様に続くか否かは不確実であるが、外国人材の増加が我が国の労働需給に及ぼす影響には引き続き注視が必要である。

実質賃金への交易条件の影響を踏まえると、労働生産性の引上げが重要

以上みてきたように、人口動態の影響により、賃金が上昇しやすい局面に入る可能性が示唆されるが、企業が高まる賃金の原資を確保していくという観点からは、労働生産性の改善が重要である。そこで、実質賃金(時間当たり)の変動を、労働生産性、労働分配率、交易条件、海外からの所得の純受取に要因分解してみよう(第2-1-6図)。足下の大きな動きとして、2021年後半~2022年にかけて、エネルギー・食料を中心とした輸入物価の上昇を背景にした交易条件の悪化が、実質賃金を下押ししている点が指摘できる。また、企業収益が堅調に回復する中にあって、労働分配率要因も2021年以降は緩やかに下押し幅を拡大している。この間、海外からの所得の純受取は緩やかにプラス方向に寄与を拡大させているものの、労働生産性要因は、2000年から2017年頃にかけて改善傾向で推移した後、改善ペースが鈍化した状態で推移している。

エネルギー輸入国である我が国は、資源価格が高騰する局面で交易条件の悪化が実質賃金の下押しに働くことは避けられない。中長期的にはエネルギー輸入依存度を下げていくことが肝心であるが、あわせて、実質賃金の上昇率を高めていくには、人的資本投資の強化や労働移動の活性化を通じた労働生産性の引上げを図ることが重要である。また、2023年の春闘では大幅な賃上げでの労使交渉の妥結が多くみられたが、来年以降も人手不足や価格転嫁の進展を踏まえた賃上げの継続が期待される14

2 労働移動とその効果

前項では、労働供給の側面から我が国の賃金は上昇しやすい局面に入りつつある可能性を議論した上で、労働生産性を上昇させる重要性を確認した。構造的な賃上げを実現していく手段の一つとして、人材の適材適所を推し進めながら、成長産業の雇用が拡大していくように円滑な労働移動を促し、労働生産性を高めていくことが考えられる15。ここでは転職市場の動向と、労働移動が、労働者の賃金や働くモチベーションに与える効果について考察する。

感染拡大後に若干弱まった正規間転職には持ち直しの動き

まず、労働移動の状況を確認する。労働移動の多寡には様々な指標が存在するが、以下の分析では主に転職者割合を用いる。具体的には、総務省「労働力調査」を用いて、過去1年以内に勤め先を変えた者が就業者全体に占める割合を転職者割合と定義する。2012年以降の転職者割合をみると、2019年にかけて緩やかに上昇した後に、2020年から2021年にかけて低下し、2022年入り後は横ばいで推移しており、全体としては活発な状況にあるとは言い難い(第2-1-7図(1))。ただし、転職者割合を年齢階級別にみると、25~34歳の若年層や、定年後の世代にあたる65歳以上では2022年入り後に持ち直しの動きがみられている。

次に、労働移動の内訳をみるため、主要な就業形態である正規雇用者・非正規雇用者・自営業者別に、同じ就業形態内及び異なる就業形態間の移動の動向をみる。正規間転職は2010年代には緩やかに増加傾向にあったほか、非正規雇用の正規化の動きは同期間に横ばい傾向で推移したが、2020~2021年にかけて、これらの動きは若干弱まった(第2-1-7図(2))。2022年以降は、正規間転職では持ち直しの動きがみられており、既にコロナ禍前の割合を超えている。こうした労働移動の回復が、雇用者の処遇改善につながっていくことが期待される16。他方、非正規雇用者の正規化の動きは感染拡大前と比較すると低い水準にとどまっている17

エンジニアなどの相対的に賃金水準の高い職種の求人倍率が高い

2022年以降、正規間転職が活発化している状況について、具体的にどのような職種で転職人材の需給がひっ迫しているのか確認していく。民間転職サイトにおける転職求人倍率の推移をみると、2021年半ば以降は、全体として上昇が顕著となっているが、特に転職求人倍率の水準が高いのは、「エンジニア(IT・通信)」や、「企画・管理」といった職種となっている(第2-1-8図(1))。次に、同サイトの求人情報を独自に集計し、職種別にみた募集賃金の分布を比較すると、「エンジニア(IT・通信)」や、「企画・管理」といった、求人倍率が特に高まっている職種で高い傾向が確認できる(第2-1-8図(2))。これらの情報を踏まえると、2022年以降の転職市場で特に労働需給がひっ迫している職種は相対的に専門性の高い技能が求められ、賃金が高い職種であると整理できる。

転職活動は中低所得層で相対的に活発だが、徐々に広がり

我が国の転職活動は、どのような属性の個人で活発なのであろうか。ここでは総務省「就業構造基本調査」を用いて、男女別に、年収・年齢のクロスで、有業者に占める過去1年間の転職者の割合を一覧できるヒートマップを作成した(第2-1-9図(1)、(2))。これをみると、第一に男女ともに中低所得層(有業者全体の所得の第I~第III五分位)で転職が活発な傾向にあること、第二に男性の25~34歳や女性の25~44歳の年齢帯において、年収が800万円を超える高所得層でも転職がやや活発な傾向にあることが分かる。第三に、2017年調査と2022年調査を比較すると、所得の第I~第II五分位の転職者割合がやや低下している一方で、第IV~第V五分位では転職者割合が徐々に高まっていることがわかる。

相対的に低所得な層ほど転職割合が高く、この背景としては契約期間が短い雇用形態である場合が多いことや、労働市場により良い条件の求人が多いこと等が考えられる。こうした中で、前掲第2-1-8図でみたような、比較的高スキルで高賃金な職種への求人の増加を受けて、転職活動が比較的所得の高い層へ広がっているものと考えられる。

正規雇用者の自発的な転職や非正規雇用者の正規転換は賃金にプラス

次に、こうした労働移動が雇用者の所得に及ぼす効果を検証する。転職者のうち所得が上昇した者の割合に関する調査は存在する18。しかし、所得に及ぼす転職の効果と言う場合、個々の労働者が転職をする場合としない場合で、どの程度賃金の伸びに差が生じるかをみることが望ましい。このため、おおむね同質とみなせる労働者について、転職した者と転職しなかった者の組合せを作り出し、その後の動向を比較する方法が有効である19。例えば、転職者が比較的若年層に多いとすれば、こうした雇用者の賃金は転職をしなかったとしても、全年齢平均の賃金の伸びを上回って推移する傾向があると考えられ、仮に転職後の賃金が上昇していたとしても、それが転職による上昇であるかは自明ではない。そこで、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いて、正規雇用者の転職者のうち、処遇などの労働環境の改善を目的に自発的に転職した「環境改善目的転職者」と、非正規雇用者の転職者のうち雇用形態を転換し正規雇用者となった「正規転換者」に着目し、こうした属性の転職者の年収が、年齢や学歴などの属性が近いが転職しなかった者と比較してどのように推移しているのか統計的に検証する。

まず、正規雇用者の「環境改善目的転職者」については、処置群(環境改善目的転職者)と対照群(属性の近い非転職者)の転職前年から転職翌年にかけての年収の伸び率は、処置群が対照群を上回り、2年累計の転職効果は2%ポイント強と推計された(第2-1-10図(1)<1>)。

次に、非正規雇用者の「正規転換者」の結果をみると、処置群(正規転換者)と対照群(属性の近い非転換者)の転換前年から転換翌年にかけての年収の伸び率は、処置群が対照群を上回り、2年累計の正規転換による転職効果は9%ポイント程度と推計された(第2-1-10図(1)<2>)。

これらの分析により、正規雇用者の「環境改善目的転職者」と、非正規雇用者の「正規転換者」のいずれも、仮に転職しなかった場合と比べると、統計的に有意に年収の伸び率が高まる傾向が確認されており、自発的な転職が雇用者の賃金上昇につながることが期待される。

正規雇用者の自発的な転職は、自己啓発を伴う場合に賃金上昇効果が大きい

さらに、同じ分析フレームワークを用いて、リ・スキリングを伴った場合に、転職の効果がどのように変わるのか分析を行った。厚生労働省(2022)においても、本章と同じ「全国就業実態パネル調査」を用いた分析により、転職の準備として自己啓発を行った者の方が、賃金が増加する確率が高いことが示されている。こうした先行研究も踏まえて、正規雇用者の「環境改善目的転職者」のうち転職前に自己啓発を行った者の転職効果を推計すると、非転職者対比で5%ポイント強となっており、「環境改善目的転職者」全体の伸び率よりも高くなっている20第2-1-10図(2))。

こうした結果を踏まえれば、成長性の高い産業・企業や、自身の適性により合った仕事への移行を促すために、労働者のリ・スキリングの支援強化を労働移動の活性化と同時に行うことが、社会全体の構造的な賃上げ環境を構築する上で重要である。

転職によってモチベーションや、キャリアへの自己肯定感等も改善する傾向

転職による就労環境の変化は、賃金だけではなく、労働者のマインド面にも大きな影響を与えると考えられる。そこで、労働者のマインド指標の変化を、転職者と非転職者の間で比較する。ここでは、正規雇用者を対象に、環境改善目的転職者と、転職目的を問わない全転職者のマインド指標の変化を、非転職者と比較する(第2-1-11図)。

結果をみると、<1>現職へのモチベーションに関する指標(「仕事そのものに満足している」「生き生きと働くことができている」)、<2>キャリア全体に対する自己肯定感(「今後のキャリアの見通しが開けている」「これまでの職務経歴に満足している」)、<3>職場や家庭での対人関係の悩み(「職場の人間関係に満足している」「仕事と家庭の両立ストレス」)と、幅広いマインド指標において、転職後に統計的に有意な改善傾向が確認される。なお、転職目的を問わず、非自発的な場合も含む転職全体であっても、環境改善目的転職の場合と同様に、非転職者対比でマインド指標は幅広く改善する傾向がある。

この結果を踏まえれば、転職が、働くモチベーションの向上に加え、働き手のマインド改善を通じて労働生産性を高めるのであれば、企業側からみても平均的に収益性の改善に資する効果が示唆される21

在職中のリ・スキリング支援、配偶者の就労や資産収入、転職経験が転職にプラスの影響

ここまで転職の持つプラスの側面を検証してきたが、本項の最後に、雇用者の置かれている環境に着目し、どのような要因が自発的な転職を阻害・促進する要因となり得るのか検証を加える。この問題意識についても、厚生労働省(2022)で「全国就業実態パネル調査」を用いた分析がされており、男性では、子どもがいる場合や、正社員・中堅層である場合に転職に踏み切りにくい可能性が示されている。ここでは、この先行研究も参考にしつつ、世帯の主稼得者を対象22とし、転職の阻害・促進要因と考えられる複数の変数を追加し、自発的な転職の有無を被説明変数とするロジットモデルを構築し、各要因が転職確率に与える影響をみた。

その結果と含意については次のとおりである(第2-1-12図)。第一に、子どもがいる場合には転職確率が下がる。世帯属性別にみると、配偶者なし世帯では転職確率が高く、逆に言えば家族と住む場合に転職確率が下がることが示唆されるが、さらに子どもがいる場合に転職確率が下がる結果となっている。すなわち、転職に伴う所得面等のリスクを家族、特に子どもと共有することを忌避する主稼得者が多いことが示唆される。第二に、主稼得者の労働収入以外でも生活費の賄い先がある場合(配偶者に収入がある場合や、家賃・地代収入・利子・配当金がある場合等)に転職確率が上がる。これは、主稼得者の労働所得以外に安定的な収入がある場合に、それが生活のセーフティネットとして機能することから転職に踏み切りやすくなる可能性を示唆している。第三に、転職経験がある場合に転職確率が上がる。求職・求人の情報を集約し、キャリアコンサルタントが働く者のキャリアップや転職の相談に応じられる体制の整備等を行うことで、転職希望者を後押しすることも重要である。第四に、自己啓発を行っている者は転職確率が上がる。前掲第2-1-10図のとおり、自己啓発は転職に伴う賃金上昇効果も高めることが確認されたが、転職確率そのものを引き上げる上でもリ・スキリングの支援が効果的である。

こうした結果を踏まえると、在職者への学び直し支援策について、個人への直接支援を拡充することや、自己都合での失業者への迅速な給付金の支給23などによって、所得面での落ち込みを抑えながら転職希望者を後押しすることが有効である可能性が示唆される。政府は5年間で1兆円の支援パッケージを用意し、在職者のリ・スキリングの受講割合を高め、業種・企業を問わずに個人が取得したスキルの履歴を可視化する仕組みの推奨を図る等、個人への直接支援を拡充する方針としている。こうした取組は、転職や副業・兼業を受け入れる企業への支援とあいまって、自発的な転職を後押しすることが期待される。さらに、女性活躍の推進・資産形成の後押しにより家計が所得を得る経路を広げることや、子育て費用の負担を軽減することも転職を促す上で効果を有する可能性が示唆されている24

3 追加就業希望の実現に向けた課題

家計の労働所得の向上には、追加的に働く時間的・能力的な余地があり、それを希望する者の活躍を促す視点も重要である。また、少子高齢化に直面する我が国では、こうした取組により労働力を確保していくことは喫緊の課題である。ここでは、副業・兼業による本業以外での追加的な労働、高齢者や女性の更なる活躍という各テーマについて課題を確認していく。

追加的な労働供給を望む人口は男性で約370万人、女性で約470万人存在

まず、潜在的な労働力について議論を始める出発点として、我が国において追加的な労働供給を望む人口がどの程度存在するのかを確認する。一つの試算として、<1>既に職についているが就業時間の増加を希望する者(就業時間増加希望者)、<2>職に就いていないが職探し・事業を始める準備をしている者(完全失業者)、<3>職に就いておらず職探し・事業を始める準備もしていないが就業希望を持っている者(就業希望非労働力人口)、の3カテゴリーに属する者を「追加就業希望者」と呼ぶことにする。追加就業希望者の推移をみると、男性では2002年には約630万人存在していたが、2008年秋のリーマンショックによる一時的な上昇がありながらも、減少傾向をたどっており、2022年には約370万人となっている(第2-1-13図(1))。女性についても同様に、2002年に約810万人存在した追加就業希望者は、その後減少傾向にあり、2022年には約470万人程度となっている(第2-1-13図(2))。すなわち、いずれも長期的には減少傾向にあるが、男女合計した追加就業希望者は約840万人と相当な規模に達する。

追加就業希望者を構成カテゴリー別に子細に見ると、完全失業者数は反景気循環的に動いており、2012年~2019年は減少傾向で推移し、2020年の感染拡大により増加した後に、2022年は景気の回復を反映して減少している。他方、就業時間増加希望者数をみると、女性の短時間労働者は感染症による経済活動の停滞以前の2017年を底に、女性の一般労働者と男性の短時間・一般労働者では2018年を底に増加へ転じていた。この間、就業希望非労働力人口は2014年以降のトレンドに大きな変化は生じずに、感染拡大以降も減少を続けており、2022年には過去最低水準になっている。

若年層で副業・兼業は活発化、その収入も幅広く増加

次に、就業時間増加希望者が更なる労働供給を実現する手段のひとつとして、副業・兼業に注目したい。副業・兼業の実施割合を、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いて確認すると、男女ともに多くの年齢層において、感染拡大前後でみて横ばいとなっているが、男性の29歳以下では2019年から2021年にかけて大きめに上昇しているほか、女性の同年齢帯においても2017年対比とやや長い目でみれば、2021年にかけて上昇している(第2-1-14図(1))。これらを総合してみると、若年層で徐々に副業・兼業が活発化していると評価できる。

さらに、副業・兼業から得られる年収の推移をみると男性では30代・40代で増加しているほか、女性についても29歳以下や30代・50代などの幅広い年齢層でも振れを伴いながらも緩やかに増加している(第2-1-14図(2))。実際、副業・兼業を実施して感じられたことに関するアンケート調査の結果をみても、4割強の実施者が「本業からの収入に追加して副収入が得られた」と、追加的な労働による収入増加を実感している(第2-1-14図(3))。さらに、約3割が「時間を意識し、効率よく仕事を進められるようになった」、3割弱が「新しい視点、柔軟な発想ができるようになった」「新しい知識やスキルを獲得できた」と回答しており、単に追加的な労働供給希望を実現しているだけではなく、自身の仕事の質が向上し、生産性が改善していることを示唆する回答をしていることも注目に値する。

副業・兼業の実施割合は中間の所得層で低い傾向

副業・兼業の実施割合はどのような労働者の属性で高いのか、詳細にみてみよう。ここでは、総務省「就業構造基本調査」を用いて、転職実施者の属性を確認した前掲第2-1-9図と同様の手法を用いて、男女別に、本業年収・年齢のクロスで、就業者に占める副業・兼業実施者の割合を一覧できるヒートマップを作成した(第2-1-15図(1))。これをみると、副業・兼業実施者の割合は、年収別には男女ともに200万円未満の低年収層と1,000万円を超える高年収層で高く、年齢別には男女ともに65歳以上の高齢者で高くなっている。副業・兼業の実施は、兼業農林漁業従事者に多くみられ、65歳以上の高齢者の実施割合が高い背景になっているとみられる。また、雇用主からの制限が課されにくいパート・アルバイト労働者や、病院を掛け持つことが多い医師などの高収入な専門職や経営層で副業・兼業の実施割合が高くなっており、年収別にみた副業・兼業の実施割合がU字型に観察される要因と考えられる25第2-1-15図(2))。

すなわち、現役世代の中間的な年収層(有業者全体の所得の第III~第IV五分位)では副業・兼業は活発ではないと言える。2022年と2017年では、こうした分布の形状に大きな変化は生じていないものの、600~699万円の所得階層以下では、全体として副業・兼業実施者割合が高まっており、中低所得層において副業・兼業が徐々に浸透し始めていることもうかがえる。これまでは、職務専念義務、機密保持義務、競業避止義務を雇用主が懸念する等の実態から、副業・兼業の普及は抑制されてきた26。また、労務管理が雇用主・雇用者の双方で煩雑になることが見込まれるほか、雇用者側でも条件に合う副業を見つけられない者も多く、普及の壁となっており27、社会全体での成功事例や課題克服の経験の共有、ガイドラインの普及等を進めていくことが重要である。政府は、副業・兼業に人材を送り出す、また受け入れる企業への専門家経費や仲介サービス利用料等の一部を助成する「副業・兼業支援補助金」を設定しており、こうした取組を通じて、副業・兼業が後押しされることが期待される28

副業・兼業は実施者の年収変化率を20~30%ポイント程度引き上げる効果

副業・兼業を新たに実施した者は、それ以前と比べて収入がどの程度高まる傾向にあるのだろうか。前述の転職実施による年収増加の推計(前掲第2-1-10図)と同様の分析スキームを用いて、副業・兼業の実施が収入に与える効果を分析する。すなわち、副業・兼業を実施している者の副業・兼業開始後の合計年収の推移を、年齢や学歴・本業の業種などの点でおおむね同質とみなせる労働者で、かつ副業・兼業を開始していない者の年収の推移と比較する29

結果をみると、正規雇用者では、処置群(副業・兼業の実施者)の合計年収の伸び率は、対照群(属性の近い副業・兼業の未実施者)と比較して、副業・兼業の前年から開始1年目にかけて15%ポイント程度、2年目では20%ポイント程度高い傾向がある(第2-1-16図(1))。非正規雇用者では、この押上げ効果は更に大きくなっており、副業・兼業の開始1年目では25%ポイント程度、2年目では30%ポイント程度となっている。

こうした年収の増加は、直感的には副業・兼業の実施による総労働時間の増加に起因していると考えられるが、前掲第2-1-14図(3)のアンケート調査の結果を踏まえれば、労働生産性が改善し30、時給ベースでみても押上げが生じている可能性も否定できない。そこで、上記と同じ検証を、年収ではなく時給を対象に試みる31。その結果、処置群(副業・兼業の実施者)の時給の伸び率は、対照群(属性の近い副業・兼業の未実施者)と比較して、副業・兼業の開始1、2年目ともに統計的に有意な差は生じていない。したがって、上述した正規雇用者の年収増加は、時給ではなく労働時間増加に依存していることが示唆される(第2-1-16図(2))。

高齢者雇用を推進する上で、短時間勤務が可能なタスクの創出は重要

高齢者雇用の推進も我が国の重要な政策課題である。我が国では、前掲第2-1-4図でみたように、高齢者の就業者数はこのところ増勢が鈍化しているが、高齢者の年齢階級別にみた就業率でみると目立った増勢鈍化はみられておらず(第2-1-17図(1))、高齢者の中での65歳以上や70歳以上の割合が高まるなど、就業率の低い年齢階層に人口の重心が移動することにより、全体の労働供給ペースが鈍化している(第2-1-17図(2))。

この現状を踏まえれば、65歳を超えても就業を希望する高齢者の継続雇用の努力を企業側に促すことに加え、より本質的には短時間でも活躍できるタスクを社会の中で創出していくことが重要である。年齢階級・職種別に、2012年から2022年にかけての就業者の伸びを寄与度分解すると、高齢者では特に「サービス職業」や「運輸・生産等」の増加が顕著であり、こうした職種ではタスクの分割による短時間労働者の雇用が比較的生まれやすかった可能性がある(第2-1-17図(3))。後述するとおり、男女間賃金格差の解消の鍵として、ジョブ型雇用の推進による長時間労働プレミアム(長時間勤務が可能な労働者の賃金の伸びが高まる傾向)の削減があるが、この取組は、現役世代と比較して長時間労働が困難である場合が多い高齢者の更なる活躍の観点からも、有効である可能性が示唆される。

正規から非正規に転換する高齢労働者のマインド指標に大きな悪化はみられない

高齢者雇用の推進の観点からは、能力や体力に応じた多様な労働参加の形が確保されることが重要であるが、現状では柔軟な働き方ができる非正規雇用へ転換している高齢者が多いことを踏まえれば、こうした変化の中でモチベーションを維持して働き続けられる社会を築くことも重要である。そこで、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いて、59歳~74歳でかつ就業上の身分が、正規雇用から非正規雇用に転換した労働者のマインド指標の変化をみると、「自分で仕事のやり方を決めることができる」という仕事の裁量を示す指標が統計的に有意に低下しており、正規雇用が継続していた者との対比が顕著である(第2-1-18図)。他方で、「生き生きと働くことができている」というモチベーションに関わる職務への満足度は平均的にみれば統計的に有意に改善しており、その他の指標をみても、統計的に有意ではないがプラス方向の変化が多くみられ、非正規転換により自らの権限が低下し給与が減少する中でも、高齢者の労働意欲に関連する指標は全体として顕著な悪化がみられない32。先行きについても、高齢者が働き甲斐を感じられる就労環境を整備していくことが重要である。

4 女性の能力発揮と男女間賃金格差是正に向けた課題

労働時間・勤続年数では説明できない男女間賃金格差が存在

高齢者と並んで、希望する女性の更なる労働参加を支援することは重要な政策課題であり、その際、女性がその能力を最大限発揮できる就労環境を整備することが不可欠である。そのためには、例えば、いわゆる「年収の壁(106万円・130万円)」を意識せずに働くことができるように、支援強化パッケージを本年中に決定した上で実行し、さらに、制度の見直しに取り組むことが重要である33。また、女性が能力を最大限発揮できる環境整備が進めば、労働時間、時給、管理職割合など様々な面での男女間格差は縮小すると見込まれるが、我が国では現状、男女間格差が大きく課題も多い。

まず、2022年の年齢階級別に男女の年収差をみると、最も差が小さい20~29歳の年齢階級でみても、女性の年収は男性対比で約22%低く、この差は年齢が上がると拡大する傾向にあり、30~39歳では約36%、50~59歳では約43%低くなっている(第2-1-19図(1))。こうした年収差は、女性の方が男性よりも労働時間が短いだけでなく、女性の時給が男性よりも低いことにも起因している(第2-1-19図(2)、(3))。

時給の男女差が生じる背景としては、就業上の立場に注目すると、第一に、女性の方が正規雇用の割合が低く、特に年齢階級が上がるにつれてこの差が広がる傾向がある(第2-1-19図(4))。男性では、30~59歳の年齢階級における正規雇用割合は、8割強で安定しているが、女性では20~29歳の6割強をピークに、年齢階級の上昇に伴い低下する。第二に、管理職割合に大きな男女差がある(第2-1-19図(5))。管理職割合の男女差が、合理的な業績評価の結果に由来していれば、例えば、人的資本の蓄積量にも男女差が存在することになるだろうが、企業特殊的な人的資本を重視する我が国の企業では、勤続年数の長さが管理職割合に反映しているだけかもしれない。実際、男女間の勤続年数の差は年齢が上がるにつれて拡大しており昇進ペースの差の背景である可能性がある(第2-1-19図(6))。さらに、勤続年数を揃えてみても、月給ベースで男女間賃金格差が残る下で、管理職割合にも大きな男女差が残っている(第2-1-20図(1)、(2)、(3))。

このような男女間賃金格差は業種別にみても幅広く観察される(第2-1-21図(1))。しかし、相対的にみると、運輸・郵便業や、その他サービス業のように、係長以上の中間管理職割合が低い(従って管理職割合の男女差も小さい)産業では小さい(第2-1-21図(2))。一方、建設業や製造業では男女間賃金格差が大きくなっている。

こうした男女間賃金格差は、女性の正規雇用者が増加傾向にある中で徐々に縮小傾向にあるとみられ(前掲第1-1-7図)、縮小の動きを後押ししていくことが重要である。また、2022年から男女間の賃金の差異に関する情報の開示が義務化されたことも、男女間賃金格差の是正を加速させることが期待される。以下では国際的に見て我が国で男女間賃金格差が大きい背景について考察を深める。

出産後の女性の労働所得減少の緩和が重要

男女間賃金格差は国際的に観察される事象であるが、その中でも、我が国は賃金格差が大きい国の一つである(第2-1-22図)。先行研究では、出産という女性に特有のライフイベントに伴う労働所得の減少──本研究分野ではChild Penalty(チャイルド・ペナルティ)と呼ばれる──が、男女間賃金格差の背景にある可能性が指摘されてきた34

我が国では、男女間の家事・育児時間の偏りが大きいことにも表れているように、出産後の無償労働時間は、女性で増えやすい(第2-1-23図(1))。こうした中、全年齢平均と子供がいる女性の就業率の差は我が国で大きくなっており、出産を機とした離職は、女性の勤続年数が男性よりも短くなる一因になっている(第2-1-23図(2))。また、女性の育児休業の取得期間も諸外国と比較して長くなっている(第2-1-23図(3))。このように、出産を機に、女性の労働供給量が男性に比べ抑制されることで生じうる所得の減少や昇進の遅れは、女性にとってハードルである。さらに、出産を機としたキャリア中断が高い割合で発生することは、いわゆる統計的差別35を生み出す原因となり、女性から良い就業機会を奪っている可能性も考えられる。統計的差別により、労働供給や人的資本蓄積の機会が制約され、本来の能力を発揮できない女性を少なくするためにも、出産後の女性の労働所得減少の発生源を小さくすることが重要である。

メンバーシップ型雇用の下での長時間労働等が男女間賃金格差の一因の可能性

では、どのように出産後の女性の労働所得減少と、それによる女性の就業機会への悪影響を軽減できるであろうか。雇用政策の側面からこの問題を考えるヒントになる研究であるGoldin(2014)では、米国のデータを用いて、長時間労働に対する賃金プレミアムの違いが、職種ごとの男女間賃金格差につながっていることを指摘している。そこでは、引継ぎ・交代等の調整コストが大きく、代替要員を確保しにくい職業ほど長時間労働に対する賃金のプレミアムが高まるという仮説について、米国O-NETを用いて、検証している。すなわち、職業ごとの仕事の代替コストの大きさを数値化し(具体的には「スケジュールの自由度が小さいほど」「他者とのコミュニケーションを要するほど」「継続的な対人関係が前提となる業務であるほど」「仕事が雇用者に合わせて構築されているほど」「意思決定の裁量が大きいほど」、代替コストが大きく、長時間労働が求められやすいと仮定)、代替コストの高い職業ほど、長時間労働に対するプレミアムが生じて男女間賃金格差が大きくなる傾向を報告している。

日本型雇用システムの大きな特徴と言われるメンバーシップ型雇用は、職務・勤務地の限定のない雇用契約の下で、長期雇用を前提にゼネラリストを養成する制度となっており、海外でより一般的と言われるジョブ型雇用(定められた職務内容に対して人材を割り当てる制度)と比較すると、長い勤務時間の中で多種多様なタスクに対応できる者が重用されやすいシステムと言われる。我が国では、働き方改革の進捗もあり、平均労働時間でみると諸外国と比較して突出して長くはないが、長時間労働者の割合が依然として海外対比で高く、その背景にはこうしたメンバーシップ型雇用の下での長時間労働に対するプレミアムの存在がある可能性が高い(第2-1-24図(1))。また、こうした雇用形態の下では、企業特殊的な人的資本が重視される傾向があり、勤続年数の長さが年収の伸びに直結しやすい(第2-1-24図(2))。さらに、本人の同意のない転勤の発生割合も高く、そうした転勤に伴う居住地域コミュニティとの一時的な断絶や、単身赴任による家族生活への大きな影響といったコストもある36第2-1-24図(3))。

日本型の雇用慣行が、男女間の賃金格差につながる一例は、コース別雇用制度においてみられる。具体的には、長時間の残業・会社都合の転勤を求めるが、勤続年数の蓄積により管理職登用の道が前提となっている「総合職」と、そうした将来性は約束されていないがワークライフバランスが相対的に優れる「一般職」において、後者では女性の志望者が多い37。労働時間・勤務地に制約があり、勤続年数が短い傾向にある労働者38の賃金を相対的に上げていくためには、タスクの明確化と成果による業績評価を雇用体系の中で広げていくことも重要である。

現状、諸外国では8割以上の雇用者が採用に際し、職務内容について何らかの説明を受けているが、我が国では4割未満にとどまっているなど、職務内容が明確なポストが相対的に少ない(第2-1-24図(4))。ジョブ型雇用の拡大は、労働移動の活性化に必要な環境整備の文脈で論点となることが多いが、男女間賃金格差を縮小する観点からも重要である。

固定的な性別役割分担意識や無意識の思い込みも男女間賃金格差の一因

以上のように、雇用制度面を見直すことで、男女間賃金格差を一定程度縮小することは見込めるものの、我が国の性別役割分担意識も男女間賃金格差を生み出している可能性がある。修士・博士課程卒業者に占める女性割合でみても我が国では諸外国と比較して顕著に低い(第2-1-25図(1))。専攻分野の国際比較でも、我が国では理工系学部の卒業者では女性割合の低さが際立っている(第2-1-25図(2))。こうした教育達成度・専攻選択の差を背景に、理工系を中心とした専門領域の知見において、就業開始時点で男女差が生まれている可能性がある39。進路選択は、本人や家族の意思決定による部分が大きいと思われるが、その背後には、例えば「女性は文系向き」等といった固定的な性別役割分担意識や無意識の思い込みが、影響を及ぼしている可能性がある40。女性の能力発揮が阻害されないための意識の変革も重要であろう。

5 資産所得の引上げとその効果

家計の所得全体の引上げに向けて、ここまでみてきた労働所得に加え、2,000兆円に上る家計部門の金融資産からの資産所得を増やしていくことも重要である。本項では我が国の家計部門の金融資産の保有動向と、資産所得増加の効果について考察を行う。

我が国家計の金融資産は現預金に偏重している

政府は、家計の金融資産所得の拡大と、成長資金の供給拡大により、成長と資産所得の好循環を実現することを目的に、「資産所得倍増プラン41」を策定し、家計の資産形成の支援に取り組んでいる。

我が国の家計の金融資産2,000兆円は、半分以上がリターンの少ない現預金で保有されており、アメリカ・英国と比較して現預金の保有割合が高い(第2-1-26図(1))。こうした資産構成の差は、金融資産・家計収入の伸び率の差の一因となっている(第2-1-26図(2)、(3))。各年の可処分所得に占める財産所得の割合をみても、我が国はアメリカや英国の約半分となっている(第2-1-26図(4))。

こうした資産保有構造は、先行研究での議論も参考にすれば、金融知識の不足などを理由に、全てが合理的な意思決定の結果となっているとは言い難い42。実際、家計に対する金融庁の調査結果をみても、投資を行わない最も大きな理由として、4割弱が「余裕資金がない」と回答しているが、2割弱は「知識がない」を選択している(第2-1-27図)。

若年期からの資産形成が将来不安の軽減に結び付くことに期待

次に、経済環境の変化を踏まえた若年期からの資産形成の意義について考える。労働所得を取り巻く構造的な変化として度々指摘されるのが賃金カーブのフラット化である(第2-1-28図(1))。我が国においては、新卒一括採用・長期雇用を前提とした、年功型賃金制度の下で、若年期の賃金は本来の生産性よりも低く抑えられ、年齢が上がるにつれて賃金も徐々に上昇するという賃金カーブが観察される。ただし、出生年が後の世代ほど賃金カーブのフラット化が観察されている。このようなフラット化の特徴は、第一に年齢の上昇に伴う賃金の上昇度合が低下していること、第二にカーブの始点である20代の所得に幾分改善がうかがえることである43。第一の点にあるように、過去と比較すると年齢とともに賃金が上昇しにくくなっている中で、若年層の所得面での将来不安が高まっている。賃金の上昇期待の後退と併せて、少子高齢化が進行する下で国民負担率が高まっていることもあり44、若年層の貯蓄理由をみても、老後の生活不安を理由とする割合が近年急速に高まっている(第2-1-28図(2))。ここで第二の特徴である、ライフサイクルの中で20代の所得環境の改善がうかがえる点については、老後のために貯蓄に回せる度合いが、若年期ほど過去と比べて高まっているとみることもできる。これらを踏まえると、賃金カーブのフラット化とライフサイクルの早い段階での資産形成は親和性が高いと言える。

我が国では、2024年からNISAの抜本的拡充・恒久化45の見直しが予定されている。これにより、制度の予見可能性が高まり、制度がシンプルになることで、中間層を中心とする層の資産形成が更に促されることが期待されている。さらに「資産所得倍増プラン」の柱として、こうした資産形成を促進する制度の拡充・恒久化に加えて、消費者に対して中立的で信頼できるアドバイスの提供を促す仕組みの創設や金融経済教育の充実も掲げられている。また、顧客のニーズに応じた多様な金融商品の開発を促進していくことも重要であろう。こうした取組を通じて、将来不安を軽減し、各人のライフプランの下で豊かな人生を送れるように後押しすることが重要である。

資産形成によって、足下の個人消費も刺激される効果

最後に、国民資産の「貯蓄から投資」への移行を進めることによるマクロ経済への効果についても考えてみよう。ここでは、総務省「家計調査」の調査票情報を用いて、各世帯の消費支出に影響する様々な属性が一定とした上で、株式投資の有無が足下の個人消費に及ぼす効果を試算する。属性として具体的には、年齢階級・世帯人数(成人・子ども別)・可処分所得・貯蓄残高・持家の有無をコントロール変数として採用した。株式保有の有無が、世帯消費支出に影響を及ぼすメカニズムとしては、以下が考えられる。将来的な金融資産の時価上昇を見込めることによって、毎期の消費支出を増やす余裕が生まれる場合には、株式を保有していると平均消費性向が高まる可能性が考えられる。また、短期的な消費支出に回る割合が、資産所得と労働所得と異なっている場合には、配当収入の発生が可処分所得全体に対する平均消費性向に影響を及ぼす可能性も考えられる。

結果をみると、全ての年齢階級と株式投資ダミーの交差項において、係数は統計的に有意にプラスとなっており、株式投資を実施している世帯は同一属性の株式非保有世帯と比較して消費支出額が多いことが確認できた(第2-1-29図)。具体的には、年齢・可処分所得・保有資産・家族構成などの属性が同じ家計対比で、34歳以下では毎月の消費支出額が1万円程度多く、35~49歳では2万円程度、50歳以上では3.5万円程度多くなる傾向が確認できた46


(3)こうした賃金版フィリップスカーブのフラット化の背景について、日本では、女性・高齢者の弾力的な労働供給が増えたことによる賃金上昇の抑制や、名目賃金の上方硬直性、上下非対称な賞与の調整等の影響が指摘されている。例えば、平田他(2020)、尾崎・玄田(2019)、日本銀行(2018)等を参照。他方で、Muto and Shintani(2020)は、我が国ではアメリカ対比で名目賃金の硬直性が小さいこともあり、賃金版フィリップスカーブにおける労働需給と賃金の関係性は依然として有用な枠組みであると指摘する。
(4)詳細は付注2-1を参照。
(5)Quant-Andrews Testによる構造変化検定の結果、2012年12月から2013年1月の間で構造変化なしの帰無仮説が棄却されたことを踏まえて設定。
(6)固定効果を含めているため、業種間の各変数の水準差ではなく、同一業種における時系列方向の変数の変動による効果を推計している。詳細は付注2-2を参照。
(7)日本銀行(2023)では、このところ、労働需給に反応しやすい業種の賃金が相対的に大きく上昇していることを分析している。
(8)例えば、2016年に施行された女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号)は女性活躍に向け企業に行動計画の策定や取組状況の開示を求めた法律であり、2019年の改正(2022年4月施行)で対象企業の拡大や情報開示の強化が図られた。
(9)例えば、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和46年法律第68号)の改正により、65歳までの希望者全員の雇用が確保されるよう、継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが2013年4月から廃止された。
(10)例えば、技能実習生の在留期間が延長されたほか、転職や家族帯同を可能にする特定技能制度も新設された。
(11)厚生労働省「令和元年賃金構造基本統計調査」によると、我が国で働く一般労働者の定期給与は平均で35.5万円/月程度であるが、「専門的・技術分野の在留資格」の外国人は同34.8万円/月とおおむね同程度。他方で、「身分に基づく在留資格(定住者・永住者・日本人の配偶者等)」では同28.7万円、「技能実習(技術移転を通じた開発途上国への国際協力を目的に受け容れる労働者)」では同19.4万円と、その他の在留資格では軒並み外国人労働者の賃金は一般労働者の平均水準よりも低い(産業別にみた外国人労働者全体の賃金水準については後掲第2-1-5図を参照)。
(12)女性の年齢別就業率と、高齢者の就業率の時系列変化については付図2-1を参照。
(13)「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議中間報告書」(2023年5月11日)を参照。
(14)最低賃金の引上げも労働分配率を引き上げるための一つの政策手段である。最低賃金の引上げは、介入の影響を直接受ける最低賃金近傍の労働市場だけでなく、賃金水準が高い労働市場へのスピルオーバー効果も有しており、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2023)の2章では、最低賃金の引上げによる賃金分布の圧縮効果(相対的に賃金の低い雇用者の賃金を賃金の高い雇用者に近づける効果)が非正規雇用者の中で60%分位点まで及ぶことを指摘している。最低賃金の引上げによる大きな副作用として指摘されるのは、失業率の上昇であるが、我が国ではこれまで継続的に最低賃金を引き上げる中にあっても失業率に著変は生じていない。
(15)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2023)の2章では、OECD諸国のデータを用いて、労働移動が円滑な国ほど実質賃金が上昇しやすい傾向を示している。
(16)古川他(2023)は、足下の労働需給に感応的な傾向にある求人の募集賃金の伸びが、高スキル人材への需要拡大がけん引する形で、毎月勤労統計調査の正社員のストックでみた平均賃金の伸びをはっきりと上回っていることを確認している。
(17)短期的な振れの可能性もあり、傾向の変化として断定はできないものの、非正規雇用者の正規雇用者に対する比率が緩やかに低下していることに加え、不本意に非正規雇用にとどまっている雇用者の割合が徐々に低下していることが影響している可能性がある(付図2-2)。ここ数年の傾向として、男性・女性ともに「自分の都合のよい時間に働きたいから」と積極的な理由から非正規雇用を選んでいる者の割合が高まり続ける一方で、「正規の職員・従業員の仕事がないから」と消極的な理由から非正規雇用を選んでいる者の割合が低下傾向にある。
(18)例えば、株式会社リクルート「転職時の賃金変動の状況」や厚生労働省「雇用動向調査」では、転職により賃金が上昇した者の割合を把握する上で、有用な統計である。これらの動向については、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2023)の2章で分析している。
(19)こうした手法を、傾向スコアマッチングを用いた差の差分析(Difference in Difference、DID)と呼ぶ。ここでは、個人の属性を踏まえた環境改善目的転職・正規転換を伴う転職への至りやすさを傾向スコアとして算出し、実際に環境改善目的転職・正規転換を伴う転職を行った者(処置群)と傾向スコアが近しい非転職者(対照群)をマッチングし、属性が等しくなるように調整された両群間の賃金変化率を比較することで、環境改善目的転職や正規転換を伴う転職が賃金に与える効果を検証する。傾向スコアマッチングにあたっては、マッチングされた全てのペアに関して平均絶対距離が最も小さくなるように「最適ペアマッチング」を行っている。推計の詳細は付注2-3を参照。
(20)自己啓発の有無に関する回答があるサンプルに限定してDIDを実施しているため、「環境改善目的転職者」全体でみた転職効果が第2-1-10図(1)とは幾分異なっている。
(21)ミクロレベルで、我が国における雇用の流動性と企業業績の関係を分析した事例として山本・黒田(2016)がある。山本・黒田(2016)は、Abelson and Baysinger(1984)の最適流動性モデルで提示された、雇用の流動性と企業業績の間の逆U字の関係性(すなわち、雇用の流動性を高めることにはメリットもデメリットもあるため、最適水準を頂点とした非線形な関係性が存在するという理論)が、日本企業のデータでも当てはまることを確認した。そして、推計結果から算出される雇用の流動性の最適水準が、実際に日本において観測されるデータの平均値よりも高いことから、総じてみれば、日本企業は離職や中途採用のウエイトを高めることで、業績を向上させることができると指摘している。ここでの結果は、こうしたミクロ的な労働移動の効果に加えて、マクロの視点でみても、労働者のモチベーションが全体平均として改善し、社会全体の平均的な労働生産性の向上につながる可能性を示唆している。
(22)同アンケートで家計の主な稼ぎ手を「自分自身」と回答したサンプルのみを対象としている。
(23)失業後に速やかに失業給付が受けられる倒産や解雇などの会社都合の退職の場合と比べて、自己都合の退職の場合には受給資格決定後から原則2か月給付されない期間があるなど条件が厳しい。
(24)女性活躍の推進と資産形成支援については本節で後述するほか、子育て負担軽減については第2節の少子化対策の中でも分析対象としている。
(25)川上(2021)では、本業の年収が低い層では収入目的の副業・兼業実施割合が高く、年収が高い層では収入目的の割合が下がり、代わりにスキルの獲得を目的とする割合が高まる傾向を報告している。
(26)内閣府政策統括官(経済社会システム担当)(2023)によれば、企業から副業が明示的に許可されている雇用者は27.2%に過ぎない。勤務先が副業を許可しない理由については、「生産性や売上が落ちるから」が29.9%、「利益相反や情報漏洩を懸念しているから」が22.1%を占める。
(27)内閣府政策統括官(経済社会システム担当)(2023)によれば、副業に関する情報収集をしているが副業を行っていない者のうち、42%が「適当な副業が見つからない」ことを副業を行わない理由として回答している。
(28)株式会社リクルート(2022)で実施された企業の人事担当者へのアンケートによれば、副業・兼業人材を受け入れている企業のうち、14.6%が受け入れは業績・生産性の向上につながっていると回答しているほか、49.7%が受け入れはどちらかと言えば向上につながっていると回答している。こうした企業側にとってのメリットに対する認識もあり、同アンケートによれば、従業員の副業・兼業を認める制度がある企業の割合も、2020年以降、徐々に高まっている。
(29)こうした手法を、傾向スコアマッチングを用いた差の差分析(Difference in Difference、DID)と呼ぶ。詳細は付注2-3を参照。
(30)例えば、Panos et al. (2014)は、英国の家計パネル調査を用いて、本業と異なる副業を実施する場合の転職確率が高まることや、本業と異なる職種への転職が増える傾向を報告しており、副業の保有が新たな人的資本の形成に資する可能性を指摘している。
(31)同データベースでは、年間労働時間ではなく、調査対象週の労働時間しか把握できない。そこで、ここでの時給の試算にあたっては、調査対象週の労働時間を単純に年換算した値で年収を除す処理を実施している。そのため、推計値については幅をもって解釈する必要がある。また、こうした留保を踏まえて、各週の就業状況が比較的安定していると思われる正規雇用に限定した分析結果のみを掲載している。
(32)内閣府「令和元年度 高齢者の経済生活に関する調査結果」(60歳以上の男女3,000人を対象にしたアンケート)によれば、収入のある仕事をしている高齢者のうち、82.7%が現在の仕事に満足していると回答している。また、仕事をする理由を尋ねると「仕事そのものが面白いから、自分の知識・能力を生かせるから」「仕事を通じて友人や仲間を得ることができるから」「働くことは体によいから、老化を防ぐから」といった、金銭的な報酬以外を挙げる割合が49.8%に達している。
(33)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2023)の2章では、社会保障制度や企業の福利厚生制度が、世帯の非主稼得者(主稼得者の配偶者等)の就業時間調整のインセンティブを高めており、時給上昇の効果を一部相殺している可能性を指摘している。「こども未来戦略方針」(2023年6月13日閣議決定)においても、106万円・130万円の壁を意識せず働くことが可能となるよう、短時間労働者への被用者保険の適用拡大、最低賃金の引上げ、労働時間の延長や賃上げに取り組む企業に対する必要な経費の補助等に取り組む方針としている。
(34)Kleven et al. (2019a)は、デンマークの行政データを用いたイベントスタディにより、出産によるChild Penaltyは大きく一定期間粘着的であること、またChild Penaltyは男性では観察されず、専ら女性におけるペナルティ(Motherhood Penalty)として観測されることを示した。また、本研究では、人的資本の要因で説明できない男女間賃金格差のほぼ全てがChild Penaltyで説明できるとしている。Kleven et al. (2019b)は、同様の手法により、デンマーク以外の諸外国でも広くChild Penaltyが観測できることを示しているほか、Cortés and Pan (2020)は、アメリカにおける男女間賃金格差の多くがChild Penalty由来のものであることを示している。こうした先行研究を踏まえて、日本でも古村(2022)が、厚生労働省「21世紀成年者縦断調査」を用いてChild Penaltyを推計しており、男性では第一子の誕生後の労働所得の変化が確認されないが、女性では約-60%となり、出産から7年程度経過してもほとんど回復していないことが示唆されている。
(35)代表的なフェルプスの理論(Phelps(1972))によれば、性別や人種などの異なるグループ間で、各個人の労働生産性や仕事への定着率等、企業には観察できない平均的な資質に差があり、企業はその差の知識を持っていると仮定する。この場合、企業にとってグループ間の平均の違いを考慮して雇用や賃金を決定することが合理的であり、これにより平均資質の低いグループの中には実際の資質よりも低い評価が与えられることがあり、これを統計的差別と呼ぶ。統計的差別には、フェルプスの理論のほか、グループ間の平均の差ではなく分散の差に注目するエイグナーとケインの理論(Aigner and Cain(1977))など複数の変化形が存在する。詳しくは、山口(2007)を参照。
(36)例えば、中央大学大学院戦略経営研究科(2017)のアンケート結果によれば、転勤の制約のない社員の方が制約のある社員よりも明らかに役職が高いと回答した企業が約52.5%、転勤の制約のない社員の方が制約のある社員よりも高い傾向にあると回答した企業が25.3%であり、合計すると8割弱の先で転勤可否が昇進差に結び付いている。また、転勤の制約のない社員の方が制約のある社員よりも平均的な賃金水準が3割以上高いと回答した企業が24.2%、2割程度高いと回答した企業が33.3%、1割程度高いと回答した企業が20.2%であり、こちらも合計すると8割弱の先で転勤可否が賃金差に結び付いている。
(37)山口(2019)においても、「日本の管理職昇進率における男女格差の大きな原因になっているのは、男女別のキャリアコースだ。」と指摘されている。
(38)現状では、女性の方が出産を契機とした労働時間の減少や勤務先の変更が発生しやすいほか、子どもの学校関連のコミュニティへの参加も母親が中心となっていることを踏まえた評価であるが、こうした男女差自体も対応すべき課題である。
(39)浦坂他(2011)では、「日本家計パネル調査」を利用して、理系出身者と文系出身者の所得差を検討しており、男性・女性のいずれについても、理系出身者の方が文系出身者よりも所得が高い点を確認している。
(40)伊佐・知念(2014)は、小中学生を対象に実施された学力調査のデータを用いて、小学校の早い段階で形成される「女子=文系、男子=理系」という無意識の思い込みは、次第に、女性の数学の学力や意欲にも影響されるようになってくると報告している。
(41)2022年11月28日策定。家計の資産所得倍増に向けて、<1>家計金融資産を貯蓄から投資にシフトさせるNISAの抜本的拡充や恒久化、<2>加入可能年齢の引上げなどiDeCo制度の改革、<3>消費者に対して中立的で信頼できるアドバイスの提供を促すための仕組みの創設、<4>雇用者に対する資産形成の強化、<5>安定的な資産形成の重要性を浸透させていくための金融経済教育の充実、<6>世界に開かれた国際金融センターの実現、<7>顧客本位の業務運営の確保、の7本柱の取組を一体として推進していくとしている。
(42)木成・筒井(2009)では、日本の家計の危険資産保有比率(株式・債券・投資信託)は、アンケート結果を基に試算されるリスク許容度や期待収益率を使って求められる理論値よりも低くなっている可能性があり、知識程度(学歴)や銀行と比較した証券会社への信認の低さがこうしたかい離を説明するとしている。また、北村・中嶋(2010)では、民間WEBモニター調査のデータを用いて、30~40歳代の男性会社員が労働収入を得ている家計を対象に、株式投資の決定要因を分析し、金融や経済に関する基礎知識及び主観的な株式投資コストといった行動経済学的な要因が、年収や金融資産と同様に大きな影響力を持つことを確認している。
(43)例えば、正規労働者の男性であれば35~39歳時点の年収は1956~60年生まれと比較して直近コーホート(1991~1995年生まれ)では30万円程度低下(-8%程度)しているが、20~24歳時点の年収では1961~65年生まれと比較して直近コーホート(1996~2000年生まれ)では40万円程度上昇(+23%程度)している。
(44)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2023)の第2章を参照。
(45)個人投資家のための税制優遇制度であり、前身の一般NISAは2014年1月にスタートした。2024年からの新しいNISA制度の下では、第一に、非課税保有期間の無期限化と口座開設期間の恒久化が実現する。いずれも現行制度のもとでは期限が設けられていた。第二に、つみたて投資枠と成長投資枠の併用が可能になる。現行制度では、一般NISAとつみたてNISAのそれぞれに利用ルールが存在しており、一本化により煩雑さが軽減する。第三に、年間非課税投資枠が大幅に拡大される。年間非課税投資枠は、現行制度では、つみたてNISAで40万円、一般NISAで120万円の限度額が定められているが、新制度の下では、全体で360万円までとなる。また、年間非課税保有限度額については、つみたてNISAで800万円、一般NISAで400万円の限度額が定められているが、新制度の下では、全体で1,800万円までとなる。
(46)推計方法は付注2-5を参照。
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