第3章 企業の収益性向上に向けた課題 第4節
第4節 本章のまとめ
本章では、我が国経済全体の生産性や収益性向上に向けた課題を、企業レベルで様々な視点から議論した。その結果、研究開発投資や人への投資などの無形資産投資が、企業の価格設定力の向上を通じて収益性を改善し、企業の投資や賃上げ余力を高めることから、経済の好循環の観点からも重要であることが示唆された。加えて、無形資産投資は輸出による外需獲得にもつながり、中小企業の生産性を高める効果も期待できる。今後、官民投資の重点分野において、無形資産投資の促進を一体的に進めて行くことで、企業がマークアップ率を確保し、生産性・収益性向上につながる設備投資の拡大や賃金上昇につながる好循環が実現していくことが期待される。本章の各節の主な内容は以下のとおり。
第1節では、マクロや業種レベルの生産性の動向を国際比較も含めて確認した。その結果、我が国は、労働生産性の伸びに対する無形資産の寄与が小さく、特に非製造業で労働生産性の伸びが小さい要因となっている。また、無形資産のうち、特に経済的競争能力については蓄積が進んでいない一方、TFPとの正の相関関係が相対的に強いことが明らかとなった。経済的競争能力には、ソフトウェアなど他の無形資産と補完的に機能して、その活用の効率性を高める人的資本や組織構造に加え、企業が生み出す製品の高付加価値化に資するブランドなどが含まれているが、我が国ではいずれも他の先進諸国と比べストック額が小さい。無形資産のうち研究開発や人的投資には、経済全体への生産性や知識のスピルオーバー効果があると考えられ、正の外部性があることから、政府による企業への支援が重要と考えられる。
加えて、生産性の上昇には、生産性の高い企業の参入と低い企業の退出を促す環境整備が急がれることを指摘した。我が国の企業の参入退出の状況を確認すると、過去20年にわたり生産性が相対的に高い企業の退出を通じてマクロの生産性が下押しされていること、収益状況が相対的に良好な企業が、後継者の不在なども背景に退出する傾向が、2010年代後半から中小企業を中心に顕著になっていることが明らかになった。このため、スタートアップ促進に加え、事業承継を後押しする仕組みの整備などを進めて行くことが今後の課題と考えられる。
第2節では、我が国企業のマークアップ率の動向を分析した。マークアップ率の向上は、原材料コストの適正な転嫁と、製品差別化や生産効率の改善などを通じて図ることができる。2000年代以降長い目で見ると、マークアップ率に大きな変化はなく推移している。一方、我が国企業は原材料価格の転嫁に課題が残る中で、生産コストの短期的な増加に対してマークアップ率を低下させることで対応してきた。マークアップ率の動向の背景となる、製品販売市場での価格設定力や生産性には、研究開発、従業員の能力開発やブランドなどの無形資産への投資が重要な役割を果たしている。実際、無形資産投資が活発な企業では、マークアップ率が高い傾向がみられた。また、総じてマークアップ率が低い非製造業では、無形資産投資とマークアップ率のプラスの相関が強く、両者の関係は無形資産の中でも特に研究開発で顕著なことが明らかとなった。
次に、マークアップ率の上昇と設備投資や賃金との関係を確認した。マークアップ率は一定の水準に達するまでは、設備投資額対資本ストック額の比率と正の相関関係にあり、我が国企業の9割以上で、マークアップ率の上昇に伴う設備投資の拡大余地の可能性が示唆された。賃金との関係についても、マークアップ率の上昇は、生産性対比での賃金水準と正の相関関係にあり、価格設定力が高い企業では、得られた収益を雇用者にも賃上げという形で還元しようとする傾向にあることがうかがえる。
マークアップ率の向上がデフレ脱却の鍵であることを踏まえれば、我が国企業が無形資産投資を進め、製品の高付加価値化や差別化を図っていくことがマークアップ率の上昇につながり、こうした上昇がさらに、設備投資対ストック比率の改善や賃金上昇に結び付くような好循環を実現していくことが期待される。
最後に、企業の輸出開始と生産性やマークアップの関係についても、第2節及び第3節で議論した。まず第2節では、企業規模を問わず、輸出の有無とマークアップ率の関係を分析した結果、輸出の開始とマークアップ率の間には、製造業・非製造業を問わず正の関係がみられる。長く続いてきたデフレ下で、価格の据置き行動が根付いていた国内市場に比べ、輸出財については高付加価値化などを通じてマークアップの確保がしやすかった可能性が考えられる。
第3節では、輸出を実施しているか否かが、大企業と中小企業の収益性の大きな差の要因となっていることから、企業規模別に輸出実施と生産性との関係を分析した。輸出を行っている企業と行っていない企業を比べると、輸出開始以降TFPは、大企業では短期間で改善する傾向にあるが、中小企業では5年程度経過して初めて、改善がみられる。中小企業では、人員・資金等の経営資源の制約から、輸出開始初期に市場を拡大させにくいことや、事前の研究開発による製品の高付加価値化などが限定的であることが、生産性の改善までに時間を要する原因になっている可能性がある。原材料費や労務費の適切な価格転嫁により、サプライチェーン全体での付加価値増大を図ることは重要であると言えよう。併せて、中小企業の輸出開始~中期における金融機関や公的な支援機関のサポートが鍵となると考えられる。